こちらも三日ごとに最新話を投稿します。
ただし、遅筆のため第二章をまだ最後まで書けてはいません。途中でお時間を頂くかもしれませんが、年末まではなんとかなるはず。
15.氷の山へ(BATTLEなし)
ひゅぅん、と音がした。
放たれた矢は閃光のように。
事も無げに据え付けられた的の中心に刺さっていた。
射手から的までの距離は200メートル。
ただの射手では、狙うことも困難な距離だ。
まして優れた射手でも、当てることは難しい。
しかし、彼女はひとつ、またひとつと矢を当てる。
矢筒から一度に四本の矢を抜き放ち、文字通りの矢継ぎ早に射て、その全てを的に当てる。
しかも、矢の当たった箇所は最初の一本を中心に綺麗な円を描いていた。
鬼気迫るほどの真剣さで弓を引き続ける彼女を見守るものは、天に輝く月の他には何もない。
皓々とした月明かりの化身と見紛うほどに白い純白の少女は、ただ一心に、矢を放ち続けた。
──欠けた夢を見ていたようだ。
ずきり、と痛む胸のために目元に浮かんだ涙を指で拭って、少女は目を覚ました。
人気のない一角で、弓を抱いてうたた寝していたらしい。
普通に考えれば、こんなところでうたた寝などして風邪をひいたで済めばいい方、下手をすればそのまま凍死も有り得る。
何せここは氷の山。
一年中雪と氷に閉ざされた、極寒の地なのだ。
しかし、彼女が今いる場所は、その見た目を裏切って意外に快適な空間であった。
ここを作った氷の魔女の一族も、魔女といえど人であった、ということだろう。
「貴女、こんなところにいらしたの?」
コツ、コツ、と音高くハイヒールを鳴らして現れたのは、空色の長い髪をくるくると豪奢な縦ロールにした女性だった。
「アンジェリーネ様……」
「さっさと準備なさい。あとは貴女だけですわ、ナナリー」
ナナリーは、彼女のことが苦手だった。
豊満な胸を堂々と張り、腰に手をあてて、座り込んでいるナナリーを見下ろしてくる。
そんな女王様然とした態度が嫌味なくらい似合う女性だった。
「ナタクのせいで、私達の情報は王子達に伝わったはずですわ。ここを放棄し、次の拠点へ向かいます。いつまでグズグズしていますの?」
「……私は、ここに残ります」
アンジェリーネを見上げてそう言うナナリーに、アンジェリーネはぴくりと眉を動かす。
「……まさか貴女、王子の元に行くつもりではないでしょうね」
「ナタクさんのように? ……いいえ、いいえ。私は……王子を許せない」
絞り出すように呻いて、ナナリーは自らの心臓を掴むようにぎゅっと服の胸元を握りしめた。
ふぅん、と鼻で笑って、アンジェリーネはナナリーを見下ろす。
「……浅ましい女。私、貴女のそういうところが嫌いですわ」
「……………………」
「ええ、結構。お好きになさいな。あの王子が貴女ごときに殺されるとは思いませんけれど」
何も言わずにうつむくナナリーに、アンジェリーネはそう言い捨てて踵を返した。
ボリュームのある髪をばさりと翻し、足音高く去っていく。
「……けれど、浅ましいのは……皆、同じね」
ぽつり、と苦々しくつぶやいて、アンジェリーネは床を穿つように強く蹴りつけた。
氷の山というからには、王国の北の最果てにあるのかとイメージした立花だったが、いざ行ってみると馬車で二日程度の距離にあった。
富士山やエベレストのような高い山なのかと思いきや、むしろなだらかで縦よりも横に広い印象だ。
『こちらの観測では、標高およそ1200メートルです。先輩の故郷、日本で言うならば、形状も大きさも九州の阿蘇山に似ていますね』
『王国の気候は比較的温暖だ。本来、その緯度と標高では、雪が降りこそすれ、そうそう積もりはしないものだけれど……』
「真っ白だね! さっむーい!」
馬車から顔をだして、立花はころころと笑った。
山は冠雪どころか裾野まで真っ白で、北国の冷たい空気が早くも立花達のところまで届いている。
ぶるる、と馬車を引く馬がいなないた口元から、白い吐息が吐き出されていた。
「すまない…… 寒そうな見た目のサーヴァントで本当にすまない……」
陰鬱に呟いたのは、馬車の御者席に座る二人のサーヴァントのうち一人だ。自分で言う通り、鎧を身に付けてはいるものの、淡く輝く紋章を刻まれた胸元を大きく広げ、やや猫背ぎみの背中も素肌を露出させている。
「はっはっは、もはやジークフリート殿の謝罪は挨拶のようなものよな」
それを涼やかに笑い飛ばす隣席のサーヴァントは、こちらもまた暖かそうとは言えない藍染めの着物姿だ。
しかし二人とも、寒さに震えるような様子は無い。
「ジークフリートも小次郎も、寒くはないの?」
「大丈夫だ。竜の鎧は暑さ寒さからも俺を守ってくれている。そもそも衣服で隠せないのだから、それくらいはな」
「心頭滅却すればなんとやら、というだろう。いわんや寒さをや。雪山に上る程度で鈍る剣など持ち合わせておらぬ。
それよりマスターの方こそ、寒さで体調など崩さんようにな」
「う、そう言われるとちょっと肌寒くなってきたかな……」
マスター用の魔術礼装は防暑防寒仕様だが、流石に雪が降るほどの気温となると、物理的な意味のみならず精神的な意味でも肌寒さを禁じ得なかった。
立花が腕をさすったその時、不意に前方の馬車が止まる。
何事かと馬車を止めて前方を見てみると、枝葉に雪を乗せた周囲の木々の陰から複数の男達が姿を現していた。
いずれも筋骨逞しい男達だが、思い思いに毛皮や革鎧を身に付けた男達は見るからに王国軍に所属する者ではなさそうだ。
その中から、いかにも男達のリーダー……というより、おかしらと言った方がしっくりくる……といった男が前に進み出る。
デーモンの頭蓋骨を模した兜をかぶった、背も高ければ横幅も大きなざんばら髪の男だ。髪も、口元を覆う髭も白く、大きくて重たげな立派な戦斧を担いでいた。
「あれは……賊の類いのようだな」
「あの王子の国でも、あの手の輩はいるのか……
マスター、命令をくれれば蹴散らしてこよう。あの頭目の男はそれなりにやり手のようだが、サーヴァントならば問題ないだろう」
「うーん……ちょっと待って、王子が出てきた」
小次郎とジークフリートが剣に手をかけたが、立花は口元に手をあてて考え込み、待ったをかける。
立花達とは別の馬車に乗っていた王子は、アンナを連れ立って馬車を降り、山賊のおかしらの元へと向かった。
王子はまるで無警戒に歩みを進めて距離を詰める。それを見て小次郎が「なんと見事な自然体……」と感心したようにつぶやいた。
山賊は、こちらもまた王子に向かって歩を進める。
最早、手を伸ばせば届く距離。王子の剣、山賊の斧、いずれにとっても必殺の間合い。
ならば、勝負はどちらの刃が先に届くか、その一点にあると言えた。
緊張の面持ちで、小次郎とジークフリートが立花の号令一下でいつでも飛び出せるように準備する。
そして、両者は肉薄した。
「──わっはっはっは! こうしてツラ合わせるのは久しぶりじゃねぇか、王子! 元気だったか!?」
「………………!」
山賊は王子に軽くハグして再会を喜び、ばしんばしんと背中を叩きながら無遠慮な声で笑い飛ばした。
勝手に緊張感を高めていたジークフリートと小次郎は思わずつんのめって馬車から落ちそうになり、立花は納得したような声で呻きながら苦笑する。
王子とアンナは、しばしにこやかに山賊と談笑していたが、やがて一緒に立花達の方へとやってきた。
「立花さん、こちら山賊のモーティマさんです」
「あんたらが新しい仲間か。鯖だか鱒だか知らねえが、こんなところでえらい寒そうな格好をしてやがるな。
おい、野郎共! 防寒具を三つばかり持ってきな!」
「へい、お頭!」
モーティマの号令からほとんど待つことなく、どう見ても無骨で男くさい山賊が、仕立てのいい上等な毛皮の外套を持ってきた。
立花がそれを受け取ると、汚れもなく手触りが良くて暖かい。毛皮特有の匂いも、おさえられているようだ。
「ありがとう! このままじゃちょっと寒いかなって思ってたんだ」
「この先に野営地を設置してある。体があったまる飯も用意してあるから、まずはそいつを食って英気を養うといいぜ!」
「へっへっへ、お頭の料理はうまいんだぜ! たっぷりあるから遠慮しねぇで食ってけよ!」
「はーい、ご馳走になります!」
「いいってことよ、若ぇやつが遠慮すんな!」
豪快に笑って、モーティマは手下や王子達と共に去っていった。
程なくして、山賊達の先導で再び一行の馬車は進み出す。
立花は馬車の中から御者台に移って、受け取った毛皮の外套を身に纏った。
思った以上の保温力の高さに、思わず感嘆の声をあげる。
お似合いです先輩、とマシュがほめた。
「山賊──いい人だ!」
「賊というより、気のいい任侠の親分といった人物であったな。見かけで判断はできないものだ」
「すまない…… 背中を隠せないから、毛皮を身に付けられなくて本当にすまない……」
うむうむ、とうなずく小次郎はちゃっかりと着物の上から毛皮の外套を羽織っていた。やはり寒かったのだろう、どことなくほっとした顔をしている。
対するジークフリートは、折角の好意を受けとれず、手元の毛皮を見つめて落ち込んでいた。
よしよし、と立花は丸まったジークフリートの背中の、木の葉の形をした痣を暖めるように撫でさすってやる。
「やれやれ、まるで祖父の看病をする孫娘よな」
「いつもすまない、マスター……」
「それは言わない約束だよ、ジークフリート」
素でそういうジークフリートに立花はノリで答える。
そんな二人を横目に見て、小次郎は肩をすくめながら馬車を進ませるのだった。
TIPS
【
異世界であってもやはり山賊は無法者だが、同時に山野の暮らしに長けた職能集団でもある。
また意外に横の繋がりもあり、裏社会を牛耳る闇のギルドを介した情報のやり取りや、共通の掟などもある。
若いものの中には自ら進んで山賊になる者もおり、山賊王を目指したり、新世代の山賊を名乗る者もいるようだ。
なお、紆余曲折あって今代の山賊王は王子が務めている。
余談だが、作者が初めて引いたガチャのユニットは、山賊王コンラッドであった。
まばゆい輝きと共に現れた中年太りのおっさんを見て、「これ、美少女ゲームの筈では……」と困惑したのは言うまでもない。