防衛用というよりは暴動対策の一環として試験配備されていたアサルトアーマー2体と武器庫から重火器を引っ張り出して来た看守達、そしてパラベラム軍が捕虜達に支給しているオレンジ色のつなぎやセリシアがデザインを考えたオリジナルの修道服に身を包み刺又や警棒を持った無数の長門教の信徒達を従えたセリシアとアデルは捕虜収用施設の運動場で布陣を整え、その時を待っていた。
「クソッ!!退け、退けぇぇーー!!」
「もたもたするな、急げ!!」
応戦する中で到底敵う相手ではないと肌で感じとり頭で理解しつつも、己の職務を果たすべく身命を賭けて侵入者達と戦っていた警備兵達が遂に防衛線を保てなくなり雪崩を打って後退し、ほうほうのていでセリシア達の布陣の中に逃げ込んだのと同時に彼女達は姿を現した。
ローウェン教教会の保有する戦力である教会騎士団の騎士数百名をぞろぞろと後に引き連れ、威風堂々先頭を行くのは見目麗しくも戦装束や修道服の上に各自の防具を纏い聖具で武装する7聖女達。
序列第1位のアレクシア・イスラシア。肩書きは『パラディン』所有する聖具は宝剣バスターブレード。
サラサラとした長い金髪に細身ながら肉付きのいい体、そして体の細さをより強調するその巨大な胸が特徴的な凛々しい美女。
序列第2位、ゾーラ・ウラヌス。肩書きは『ランサー』所有する聖具は魔槍ペネトレイトスピアー。
深紅の修道服に身を包み、短く切り揃えられたボサボサの朱髪に鋭い目付き、長身でしなやかな体つきが狼を連想させるワイルドな美女。
序列第3位、ジル・キエフ。肩書きは『アーチャー』所有する聖具は聖弓ミーティアボウ。
腰の辺りまで伸びたエメラルドグリーンの鮮やかな緑髪を三つ編みで一束に纏め、顔には花が咲いたような朗らかな笑みを浮かべている。
そして人当たりの良さそうな優しげなオーラを漂わせる慈愛と母性に満ちた美女。
序列第4位、ゼノヴィア・ケーニヒスベルク。肩書きは『シールダー』所有する聖具は大盾ガーディアンバックラー。
全身を包むフルプレートアーマーを着用しているため容姿は分からない。分かるのは7聖女の中で一番背が低いということだけである。
序列第5位、ティルダ・ハギリ。肩書きは『アサシン』所有する聖具は霊装インビジブルコート。
スタイルだけを見れば他に負けず劣らずのものを誇るが、黄色人種のような淡黄白色の肌に姫カットの黒髪に黒眼という、どこか日本人を匂わせる顔立ちの美女。
序列第6位、キセル・オデッサ。肩書きは『ファイター』所有する聖具は八籠手オクトナックルガード。
チョコレート色の肌に安産型のプリっとしたお尻、更に豊かな胸を兼ね備えた肉感的な美女。
序列第7位、イルミナ・レノン。肩書きは『メディック』所有する聖具は治癒杖リカバリースタッフ。
栗色の長髪をポニーテールで纏め、つり目にメガネという気の強そうな女性の特徴を備えた美少女。
そんな7聖女達は布陣を整え待ち構えていたセリシアとアデルの姿を視界に捉えると歩みを止める。
不気味な沈黙が場を支配し双方が無言で探るような視線を飛ばす中、初めに言葉を口にしたのはアレクシアだった。
「……久しいな、セリシア」
「……えぇ、そうですねアレクシア。で、ここへは何をしに来たのですか?」
「何を?それは勿論――」
「お姉様とアデル様を、それに信徒の皆を救いに参ったのです!!」
アレクシアの言葉を遮り声を上げたのはセリシアに熱い視線を向ける序列第7位のイルミナであった。
「ですから早く帝国に、聖地に帰りましょう、お姉様!!こんな異教徒達が暮らすおぞましい場所から一刻も早く!!」
「……」
「……お、お姉様?」
イルミナは懇願するようにセリシアへ言葉をぶつけるが、セリシアから返ってきたのは無言と侮蔑の視線であった。
「聖女セリシア、どうしたというのですか?」
以前は師弟関係にあり、特に親しかったはずのイルミナの言葉にも、さして反応を示さないセリシアの姿に大司教レベルク・アントノフが笑顔を顔に張り付けたまま口を挟む。
「……大司教様?私の事を聖女と呼ぶのはお止め下さい」
レベルクが発した癪に障る単語に気分を害したセリシアは眉を吊り上げる。
「何を言うのです、聖女セリシア。貴女が7聖女の一員であることは紛れもない事実なのですよ。それに……あぁ、彼女の事を気に掛けているのですか?彼女――貴女の教え子のイルミナがここに居るのは貴方がカナリア王国への侵攻でこの国の捕虜となってしまったため、その代理として7聖女に任命されたのですよ。貴女が戻って来たら、貴女には7聖女に復帰して頂くつもりですから何も気にすることは無いのです。これは聖女イルミナも了承済みの話ですから」
「……そんな事を言ってるのではありません」
「どういう事ですか?聖女セリシア」
「だから――聖女と呼ぶのを止めろと言っている!!」
言葉を荒らげ激昂したセリシアの姿に場がシーンと静まり返った。
セリシアは聖女と呼ばれる度に自身が正義の名の下にこれまで行ってきた宗教弾圧――自身が召喚した魔物を使っての異教徒の虐殺光景が脳裏にフラッシュバックし精神的な苦痛を味わっていた。
「先に言っておきましょう……私とアデル、それに捕虜となった者達のほとんどは帝国に帰ることなど望んではいません、帰るつもりもありません。そして私がローウェン教を信仰し7聖女として働いていたという事実は私の人生で最大の汚点です!!」
セリシアの宣言に7聖女達は唖然とし、大司教のレベルクは笑顔をひきつらせ、教会騎士団の騎士達はどよめく。
「せ、聖女セリシア!?一体何を言っているのですか!!帝国に帰らない!?笑えない冗談です!!それに……いや、そんな事よりもこの世を遍く照す聖なる宗教であるローウェン教を信仰していた事が最大の汚点とは聞き捨てなりません!!いくら貴女でも異端審問は免れませ――……あぁ、なんという悲劇。信じたくはなかった。嘘であると思いたかった。ですが、事ここに至って辛く悲しい現実を受け止めねばならないようです」
言葉の途中でハッとし、天を仰ぐレベルク。
「聖女セリシア、貴女はやはり敵の術をかけられ操られているのですね。可哀想に……ですが、ご安心なさい。すぐに我々が術を解いて差し上げますから」
「クソ、やはり事前の情報通りなのかセリシア……待っていろ。今、目を醒まさせてやるからな」
「あぁ……なんて可哀想なお姉様」
「操られて?何をバカな事言って……いえ、それよりも……フフッ、アハハハハハッ!!ローウェン教がこの世を遍く照す聖なる宗教?ククッ、お笑い草にも程があります!!」
レベルグの言葉を耳にしたセリシアは獰猛な笑みを浮かべながら腹を抱えて笑い出す。
「何がおかしいというのですか!!ローウェン教は唯一無二にして絶対的な神、ローウェン様を奉る聖なる宗教であり、そしてそのローウェン様の至高の教えを説いている最も尊い宗教なのですよ!!」
「フンッ、絶対にありえませんが、例え兆や京、それ以上の果てしない那由多の彼方の確率でローウェン教が至高の教えを説いている最も尊い宗教だとしても、それに遣える者達が腐敗していては意味がない」
「どういう意味ですか?それは」
「言葉通りですよ、大司教様。表向きには清貧を誓い清廉潔白を謳う神父や司祭達が裏では食に溺れ、酒に溺れ、女に溺れ、権力に溺れ、富に溺れ、真に貧しき信徒からは布施と偽り金品を巻き上げ、それを権力者に送って賄賂にするか自分の懐に仕舞い込み私腹を肥やす。信徒達を守り模範となるべき教会騎士団の連中は権力と力を笠に罪もない信徒や無辜の民に言い掛かりを付けて暴力を振るう。これが罷り通る、見てみぬフリをする、腐り果てた宗教が、この世を遍く照す聖なる宗教な訳がない!!」
「うーん。あー……お前の言うことが間違っているとは言わない。けどよ、それは極一部の奴等だけだろ?」
「そうよ、セリシアちゃん。人は道を違えてしまう事があるだからこそローウェン教の教えが必要なのよ」
『悔しいけれど教会の一部が腐敗しているのは事実。だけど私達が信仰する神の、ローウェン教の教えは間違っていない』
ローウェン教教会の公然の秘密とされている裏の顔を暴露したセリシアに反論したのは序列第2位のゾーラと序列第3位のジル、序列第4位ゼノヴィアだった。
「……では、ゾーラ、ジル、ゼノヴィア、貴女達3人に問いましょう。貴女達がそこまで信仰するローウェン教の神が私達にもたらしたモノは何ですか?」
「あぁ?また訳の分からない事をお前は……まぁ、いいや答えてやるよ――救いだな」
「平和かしら?」
『秩序だ』
「やはり度しがたいバカしかいないのですね」
「「『なっ!?』」」
3人の答えにセリシアは侮蔑を以て返答とした。
「妖魔や獣人を個として認めず、ましてや排除を行う狭量極まる神が救いを、平和を、秩序を、我々にもたらしたなどと本当に思っているのですか?」
「じゃあお前の答えは何なんだよ!!」
「私達にもたらされたのは地獄と戦争と混沌です」
自身の答えを否定され、しかもバカにされたせいで怒り心頭のゾーラの問いにセリシアは飄々と答える。
「はぁ……無駄な茶番劇はもうやめにしませんか?」
「私もティルダに賛成だね」
セリシアの言葉に今にもゾーラが飛び掛からんとした時、序列第5位のティルダと序列第6位のキセルが声を発した。
「……貴女達も何か言いたい事があるのでは?」
「ありませんよ。ナガトとかいうすけこましの男にたらしこまれた裏切り者の貴女には
「そうそう。何でもナガト教とかいう異端の宗教を開いちまったアンタにはね」
「ちょ、ちょっと待ってください!!お二人とも!!お姉様は敵に洗脳されているだけです!!」
「そうだぞ、2人とも。お前達も知っているはずだ。セリシアがどれだけ敬虔な信徒であったのかを。そして、そんなセリシアを歪めてしまった下劣で卑怯な男の存在を」
セリシアを擁護するつもりで声を上げたアレクシアとイルミナの2人だったが、その行動が完全に裏目に出てセリシア堪忍袋の緒を引き千切ってしまうことになる。
「今、今なんと言いましたか、アレクシア?わ、私の耳ではカズヤ様の事をげ、げっ、げ、下劣で卑怯な男……と言ったように聞こえましたが?」
「あぁ、そうだ。渡り人であるナガトカズヤは敬虔な信徒であったお前を下劣な欲望の為に洗脳し歪め、ましてや自分を神と崇めさせている救いようのない男だと言ったんだ」
「そうです!!お姉様!!貴女はナガトという男に操られているのです!!お願いですから目を覚まして下さいませ!!」
「――けるな……ふざけるな……ふざけるなァァッ!!あの方の事を何も知らない貴様達がカズヤ様を侮辱し愚弄する事だけは――何があろうと許さないッ!!」
「「「「「「『ッ!?』」」」」」」
これ以上無いほどの怒りで顔を歪めたセリシアの怒声に教会騎士団の騎士や大司教はもちろん、7聖女達でさえ一瞬ではあるが、完全に気圧されていた。
そして激怒した当の本人といえば、カズヤを侮辱された事で完全に頭に血が登り、怒りで息を荒げ全身を震わせながら腹の底で煮えくり返り暴れまわる激情を押さえ込むのに必死であった。
「お、お姉様……」
「ハァ……ハァ……。ふぅ……いい機会ですし、何やら誤解しているようなので言っておきましょう。私は洗脳なんてされていません。そして私があの方を崇拝しているのは自らの意思によるものです!!」
「……いや、セリシア。お前はナガトに洗脳されて――」
「加えて誤解の無きよう言っておきましょう。カズヤ様の洗脳というのは怪我を負った者や病魔に冒された者を治療するためにカズヤ様自身の魔力を対象に直接与えた際に副次的に発生する事象です」
「なに!?自身の魔力を他者に直接与えているだと!?」
セリシアの言った事に対し、この場にいたほとんどの者がアレクシアと同じように驚きを露にした。
「えぇ、私も事実を知った時には随分と驚きました。私達のこの世界での治癒魔法は使用者が自身の形無き魔力を詠唱という媒介を使い変換し治癒魔法という具象に置き換えているだけ。それ故に魔力の変換の際に無駄に使い潰す魔力が必ず発生しているため劇的な回復は望めません」
「……」
「ですが、カズヤ様は自身の魔力を100パーセントそのまま対象に送り込む事で、対象の治癒力を劇的に向上させ、またカズヤ様の魔力を対価として失われた四肢の再生さえも可能としています」
「な、何とも信じがたい話だが……それが事実だとすればナガトという男の治療を受けた者はやはりナガトの魔力の影響を受け一種の洗脳状態に陥るのではないのか?」
アレクシアの問いにセリシアは満面の笑みで答える。
「えぇ、その通りです。カズヤ様の治療を受け回復した者は怪我や病魔の程度――つまりは送られた魔力量にも左右されますが、例外無くカズヤ様に好意を抱くようになります。ですが……それも極々一時的なもの。時間が経てばカズヤ様の魔力は自然と霧散します。加えて言えば魔力制御に長けている者であれば自身をカズヤ様色に染め上げているカズヤ様の魔力を制御下に置く事も可能です」
「「「「「「『……』」」」」」」
セリシアの発言を半信半疑で聞いていた7聖女達は、これ以上の問答が無駄だという事を理解し方針を転換することにした。
何故なら、以前の7聖女の中で魔力制御が一番上手かったのがセリシアであるからだ。
……これだけ嘘と事実を混ぜておけば信じるでしょう。
最もセリシアの言葉が多大な嘘と極僅かの事実から成り立っているということは誰も知らない。
そして余談ではあるがセリシアの話を横で聞いていて真に受けたアデルは、これまでカズヤの洗脳を受けたからカズヤの事を好いているんだと思い込んでいたのだが、セリシアの話で自身が洗脳されているからではなくただ単にカズヤに惚れているのだと新たに思い込み、人知れず悶えていた。
「セリシア、お前のその話が本当だと、お前が正気だとして……最後にどうしても聞きたい。何故お前はローウェン教を捨ててまでナガトという男を崇めるんだ?」
「私がカズヤ様を崇める理由ですか?」
アレクシアの未練にも似た最後の問い掛けにセリシアは自身の思いをぶちまける。
「簡単なことです。ただ単にあの方の働きを間近で見て知って感じて、そして私の全てを捧げるのに相応しいと思ったからです」
「お姉様の全てを……捧げる?」
「えぇ、そうです。貴女達の神は死にかけた者を死の縁から救い上げてくれますか?両目と四肢を失い全身が焼け爛れ醜く変貌し死にかけている敵国の女を助けますか?飢え痩せ細った者達に無償で施しを与えますか?広い心を持ち妖魔や獣人と分け隔てなく付き合いますか?些細な理由で忌み嫌われ、迫害され死を望まれた悲しき者達を奈落の底から救い上げ居場所与え慈愛を注ぎますか?戦で捕らえた捕虜に暴力を振るうことなく、また奴隷としてではなく人として扱いますか?殺戮や混沌ではなく安息や悦楽を与えてくれますか?――否!!ローウェンは無闇な殺戮を繰り返させ混沌と憎悪を世界に際限なく振り撒くだけ!!そんな忌むべき神とは違いカズヤ様は私を私達を本当に救い導いて下さるお方!!いくら祈ろうとも何の救済も、もたらさず飾りとしての価値しか無い神とは違う!!あの方こそが神!!現人神としてこの世に降臨なされたお方!!故に我らの祈りを血を肉を魂を捧げ崇拝し信仰するに相応しいお方なのです!!」
「「「「「「『……』」」」」」」
セリシアの口から機関銃の如く吐き出された言葉にローウェン教側の誰もが唖然とし固まっていた。
「ちょっとお待ちなさい……聖女セリシア。悦楽とは、まさか貴女は!?」
「えぇ、処女ならとっくの昔にカズヤ様に捧げていますよ。ちなみにアデルもです。あぁ、今思い返してみてもなんて甘美な一時だったのでしょう。膜を貫かれて肉を耕され子種を腹の奥に植え付けられる瞬間など至高の瞬間。フフッ、この前のアデルなんて最初は恥ずらっていた癖に最後はカズヤ様を押し倒した上、恥も外聞も無く抱きついて獣のように子種を要求していたんですよ」
「ちょ、セリシア、何を!?」
脱処女やその後の性活の状況を勝手に暴露されたアデルが真っ赤に茹で上がる。
「ッ!?おおぉ……おおおぉぉぉ……っ!!なんという、なんということだ。聖女セリシア、勇者アデル。いやセリシアとアデルよ。貴女達はなんと愚かで穢らわしい存在になってしまったのかっ!!」
「お、お待ちください大司教様!!今のセリシアはどう考えても普通ではありません!!勇者アデル様もです!!やはり2人は洗脳されて――」
「お黙りなさい!!洗脳されていようがいまいが関係ありません!!事実としてあの者達はもう穢れてしまっているのです!!穢れてしまった者には2度と元の清らかさは戻ってこないのです!!故に――」
処女では無くなったというセリシアとアデルに大司教レベルクは演劇染みた身動きで膝から崩れ落ち、両手を天に掲げ嘆き悲んだ後、アレクシアの制止を振り切り開戦の切っ掛けとなる台詞を放つ。
「――消すのです。穢れてしまったあの女達を。殺すのです。あの穢れた女達に付き従う元信徒達を。滅するのです。畜生にも劣る男に誑かされた憐れな咎人達を!!忌むべき背教者達を!!」
「ッ!?また……カズヤ様を……侮辱しましたね?事もあろうに畜生にも劣ると……言いましたね?いいでしょう。もう我慢ならない。カズヤ様を侮辱した事、死を以て償うがいい!!」
双方の頭に血が登り、場の制御が取れなくなる。
そうして戦いを避けることは不可能になり監獄島での戦闘が今まさに始まろうとしていた。