ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

97 / 143
17

生物の行く着く先に必ず待ち受ける死を克服し不死の軍隊となった帝国軍。

 

その実態はろくな軍事訓練を受けず、まともな装備を持たない弱卒揃いの民兵集団だったが、死なないという要素や15万近い兵力がそのまま彼らの武器となっていた。

 

「とにかく敵に川を渡らせるな!!なんとしても対岸で押し止めろ!!」

 

バール大佐の檄に呼応するように次々と敵の頭上に降り注ぐ砲弾。

 

戦場の女神とも言われる砲兵によって解き放たれたその猟犬達は通常よりも低い放物線を描いて空を駆けた後、爆音という恐ろしい咆哮を上げ敵の体を八つ裂きにし思う存分破壊を撒き散らしてから果てる。

 

「クソ……止まらんか」

 

しかし、不死の軍隊の兵士となった者達は降り注ぐ砲弾を物ともせず、着弾し吹き上がる火柱の合間を縫ってマイナス川の渡河を目論む。

 

砲撃で足を吹き飛ばされようが手を吹き飛ばされようが、木っ端微塵にされようが“リセット”さえしてしまえばまた復活――リスポーン出来る彼らの進撃は狂気染みていた。

 

「報告!!敵歩兵の後方に魔導兵器を確認、約30体が接近中!!更にその後方から約50体の魔導兵器が接近しつつあります!!」

 

「報告します!!マイナス川の水位が急激に下がり川底が露呈、更に敵が魔法で土の橋を作った模様!!」

 

「敵の主力が出てきたな。魔導兵器は戦車隊と対戦車砲で対処しろ。土の橋は見つけ次第迫撃砲で潰せ」

 

「「了解しました!!」」

 

「ふぅ……全く……これだからファンタジーは嫌いなんだ」

 

マイナス川を天然の障害物として利用する気マンマンだったバール大佐は敵の魔法使いによって目論見を容易く潰された事に毒づく。

 

「だが、俺達を舐めるなよ。ファンタジー(魔法使い)」

 

幾多の戦場を戦い抜き文字通り精鋭となった部下達の強さを誰よりも知るバール大佐はそう言って劣勢の中、獣の如き笑みを浮かべたのだった。

 

「――おい、もっと弾を持ってこい!!これっぽっちじゃすぐに無くなるぞ!!」

 

「りょ、了解!!」

 

いくら叩きのめそうとも何度でも復活し押し寄せて来る帝国軍を水際で阻み続ける対戦車防御陣地の最前線では第1旅団戦闘団の兵士達が必死の抵抗を続けていた。

 

「目標、1時方向の魔導兵器!!距離、800!!弾種、徹甲弾!!」

 

自分達を鼓舞するかのように、ひたすらワァアアアアーー!!と雄叫びを上げて狂ったように突撃を繰り返す歩兵の後方から、魔砲を構え魔力弾を乱射しつつマイナス川に近付く魔導兵器に対し、対戦車防御陣地の射撃壕に配置された7.5cm PaK40――1941年から1945年までに牽引砲型だけで凡そ25500門が生産され、第二次世界大戦後半のドイツ軍で主力対戦車砲として活躍した対戦車砲が必殺の一撃を放つために指揮官である班長の掛け声で動き始める。

 

平べったい木製の弾薬箱に収められた徹甲弾を犬人族の装填手が両手でしっかりと抱えて抜き出し、もう一人の装填手である吸血鬼の砲兵が7.5cm PaK40の閉鎖機の槓桿(レバー)を引いて鎖栓を開き、犬人族の装填手に徹甲弾を装填させる。

 

砲尾環を通って薬室に半装填された徹甲弾は最後に犬人族の装填手の握り拳で適正位置まで押し込こまれた事が確認されると、再び槓桿が動かされ鎖栓が閉じられる。

 

「装填、よし!!」

 

そうして徹甲弾の装填が完了し装填手達が退避すると今度は人間の砲手が、4ミリの装甲板を2枚重ねて中空装甲を作り前面と左右側面を保護するようになっている防楯に開けられた小さな小窓を通して改良型の38A型望遠鏡式照準機を覗き込み、左右角調整ハンドルと仰俯角調整ハンドルをクルクルと手で回して左右角が各20度ずつ、俯仰角がマイナス5度からプラス22度の限られた射角内で照準を定める。

 

「照準よし、撃ち方用意、よし!!」

 

「撃てぇぇえッ!!」

 

そうして射撃態勢が整うと間髪入れずに班長の気合いが籠った発射命令が下された。

 

ドンッ!!という砲声が轟きマズルフラッシュが煌めくと同時に発砲の反動を抑えるための駐退機によって砲身が大きく後退し、対戦車砲の脚の先に付けられた駐鋤が地面に食い込む。

 

そして砲煙と土埃を盛大に巻き上げながら、ほぼ水平に近い射角で撃ち出された徹甲弾は閃光となって魔導兵器目掛けて飛んでいく。

 

「クソッ、外れた!!排煙と再装填急げ!!」

 

しかし、発射された徹甲弾は目標である魔導兵器の右2メートルの位置に着弾し、偶然そこにいた歩兵を2〜3人吹き飛ばした後、跳弾しどこかへ飛んで行ってしまった。

 

そのため班長が再度命令を出し、待機していた班員――エルフが視界を遮る邪魔な土埃を魔法で吹き飛ばし装填手達が慌てて次弾装填に取り掛りかかる。

 

「グズグズするな、装填急げ――何!?」

 

だが装填手達が役目を終えた空薬莢を取り出し次弾を薬室に押し込んでいる途中、目標にしていた魔導兵器に砲弾が直撃し爆散。スクラップと成り果てる。

 

反射的に砲弾が飛んできた方向――右後方を班長達が見れば、そこには航空機を落とす高射砲でありながら7.5cm PaK40と同じ様に対戦車戦闘で活躍した8.8cm FlaK36が砲口からうっすらと砲煙を吐いていた。

 

「俺達が狙っていた魔導兵器を殺ったのはあの“アハトアハト”か!?えぇい、くそ!!高射砲なんぞに俺達の御株を奪われてたまるか!!やるぞ、お前ら!!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

元々は対空砲として開発され運用されていたが、その威力と貫通性能から対戦車砲としても優れた能力を発揮したため対空戦闘よりも対戦車戦闘で重宝された経歴を持つ8.8cm FlaK36に御株を奪われまいと7.5cm PaK40の砲兵達はより一層、闘志を燃え上がらせ戦闘にのめり込む。

 

「目標、11時方向の魔導兵器!!距離、1000!!弾種、徹甲弾!!」

 

「――装填完了!!」

 

「照準よし。撃ち方用意、よし!!」

 

これ以上8.8cm FlaK36に活躍の場と獲物を奪われてなるまいと7.5cm PaK40の砲兵達が先程よりも機敏な動きで砲弾を込め、射撃態勢を整える。

 

「う――ッ、またか!?」

 

そして、万全を期して砲撃を行おうとした瞬間、またしても目標にしていた魔導兵器が爆散し木っ端微塵になった。

 

「今度は……お前か!!」

 

わなわなと肩を震わせ、さっきとは逆の左後方を見た班長の視線の先には48口径75mm StuK40L/48の砲口から硝煙を立ち上らせるIII号突撃砲G型の姿があった。

 

「どいつもこいつも俺達の獲物を横取りしやがって……いいだろう、やってやるよ。貴様らなんかに負けるものか!!」

 

高射砲に続いて、当初は歩兵を守る盾として敵陣地を直接照準射撃で撃破する兵器であったが、後に敵戦車に対する防御戦闘で有効な兵器となったIII号突撃砲にまで獲物をかっさらわれた班長はそう叫んだ後、鬼気迫る顔で命令を飛ばし班員達と共に他の対戦車砲や高射砲、突撃砲よりも多くの魔導兵器を次々と屠り始め獅子奮迅の働きを見せた。

 

しかし、そんな班長達の奮戦虚しく後から後から続々と湧くように現れる魔導兵器の前進は決して止まることが無く、時間の経過と共に戦線は着実に押し込まれていた。

 

「――了解した。総員聞け。敵軍の一部、約1万5000がマイナス川を渡河、第4旅団戦闘団の対戦車防御陣地跡を通り第1旅団戦闘団を側面から攻撃しようとしているらしい。我々はその敵を駆逐せよとの事だ」

 

『第2小隊、了解!!』

 

『第3小隊、了解!!』

 

『こちら臨時編成の第4小隊、了解です!!』

 

『同じく臨時編成の第5小隊、了解した!!』

 

『第2重装騎兵中隊、了解!!』

戦闘開始からおよそ2時間。野砲や自走砲、ロケット砲、迫撃砲からなる熾烈な砲撃をくぐり抜け、更には様々な小火器、特にグロスフスMG42機関銃の“布を切り裂く音”に聞こえる毎分1200発の苛烈な弾幕を凌ぎきり遂に帝国軍の一部がマイナス川の渡河に成功してしまう。

 

そのため今の今まで戦闘に投入されず、待機させられていた予備戦力――防衛線を突破した敵を機動防御によって撃破する任を帯びた機動打撃部隊が満を持して行動を開始する。

 

「さてと。お前達、気を引き締めてかかるぞ。何せ相手は何度でも復活する不死の兵士だからな」

 

「「「了解です」」」

 

「分かってますよ、隊長」

 

「ならいい。さぁ、行くか。全隊、前へ!!」

 

長砲身型の48口径75mm Kw.K.40や金網製シュルツェンを装備し長距離用無線機やアンテナ、各種通信機器を追加した代わりに砲弾の搭載数が15発減らされているIV号指揮戦車(J型)の車内で揮下の小隊に命令を伝えた車長は生死を共にする直属の部下達に声を掛けた後、すぐさま行動に移った。

 

ガソリンを燃料とするIV号指揮戦車のエンジンが唸り、キャタピラと転輪が独特の駆動音を響かせる。

 

前進を開始したIV号指揮戦車に続いて第2、第3小隊のIV号戦車J型も動き出し、更には臨時に機動打撃部隊に加えられた第4旅団戦闘団の生き残りの戦車である1945年型のT-34――85mm砲を装備したT-34-85が10輌、第4小隊、第5小隊となってその後に追随する。

 

加えて戦車に肉薄した敵歩兵の排除を担う直衛として、特注の防弾ベストをその身に纏い、また7.92x57mmモーゼル弾が5000発入ったバックパックを馬の体に乗せバックパック給弾式のMG42機関銃を装備した半人半馬の妖魔であるケンタウルスの重装騎兵部隊が後に続く。

 

しかし、IV号戦車J型が15輌にT-34-85が10輌、そして重装騎兵が300。

 

かなり変則的な編成の機動打撃部隊であった。

 

「全隊に告ぐ、敵の右翼側から突入し敵を蹴散らすぞ!!」

 

『『『『『『了解!!』』』』』』

 

先端が尖った楔型の陣形――パンツァーカイルを敷き14輌のIV号戦車J型を先端部に配置しT-34-85を5輌ずつ両翼へ振り分け、そして楔型の中心に指揮官が乗るIV号指揮戦車と300の重装騎兵が置かれた機動打撃部隊は、持ち前の機動力を生かして接敵した帝国軍の柔らかい横腹へと食らい付く。

 

「絶対に止まるなよ!!何があっても進み続けるんだ!!」

 

全速力で敵の横腹に突入した機動打撃部隊は敵を前後に分断するべく砲撃を繰り返し敵を凪ぎ払いながら走り続ける。

 

史実ではドイツ軍が開発した数ある戦車の中で最も生産され改良が限界に達した後も主力として敗戦まで戦い抜きドイツ軍戦車部隊のワークホース(使役馬)と呼ばれたIV号戦車が48口径75mm Kw.K.40から放った榴弾とMG34機関銃の弾幕で道を切り開き、走・攻・守の三拍子が高レベルで揃い史実の独ソ戦ではソ連軍の救世主となったT-34が魔導兵器に85mmの徹甲弾を浴びせまくる。

 

更に不整地で疾走する戦車の速力に重装備の状態でも追随可能な重装騎兵達はMG42を乱射し、敵歩兵を文字通り駆逐しつつ撃ち漏らした敵兵をその蹄で踏み潰して行く。

 

そうして機動打撃部隊は敵を真っ二つに切り裂く事に成功した。

 

「全車、右折し敵部隊と距離をとりつつ並走、砲撃戦を行うぞ!!第2重装騎兵部隊は分断した後方の敵を足止めせよ!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

『了解しました!!』

 

敵を分断し後は掃討するだけという段階になって機動打撃部隊は直衛の第2重装騎兵中隊を分離し後方から迫る敵の足止めに充てると孤立した敵に猛攻を浴びせ始めた。

 

しかし、この判断が仇となり機動打撃部隊の活躍は終止符が打たれる事になる。

 

「――いつ見てもデカイ的だな。ん?あの魔導兵器、魔砲じゃなくてボウガン持ってるぞ?あんな物、戦闘には役に立たないだ――いや、まて……あの魔導兵器……細部が他のと違う。……もしかして新型か!?」

 

一番初めにそれに気が付いたのはパンツァーカイルの最右翼にいた第5小隊に所属するT-34-85の砲手の兵士であった。

 

「車長!!敵の魔導兵器――」

 

だが、その気が付いた異変を上官である車長に砲手の兵士が伝えようとした時、照準器の先に映る件の魔導兵器がボウガンの引き金を引いた。

 

そして、間を置くことなく放たれた巨大な槍のような矢はT-34-85の側面中央に命中した。

 

本来であれば50度の角度がつけられた45ミリの傾斜装甲が、ただ大きいだけの矢など何の問題もなく難なく防ぎ弾いてしまうはずだったのだが、この時ばかりはそういかなかった。

 

ただの矢であるはずのそれがT-34-85の傾斜装甲を貫通した上に車内で爆発したのである。

 

それによりT-34-85は一瞬で炎に包まれ炎上。その後、弾薬が誘爆し四散した。

 

『だ、第5小隊より報告!!5号車が殺られました!!』

 

「な、何ッ!?」

 

予想だにしない被害報告に機動打撃部隊の指揮官が思わず声を上げて取り乱す。

 

しかし、そんな間にもボウガンを持った魔導兵器が続々と現れ機動打撃部隊に攻撃を加える。

 

そして、瞬く間に5輌の戦車が爆発炎上し撃破されてしまった。

 

「て、敵と正対しろ!!正面装甲なら敵の攻撃を防げるかもしれない!!それとボウガンだ!!ボウガン持ちの魔導兵器を狙え!!」

 

『『『『了解!!』』』』

 

敵の攻撃を出来るだけ装甲の厚い正面で受けるため、また戦車を撃破可能な魔導兵器がボウガン持ちだけだと気が付いた指揮官がそんな命令を下す。

 

それに従い機動打撃部隊は足を止め、敵と正対するべく信地旋回に入ったのだが、少なくともこの場合は足を止めずに一時撤退し態勢を立て直すべきであった。

 

「敵歩兵接近!!取り付かれるッ!!」

 

「しまった!?」

 

指揮官が判断を間違ってしまったということに気が付いたのは切羽詰まった砲手の言葉であった。

 

魔導兵器に気を取られるあまり、忍び寄る歩兵の存在を察知出来なかったのだ

 

しかも装備が貧弱な民兵モドキの歩兵とは言え、そこにいるのは魔法至上主義のエルザス魔法帝国の国民達。

 

流石に戦車を一撃で吹き飛ばしたりする強力な魔法は使えないが、ある程度の魔法ならば皆が使えるのだ。

 

「これでも食らえ!!」

 

「どうだ!!異教徒め!!」

 

そんな言葉を叫びながら機動打撃部隊の懐に潜り込んだ歩兵達は次々と初歩的な火の魔法をIV号戦車やT-34戦車に浴びせる。

 

するとT-34はディーゼルエンジンで燃えにくいため難を逃れたが、燃えやすいガソリンエンジンで動くIV号戦車は瞬く間に炎上を始めてしまう。

 

「エ、エンジンがやられました!!行動不能!!」

 

「弾薬に引火するぞ!!脱出しろ!!早く!!」

 

火に焼かれエンジンがダメになってしまったとあるIV号戦車の車内からは乗員達が命からがら飛び出し脱出を果たす。

 

「て、敵だらけ――ぐあっ!?」

 

「服に火がついた!!熱い、早く火を消してく――ギャ!!」

 

だが、外に出た途端群がる敵歩兵の手にかかり命を落としてしまった。

 

「全車後退!!後退しろ!!」

 

次々と各個撃破され討ち取られていく部隊の惨状を目の当たりした機動打撃部隊の指揮官は、まとわりつく歩兵をMG34機関銃や護身用の携帯火器で排除しつつ後退命令を下す。

 

その命令に従い機動打撃部隊が敵中から離脱した時には25輌いた戦車が14輌にまで減少していたのだった。

 

 

 

「報告!!機動打撃部隊が敵の排除に失敗!!我々の側面から帝国軍が雪崩込んで来ます!!」

 

「チィ、第1重装騎兵中隊を側面に展開させて時間を稼げ!!」

 

もう無理だな。

 

頼みの綱であった機動打撃部隊が帝国軍の排除に失敗したと聞かされたバール大佐は陣地の側面に第1重装騎兵中隊を派遣し、戦線の維持に努める一方でこれ以上の防衛戦闘が無理である事を悟っていた。

 

「……バール大佐、ここは私が指揮を取りますから――」

 

「ロンメル中佐、中佐はポンペイの街に行って部隊の撤退準備を始めてくれ」

 

決死の覚悟を秘めたロンメル中佐の言葉を遮り、バール大佐がそう言った。

 

「……後退ではなく撤退ですか?」

 

「あぁ、そうだ。お前も分かっているはずだぞ、これ以上の戦闘は無理だと。だから俺が時間を稼いでいる間に撤退の準備を整えてきてくれ」

 

「しかし、撤退準備であれば尚更指揮官であるバール大佐が行かれた方がよろしいのでは?」

 

「バカタレ、俺がここを離れてみろ。やっぱり人間は俺達(妖魔・獣人)を見捨てるとか言い出す奴が出る。そうなったらお仕舞いだぞ」

 

「そう……ですね。分かりました。すぐに撤退準備を進めます」

 

「頼んだぞ。あまり長くは持ちそうにないからな」

 

「ッ、30分で完了させてみせます!!ですからそれまでは耐えて下さい!!」

 

バール大佐の言葉を聞いてロンメル中佐は焦ったように前線指揮所を飛び出して行った。

 

「……さて、未来ある若者は後方へ逃がせたし。いっちょやりますか」

 

ロンメル中佐を言いくるめて、まんまと後方へ下がらせる事に成功したバール大佐は軍帽を脱ぎ捨て鉄兜を被ると気合いを入れて部隊の指揮に戻った。

 

しかし圧倒的な戦力の差は如何ともし難く、ロンメル中佐の撤退準備完了の報告が来る前に敵が全兵力を投入し最終攻勢に出た事もあってバール大佐達はここで全滅するよりはと、泣く泣く対戦車防御陣地を放棄し遮蔽物がほとんど無い荒野で遅滞戦闘を行うハメになってしまっていた。

 

「撃てぇええ!!撤退までの時間をなんとしても稼ぐんだ!!」

 

バール大佐はStG44を撃ちまくりながらそう叫ぶ。

 

周りには血と硝煙にまみれた兵士達が付き従い、帝国軍を少しでも足止めしようと必死の抵抗を続けていた。

 

だが、死の恐怖を持たない帝国軍は弾幕をものともせず、ただただ数に任せて突っ込んで来る。

 

そのためバール大佐達はポンペイの街から500メートルの位置にまで追い詰められてしまっていた。

 

「大佐!!各部隊が最終防護射撃を開始しました!!」

 

「だろうな!!俺達もやるぞ!!」

 

ポンペイの街を背にし、これ以上の遅滞戦闘は意味が無いと判断した各部隊が敵の突撃を食い止めるため最終防護射撃を開始する。

最終防護射撃は歩兵部隊が防御において敵の突撃を破砕するための戦術で、つまるところ、ありとあらゆる火力を集中し敵の殺傷率を上げる事である。

 

ちなみに名称の『最終』が意味する通り防御の最終手段であり、この戦術を使っても敵の突撃を阻む事が出来なかった場合、最後の手段として白兵戦が決行される。

 

そんな最終手段をもってしてバール大佐達が敵の突撃を阻もうとしていた時だった。

 

目前に迫り、剣や槍、または農具を振りかぶった敵歩兵が一瞬でバタバタと凪ぎ払われる。

 

「……一体何が」

 

「お待たせしました、大佐殿!!ちょっとばかり準備に手間取りまして!!」

 

「お前は!?」

 

目の前の敵兵達が倒れ伏し、一瞬何が起きたのか分からず混乱しているバール大佐の目の前に颯爽と現れたのは、弾薬運搬車を引き連れ物量作戦キラー人海戦術キラーと豪語していたKV-2に搭乗したヨハン・アブロシモフ大尉だった。

 

「ここは我々にお任せを!!」

 

「たった3輌では無理――って、なんだそれ?」

 

僅か3輌のKV-2で万単位の敵の突撃を防ぐのは無理だと告げようとしたバール大佐はKV-2の砲塔側面に据え付けられた兵器と元から巨大な砲塔が更に巨大化し後ろに伸びているのを見て首を傾げた。

 

「いやね、流石に主砲のキャニスター弾だけでこの数を相手にするのはちょっとばかしキツイので砲塔を少し改造して追加武装を取り付けて見ました。まぁ、百聞は一見にしかずです。見てて下さいよ?」

 

砲塔側面にガンラックを溶接して、そこに据え付けられた6基の兵器――1930年代から第二次世界大戦にかけてソ連の軍用機に搭載された7.62mm機関銃、それも史実では故障が多く限定的な使用に留まった改良型を更に改良し故障を少なくして毎分3000発の発射速度でスムーズな発砲を可能にしたShKAS機関銃が一斉に火を噴いた。

 

「うぉっ!?」

 

恐るべき発射速度を誇るShKAS機関銃の、それも3輌合わせて計18基による一斉射は凄まじく1平方メートルに10発以上の弾丸を捩じ込む弾幕によって射線上にいた敵兵は悉く撃ち倒されていく。

 

また砲塔後部に急造された弾薬庫からベルトリンクで給弾され発射されている弾丸が全て曳光弾だったため、視覚的なインパクトも凄まじく、いくら死なないとは言っても弾幕を受ける帝国軍兵士の恐怖心は察してあまりあるものがあった。

 

そうして、ShKAS機関銃の弾幕を張りつつ3輌のKV-2が砲塔を軽く旋回させただけでバール大佐達の眼前からは敵兵が一掃されてしまった。

 

「どうです、大佐?コイツもなかなかやるでしょう?」

 

「あ、あぁ……」

 

敵が密集していたこともあり一度の斉射で2000から3000近い敵兵を悉く凪ぎ払ったShKAS機関銃の弾幕に、バール大佐が驚嘆の声を漏らす。

 

しかし、そんなやり取りの間に態勢を立て直した敵が再び押し寄せて来る。

 

「懲りない奴等だな、これでも喰らってろ」

 

再度向かって来た敵兵にアブロシモフ大尉は、またShKAS機関銃のレーザー光線のように熾烈な弾幕を浴びせると共に今度は主砲の152㎜キャニスター弾も一緒にお見舞いした。

 

すると砲口の先にいた敵兵達が無数のキャニスター弾の子弾を浴びて破裂したように吹き飛び、ぐちゃぐちゃに引き裂かれた肉片や血飛沫が舞い上がり空を赤く染め上げた。

 

「さすが街道上の怪物……」

 

押されに押されていた戦線を現れるなり持ち直させ、膠着させたKV-2の活躍にバール大佐は史実の逸話を思い出し、そう呟いた。

 

「しかし、アブロシモフ大尉とKV-2のお陰で戦線は持ちこたえたが……やはりきりがない」

 

「バール大佐!!ロンメル中佐より報告です。撤退準備完了、と」

 

「……そうか」

 

ロンメル中佐からの待ちかねた報告を耳にしつつ、三度向かって来る敵兵の姿を遠目に見てバール大佐は覚悟を決める。

 

「ロンメル中佐に伝えろ。非戦闘要員及び負傷兵を連れ直ちに現戦域から離脱せよ、殿は私が引き受けた。と」

 

「ハッ、ですが……」

 

「いいから伝えろ。それとお前達、撤退する奴等の護衛として後方へ下がれ」

 

言い澱む通信兵にそう告げた後、バール大佐は自然と周りに集まって来た士官や下士官――パラベラム軍出身の者達と共に敵を睨みながら妖魔や獣人の兵士達に実質的な撤退命令を下した。

 

「おい、どうした?早く行け」

 

「「「「……」」」」

 

しかし、命令を受けた妖魔や獣人の兵士達は互いの顔を見合わせるばかりで、その場から動こうとしなかった。

 

「何をクズクズしている、さっさと行け!!時間が無いんだぞ!!」

 

「――その命令は聞きかねます、バール大佐」

 

いつまで経っても動こうとしない兵士――妖魔や獣人のケツをバール大佐が蹴りあげようとした時、空から飛行歩兵部隊の隊長である吸血鬼のアルベルト・ゲオルク中尉が舞い降りて来た。

 

「……中尉か」

 

「格好つけるなら我々もご一緒します。というか、ここで逃げたら我々は総統閣下に顔向けが出来ません」

 

「バカが、お前達は帰りを待っている人がいるだろう……特に中尉なんかは」

 

「た、確かに……私にはこんな戦地にまで私兵を使って毎日手紙を送ってくるヤンデレ姫がいますが、それを言ったらお互い様でしょう?あんなに尽くしてくれる副官がいる癖に」

 

アルバム公国で助けた姫――フェルト・カールトンに惚れられ病的なまでに執着されているゲオルク中尉は顔を青くした後、気を取り直してバール大佐にからかうような流し目を送った。

 

「ロンメル中佐がどうかしたか?」

 

「……ダメだ、この人。早く何とかしないと」

 

しかし、未だにロンメル中佐の性別に気が付いていないバール大佐にはゲオルク中尉が発した言葉の意味が通じていなかった。

 

「あ〜大佐殿とそこの中尉、お喋りはもうそれくらいにしといてくださいよ。もう敵がきますんで」

 

KV-2の砲塔天面右前部ある車長用キューポラから顔を出し、2人の会話を聞いていたアブロシモフ大尉が呆れたように言った。

 

「はぁ……時間切れだ……後で後悔しても知らんぞ」

 

「望む所です、大佐」

 

バール大佐のため息混じりの言葉にゲオルク中尉は笑みを浮かべて頷いた。

 

「砲撃の最終弾着、来ます!!」

 

結局、誰一人として逃げ出すことなくその場にいた全員が殿として戦闘に参加することになった。

 

そうして殿部隊が敵との戦いに備えていると先に撤退する砲兵部隊の置き土産である大量のロケット弾や砲弾が敵の前進を阻むように空から一斉に降り注ぐ。

 

それを切っ掛けに最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「弾薬の事は気にするな!!ありったけ使え!!」

 

戦闘が始まると、せめて華々しく散ろうと皆が意気込み敵を次々と撃ち倒す。

 

だが、それも最初だけで弾薬の損耗や時間の経過と共に敵の前進距離が伸びていた。

 

「敵が右翼側に集中!!このままでは突破されます!!」

 

「中央だって押されているんだ!!なんとか持ちこたえたさせろ!!」

 

「……案外もったな。――総員、着剣!!白兵戦用意!!」

 

「「白兵戦用意!!」」

 

砲撃支援が無くなった今が攻め時だと敵も分かっているのか、今までに無い激しい突撃を敢行してくる。

 

それによって弾薬もあっという間に底を尽き、最後の戦闘に備えてバール大佐が着剣命令を下した時だった。

「バール大佐、総司令部より緊急入電です!!人が入った結晶体を見つけ出し破壊せよ、そうすれば敵は不死では無くなると言ってきています!!また敵陣にある黒い箱が敵のリスポーン地点となっているとも!!そして結晶体と黒い箱を破壊した第4師団が敵に勝利したと!!」

 

「何!?しかし、もう遅い……今さらそれを知った所で俺達には結晶体を破壊する戦力は……」

 

土壇場で帝国軍の倒し方を通達されたバール大佐は硝煙で黒く染まった顔を力なく横に振った。

 

「――まだです!!」

 

しかし、そんなバール大佐を叱責するような大声が戦場に響き渡った。

 

「なっ!?ロンメル中佐!?撤退したはずじゃ!?」

 

「め、命令不服従の件は後でお願い致します!!今は空を見てください!!」

 

「空を……ぐぉ!?」

 

有無を言わさないロンメル中佐の言葉に釣られバール大佐が上を向いた瞬間、晴れ渡る空を切り裂き雷の如き雷撃が3発、敵の後方――結晶体が並ぶ場所に降り注ぐ。

 

そのあまりの凄まじさに両軍が動きを止め、もうもうと空に立ち上るキノコ雲を呆然と眺めていた。

 

「い、今のは?」

 

「全戦域に向けて行われている神の杖――ケラウノスの小型砲弾による支援砲撃です。それと大佐、もう一度空をご覧下さい」

 

「……なっ!?どっから来たんだ、あいつら!?」

 

まだ何かあるのかと思いバール大佐が視線を空に向けると、そこには次々と頭上をパスしていく航空機の群れがいた。

 

それはハンス・ウルリッヒ・ルーデルが愛機とし破格の戦果を挙げた事で知られるユンカースJu87シュトゥーカを筆頭に、対地対戦車戦闘において活躍したアメリカのP-47サンダーボルトやソ連のイリューシンIl-2で構成されている航空機の群れであった。

 

「我々の指揮下に入る予定で訓練中だった航空隊を無理矢理出撃させました。彼らが残りの結晶体を破壊してくれるはずです」

 

「訓練中だった航空隊って……まさか、あの妖魔や獣人がパイロットをやる部隊か!?なんて無茶を!!」

 

「大佐ほどではありません。それよりも皆にご命令を大佐!!」

 

「し、しかしだな、中佐……死ななくなったとは言え敵は15万近いんだぞ?こっちの残存兵力では……」

 

「兵力の事ならご心配なく。お忘れですか、大佐。我が部隊には召喚魔法が得意な者が多く在籍していることを」

 

「……あぁ、そうだったな」

 

活路を切り開き、敵を打ち砕くお膳立てまでしてくれていた部下の声に力をもらいつつ、バール大佐は静かに消えかけていた闘志を滾らせる。

 

「上空の航空隊より報告!!結晶体の完全破壊に成功!!繰り返す結晶体の完全破壊に成功!!これでもう敵は不死ではありません!!」

 

「総員、傾注ッ!!」

 

ケラウノスの攻撃で撃ち漏らしていた結晶体を航空隊が掃討。そうして心待ちにしていた報告を聞いた途端ロンメル中佐が張り上げた声で、皆が一斉にバール大佐に顔を向ける。

 

そして、皆の視線を一身に集めながらバール大佐が口を開いた。

 

「諸君!!我々の右翼は崩れかけている。中央は押されている。撤退は不可能だ。状況は最高、これより反撃を開始する!!総員、俺に続けぇええ!!」

 

「「「「オオオオオオオオオッ!!!」」」」

 

バール大佐を先頭にして、最早勝てない相手では無くなった帝国軍に向かって第1旅団戦闘団と第4旅団戦闘団の生き残り、そして召喚魔法によって呼び出された6000程の魔物が駆け出す。

 

「た、大佐!?あぁ、もう!!第1、第2重装騎兵中隊は両翼に展開し先行、敵を包囲しろ!!戦車隊は我々の後方に続き援護射撃を行え!!」

 

指揮を放り出し先頭を切って突撃してしまったバール大佐に代わってロンメル中佐が各部隊へより細かい指示を出すと、その指示に従って全残存部隊が帝国軍へ攻撃を開始した。

 

「――お前達は俺達には敵わないんだよ!!」

 

「大人しくこの国から出ていけ!!」

 

「俺達は最強の兵士になったんだ!!」

 

対する帝国軍兵士達は不死が解けてしまっていることを理解していないために、突撃してくるバール大佐達を余裕の表情で迎え打っていた。

 

だが、両軍が激突してから少しして帝国軍に動揺が走った。

 

「っ!?……お、おい。何で死体が消えないんだ?」

 

「あ?奴等は俺達と違って不死じゃないんだから奴等の死体は消えないだろ。そんなバカな事を言う暇があったら突っ込め、突っ込め」

 

「いや!!敵の死体じゃない!!味方の死体の事だ!!」

 

「――………………ッ!?」

 

「ふ、不死じゃなくなってる!?」

 

「な、何でだ?俺達は死なないはず――ぎゃ!!あ、がっ……誰か……た、助け……」

 

第1旅団戦闘団に所属する獣人の兵士によって胸を銃剣で貫かれた帝国軍兵士が自分の血で真っ赤に染まりながら仲間に助けを求めたが、助けの手が届く前に絶命しこの世を去る。

 

「次はどいつだ?」

 

返り血にまみれた獣人兵士の問い掛けに周りの帝国軍兵士は後退り、そして。

 

「に、逃げろッ!!殺される!!」

 

「退却だ!!逃げろ!!」

 

一方的に屠殺されていく帝国軍兵士達は仲間の死体が白い光にならず、リスポーンが出来ない事に気が付いた途端、統率を失いチリジリになって逃げ惑い始めた。

 

「気付くのが遅ぇんだよ!!」

 

「一兵足りとも生かして帰さん!!」

 

しかし、今の今まで雌伏の時を強いられていた妖魔や獣人の反撃は凄まじく、不死という要素が無くなりただの烏合の衆と化した帝国軍兵士は手当たり次第に比喩でなく八つ裂きにされていく。

 

「た、頼む!!助けてくれ!!」

 

「何でもする!!」

 

放棄した対戦車防御陣地を取り返し更にはマイナス川を越え敵本陣にまで強襲をかけ、重装騎兵中隊の活躍で敵の完全包囲にも成功したバール大佐達は、武器を捨て降伏の意を示す敵兵達を取り囲みながら彼らの命乞いを冷めた目で眺めていた。

 

「――我々が手を出さないようにと常に言われているのは戦に関係の無い無辜の民だけだ。そして今回、徴兵されたとは言え嬉々として戦闘に参加し少なくない仲間の命を奪った貴様らにかける慈悲は無い」

 

バール大佐の死刑宣告と同時に周りにいるパラベラム軍の兵士達が無言で銃を構える。

 

「そ、そんな――」

 

自分の命運が尽きた事を覚った帝国軍兵士が真っ青な顔でそう呟いた瞬間、幾つもの銃声が辺りに響き渡る。

 

こうしてポンペイの街を攻めていた帝国軍約15万は1人の生存者もなく全滅し戦いは終わりを迎えたのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。