夕闇に紛れ遥斗の麾下にある第5小隊の兵士達が完全武装の状態で基地の中をコソコソと移動していた。
ちなみに遥斗達は、まだ反逆行為を行っていないので堂々と移動しても良いのだが、途中で顔見知りにでも遭遇し時間を取られるのを嫌って人目を避けている。
「作戦開始まで後、15分か……」
人目につかぬよう物陰から物陰へと移動を続ける遥斗がそう呟いた時だった。
ドカン!!と凄まじい爆発音が響き、次いでけたたましい警報音が基地内を満たす。
「っ!?あっちだ、急げ!!」
「なっ、爆発!?敵襲なのか!?」
「何が起きたんだ!?」
爆発の直後、すぐに憲兵や消火要員が爆発箇所に走って行き、次いで銃声が聞こえたため基地にいた兵士達が武器を片手に走り出す。
「……おいおい」
アレはやり過ぎだし、何より作戦開始まで早すぎる!!第1分隊は何をやっているんだ!!
陽動にしてはやり過ぎな爆発を確認した遥斗は慌てて第1分隊に連絡を取る。
「第1分隊応答せよ!!やり過ぎだ、何をやっている!!」
『こ、こちら第1分隊!!先程の爆発は我々がやったモノではありません!!避難民の中に敵性工作員が多数混ざっていたようで、ソイツらがやりました!!』
「なんだと!?それでそっち状況は!?」
『現在、敵性工作員と交戦中です!!奴らかなりの手練れのようで中々くたばりません!!クソッ、右から来るぞ!!撃て!!っ、フェルメール!!お前は頭を下げてろ!!』
『ヒィィ!!かすったであります!!』
無線から漏れ聞こえる部下の声からは苦戦している様子が読み取れた。
チクショウ、こんな時に限って!!
捕虜救出を諦め、補充兵である新兵が大半を占めている第1分隊への救援に向かうべきかと遥斗が悩んでいると、小林准尉が遥斗の肩を叩く。
「隊長、第1分隊の連中には基地の兵が加勢するはずです。我々は我々の目的を達成するべきかと」
「この人の言う通りじゃないの?今行けば私の時みたいに手遅れになるわよ、だから……先を急ぎましょ」
「……そうだな」
小林准尉とレミナスに諭された遥斗は足の行き先を爆発現場とは真逆の飛行場に向けた。
「お〜い!!」
「ん?なんだ?」
飛行場に隣接しているハンガーの中で積み込み作業を終えようとしていた第11技術試験小隊所有のC-130Jの側にいる兵士に遥斗の部下が手を振りつつ、なに食わぬ顔で近付く。
「さっきの爆発の件を知っているか」
「あん?あぁ、敵性工作員の件だろ、それが――むぐっ!?」
部下の1人が後部ハッチにいた搭乗員の気を引いている間に遥斗以下9名がC-130Jの機内に雪崩れ込み、機内にいた試験小隊の技術者や兵、搭乗員を次々に拘束していく。
「動くな!!」
「両手を頭に!!」
「……おいおい、これは何の冗談だね?」
89式小銃の銃口を向けられた白衣の男が両手を挙げながら呆然とした様子で呟いた。
「黙ってろ、――准尉、そっちは!?」
「予想通りです、何時でも出せます!!」
コックピットの制圧を担当した小林准尉が唖然としている3人のパイロットに9mm機関拳銃を突き付けながら遥斗の声に答えた。
「よし、行け!!出発だ!!」
「了解です。――ほら、出発しろ」
「出発だと!?貴様らこれは何のマネだ!?」
「事情は後で説明してやる。今はさっさと機体を出せ、さもないと……後は分かるな?」
「グッ、……分かった」
小林准尉に銃口を向けられ無理矢理従わされているパイロットは悔しげに頷いた。
こうして機内を制圧しC-130Jを手に入れた遥斗達はいよいよもって引き返す事の出来ない道へと進み出す。
「余計な事は言うなよ?」
「……分かってる……こちらA9―2033。管制塔、離陸許可を願う」
両翼に搭載された4基のロールスロイス・アリソン製のAE 2100D3エンジンを唸らせ、ゆっくりと進み出したC-130Jのコックピット内で緊張感を漂わせる会話が交わされる。
『――管制塔よりA9―2033へ。先程、伝えたはずだがテロの騒ぎで全ての離着陸は一時中断だ。直ちにその場で停止し待機されたし』
「……だそうだが?」
管制塔からの返答を聞いたパイロットが小林准尉と後からやって来た遥斗に伺うような視線を向ける。
「いいから、滑走路へ進め」
「だが管制塔からの指示に従わないとアンタらの存在がバレるぞ?」
「問題ない」
「……」
少しでも離陸までの時間を稼ごうとするパイロットの抵抗をバッサリと切り捨て遥斗は滑走路への移動を命じる。
『こちら管制塔、A9―2033。聞こえなかったのか?その場で――なんだ貴様ら!!やめ――』
管制塔からの通信が乱れたかと思うと遥斗達には馴染みのある声が無線機から流れ出す。
『こちら第2分隊、管制塔制圧!!隊長、今のうちに出てください!!』
「涼宮!?お前が何でそこに!!」
病院に入院したはずの涼宮少尉がいつの間にか第2分隊に参加していたことに遥斗が目を剥く。
『私だけ仲間外れは嫌ですから。――ご武運を』
「……了解した」
管制塔からこちらに向けて敬礼をしている涼宮少尉の姿を捉えた遥斗は苦笑いで敬礼を返す。
「離陸許可は出た。行け」
「……クソ」
障害が無くなったC-130Jは滑走路へと移動し、滑走を開始。
そして空へと舞い上がった。
その後、テロや第5小隊の反乱で混乱の坩堝に叩き込まれた基地からは奪われたC-130Jを追撃する機体が出せず、また通信設備のアクセスコードを涼宮少尉が変更しロックしていため近隣の基地への情報伝達も遅れ結果、他の基地からも追っ手が出ることはなく遥斗達は追っ手の存在を気にすることなく捕虜救出に専念することとなる。
――――――――――――
遥斗達の手によって奪われたC-130Jが位置灯の灯りさえ消し暗闇に溶け込むように夜空を飛んでいる。
「方位1―3―5。高度4000で飛行しろ」
「……分かった」
「さて、目標のコルサコフ城まで1時間か……」
「隊長!!こっちへ来てください、見せたい物が!!」
古鷹中佐達が囚われている城に着くまでの時間を遥斗が計算していると何やら慌てた様子の声が貨物室から上がった。
「ん?あぁ、分かった。――小林、ここを頼む。それとコイツらに俺達の状況説明もしといてくれ」
「了解です」
様子を見に行くために遥斗はコックピットを小林准尉に任せ、その場を後にする。
「隊長、こっちです。使える物が何かないかと、この機体の積み荷を確かめていたんですが……コンテナの中にコレが」
「……技術試験小隊の指揮官と技術責任者をここへ」
「了解」
遥斗はC-130Jの貨物室に積み込まれていたコンテナの内部を見て一瞬、呆けた後部下に指示を出した。
「強化外骨格……いや、戦術的襲撃用軽装操縦者スーツ――タロス……か」
コンテナの中に並ぶパワードスーツを眺めながら遥斗がボソリと呟く。
「隊長、連れてきました」
遥斗がタロスに触れていると部下が第11技術試験小隊の指揮官と技術責任者の両名を連れてきた。
「さっきは手荒な真似をしてすまなかった。――単刀直入に言う、これを俺達に貸して欲しい」
「……君らの事情は先程聞かせて貰った。その仲間を救わんとする心意気と覚悟はとても素晴らしいと思うが……――これは国家に対する重大な反逆行為だ!!手を貸す訳にはいかない」
……やはりダメか。
指揮官である技術中尉の返答を聞いて遥斗が肩を落としていると、技術責任者の肩書きを持つ白衣の男がまさかの返事を返してきた。
「……ふむ、実戦データを取らせてくれるなら3体程貸しても良いが」
「な!?ベルリッツ博士何を!!」
「まぁまぁ中尉、考えてもくれたまえ。ここで実戦データを取ることが出来ればタロスの性能を飛躍的に向上させる事が出来るはずだろう?それも、他の技術試験小隊よりも先んじて、だ」
「しかし、これは重大な反逆行為――」
「我々は銃を向けられ逆らえなかった。そうだろう?」
「……」
「それに彼らは我欲のために反逆行為を働いているんじゃない、仲間を救うためだ」
「彼らの話が嘘だという可能性も」
「彼らの目を見れば分かるよ。嘘ではないだろう」
「……はぁ……私は気絶させられていたので、何も知りません。えぇ、何も見ていませんし聞いていません」
「うむ、それでいい。――結論が出た。君らに3体貸そう」
「すまない、恩にきる」
「いや〜なに、実戦データが取れるなら構わんよ」
我関せずの態度を取った技術中尉を他所に技術責任者の男は笑いながら頭を下げる遥斗にヒラヒラと手を振る。
こうして実戦データを取る代わりに遥斗は第11技術試験小隊所有のパワードスーツ――タロスを使用出来る事になった。
コルサコフ城の直上、真っ暗闇の空から3つの塊が二手に別れ降下していた。
『隊長、下から接近してくる多数の物体を感知しました。お迎えのようです』
先行し降下している2つの塊、その片割れである重武装・高火力が特徴の強襲掃討仕様のタロスを装備した東伍長が無線で遥斗に警戒を促す。
「こちらでも確認した。竜騎士か飛行型の魔物だろう――迎撃するぞ」
『了解!!派手にやらせてもらいますよ!!』
「派手にやるのは構わんが、目的を忘れるなよ?」
近接戦闘と機動性を重視した高機動仕様のタロスを装備した遥斗が勇む東伍長に釘を刺す。
『大丈夫ですよ――レッツパ〜〜〜リィィィ〜〜〜!!』
……本当に大丈夫か?
東伍長の叫び声と同時に夜空にマズルフラッシュが瞬いた。
強襲掃討仕様のタロスの両腕に付属している2門のM214ガトリング銃――M134ミニガンを小型軽量化した物で5.56x45mm弾を使用、マイクロガンという通称が付けられている――から大量の弾丸がばらまかれ、3発に1発の割合で含まれている曳光弾が空に舞い上がっていた竜騎士達に突き刺さる。
そして竜騎士達を空中で挽き肉へと変貌させ、問答無用で地上へ送り返す。
『全障害物の排除完了!!』
あっという間に竜騎士を全騎撃墜し制空権を手に入れた東伍長が遥斗に対し誇らしげに報告した。
「よし、着陸するぞ!!気を抜くなよ!!」
『『了解!!』』
障害を排除した遥斗達はいよいよコルサコフ城へ突入した。
「分かってはいたが……敵だらけだな」
『暴れがいがありますね』
試作品である飛行用ブースターを一瞬だけ吹かし、落下速度を相殺した遥斗達はコルサコフ城の中庭に降り立つ。
だが、中庭に舞い降りてきた侵入者3人を取り囲むのは数千の魔物と数百の帝国軍兵士である。
『じゃあ手筈通りに隊長は中佐達を救出してきて下さい』
『こっちは我々でやりますから』
やる気マンマンの東伍長と砲撃支援仕様のタロスを装備した西山軍曹が遥斗にそう告げた。
「分かった……行くぞ!!」
C-130Jに残してきたレミナスから古鷹中佐達が囚われているであろう地下牢への道順を無線で指示された遥斗が駆け出すと同時に帝国軍も攻撃を開始。
コルサコフ城での熾烈な戦いが幕を開けた。
『そのまま真っ直ぐ!!』
「了解」
タロスに取り付けてあるカメラの映像をC-130Jの機内で見ているレミナスから遥斗に指示が飛ぶ。
遥斗はレミナスの指示通りに走るが、そんな遥斗を殺そうと数多の魔物が迫る。
しかし、1人突出した遥斗を八つ裂きにしようと迫る魔物達は次々と撃ち殺されていく。
『お前らの相手はこっちだ!!』
何故なら、M2重機関銃と比較すると発射速度はM2の半分程度だが、重量が約半分まで減少し射撃の反動も約60パーセント軽減することに成功しているM806重機関銃2門を搭載している西山軍曹が猛烈な弾幕を展開していたからである。
またM806重機関銃2門から発射された特別な12.7x99mm NATO弾が“飛翔中に弾道を変え”遥斗だけを避け目標を殺傷していく。
『コイツはいいや!!面白いぐらい命中するぞ!!』
飛翔中に12.7x99mm NATO弾が弾道を変えた理由は弾丸と目標の位置を追跡して弾丸に知らせるリアルタイム誘導装置――EXACTOシステムを西山軍曹のタロスが搭載しているからである。
「突入する!!」
M214とM806を駆使して何千倍もの敵を相手に暴れている東伍長、西山軍曹の援護を受け遥斗はコルサコフ城へ侵入した。
『右に曲がって直進、左に階段があるから、それを降りてまた直進!!』
迷路のようにごちゃごちゃしているコルサコフ城の内部を走る遥斗にレミナスの的確な指示が飛ぶ。
「地下牢はまだ先なのか!?」
『もう少し、あと左に曲がったらすぐよ!!』
「了解!!」
目的地が近いと言われ、遥斗が俄然張り切って最後の曲がり角を曲がった時だった。
「よし、着い――グハッ!?」
『遥斗!?』
曲がり角を曲がった先から飛んできた巨大な矢に遥斗は吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。
「や、やったぞ!!」
「仕留めた!!」
壁にめり込んだ遥斗を見て、そこかしこの通路から帝国軍の兵士達がワラワラと姿を現した。
「こんな急造品でも役に立つな」
魔法で土と岩を整形した物に手を加え、急造のバリスタを作って細い通路で待ち構えていた兵士達は喜びながら遥斗に近付く。
「こんな変な鎧をつけやがって」
「どんな奴なのか、見てみようぜ」
帝国軍兵士が遥斗の顔を見ようとタロスのフルフェイスヘルメットに手を伸ばす。
「痛てぇな、コンチクショウ!!」
だが、ヘルメットに手を伸ばした兵士の首を、死んでいなかった遥斗が引っ掴みバキッとへし折る。
「い、生きてるぞ!!」
「バケモノだ!!」
「うるさい、こちとら人間だ……イテテ……」
タロスのケブラーと磁性流体を利用したリキッドアーマーによって即死こそ免れていた遥斗だったが、巨大な矢が命中した衝撃であばら骨を4本程折られていた。
「ク、クソッ!!殺せ、コイツを殺すんだ!!」
「「「「うおおおぉぉぉーーー!!」」」」
死んでいなかった遥斗を殺そうと槍や剣を構え兵士が遥斗に殺到する。
「邪魔だ」
あばら骨が折れているため、思うように動けない遥斗はM84スタングレネードを手に取り安全ピンを引き抜くとポイッと放り投げた。
瞬間、狭い通路を約100万カンデラ以上の閃光と、160〜180デシベルの爆音(ちなみに飛行機のジェットエンジンの近くで120デシベル)が満たす。
そして一瞬の閃光と爆音が消えた後には失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状、それらに伴うパニックや見当識失調を発症した帝国軍兵士達が全員床の上に倒れていた。
「よっこら……せっ!!」
半死半生のような状態に陥った兵士達を乗り越え、遥斗は目的地である地下牢への扉をぶち抜く。
入り口を確保した遥斗はゆっくりと地下牢が並ぶ部屋に入った。
「ッ……」
部屋に入った途端、両脇にある地下牢の中にパラベラム軍の兵士達の惨たらしい死体が散乱しているのが遥斗の視界に入る。
だが、手遅れでは無かった。
「――お待たせしました、古鷹中佐」
「……来るのが少し遅い。ギリギリセーフだぞ」
地下牢の一番奥で裸に剥かれ両手を鎖で繋がれた古鷹中佐が背徳的な様相をさらしながらも不満気にそう言い放った。
「き、貴様!!どうやってここまで!?」
身動きの取れない古鷹中佐の側にいる太った男が唾を飛ばしながら吠えた。
「もっと早く来る予定だったんですが、ちょっと問題がありまして」
遥斗は男の質問をスルーしながら古鷹中佐に近付く。
「ヒッ、く、来るな!!そうだ、スリュウム!!やってしまえ!!」
肥え太った体に何も纏っていない男が後ろにいた触手だらけの魔物に命じる。
「テメェは黙ってくたばってろ」
しかし、遥斗が投げた直刀が男と魔物を纏めて刺し貫く。
「グベッ――ギャヒャアアアァァァァーーー!!」
魔物と一緒に直刀に貫かれた男は、直刀が魔物の溶解液を溜め込んでいる袋を貫いたこともあって、不運にも魔物の溶解液を被りドロドロに溶けながら、地獄の苦しみの中で死んでいった。
「ふぅ……古鷹中佐はご無事で?」
「私はな……他は皆、拷問で死んだ」
「そう……ですか」
「いろいろ言いたい事もあるが……基地に帰ってからにしよう」
「はい……」
古鷹中佐を繋いでいた鎖を断ち切り、救い出した遥斗は古鷹中佐を抱き上げ来た道を戻った。
「任務完了だ、逃げるぞ」
『ッ、隊長。ちょいと不味いですよ』
『弾切れの所に敵の増援です』
遥斗が古鷹中佐を抱いて地上へ戻ると魔物の死骸の山を築き上げた東伍長と西山軍曹から苦戦を伝えられた。
「飛行用ブースターを使って脱出――」
『魔物に壊されたんでパージしました』
『右に同じ』
……何だと!?
自身もバリスタの矢を受けた際に飛行用ブースターを破壊されていたので、部下に古鷹中佐を託して自分が囮になろうと考えていた遥斗は目を見開いた。
どうやってここを脱出すればいいんだ?
脱出の手段を失い、ヘルメットの中で遥斗が青い顔をしていた時であった。
キーンとジェットエンジン特有の甲高い音がコルサコフ城に迫って来たかと思えば、壁を背に固まっている遥斗達の周辺に機関砲の砲弾が着弾。
遥斗達を取り囲んでいた魔物や敵兵を爆砕する。
「な、なんだ!?」
『援軍!?』
『嘘……だろ』
呆然としている遥斗達の眼前に現れたのは千代田の分身が乗るYF-24であった。
『……またお前か』
こうして遥斗はまたもや千代田に命を救われることとなった。