ナタクとの戦いは、城の壁に大穴を開け、内装を焼き、大きな被害を与えたが、
亡くなった数名の兵士の埋葬も終わり、遠くから城の補修をする金槌の音がする中、立花は王城の敷地内に建てられている神殿へと訪れていた。
神殿の中はキリスト教の教会にも似ている。
だが、真っ正面の祭壇に飾られているのは十字架ではなく、自らの肩を抱くように腕をクロスさせた、白い翼を広げた少女の像だ。
王国で信仰されている、女神アイギスの像である。
さて、立花が何をしているかといえば、召喚サークルの設置だ。
以前はマシュの盾を置けばことは済んだが、マシュがサーヴァント化できず盾を具現化できない現在は、かわりに十三個の聖晶石を円形に配置している。
さらにカルデアが霊脈の流れを調整することで、召喚サークルを確立しているのだ。
『すみません、先輩。私が力を使えれば……』
「大丈夫だよ、マシュ。ちょっと手間をかければいいだけだし」
『そうとも、この程度は何でもないってものさ。そう、この天才ならね!』
朗らかに笑うダヴィンチちゃんに、マシュと立花の表情にも柔らかい笑みが浮かぶ。
尊い。守らなきゃ──それを見守る全カルデアスタッフの総意であった。
『早速、失った召喚枠を回復しておこう。頼光君が派手に使い潰してくれたけれど、いつ新たなデモン・サーヴァントが襲ってくるともしれない』
立花は常に六体の「霊体化したサーヴァント」という概念を連れているが、流石に実体化したサーヴァントが倒されてしまうと、その枠は潰されてしまう。
ナタクとの戦いで倒されてしまった分身の枠を回復するためにも、こうしてサークルを設置して再召喚することが必要なのだ。
なお、その枠を潰した張本人であるところの頼光はいない。金時がカルデアに戻って飲み直す、といったのを追いかけて戻ってしまった。今頃は酒天童子と丁々発止していることだろう。金時、南無。
『だけど、立花ちゃん。君にはひとつだけ、確認しておかないといけないことがある。
それは、私たちに
「……どういうこと? ダヴィンチちゃん」
『新宿の時と同じさ。ここは地球上のどこでもない、独立した世界だ。ここで何が起ころうと、デモン・サーヴァントやデーモン達の企みが成就しようと……王子達の世界はともかくとして……地球における人類史、人理には全く影響がない。
立花ちゃん、それでも君は、戦うのかい?』
「それこそ、新宿の時と同じだよ。
たとえ異世界でも、苦しんでいる人達を見過ごせない。知り合った人達を、関係ないからと忘れることなんか私にはできない。
だから、私は戦うよ。戦わせてほしい」
気負うことなく答える立花に、やれやれとダヴィンチちゃんは肩をすくめた。
『まったく、君は強情だよ。付き合わされる我々の身にもなってほしいもんだ』
『とは言いますが、ダヴィンチちゃんも先輩がそう答えると予想していたのでは?』
『当たり前だろう、私は天才だよ?
──よろしい、それでは現時点よりこの特異点を人理定礎値EX……いや、iEXと認定。正式にレムナント・オーダーを発令する』
『i…… 虚数を示す数学記号ですね』
『何、ちょっとひねりをきかせてみたのさ。
敵サーヴァントは皆異世界の英霊のようだから、いつもと勝手は違うけど、地球の英霊も負けちゃいないってところを見せてやろうじゃないか!』
「うん、みんな頑張ろう!」
『はい、先輩!』
朗らかな笑顔を見せる立花に、勢い込んでマシュが答える。
通信に声こそ乗らないが、カルデア管制室のスタッフの面々も各々気合いを入れる声をあげていた。
カルデアに待機している英霊の面々も、声にならない声で応えてくれたように思えた。
「ここにいたんですか、立花さん」
ふと声をかけられて振り向くと、アンナが神殿の入り口に来ていた。
リッカという名前の仲間がいるのでアンナとしてはやや複雑な心持ちになるが、当の本人は
「どうしたの、アンナさん?」
「これからのことについて、会議をすることになりました。つきましては、立花さんにも顔をだして頂きたいのですが……」
「私はいいけど…… ダヴィンチちゃん、ここ離れて大丈夫?」
『平気だよ、もう基礎の接続は済ませてあるからね。あとの作業は立花ちゃんが離れてもこっちでやれるし、召喚枠の回復もしておこう』
「ありがとう、ダヴィンチちゃん。
そういうことなんで、私は大丈夫です」
「わかりました。それでは、会議室へ案内します」
先を行くアンナの後をついて、立花は神殿を後にした。
案内された会議室は、真ん中に大きなテーブルが設置された部屋だった。
椅子には既に数名の男女が座っており、立花が最後だったようだ。
立花が知っているのは、王子、アンナの他、中庭で指揮をとっていた眼鏡をかけた金髪の女性──ケイティ、と呼ばれていたか──と、リンネくらいだ。
あとのメンバーは知らない人物か、姿を見かけただけの人物である。
「……………………」
「皆さんお揃いですね。それでは始めましょう」
王子の合図を受けて、アンナが開始の音頭を取る。
まずは、立花達の紹介、王城の被害の報告、襲ってきたのがナタクであったこと、この状況がデーモンの企みであること、サーヴァントのこと……といった情報共有から始まった。
「過去や未来の英霊を使い魔にするとは、恐れ多くも興味深い……異世界の魔法も侮れませんな」
赤いローブを着た壮年の魔術師、宮廷魔術師のロイがサーヴァントの説明を聞いて唸る。
「しかし、それを悪用して我々の仲間を操るとは……デーモンどもめ、悪辣な手を考えたものです。
しかも相手は
『サーヴァントの相手はサーヴァントに任せるべきだ。異世界ではともあれ、私達にとってはそれが当たり前だよ』
「勿論、私達も可能な限りの援護はします。ですが、立花さんたちに大きな負担をかけてしまうのは、本当に申し訳ありません。ナタクさんの時も、牛若丸さんを……」
中庭へと抜けるまでに
「気にしなくてもいいよ。牛若丸は立派に役目を果たしたんだ」
『そうとも、それを褒め称えこそすれ、哀れみ悲しむのは彼女も怒るというものさ』
「立花さん、ダヴィンチさん……」
『しかし、やはりこの手で首級を挙げられなかったのは悔やまれます。次の機会には、必ずやあるじ殿に敵の首を献上しましょう!』
「牛若丸さん……って、ええっ!?」
小さな電子音と共に新たにポップアップした牛若丸のホログラフに、アンナはぎょっとして目を見開いた。
『おや、まさか牛若丸が死んだと思ってたかい?
サーヴァントは倒されてもカルデアに戻ってくるだけなんだよ。そんなわけだから、我々の被害についてはあまり気にしなくていい。
勿論、サーヴァントではない立花ちゃんには、傷ひとつつけてくれないでほしいけれどね』
「そ、そうだったんですか……! それを聞いてほっとしましたね、王子」
安心して胸を撫で下ろすアンナに、王子も小さく笑みを浮かべてうなずいた。
「では…… 次は、先の話じゃ。此れよりは、吾が話そう」
こほん、とリンネが咳払いをして、呼吸を整える。
「シビラ王女ら、六騎のサーヴァント…… 彼女らが何処を拠点とするか、吾には幾つかの刻が詠めておった……
……が、ナタクの言により、それは氷の山と知れた」
「氷の山……っていうのは、何処にあるの?」
「王国の北の端にある、一年中雪に覆われた山です。かつては古代の魔物が封印され、魔女の一族が封印を守っていました。
……しかし魔物が復活し、王子がそれを退治して以来、一族も山を離れて今は誰もいない……筈です」
立花の質問に答えて、アンナがテーブルに広げられた地図の一点を指差す。
そこへ、リンネがことり、ことり、とチェスのものに似たコマを置いていく。
「デーモンの召喚せしサーヴァントは、七騎……
デモン・ランサー、道士ナタク。
デモン・セイバー、女王シビラ。
デモン・アーチャー、白の射手ナナリー。
デモン・ライダー、皇姫アンジェリーネ。
デモン・アサシン、妖怪総大将シノ。
デモン・バーサーカー、
そして最後に、地図の真ん中である王城……この場所へと、コマを置く。
「……そして、デモン・キャスター。刻詠のリンネ……
すなわち、吾のことじゃ」
TIPS
【アイギス神殿】
魔物が復活し、王城を追われた王子は、逃げ落ちた森の奥で打ち捨てられたアイギス神殿を発見した。
そこで王子は女神アイギスの神託を受け、その神殿を拠点として反撃を開始。遂には王城を奪還したのである。
以来、王子の拠点は王城へと移り、神殿もその敷地内へと移設された。
【召喚サークル】
マシュの盾はアーサー王の円卓そのものであり、英雄が集うという概念を持っている。
それを使えない現在では、13個の聖晶石を円形に並べて円卓に見立て、サークル確立のための媒介としている。
しかしあくまで代用であり、盾を用いたサークルに比べ設置に時間もコストもかかるし接続自体もやや不安定。
【鬼刃姫茨木童子】
アイギス世界における酒天童子、その娘である鬼刃姫の本名は茨木童子である。
ただし、本人はこの名で呼ばれることを嫌っており、鬼刃姫と呼ばれている。
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