カズヤによってベヒモス、リヴァイアサン、ジズと仮称された三体の巨大な魔物が各地に突如出現してから一夜明け。
本来であれば春らしい暖かな朝日が燦々と降り注いでいるはずの時間帯であったが、ベヒモスが背負う火山から途切れる事なく噴出し続ける大量の火山灰により辺りはまるで夕暮れ時のように薄暗く視界が悪かった。
そんな悪条件の中、刻一刻と迫り来るベヒモスとその取り巻きの魔物達を撃滅するべくパラベラム軍は第2防衛線上のネラル川の両岸に重厚な防御陣地を構築している真っ最中であったが、集結している戦力の規模はどう見繕っても一個師団+α程度で少なくとも当初の動員予定である三個師団は居ない事が確実であった。
その訳は広範囲に、しかも大量に降り積もった火山灰によりパラベラムが敷設した周辺一帯の鉄道網が麻痺したため隣のエリアから増援として鉄道輸送でやって来る予定だった陸軍第12師団や他の部隊が移動の途中で足止めを食らい戦力の集結が著しく遅れていたからである。
また、一帯の鉄道網が麻痺したということは大量の魔物を一撃で凪ぎ払う為に必要不可欠な大口径の大砲を装備した列車砲の到着も当然の如く遅れていた。
そして戦力の集結が遅れた結果、防御陣地の構築さえ本来の予定より3割程遅れている始末。
つまりパラベラム軍は初手から、作戦を開始する前から躓いていたのである。
「不味いな……このままだとベヒモスがネラル川に到達するまでに戦力の集結が間に合わないぞ……」
パラベラム本土の司令本部で、少しやつれた顔のカズヤが椅子に体を預けながら芳しくない報告を耳にし苦々しく呟いた。
「現在、出来る限りの手を尽くしていますが……こればかりはどうにもなりません」
カズヤとは対照的にツヤツヤとした肌に満ち足りた様子を見せる千歳が目を伏せ首を横に振る。
「うーん。空路もダメ、陸路も限定的にダメとなると打つ手がないぞ……八方塞がりだ」
「マスター、ラーテの機関と履帯に異常が発生しまた進軍が止まったとの報告が」
「……」
悪い時に悪い事は重なるのだろう。
戦力の集結が遅れ作戦遂行自体が出来るかどうか怪しくなってきた所に、今度はラーテが主要な幹線道路の1つを塞ぐ形で立ち往生したとの報告が千歳と同様に肌に艶のある千代田から為された。
「……移動再開の目処は?」
「現場の指揮官からは1〜2時間程で何とかしてみせると」
「……はぁ」
元より分かっていたことだが、重武装・重装甲を得た代償に足回りが脆弱なラーテの欠点がここに来てハッキリと露呈した形となりカズヤは大きくため息を吐いた。
ちなみに機動性の乏しいラーテには支援用のアサルトアーマーが付きっきりで移動の際の補助を行ってはいたが、それでも総重量900トンという驚異の自重は厄介な敵であり移動の障害となっていた。
「戦力の集結もままならんとは幸先が悪い。――……それはそうと千代田、ベヒモスの進路は変わりないか?」
「はい。ベヒモスの進路は依然として旧カナリア王国、王都バーランスに向かっているままです」
ベヒモスの進路からパラベラムが割り出した敵の狙い。
予測の域を出ないものではあったが、それはおそらく人口密集地である王都バーランスの破壊とそこに住まう民間人の大量虐殺、そして(火山灰による)旧カナリア王国領内に点在するパラベラム軍の基地の無力化であった。
元より旧カナリア王国領内へのベヒモスの侵攻を許せば未曾有の被害が生み出される事は明白であり、また敵の目的が予測出来た事でカズヤは今まで以上に引くという選択肢が選びづらくなっていた。
「……分かった。――総統閣下、今入りました情報によりますと第12師団の一部は鉄道輸送での移動を諦め川と車道による移動に切り替えたそうです」
「そうか……しかし、それでもギリギリだな」
腰周りが充実している伊吹の報告に僅かに安堵の色を表したカズヤだったが、それでもまだ問題は山積みであった。
「……ご主人様」
「ん?どうした、千歳」
「前線にいる部隊より火山灰による問題が頻発していると報告が」
「具体的には?」
「ハッ。通信障害を始め、火山灰が内部に入り込んでしまった電子機器や車両、武器兵器の不具合、現場にいる兵士達の健康被害等が挙げられています」
「通信障害はどうしようもないな……電子機器や車両、武器兵器の不具合も火山灰が舞っている現場で対処した所で無駄な抵抗だし……。兵士達の健康被害については確か対NBC装備のガスマスク――MCU-2/P防護マスクで対処しているんだったな?」
「はい、あらかじめ各兵士に配ってあったMCU-2/P防護マスクでとりあえず対処させていますが、それも使用限界が近いため後はN95マスクとゴーグルで対応するしかありません」
「……兵士達の為にも短期決戦で挑んでやりたいが、短期決戦に持ち込めば戦力の集結が間に合わないと」
前線で火山灰まみれになって働いている兵士達の苦労を忍ぶカズヤだったが、既にカズヤが出来ることは限られていた。
「……この悪条件の中で何とか勝機を見出だして勝てる事を祈るしかないか」
戦闘が始まるまでおよそ3時間。
カズヤ達にとって、もどかしい時間がゆっくりと流れていった。
――――――――――――
草木や土、空までもが灰色に染まった世界でパラベラム軍による避難指示を拒絶し魔物に食い殺された住人達の亡骸ごと城塞都市バラードを踏み潰し、跡形もなく破壊したベヒモスが遂にパラベラム軍と対峙する。
「とうとう間に合わなかったか……」
巨大な6つの足をゆっくりと動かし大地を抉り陥没させながら前に進むベヒモスの姿が映し出されているディスプレイを眺めつつ作戦指令室の椅子に腰掛けたカズヤが戦力の集結が間に合わなかった事に対し悔しげに呟く。
「千歳、こちらの戦力は?」
「ハッ、現時点で第2防衛線に展開出来たのは海兵隊第5師団と陸軍第4師団、加えてアサルトアーマーが30、カノーネパンツァーが20、タロスやその派生型のパワードスーツを装備した特殊機械化歩兵が60。その他、河川哨戒艇や河川砲艦の類いが20隻となっております」
「千代田、現有戦力でベヒモスとそのオマケの魔物と戦った場合の勝率はどれぐらいだ?」
「……取り巻きの魔物の数が我が方の予想の範囲以内なら、よくて25パーセント。ちなみに増援が間に合ったとしても45パーセントに届くかどうかというところです」
「ということはだな、現状だと勝ち目がほとんどなく精々出来たとしても足止めが限界か」
やはり航空戦力を封じられたのはキツいな。
ラーテや列車砲、第12師団といった頼みの綱が何一つ届いていない状況にカズヤは頭を抱えていた。
「……第2防衛線に展開中の全部隊に通達。増援が到着するまで何としても持ちこたえろ、と」
「了解しました」
「それと千歳、最終防衛線にも戦力を集結させておいてくれ」
「……ハッ、直ちに」
ここに至ってカズヤは旧カナリア王国領の国境線に敷かれている最終防衛線への戦力の集結を指示し最悪の状況への対策を本格化させ始めた。
「ッ!!ベヒモスから離れる大量の生命反応を感知、魔物の大群が第2防衛線に向かって来ます!!数はおよそ3万、更に増大中!!」
「進攻中の魔物の画像データをデータベースと照合しましたが、該当無し。新種の魔物と思われます。なお飛行型の魔物の存在は確認出来ず」
「飛行型が居ないのは助かるが……新種だと?ディスプレイに出せ」
「ハッ」
カズヤの指示でオペレーターが前線に設置された監視カメラによって捉えられた新種の魔物の姿をディスプレイに流す。
「……でかいトカゲ?いや、こいつは土竜か。しかし、背中に背負っている筒状の物体は何だ?」
体長が4〜5メートルで紫色の見るからに固そうな鱗を纏い口からは鋭く伸びた牙を覗かせ、そして背中の中程から2本、にょきにょきと生えている筒状の物を背負いながら火山灰に埋もれた地上を疾走するトカゲのような魔物が映し出されたディスプレイを見てカズヤが首を捻る。
「セリシア。念のために聞くが、この魔物は見たことが――って、アデル?どうした?」
ディスプレイから視線を外して振り返り背後に控えているセリシアに初めて見る魔物の確認を取ろうとしたカズヤだったのだが、セリシアの隣で驚きに目を見開きワナワナと震えているアデルの姿が先に視界に入り質問する相手を変える。
「そんな……嘘だ……」
「アデル?」
「アデル、一体どうしたというのですか?」
カズヤの質問に答えることなく映像に釘付けになっているアデルを叱責するような声で問い掛けたセリシアだったが、それさえもアデルの耳には届いていなかった。
「この魔物は……俺の世界にいた奴等だ」
「なに?」
「第1次迎撃ラインに敵が接触!!戦闘が開始されます!!」
アデルの呟いた言葉にカズヤがピクリと反応した直後、ネラル川の両岸で待ち構えているパラベラム軍から前方15キロの位置に幾重にも張り巡らされた鉄条網を疾走する土竜達が難なく突破し、降り積もった火山灰をかき集め水を掛けて泥土化させた足止めエリアに侵入した。
そして土竜達が泥土化した火山灰に足を取られ、動きが鈍った次の瞬間。
足止めエリアの火山灰の中に敷設されていた航空爆弾――ネラル川の後方にあるスプルート基地(遥斗達が問題を起こした基地)から運び出され設置されたMk.84汎用爆弾が一斉に炸裂。
無数の火柱が土竜達の侵入を防ぐ柵のように立ち上ぼり、足止めエリアに侵入しもたついていた土竜達を跡形も無く吹き飛ばした。
しかも、計算され設置されていたMk.84汎用爆弾が爆発した後には幅15メートル深さ11メートルの巨大なクレーターが均等な間隔で出来ており、それが簡易の堀の役目を果たし、また土竜達の侵攻速度を遅らせ更に侵攻ルートを操ることにも成功していた。
「アデル、その話を詳しく聞かせてくれ」
「え、あ、あぁ、分かった」
数百体以上の土竜を仕掛けた爆弾により一瞬で葬った直後、次の仕掛けが起動するまでの僅かな間にカズヤはアデルから話を聞き出す。
「あれは……俺の世界にいた魔王が使役していた中級レベルの魔物で名はカノンズドラゴン……だがこれだけの数を一度に見たことはない。だって奴等は縄張り意識が強いから決して群れることはないはずなんだ。後、細かい所が違う気が……」
「そんな情報は後だ!!戦う際に気を付ける点は?」
「ッ、あの背中の筒――大砲から個体によって種別が異なるが、魔力弾やら火の玉やらを飛ばしてくる。射程は大体2〜300メートルだ。後は普通の土竜と一緒で体当たりや前足の爪、噛み付き、尾の攻撃に注意すればいい」
カズヤの一喝に思わず身を竦めたアデルだったが、すぐに気を取り直しカズヤが欲している情報を自身の記憶から引き抜き口にした。
「助かった、アデル。――千歳!!全部隊に今の情報を伝達、それと土竜とは出来る限り距離を取って戦うよう指示を出せ」
「了解!!」
火山灰による通信障害のせいでゆっくりではあるが前線にいる部隊に土竜の情報が伝達されていく中。
パラベラム軍の思惑通りに歩を進める土竜達は足止めエリアの次にM19対戦車地雷がこれでもかと敷き詰められた地雷原に突入。
土竜の足で踏み抜かれたM19対戦車地雷が次々と起爆する。
またバカの一つ覚えのように突撃を止めようとせず、地雷原に続々と足を踏み入れ命を散らしていく哀れな土竜達が後に続いた。
けれど、そんな光景を眺めているカズヤ達の顔色は優れなかった。
「千代田、今現在の敵の数は?」
「ハッ、現時点で敵の概数は我が方の予想値を大幅に上回る6万に達しています、しかも……敵の数は更に増大中です」
「6万!?……二個師団+αで耐えきれる数じゃないぞ」
カズヤ達の顔色が優れない理由、それは殺した数よりも土竜が増える数の方が多いからである。
「敵、地雷原を突破します!!後20秒で第2次迎撃ラインに侵入!!」
苦虫を噛み潰したような顔を見せたカズヤの呟きの後、オペレーター達が次々に報告を上げる。
「全砲兵隊、砲撃を開始!!着弾までおよそ25秒!!」
ネラル川から12キロの地点に設定された第2次迎撃ライン――二個師団の有する全砲兵隊による集中砲撃エリアに土竜が侵入する。
「着弾まで3、2、1……0!!」
無数の屍を築きながらも地雷原を強硬突破した土竜達の頭上に数多の砲弾が降り注ぐ。
それは海兵隊第5師団のM777 155mm榴弾砲やRAP弾――ロケット補助推進弾を使用する120mm迫撃砲 RT、M142 高機動ロケットシステムのHIMARS、M109A6155mm自走榴弾砲パラディン。
陸軍第4師団の155mm榴弾砲FH70や96式自走120mm迫撃砲、99式自走155mm榴弾砲、203mm自走榴弾砲、M270多連装ロケットシステムのMLRSからなる猛烈な砲撃であった。
「敵、損耗率18パーセントを越え更に上昇中!!」
土竜達は第2次迎撃ラインに踏み入れたそばから、流星群の如く降り注ぐ砲弾により木っ端微塵に吹き飛んでいったが、それでもなお前進を止めようとはせず前に進む。
「ご主人様、このままではっ!!」
「分かっている!!――増援はまだ到着しないのか!!」
「まだ少し掛かります、マスター」
「クソ……このままではジリ貧だ」
苛烈な砲撃がいつまでも続けられる訳ではないと理解しているカズヤ達の焦りは時間と共に増していく。
そして、遂にその時がやって来る。
「ッ!!砲兵部隊から通信、各ロケット砲の残弾ゼロ!!再装填に入ります!!」
「クッ!?」
このままだと……防衛線を抜かれてしまう。
面制圧に長けたロケット砲の攻撃が途絶えたのと同時に凶報がカズヤの元に舞い込む。
「第2次迎撃ライン突破されます!!」
明らかに降り注ぐ砲弾の数が減った集中砲撃エリアを土竜の群れが、これ幸いとばかりに駆け抜けていく。
「第3次迎撃ラインに展開中の第1機甲大隊による砲撃が開始されました!!」
事前に設定された罠や砲撃による迎撃網を潜り抜けた土竜の群れが津波のような勢いでネラル川の手前に築き上げられた時間稼ぎ用の前衛陣地に展開した陸軍第4師団の第1機甲大隊に肉薄する。
しかし、そうはさせじと第1機甲大隊から圧倒的な弾幕が展開される。
まず砲火を開いたのは第1機甲大隊に所属している50輌の10式戦車。
その50輌の10式戦車の44口径120mm滑腔砲からは自動索敵機能や自動追尾機能が付いたFCSによる正確無比な砲撃が行われ、また10式戦車の砲撃の隙を補うように89式装甲戦闘車の90口径35mm機関砲KDEや副武装の79式対舟艇対戦車誘導弾が絶え間なく撃ち出されていた。
それにより土竜の津波の勢いを幾らか削ぐ事には成功していたが、それでもまだ迫り来る土竜の勢いを完全に止めることは叶わない。
そのため、アサルトアーマーやカノーネパンツァー等の新兵器による迎撃も追加された。
「全機、気張れよ!!ここが正念場だぞ、俺達のここでの働きの如何によってはアサルトアーマーの未来が決まると言っても過言ではないんだ、何としても戦果を上げろ――攻撃開始!!」
『『『『了解!!』』』』
試験運用中のアサルトアーマーで編成された部隊を率いる部隊長の掛け声と共に戦場に新たな風が吹き荒れた。
それは魔法と科学が融合し誕生したアサルトアーマーが極少数しか試験配備されていない30mmアサルトライフル、57mm軽機関砲、88mm重機関砲、120mm狙撃砲等の試作兵器を使用し獅子奮迅の活躍を見せたからだ。
またアサルトアーマーに負けず劣らず、GAU-8アヴェンジャーを2門搭載し105mm榴弾砲を背負うカノーネパンツァー20輌が危険を省みず前に出てGAU-8アヴェンジャーの一斉射と105mm榴弾砲の水平射撃で土竜を凪ぎ払った。
だが、それでも迫り来る土竜の勢いは止まらない。
何故なら(土竜の数が多い事が最大の要因ではあるが)砲火を放った際に生じる衝撃波や各種砲弾の着弾による爆風で辺りの火山灰が舞い上がってしまい、迫り来る土竜の姿が隠れてしまうことで、どうしても照準が甘くなっていたからである。
つまり――当たらない弾ほど無駄なものはない、ということである。
最も辺り一面の地面を埋め尽くす程の個体数がいるため、目標を外した流れ弾はほぼ何かしらの戦果を上げていた。
「敵、第1機甲大隊に更に接近!!」
「第3次迎撃ラインに展開中の第1機甲大隊及び随伴部隊が前衛陣地より後退を開始」
土竜の進攻速度を鑑み、これ以上の戦闘は無謀だという判断を師団本部の将官達が下し陣前消耗から陣内決戦(ちなみに陣前消耗と陣内決戦というのは第一線において敵軍を消耗させておき、一時的な後退行動によって陣地内部に敵軍を誘い込んだ所で反撃を開始し、最終的に撃滅する陣地防御の方法である)へと戦術を転換。そのため第1機甲大隊とその随伴部隊にはネラル川の対岸にある本陣への後退が命じられた。
「ッ、後退命令を受領した!!指揮車より全隊に告ぐ!!全車後退、手筈通りに動け!!もたつくんじゃないぞ!!」
『第1中隊、了解!!味方部隊の後退を援護します!!』
『第2中隊、了解!!後退準備に入ります!!』
『第3中隊、了解!!これより後退を開始します!!』
後退が命じられると第3次迎撃ラインに展開している各部隊は牽制射撃を行いながら、あらかじめ決められていた順番で順序よく後退を開始する。
しかし繰り返された砲撃で舞い上がった火山灰により、もはや土竜の姿は欠片も見えなくなっていたため手当たり次第に撃ちまくりながら、また本陣に展開している部隊からの援護も受けつつの後退となった。
「第1機甲大隊及び随伴部隊の後退完了まで残り15分」
「川を越えればまた少し時間が稼げるな」
臨時に架橋された2つの橋を渡って後退してくる部隊の姿を見つつカズヤが少しばかり安堵の声を漏らした時だった。
その場にいた誰もが予想していなかった出来事が発生する。
「「「「ッ!?」」」」
「そんなッ!?後退中の第1機甲大隊の背後に土竜出現!!地中から現れました!!」
「出現した土竜の個体数、約5000!!現在も増加中!!」
「第1機甲大隊の退路が塞がれました!!完全に孤立、このままでは全滅です!!」
地中を密かに掘り進んでやって来た土竜の一群が防御線の内側に突如、出現したのだ。
しかも、場所が悪いことに後退中の部隊の真後ろに土竜が出現したため、未だ後退が出来ていなかった第1機甲大隊の10式戦車26両と89式装甲戦闘車10両、随伴部隊の一個歩兵中隊、特殊機械化歩兵20名が迫り来る土竜と地中から湧いてくる土竜に挟撃を受け孤立してしまった。
『後ろに敵だとっ!?不味い、後退中止!!後退中止!!』
『後退中止って、前からも来てますよ!?』
『退路がないぞ!!どうすればいい!?』
『囲まれた!!』
『クソ、各車応戦!!応戦し――ギャアアアァァァ!!』
混乱する部隊を纏めようと檄を飛ばしていた指揮車の10式戦車が土竜の砲撃を車体後部に受け爆発、炎上する。
そんな光景を目の当たりにし、孤立した部隊の混乱に拍車がかかった。
『嘘だろ!?隊長の戦車が殺られた!!』
『なっ、敵の弾が装甲を貫通したっ!?』
『土竜に撃たせるな!!殺られるぞ!!』
『撃たせるなって言っても、このクソみたいな火山灰のせいでどこに敵がいるか分かんねぇよ!!』
『と、とにかく撃て!!』
『適当に撃ったら味方に当たりますって!!』
『第1中隊よりHQ!!敵の奇襲を受け孤立した!!至急救援を要請する!!敵の攻撃は、土竜の砲撃は我々の背面装甲を貫通する!!繰り返す土竜の砲撃は我々の背面装甲を貫通する!!』
「「「「……」」」」
孤立した部隊から届く、混乱や恐怖といった感情で埋め尽くされた報告を耳にしながらも遠く離れたパラベラムにいるカズヤ達はただ見ている事しか出来なかった。
「……アデル」
目を覆いたくなるような惨状が映し出されているディスプレイから視線を外し振り返ったカズヤはアデルに問うた。
「……なんだ?」
「いくら至近距離とはいえ、10式戦車の背面装甲を抜けるほど、この魔物は攻撃力が高かったか?」
「いや、比較の対象がないから何とも言えないが……少なくともここまでの威力は無かった」
「そうか……と、なれば考えられるのはこの魔物に敵の手が加わっているという事か?」
独り言のように考えを口にしたカズヤの予想を裏付けるようにオペレーターが声を上げる。
「総統閣下、大変です!!孤立している部隊から送られてくる映像を解析した結果、土竜が撃っているのは魔力弾等ではなく、槍のような物体を撃っている事が判明しました!!」
「……決まりだな」
敵もやってくれる……ッ!!
能面のような表情の裏に激情を隠したカズヤが前線の様子が映るディスプレイに視線を戻す。
そこには土竜の挟撃の前に全滅しかけている第1機甲大隊と、それをどうにかして救おうとしている海兵隊第5師団や陸軍第4師団の姿が映っていた。
だが、海兵隊第5師団や孤立した部隊を除く陸軍第4師団は地中から出て来た土竜をネラル川で足止めし渡って来るのを防ぐので精一杯であった。
「地中からの進攻で第3次迎撃ラインを突破した土竜がネラル川の渡河を開始!!機雷原に入りました!!」
ネラル川に到達した土竜をまず出迎えたのは水陸両用車の荷台に搭載された94式水際地雷敷設装置が事前に敷設した2種類の地雷(機雷)。
直径45センチ、重量40キロの円盤型で沈底式の1型がネラル川に勢いよくザブンと飛び込んだ土竜を水柱と共に空に打ち上げ、全長65センチ重量45キロの円柱型で係留式の2型がネラル川を泳ぎ始めた土竜をこれまた水柱と一緒に空へ打ち上げる。
また土竜達がネラル川の渡河を開始したのと同時に第2防衛線を守る海兵隊第5師団や陸軍第4師団が持てる火力を全て集中し土竜の進攻を阻もうと必死に応戦。
そうしてネラル川は起爆する機雷や撃ち込まれる大量の銃弾や砲弾により、針山のような水柱を上げ続ける。
「て、敵がネラル川を越えました!!」
しかし、そんな激しい攻撃を物量でカバーする土竜達が、両師団の奮闘を嘲笑うかのようにネラル川の渡河に成功。
背負う2門の大砲から槍を撃ち出し、パラベラム軍に砲撃を浴びせ第2防衛線を食い破らんと攻勢を強めた。
「第5師団と第4師団は何か言ってきたか?」
劣勢に陥った自軍の姿に居ても立ってもいられなくなったカズヤはソワソワとしそうになる腰を意図的に落ち着かせながらオペレーターに尋ねた。
「ハッ、増援が来るまでは何がなんでも第2防衛線を死守し総統のご命令を遂行する、と」
「……孤立した部隊は?」
「……まだ戦っております」
「……」
救援の望みが絶たれた中、決して諦めず戦い続ける兵士の姿をカズヤが目に焼き付けていた、次の瞬間。
第1機甲大隊の前方から迫って来ていた土竜の群れが消し飛ぶ。
「……は?」
何が起きたのか分からずカズヤがキョトンとしていると、また土竜の群れが吹き飛んだ。
更にネラル川に今までの比ではない巨大な水柱が立ち上ぼり、土竜達が一掃される。
「何が起きた!?」
「この爆発は……れ、列車砲とラーテです!!グスタフ、ドーラ及び他の列車やラーテが射程圏内に到着し砲撃を開始したとのことです!!」
呆けたカズヤの代わりに千歳が事の次第をオペレーターに問うとそんな言葉が返ってきた。
そして、ここからパラベラムの巻き返しが始まる。
「第12師団の一部が第2防衛線に到着!!」
鉄道での輸送を諦め歩兵達を乗せて道路を走ってきた40両程のT-80UDやT-90が乗せてきた歩兵を下ろすなり主砲の125mm滑腔砲から砲弾ではなく対戦車ミサイルの9M119レフレークスを発射。
土竜が沸き出すトンネルを狙い撃ち、破壊に成功する。
またタンクデサント――戦車跨乗で第2防衛線に到着した第12師団の歩兵達が担いでいたRPOロケットランチャーを構え、発射。対岸の岸辺にいた土竜達を焼き払う。
それと時を同じくしてネラル川を下って来ていた20両の歩兵戦闘車BMP-3と30両の装輪式水陸両用装甲兵員輸送車BTR-90が孤立した味方部隊を救わんと主武装の100mm低圧砲2A70や30mm機関砲、主砲同軸のPKT 7.62mm機関銃を撃ちまくりながら逆上陸を開始する。
そして逆上陸を開始した機械化部隊が100mm低圧砲2A70や30mm機関砲、PKT 7.62mm機関銃、砲塔の上部に取り付けられたRPKS 5.45mm軽機関銃、AGS-17自動擲弾発射器で第1機甲大隊を襲っていた土竜を粗方排除すると今度はBMP-3やBTR-90の車内にいた歩兵が降車し展開。
軍事に疎い者でも、その姿形を知っているAK-47の系譜の最新型、AK-12や75連装ドラム型弾倉を装着したRPK軽機関銃で第1機甲大隊の直近にいる土竜を撃ち殺し第1機甲大隊の救出に成功する。
「味方は助けたぞ!!後退支援を頼む!!」
『第3砲兵連隊、了解。激しいのが行くぞ。注意しろ』
孤立した第1機甲大隊の生き残りである10式戦車12両と89式装甲戦闘車3両、随伴部隊の一個歩兵分隊、特殊機械化歩兵3名を救出した機械化部隊が後退するために支援砲撃を要請。
すると、これまた鉄道での輸送を諦め第2防衛線の後方に自力展開した2S7M203mm自走カノン砲がまず砲撃を開始。
地球では凡そ1000門超が生産され各国において現役で使用されている、この自走カノン砲は通常弾(ZOF-40榴弾)を使用した場合の射程が最大で37キロあり、RAP弾(ロケット推進弾)を使用した場合は47〜55キロの射程を誇り、この射程距離は野砲の中では最大級である。
また与圧式NBC防護装置を搭載しているため、NBC汚染環境下でも行動は可能となっているが、砲撃準備は外で作業しなければならないため汚染環境下での操砲は不可能という矛盾も抱えている。
そんな2S7M203mm自走カノン砲に続いて砲撃を開始したのがA-222 130mm自走沿岸砲。
この兵器は指揮統制車が1両、射撃ユニット車が4〜6両、戦闘支援車が1〜2両で1つの射撃単位を構成しているが、射撃ユニット車にも光学式の照準装置が備えられており、また手動による砲弾の直接装填が可能となっているため単体で装輪式の自走砲として行動することも可能である。
そして2S7M203mm自走カノン砲やA-222 130mm自走沿岸砲の砲撃の隙間を埋めるのがサーモバリック爆薬弾頭装備の220mmロケット弾発射器を備えたTOS-1ブラチーノである。
これらの砲撃に加え海兵隊第5師団や陸軍第4師団の砲兵部隊、更に列車砲群、ラーテの砲撃は苛烈を極めた。
その結果、滝のように降り注ぐ砲撃に不利を悟ったのか土竜達が踵を返し撤退。
パラベラム軍は第1機甲大隊の救出だけに留まらず土竜の撃退にも成功した。
それによりパラベラム軍は戦線を再構築し戦術を考え直すための時間を稼ぐことが出来たのだが、これ以上ネラル川流域での戦闘は不可能だと判断されたため当初の作戦案が破棄され全部隊がスプルート基地への撤退を命じられ、戦いは振り出しに戻った。