上空から一直線に落とされる黄金の衝撃に、ナタクもただ呆然として巻き藁のごとく斬られたわけではない。
三昧真火の炎で迎撃しつつ、距離を取って回避せんとするが、そこへ風を纏う矢が飛来した。
頼光の分身が放った矢を槍の一振りで弾くが、矢の纏う風に一瞬、体勢を崩される。
その一瞬が致命的。
金時の一撃を回避する猶予はもはやない。その一撃を槍で受け止めようなどと考えるのは、その黄金の光を見て何の危機感も覚えない愚か者だけだ。
故に、ナタクは槍のリーチを生かして鉞の刃を避け、槍の柄で金時の腕を打ち払った。
その結果、僅かに狙いがそれて直撃は免れる。
しかし、周囲をまばゆい黄金色で染めるほどの大規模な衝撃の余波に、ナタクは大きく吹き飛ばされた。
「ぐうううあああっ!!」
ナタクの身に纏う三昧真火の焔はそれがなんであれ、
身体に雷撃の痺れは残るが、吹き飛ばされて倒れるなどという愚は犯さず、地面に片手を突いて体勢を立て直しながら距離を取る。
案の定、そのままならばナタクが倒れていたところに、地面を穿つ勢いの矢が三本突き立った。
「せいっ!」
しかし回避した先にも、不吉な鬼火で燃え盛る刀を構えた頼光が斬りかかる。
その豪炎を囮にするように、声もなく音もなく、槍を携えた頼光が滑るように距離を詰めている。
ナタクは独楽のように身体を回し、刀を薙ぎ払いながら紙一重で槍をかわし、その懐に背中から飛び込む。
「破ッ!!」
「っ!?」
そのまま、背中で槍を持つ頼光を吹き飛ばした。
八極拳の奥義、鉄山靠。条理を覆す体術で大きく吹き飛ばされ、頼光の表情に驚愕が浮かぶ。
炎はわずかに胸元を焦がすにとどまったが、槍の頼光は一息に数メートルも距離を離されて、僅かな間、刀の頼光とナタクが真正面から向かい合う。
「猛れ、三昧真火!」
ナタクの全身から炎が上がる。
火力を高めた三昧真火にナタクは苦痛で顔をしかめながらも、生み出された炎を槍に乗せて近距離から解き放った。
刀の頼光は咄嗟に刀の鬼火で抗ったが、鬼火と三昧真火では炎の神秘としての格が違う。鬼火すらも三昧真火の炎に燃えて、頼光を飲み込む。
一瞬で何もかも燃え尽きて、頼光も鬼火の刀も、塵も残さず消え失せた。
「金時ッ!」
「おうよ!」
一体撃破した、その余韻にも浸らせず、体勢を立て直した槍の頼光と金時が打ち掛かる。
直線ではなく、ナタクを挟み込んで円を描くように回り込みながら、鉞と槍を振るう。その中心で槍を振るって応戦するナタクの姿はまるで演舞を踊るかのようだ。
槍の頼光と金時に挟まれて、ナタクの位置が固定される。そこを狙うのは、弓を限界まで引き絞り神風を蓄えて放たれる矢。
これこそが本命。槍の頼光や金時には当てずに、かつナタクが背を向けた瞬間を狙う、絶妙の一矢。
しかしながら、ナタクはそれを読んでいた。
風に巻き込まれないよう金時と頼光が距離を開けた瞬間、地面に槍を突き入れ、棒高跳びのように身体を寝かせて高く跳んだ。
矢はその背中を掠めるように抜けていく。しかし矢の纏った強烈な風が、ナタクの四肢をずたずたに切り裂きながら小柄なその身を天高く巻き上げた。
血のかわりに傷から飛び散るのは、炎。
花火のように火花を宙に散らしながら、ナタクは空中でくるくると身体を回転させ、その勢いに乗せて槍を二度、振るった。
球状にまとめられた三昧真火の炎が、上空から放たれる。その狙いは、マスターである立花と着地点に切り込む金時だ。
「マスター!」
「金時!」
だが、愛しい子らの危機に頼光が黙っているはずもない。
それぞれ手にした得物に全力を振るわせ、自らを盾にしてその身を護る。
神風が燃える。冷気が焼ける。何もかも焼き尽くす豪炎が、燃えるはずのないものまで燃やし、槍を、弓を、そして頼光自身を飲み込む。
果たして背後に庇った愛し子らには火の粉ひとつも通さず、しかしながら頼光自身は灰も残さず、焼け落ちた。
──その愛を逆手に取るような手段に、ナタクの胸にも哀切が
仙術とは、万物の流れを制する術。
天地万物の理に従い、流れを読めば、目の前の敵の動きも、戦場そのものの動きも、細大漏らさず把握できる。
風火輪を失い空を飛ぶ術をなくし、落下するしかない自分を叩き落とそうとする金時の動きも、着地の隙に最大の雷撃を放とうとする頼光本体の動きもだ。
だが遅い。
ナタクの仙術的思考は、如何なる状況からでも最大の効率でもってその身を動かし、空飛ぶ燕すら落とさんばかりの連続攻撃を可能とする。
金時が跳ぶ。金色に輝く鉞を振り上げて、空中でナタクを迎撃する構えだ。これを切り抜けても、頼光の雷撃が待っている。
然して、その迎撃を迎え撃つ。
まずは魔力放出を用いて体勢を整え、三昧真火の炎を頼光へと放つ。あの規模の雷撃を維持しながらではろくに動けない。
思った通りに、頼光は三昧真火をかわしきれずに炎に飲まれた。
「ガラ空きだオラァ!!」
「そうでもないさ!」
金時の鉞が降り下ろされる。
だが、それよりも先に魔力放出で急制動をかけたナタクの槍が引き戻され、その心臓を穿ち焼き尽くす鋭い突きを放った。
空中で回避できないのは金時も同じ。であれば、より早く放たれたナタクの突きは絶対必殺の一撃となる。
なる、筈だった。
「金時、緊急回避ぃ!」
見えない手で引き剥がされたかのように、金時が真横に宙を飛ぶ。
金時の攻撃の機会も失われたが、ナタクの槍も火の粉が金時の前髪を掠めたかどうかで空を切った。
立花の魔術礼装だ。本来ならば生ある人間であるマスターが高次元すぎる英霊同士の戦いに介入することなどまず不可能だが、カルデアの技術の粋をこらした魔術礼装は限定的にそれを可能とする。
これが
流れを覆されたナタクが渋面を作る。
しかし、強力な礼装の効果も同時に二人には使えない。金時が生き残ったところで、頼光の命運が尽きたことに違いはない。
ちらり、とナタクは半ば無意識に頼光のいたところへ目をやった。
そこには、リンネがいた。
ゆらゆらと、陽炎のように揺らめくリンネが佇んで、ナタクを見上げて微笑んでいる。
迂闊、とナタクは目を見開いた。
「──避禍予見の鏡影」
フッとリンネの姿は消えて、次の瞬間には無傷の頼光が現れた。
体力も魔力も
魔力も体力も一切の瑕疵がない、最も都合の良い平行世界の状況を上書きしたのだ。避禍予見の鏡影──リンネの宝具の限定解放によって。
「摩訶不思議な
ぐるりと大きく回すように刀を振るう。
奇しくも、それはナタクが三昧真火を槍に乗せて放つ動作に似ていた。
着地の反動で回避は不可能と判断したナタクは、体内の三昧真火の炉を全力で回す。
「三昧真火、最大火力!!」
「牛王招来・天網恢々──!!」
地上を眩く白に染める、炎と雷光が激突した。
頼光の放つ神雷を、ナタクの炎が受け止め、焼き払う。
共に高いエネルギーを持って視界を焼く光に、誰もが目を覆いその激突を直視することはできなかった。
二つの宝具が激突していたのは、ほんの数十秒程度だったか。
いずれが勝利したとしても、敗者はこの世に影ひとつ残さずに焼き尽くされるであろう、と思わせるほどの威光だ。
光が収まってようやく立花が目を開いたとき、そこには頼光の背中があった。
ありったけの魔力を放出した頼光は、ずさり、とその場に膝をつく。
「──見事」
掛け値なしに全力の一撃。ナタクはそれを防ぎきり、その場に立っていた。
だがその身を包んでいた三昧真火の炎は消えて、黄金色の粒子が混じった煙をあげている。
もはや魔力の猛りも感じない。
ただの華奢な幼子のようになったナタクは、ふつり、と糸の切れた人形のようにその場に倒れた。
TIPS
【鉄山靠】
正しくは貼山靠という。八極拳の技。
背中で相手を打撃するという、超接近戦を得意とする八極拳ならではの、他に類を見ない奥義である。
実のところ、それほど強力な必殺技というわけでもないらしい。
【魔術礼装】
この時点での立花の礼装は「魔術礼装・カルデア」である。
今回の緊急回避の他、応急手当を第八話で使用している。
残る瞬間強化は、おそらく頼光の宝具に使用。
k n o w l e d g e i s p o w e r .