ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

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目を覚ましたカズヤが眠っていた間に起きた事を伊吹から聞きつつ病室に居なかった千歳やセリシア、アデルの到着を待っていた時だった。

 

「お父……様?」

 

見知った顔が遠慮がちにひょっこりと入り口から顔を覗かせた。

 

「クレイス?どうした――……あぁ、いいから。おいでクレイス」

 

病室に入ってくるのを遮ろうとした看護師を制止してカズヤはクレイスを部屋の中へ招き入れる。

 

カズヤの許しにぱぁーと花が咲いたような笑みを浮かべたクレイスはととと、と小走り気味に駆け寄った。

 

「先程お目覚めになられたとお聞きしましたが、ご気分はいかがですか、お父様?」

 

「あぁ……気分は悪くないよ」

 

「よかった……。ずっとお父様の事を心配していたんですよ、私も家にいるみんなも。特に年少組の子達なんか、お父様が倒れられてから夜泣きやお漏らしが再発したとかでお世話係のエルフの方達も大変だったようですし。もうあまり無理は為さらないで下さいね、お父様」

 

「悪かったよ、心配をかけて……ところで何故クレイスは病衣を着てるんだ?」

 

愛娘の責めるような苦言にカズヤは苦笑いで答える。

 

しかし、入院患者が着用する事になっている水色の病衣をクレイスが着ている事に疑問を抱いたカズヤは首を傾げた。

 

ぱっと見た所、これと言って怪我をしている様子もなく、またクレイス自身元気な様子でパタパタとスリッパの音を立てて駆け寄って来ていたため、カズヤの疑問は深まるばかりであった。

 

「んふっ、んふふっ。……ちょっと倒れちゃいました」

 

「倒れただと?どういうことだ、まさか……何か病気なのか!?」

 

カズヤの右手を手に取り、自らの顔をまるで子猫のようにスリスリと擦り付け、目を覚ました喜びを表すように背中の白い翼をバサバサと羽ばたかせるクレイス。

 

そんなクレイスの、愛娘の口から飛び出た言葉にカズヤは狼狽え、どういうことだと言わんばかりに伊吹や側にいた医者に視線を投げ掛ける。

 

「もう少し後にお伝えしようと思っていたのですが……確かにクレイス嬢は倒れられました。何の偶然か閣下が倒れられたのとほぼ同時に。しかし精密検査を行っても倒れた原因が分からないのです。体はいたって健康で悪い所はありません。しかしながら……倒れた事と関係があるのか分かっていませんがクレイス嬢の左腕全体が……その、麻痺しています」

 

「なんだと!?」

 

医者に言われて、よくよく見てみれば確かにクレイスはカズヤの右手を掴む際に右手しか使っておらず、もう片方の左手はダランと力なく垂れ下がり体が揺れるのに合わせてブラブラと揺れているだけだった。

 

「クレイス……」

 

「んー?何ですかお父様、そんなに悲しそうな顔をしないで下さい。私は大丈夫ですから。それより2人一緒に左腕が使えなくなるなんて何だか運命的ではありませんか」

 

「……」

 

左腕が使えなくなったというのに、いやに嬉しそうにそう言ってのけたクレイスの態度にカズヤは違和感を感じていた。

 

なんだ……この違和感は。何か似たような感覚を前に……。

 

だが、その違和感の源にカズヤが気付く前に廊下からバタバタとやけに騒がしい足音が病室に近付いて来た。

 

「カズヤ様ッ!!」

 

「カズヤッ!!」

 

病室の扉を蹴破る勢いで室内に雪崩れ込んで来たのはセリシアとアデルの2人であった。

 

競い争うようにカズヤが横になっているベッドまで駆け寄った2人はカズヤが意識を取り戻していることを自分の目で確かめると安堵のあまり床にへたりこんでしまった。

 

「それじゃあ私は部屋に戻りますね。またここに来てもいいですか?お父様」

 

「あぁ、またおいで」

 

やって来たセリシアとアデルに気を使ったのか、クレイスはそう言うと看護師に付き添われ病室から出ていった。

 

「……カズヤ……様」

 

「何だ?セリシア」

 

クレイスが出ていってから少しして。

 

以前と比べて明らかに痩せてしまっているセリシアがホロホロと涙を流しながらが口を開く。

 

「心配……したのですよ?左腕を失ったばかりか、あなた様のお命までも失われでもしたら……我々は、信徒一同はもうどうしたらよいのかと……毎日毎日あなた様の事を想い祈りを捧げるしか出来ないこの非才の身をどれだけ呪い悔いたことか」

 

カズヤの体が危機的状況を脱してからは医者達に治癒魔法をかける事を禁止されていたため祈ることしか出来ず、もどかしい思いをしていたセリシアは、その時の事を思い出しながらカズヤの瞳を真っ直ぐに見詰める。

 

「セリシアの言う通りだ。あまり心配をさせないでくれ。もうこれからは俺達がお前の側にずっと控えるからな」

 

目をごしごしと擦って涙を拭き取ったアデルは、セリシアの言葉に便乗しつつ無茶をしたカズヤに対して怒ったような顔を見せた。

 

「すまなかったな。――……なんか、雰囲気が変わったか?アデル」

 

心配をかけてしまった2人に謝罪したカズヤは、どことなくアデルの様子が以前と違う事に気が付く。

 

言うなれば険が取れたというか、溝が無くなったというか、何か精神的な距離感がグッと近くなっていることに。

 

「フフッ、アデルもカズヤ様を失うかもしれないというとてつもない絶望感を味わったが故にこれからはもう自分の気持ちに素直になることにしたそうです」

 

「まぁ、そう言うことだ。もうお前に対する気持ちを隠したり偽ったりする事はしない。……覚悟しろよ?」

 

「……」

 

な、なんの覚悟?

 

堂々としたアデルの宣戦布告にカズヤがポカーンとしていると、その反応が気に入らなかったのかアデルが頬を赤く染めながらカズヤに詰め寄る。

 

「何だ、その顔は。お前が女を捨てた私に……お、女の悦びを教えたんだぞ!!責任は取ってもらうからな!!」

 

異世界からやって来た花も恥じらう女勇者はそう言ってカズヤの鼻先に人差し指を突き付ける。

 

「ぁー……イエッサー……」

 

えっと……これからは“スイッチ”が入った状態のアデルが通常時のアデルになるということか?

 

大変だな、こりゃ。

 

元より責任は取るつもりではあったが、むっつりスケベのアデルの相手をこれからしていく事を考えるとカズヤは自分の腰が持つかどうか心配であった。

 

「ところでカズヤ様。お目覚めになられたばかりのところに申し訳ないのですが、幾つかお許し頂きたい事が」

 

アデルとカズヤの会話が落ち着いた所を狙って、真面目な顔をしたセリシアがカズヤに声を掛ける。

 

「――そこまでだ。閣下の御身のことも少しは考えろ。いらぬ話をしたいのであれば日を改め別の機会にしろ」

 

だが険しい表情を浮かべた伊吹が、それに待ったをかけた。

 

なんだ?

 

突然険悪なムードに包まれた2人の姿にカズヤは戸惑いを隠せない。

 

「そう……ですね。今回ばかりは私が間違っておりました。今の話の続きはカズヤ様のお体が本調子に戻ってからということで」

 

ピリピリとした空気が流れ部屋の中がシーンと静まり返る中、セリシアが静かにそう言った。

 

それを切っ掛けにピリピリとした空気は霧散したが、今度は言い様のない重苦しい空気が部屋の中に沈殿することになった。

 

「――それではそろそろ、おいとまさせて頂きましょうか」

 

「そうだな」

 

しかし、それもカズヤがいる病室を重苦しい空気で満たしていることを、よしとしなかったセリシアがアデルに声を掛け退室を促した事で解消される。

 

「では、カズヤ様。また参らさせて頂きます」

 

「じゃあな、カズヤ」

 

「あぁ」

 

2人はカズヤとの別れを惜しみながら病室を去っていった。

 

「伊吹、セリシアと何かあったのか?」

 

セリシアが引いた事で一先ずは重苦しい空気が無くなり、平穏を取り戻した病室で憮然としていた伊吹にカズヤが問う。

 

「いえ、総統閣下がお気になさることでは……」

 

「伊吹」

 

「……私兵を持たせろというセリシアと少し揉めております」

 

無駄な心配事を増やすまいと気を利かせて言葉を濁した伊吹だったが、カズヤに少し強めに名を呼ばれ重い口を開く。

 

「私兵を?どうしてまた」

 

「閣下を敵から守るための護衛隊を編成するため私兵を持ちたいと。人員は長門教の信徒や捕虜にした7聖女で賄うとも言ってきております」

 

「それはまた……セリシアは親衛隊に喧嘩を売るつもりか?」

 

伊吹の口から語られた話にカズヤは眉をひそめた。

 

何故ならセリシアの要求はカズヤの身辺警護をこれまで担ってきた親衛隊に対して、貴様らは役立たずだ。だから私達が代わりをやると言っているに等しいからである。

 

「まぁ、裏切る心配がないセリシアなら私兵を持たせることもやぶかさではないが……それが俺の護衛目的となると話が変わってくるからな……」

 

「えぇ、それに……セリシア以外にも今回の件を受けて護衛部隊を作らせろという者達が」

 

「なに?」

 

「陸海空、それに海兵隊の長官ら等々、数人です」

 

「あいつらか……」

 

パッと脳裏に浮かんだ我の強い面々にカズヤはため息をもらした。

 

「分かった。護衛部隊の件は俺が皆に話をつける。今まで面倒をかけたな、伊吹」

 

「いえ、もったいないお言葉です」

 

これまで日の当たらない裏方で活躍していた伊吹はカズヤから直々に送られた労いの言葉に嬉しそうに頬を弛めたのだった。

 


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