「……」
「……」
カリカリとペンの動く音だけが響くカズヤの執務室の中で千歳はカズヤと2人っきりなっているという、その事実だけで心を満たされていた。
久し振りに他国の邪魔者達もおらず、また部下達にも非常事態以外は絶対に部屋に入ってこないようにと厳命してあるため千歳にとってかけがえのない安らぎの時間がゆっくりと流れていた。
……あぁ、幸せだ。
カズヤと2人っきりの状況という至福の時を満喫しリラックスしているせいか、いつもよりもペンの動くスピードが早くなっている千歳は目にも止まらぬ速さで次々と書類を片付けていく。
「……ふぅ、やっと終わった」
千歳が山の様に積み上がっていた自分の分の書類を片付け終わってから少しして、カズヤも自分の分の書類を片付け終えたのか役目を終えたペンを机に置き深く椅子にもたれ掛かる。
「お疲れ様です、ご主人様」
カズヤが仕事を終えるのを今か今かと忠犬のように待っていた千歳がすかさず労いの言葉を掛けて飲み物を差し出す。
「あぁ、ありがとう。……ふぅ、千歳この後の予定はどうなっていた?」
「この後に予定は何も入っていません。今日はこれでお仕舞いです」
「あれ、そうだったか……。じゃあ家に帰るか」
「はい」
本日の仕事を終えたカズヤは千歳に声を掛け子供達の待つ家に向かった。
「ゲフッ!!」
我が家である屋敷に到着し扉が開かれると同時にカズヤの帰りを待ち構えていた子供達が最早恒例となった突撃を敢行。
カズヤが子供達の津波によってノックアウトされる。
「こらお前達!!」
子供達の津波に一瞬で呑まれ姿を消したカズヤを助けようと千歳が一喝し、カズヤの上にひしめき合う子供達を退けようとする。
「「「お母さんが怒ったー!!」」」
「「「逃げろー!!お仕置きされちゃうー!!」」」
しかし子供達は千歳の魔の手をスルリとかわし、バタバタと賑やかな足音をたてて廊下の向こうへ逃げ去ってしまう。
「イタタタ……」
「大丈夫ですか?ご主人様」
「あぁ、なんとかな……ふぅ、元気がありすぎるのも困ったもんだ」
逃げ去った子供達が廊下の曲がり角から顔を出してこちらを窺いつつクスクスと笑っているのを見てカズヤはなんとも言えない顔でそうぼやく。
「だ、大丈夫ですか?旦那様」
「お怪我は?」
千歳の助けを借りて立ち上がったカズヤが服を叩いていると、メイド服姿の女エルフ達がワラワラとカズヤの元に集まってきた。
「も、申し訳ありません。私が皆に旦那様のお帰りを伝えてしまったばっかりに……」
カズヤがアミラから譲り受け子供達の世話役となったザルツ一族の女エルフ達は処刑される身から一転、隷属の首輪を付けられ奴隷となったものの奴隷としては破格の(この世界の一般奴隷と比べて。パラベラムではごく普通の待遇)恵まれた生活環境を与えられていた。
しかしそれをカズヤの不興を買うことで失ってしまうのを恐れてか必要以上にへりくだりカズヤの顔色を伺うことに終始する。
「あーいいからいいから、仕事に戻ってくれ」
「「「はい、畏まりました」」」
カズヤの口から出た言葉に自分達の死刑宣告が含まれていなかったことに安堵し、一も二もなく頷いたエルフ達は自らに課せられた仕事を全うするべく三々五々に散っていく。
……どうもやりにくい。
まだ今の環境に慣れていないことやエルフ達が自分達の立場についていろいろと危惧していることは分っているが、常にビクビクと怯えこちらの一挙手一投足を不安げな眼差しで注視し顔色ばかりを窺う彼女達との距離感の取り方をカズヤは図りかねていた。
ま、教育係の部下も多数張り付けてあるからそのうち慣れるだろう。
「……とりあえず部屋に行くか」
「そうですね」
エルフ達について考える事を中断したカズヤは千歳を連れて自室に行こうとした。
直後、バサバサと羽音が聞こえたかと思うと屋敷の廊下を器用に飛び回る黒い影がカズヤにダイブした。
「お父様!!」
「ぐほっ!?」
「ご主人様!?」
黒い影――喜色を露にしたクレイスが勢いそのままにカズヤに飛び付き、カズヤを床に押し倒す。
「お父様、お父様、お父様っ!!クレイスは……クレイスは寂しかったです!!」
不意打ちの出来事に受け身が取れず強かに床に打ち付けられたカズヤの頭と自分の頭を、その純白の穢れなき翼でスッポリと覆い2人だけの空間を作り出したクレイスは目を回しているカズヤに頬擦りを繰り返す。
「もう待てませんお父様!!私の部屋に行きましょう!!そして――」
「ク〜レ〜イ〜スゥゥゥ?ご主人様に何をしているッ!!」
まだ動けないカズヤを部屋に連れ込み、身も心も繋がり名実共に家族となろうとしたクレイスに千歳が怒りの鉄槌を振り下ろす。
「ピッ!?〜〜〜〜ッ!!お、お母様!!本気で殴るなんて酷いです!!」
「フン!!この色ボケ娘が、お前にはまだ早いと何度言ったら分かる!!」
コブが出来た頭を両手で擦り涙目でクレイスが抗議の声を上げる。
「イタタタ……今度はクレイスか勘弁してくれ……」
と、そこでようやく動けるようになったカズヤが起き上がって来た。
「お父様!!聞いて下さい、お母様ったら酷いんです!!」
「あ〜分かった分かった。その話なら俺の部屋で聞くから」
話が長くなりそうだと思ったカズヤはクレイスの次の言葉を押し止めた。
「むぅ〜。……分かりました、じゃあ早く行きましょう。お父様」
「はいはい、分かったからそう急かすな」
カズヤが立ち上がるとすかさずカズヤの手を恋人握りで握ったクレイスだったが、なに食わぬ顔でもう一方の手を千歳に差し出す。
「……ん」
小さく虫が鳴くような声量でクレイスは千歳に手を取るように催促する。
「……ふふっ」
千歳は差し出された手を見て小さく笑い、そして優しくクレイスの手を取る。
「……むぅ」
千歳の小さな笑いに気が付いたクレイスは不満げな声を上げるものの、千歳の手をしっかりと握り離すことは無かった。
“この子達”の……何よりご主人様の為に……。
覚悟を決めるか……。
血の繋がりはなくとも本当の家族のように笑い合い廊下を歩く中で千歳は人知れず覚悟を決め、ある計画の実行を決断していた。
――――――――――――
来るべき反攻作戦に向け着々と準備を進めているパラベラム。
ある兵士は訓練に明け暮れ、またある兵士は最後になるかも知れない休暇を心行くまで満喫している。
そして各工廠では生産ラインを24時間態勢でフル回転させ反攻作戦でより多くの戦力を使えるようにするべく昼夜を問わず大勢の工員達が必死の思いで汗水を流していた。
「……むぅ」
色々と騒がしさを増している外とうって変わって極めて静かな会議室の中には大勢のパラベラムの高官達が集まっていた。
いつの間に……こんなモノを……。
カズヤは千歳から渡された極秘文書を悩ましげな表情で睨む。
そして手に握る極秘計画書の題名『カナリア王国及び妖魔連合国併合計画』から視線を外し、会議室の予備椅子に笑顔で大人しく座っている5人の女性を見る。
「ウフフッ」
「フフフッ」
「ムフッ、ムフフッ」
「……エヘッ……」
「ンフフ〜〜フフッ〜♪」
イリスを筆頭にカレン、アミラ、フィーネ、リーネが不気味なまでにニコニコと笑っていた。
そして皆、カズヤの持つ極秘計画書と同じ物を持ち、とあるページを永遠と嬉しそうに眺めている。
というか……これはまぁ視野には入れないといけないとは考えていたが……。
5人が眺めるページにはカナリア王国及び妖魔連合国併合計画の最終段階と銘打たれ、そのページにはカズヤとイリス、カレン、アミラ、フィーネ、リーネの『結婚』が予定されていた。
「……千歳、この計画について詳しい説明を頼む」
「ハッ」
説明を求められた千歳はあらかじめ準備してあった資料をカズヤに渡した後で話を始めた。
「まず、計画書に書かれているように今現在、両国はパラベラムの保護下にあります。妖魔連合国は先の戦闘で総兵力のほぼ全てを失い我が軍の庇護と援助がなければ帝国によって瞬く間に滅ぼされてしまい、一方カナリア王国はある程度の兵力を保持しているものの経済や物通は全て我々に掌握されており、また妖魔連合国同様に我が軍の庇護がなければ帝国に滅ぼされる運命にあります」
「……続けてくれ」
「ハッ、以上を踏まえまして帝国との戦争を行う前に味方ではあるものの足手まといにしかならない両国をいっそのこと正式に我が国に組み込み、両国内部に潜むスパイや敵対勢力、不穏分子を根絶し後方の憂いを絶ち、また併合することで食料自給率の問題等を解決し我が国の国家態勢を万全な物にした上で反攻作戦を潤滑に進めるためにも両国の併合は必要不可欠かと……」
「理由は分かった。だがこの結婚というのは――」
「お兄さんっ!!」
「あら、酷い。カズヤは私と結婚したくないのね?体だけが目当てだったのかしら?」
「「「……」」」
カズヤの結婚に対し否定的な言葉にイリスが噛み付き、カレンは笑いながらカズヤをからかうように言葉を掛け、アミラとその娘達はカズヤを半目で睨む。
「あ、い、いや、そういう訳じゃない…………あっ…………まさか……千歳、この併合計画のためにわざと見逃していたのか?」
イリス達に慌てて弁解している途中にカズヤがあることに気が付いた。
「……はい……理由はどうあれご主人様を利用する形になってしまい申し訳ありませんが、併合計画を速やかに進めご主人様の悩みの種(能力に依存しない自給自足態勢の確立)を取り除くにはこれが一番かと思い……それにご主人様もまんざらではないようでしたので……最もアミラ達の行動は予想外でしたが……。っ!!も、もちろん!!ご主人様が本心から嫌悪感を露にした際にはいつでもこの者らをくびり殺せるように待機しておりました!!」
カズヤの事を考え、そしてカズヤをずっと独占していたいという自分の想いを捩じ伏せカズヤの為に断腸の思いで計画を練っていた千歳はカズヤにあらぬ誤解をされぬよう慌てて言葉を付け足した。
千歳の様子がおかしいとは思っていたが、どうりで……確かにイリス達と俺が結婚すれば併合計画の粗方の障害は片付くし一番手っ取り早いからな……。
カズヤはイリスとカレンを抱いた……襲われた時に千歳が図ったように側を離れていたことにようやく納得がいったように頷く。
「安心しろ、そんな言葉を付け加えなくても千歳に二心があるとは思っていない。全て俺の事を考えてのことだろう?」
「ご主人様……」
カズヤの千歳に対する絶対的な信頼を置く言葉に、千歳は感激したように目を潤ませる。
「しかし……イリス達はいいのか?植民地化ではなく併合とは言え自分達の国が無くなるんだぞ?」
「私は構いません。あんな国どうなろうと、ただお兄さんと一緒になれたらそれで……」
イリスはカズヤの問い掛けに自国が滅ぼうと併合されようとどうでもいいとばかりにあっさりと答えた。
最も、忌み子として迫害を受けてきたイリスからしてみれば酷い扱いしか受けなかった祖国に対し愛国心を抱けというのが土台無理な話である。
「私も姫様……いえイリスと同じよ。元より私は世話になった陛下には付き従っていたけれどカナリア王国自体に忠誠を誓った覚えはないわ。元々ウチ(ロートレック公爵家)は独立独歩の気運が高い所というのもあるけれど」
「そうか……」
カズヤはイリスとカレンから視線を外すとアミラ達に先程と同じ問い掛けを行った。
「じゃあ次だ。アミラはいいのか?自分の国を失う事になるが……」
「あぁ、構わないよ。ウチは弱肉強食、強き者が王となり弱き者を支配する。それが国是みたいなもんだし。何よりもうウチだけの力だけじゃあ帝国のクソ共を追い払えないからね。それにカズヤなら妖魔連合国を併合したとしても妖魔を迫害したりすることもないだろう?……まぁカズヤに縋るしか生き残る道がないってのも恥ずかしながら事実だね。あぁ、あと勘違いして欲しくないだけど私と娘達は国の為にカズヤと結婚するんじゃない、自分の意思で喜んでするんだからね」
「………………そうか、了解した」
アミラの言葉に同意するようにコクコクと頷く、フィーネとリーネを見る間を置いてカズヤはアミラに返事を返す。
予想通り逃げ道は無し……か、ふぅ……俺も腹を括るか……しかし20歳になる前に5人も、しかも全員が美少女、美女の嫁さんを貰うとは思わなかったな……。
「千歳、最後にいくつか確認しておきたいことがあるいいか?」
「はい、なんなりと」
併合計画の認証――つまりイリス達との結婚に対し覚悟を決めたカズヤの言葉に千歳は姿勢を正し答える。
「まず妖魔連合国についてだ。アミラが俺と結婚し併合計画に賛成していようと必ず反対派が出てくるはずだ。それはどう対処する?」
「ハッ、それにつきましては妖魔連合国の国是に従い対処します」
「武力での弾圧か?あまり怪我人や死人が出るのは……」
「恐れながら……少し違います。ご主人様が危惧なさるような流血は必要最低限に押さえるつもりです」
カズヤの危惧を見抜いていた千歳が少し笑いながら返事を返す。
「反対派が出てきた場合……いえ十中八九出てきますが、それらには殺傷能力のある実弾兵器を一切使用せず、非致死性兵器……低致死性兵器ともいいますがアクティブ・ディナイアル・システム(指向性エネルギー兵器)や催涙弾、ゴム弾、スタングレネード(閃光発音筒)、テイザー銃、放水砲等を所有する憲兵隊に対処させようと考えております」
「泣く子も黙る鬼の憲兵隊……か。ハハハッ、なるほど打って付けの奴らだな」
千歳の回答にカズヤはそれがいいと笑って頷いた。
「さて妖魔連合国についてはそれでいいとして、一番の問題だがカナリア王国についてはどうする?イザベラ女王は生きているしイリスの姉もいるだろう?……突っ込み所が多すぎる。
俺がイリスと結婚してもイリスが嫁いで来ることになるだろうし、経済及び物流を完全に握っていたとしても出来てせいぜい傀儡化するぐらいだろ、結局はカナリア王国に主権が残ることになるぞ?あと併合となれば確実にあのジジイ――レーベン丞相や強欲な貴族共が障害となるはずだ」
「はい、では順を追ってご主人様の疑問にお答えさせて頂きます。まずこの件についてはカナリア王国のイザベラ女王の同意は既に得ています。次にアリア・ヴェルヘルムにつきましては私と同類でしたので問題ありません。またご主人様を見下していた『ピイー』で『ピイー』なレーベン丞相ににつきましては不正及び帝国と裏で繋がっている証拠を得ました。また貴族達についても、そのほとんどの不正の証拠を得ていますので粛清する予定です」
……突っ込み所が多すぎる。
千歳の返答にカズヤは頭を掻きながら一番気になった事項に突っ込んだ。
「千歳……併合計画について既にイザベラ女王の同意があることとレーベン丞相を粛清することについてはまぁいいとして……。だが、アリア・ヴェルヘルムが『私と同類』っていうのはどういう意味だ?」
「ハッ、アリア・ヴェルヘルム本人に私が根回しに行った際に王位継承権を完全に放棄しカナリア王国がパラベラムに併合されることを賛同する代わりにある条件を提示されまして………………それでその条件というのがアリア・ヴェルヘルムと第一近衛騎士団団長ヴァルグ・レオンハートが何者にも邪魔されず慎ましやかに暮らせるように手配するという物でした。とにかく百聞は一見に如かず、本人と映像が繋がっておりますのでご主人様自らお確かめください」
そう言って千歳が会議室にある液晶テレビをつけると、姉妹なだけあってイリスとよく似た姿のアリア・ヴェルヘルムが映る。
『あ、映りましたね。ゴホンッ、こうしてお話するのは初めてですね、閣下』
「そうだな初めましてになるな……さて前置きは省かせてもらうが……君は国が、カナリア王国が無くなってもいいんだな?」
『はい、私はヴァルグが傍に居てくれればそれでいいですから』
……さすが姉妹、イリスと同じような事を言う。
「そうか。ならいいんだが……そうだ、そのヴァルグという男と少し話をさせてくれないか?」
『………………………………分かりました。少しだけなら』
カズヤの何気ない提案にあからさまに眉を潜めたアリアが画面から姿を消す。
……何か気に障るような事を言ったか、俺?。
アリアの態度に何か自分が失言をしたのかと思い悩むカズヤを余所にアリアがヴァルグとおぼしきイケメンの男性を連れて画面の前に戻って来た。
『ヴァルグ、閣下にご挨拶を』
『ハい……』
様子がおかしい……なんだ?
画面に映ったヴァルグの生気のない姿にカズヤは何事かと首を捻る。
「……体調が悪そうだが、大丈夫か?」
『はい……大丈夫です。僕はアリアの元でしアワせに暮らしています』
「……そ、そうか。また何か必要な物があれば言ってくれ、条件通り手配させるから」
『必要な物?……………………タス……ケテ…………』
「えっ?今なんて?」
カズヤの問いかけにヴァルグが蚊の鳴くような声で小さく呟き、徐々に声量を大きくしていく。
『……タスケテくれ…………助けてくれ!!こんな、こんな生活――』
ヴァルグの悲痛な叫びの途中で突然ブツンと映像が途切れ、再び映像が戻った際にはヴァルグの姿が画面から消え失せていた。
『すみません閣下。まだ“教育”途中でしたので、お見苦しい場面をお見せしてしまい』
「…………いや、さっき助けてって言ってたが」
花が咲いたような笑みを浮かべて白々しく喋るアリアにカズヤが質問を投げる。
『あっ、いけないもうこんな時間……。申し訳ありません閣下、今からヴァルグに教育をしなければいけませんので失礼します』
「え、あ、そ、そうか……」
『ではまた、ごきげんよう』
アリアはわざとらしく用事を思い出したように言って有無を言わさずカズヤとの話を打ち切り映像を遮断した。
……何をどう突っ込めばいいやら。……まぁ、冥福でも祈っとくか。
カズヤはヤンデレに囚われた男――ヴァルグに祈りを捧げ、先程の記憶を忘却の彼方へと追いやった。
「うん、まぁカナリア王国と妖魔連合国を併合する件については後でもっと詳しく聞くとして……それで最後に……だが……」
あああ〜〜もう、この際だ!!言うか!!
アリアとヴァルグの件を忘れようと話を強引に最後に運んだカズヤは何かを躊躇うように、内心では言うか否か葛藤しながらしゃべり始める。
「その……なんだ……千歳は……俺と…………………………………………………………結婚……するのは嫌か?」
この機会を逃せば自分から言い出せなくなると自覚していたカズヤは真っ赤になってうつ向き、ボソボソと小声で言葉を紡いでいたが最後にはバッと顔を上げて千歳の目を見つめながら告げた。
「………………………………………………………………っ!?え、あ、えっ!?え、なっ、えぇ、あの、え?え?い、今……なんと……」
カズヤの不意打ちのような突然のプロポーズに、最初は何を言われたのか理解出来ず呆けていた千歳も何を言われたのかを理解すると真っ赤になって慌てふためき聞き返す。
「ずるいです!!」
「狡いわね」
「ズルいね」
「……私もカズヤのプロポーズが欲しい」
「ズ〜ル〜イ〜!!1人だけ“カズヤから”プロポーズされてるぅぅぅ!!リーネもカズヤにプロポーズされたいぃぃぃーーー!!」
イリス達はカズヤから自発的に行われた千歳へのプロポーズに不満と抗議の声を上げる。
「わ、分かった!!みんなには後で1人1人ちゃんとプロポーズするから!!」
一世一代の告白に横槍を入れられたカズヤは慌ててイリス達を宥める。
「「「「「……」」」」」
カズヤの言葉に一先ず空気を呼んで黙ったイリス達だったが、約束を違えたら許さないとばかりに鋭い目付きでカズヤをジッと睨んでいた。
「………………ふぅ、それで返事は如何に?」
「グズッ……は…い…よろこんで……」
ボロボロと嬉し涙を流す千歳の返事が静まり返っていた会議室にこだました瞬間、会議室に詰めていたパラベラムの高官達の祝福の声が爆発した。
――――――――――――
ようやく皆が騒ぐのを止め、元のカナリア王国及び妖魔連合国併合計画についての話に戻り、そして会議が終わりかけた時だった。
「ご主人様……」
「ん?なんだ?」
まだ目の赤い千歳がカズヤの元に歩み寄って来た。
「あの……このような時に言いづらいのですが……その、しばらくお暇をいただけないでしょうか?」
「え、……あぁ、休暇なら構わんが……何かあるのか?」
千歳の何かを躊躇うような雰囲気にカズヤは少し戸惑いながら答えた。
「はい、その……2週間後に………………………………………………………………………………………………………………子供が生まれます」
「「「「「「「「「…………………………………………………」」」」」」」」」
千歳のカミングアウトに会議の中の音が一切消え去り、耳が痛くなるほどの沈黙が場を支配する。
「………………………………………………………………………………………………………………………………子供?」
目を驚きに見開いたままカズヤが茫然と千歳に問う。
「はい、ご主人様の子供です。ちなみに女の子だそうです」
「………………………………いつ妊娠した?………………………………いや、いつ分かった?」
妊婦とは到底、思えないほどのスタイルでスリムなお腹の千歳を茫然と見つつカズヤはなんとか言葉を紡ぐ。
「つい先日、アミラの配下の兵500と一戦交えたのですが、その時にかすり傷を負いまして、それでご主人様の寵愛を受けるこの体にキズがあってはいけないと医務室に行った際に女性軍医が気が付きました」
……あ、だから部屋に乱入してきた時、お尻でしたいって言ってたのか?
話に関係のない、どうでもいいことを考えながらカズヤは霧がかった思考を働かせる。
「「「「「……」」」」」
フッ。所詮、貴様らと私ではご主人様に頂く寵愛の度合いが違うのだ。
カズヤが千歳の妊娠宣言にまだ実感が沸かず呆けている最中、千歳は先を越され悔しそうな視線を送って来ていたイリス達に勝ち誇った笑みを送る。
「っ」
「クッ」
「ぬぅ」
「チッ」
「むぅ……」
千歳の明らかに優越感に浸っているドヤ顔にイリス達は小さく呻く事しか出来なかった。
すぐに追い付いてやる×5
千歳の妊娠に呻き悔しがるしか事しか出来ないイリス達は先を越されたのであればすぐに追い付けばいい話だとばかりに、このあとからカズヤへのアプローチを激化させて行くこととなる。
……俺に子供?俺が父親になるのか?
「千歳ぇーー!!」
「ご、ご主人様!?」
イリス達が千歳への対抗心を煮えたぎらせていた頃、ようやく自分が父親になるということに理解が追い付いたカズヤは一も二もなく千歳に抱き付き、妊娠の知らせを喜んだのだった。
――――――――――――
「閣下はここでお待ち下さい」
「……むぅ……分かった」
先程まで陣痛に苦しむ千歳の手を握り声を掛け、励ましていたカズヤは千歳と共に分娩室に入ったものの、あまりに落ち着きが無さすぎたせいで看護師達に邪魔だからという理由で分娩室を追い出されてしまう。
あ〜クソ……落ち着かない……っ!!
分娩室から追い出され、ただ待つことしか出来なくなったカズヤは先程よりも更に落ち着きをなくし分娩室の扉の前で発情期の犬や猫のようにウロウロと世話しなく歩き回っていた。
「閣下、少しは落ち着いて下さい」
千歳とカズヤの事が心配で様子を見にきていた伊吹がカズヤに声を掛ける。
「分かっているっ!!……だが……こんな時に落ち着ける訳がないだろう……っ……」
伊吹の言葉に最初は威勢よく大声で答えたものの徐々に威勢を失い、尻すぼみになり、そして最後に小さく呻くと近くにあった長椅子にどん、と腰を下ろすカズヤ。
「閣下……お気持ちはお察し致しますが、貴方様はパラベラムの王であり数百万人の国民(兵士)の運命(生命)を背負う立場にあるお方、これしきのことで冷静さを欠いていては……」
カズヤのあまりの落ち着きの無さを見て伊吹が苦言を発した。
ふぅ……まぁ、しょうがないと言えばしょうがないですが……。閣下と呼ばれるようになって国を、軍を率いる立場になったとは言え元はただの男子高校生。最愛の人の出産に動揺するのは当然です……。
こんな時だからこそ我々がしっかりと支えねばいけませんね。
……しかし、この状態で私も『妊娠』しているのだと伝えたらどうなるのでしょう?………………………………………………………………気絶しそうですね。副総統の出産が落ち着いてから言いましょうか。
長椅子に座った状態で肘を太股に付け、握り合わせた拳に額を乗せて不安感に苛まれているカズヤを安心させる(落ち着かせる)ためにソッと側に腰を下ろし、カズヤの背を優しく擦る伊吹は密かに自身の妊娠の事実を伝えることを先伸ばしにすることに決め、カズヤに気が付かれないように小さく笑っていた。
「……ありがとう。伊吹のお陰で少しは落ち着いたよ」
「そうですか、それはよかったです」
そうして伊吹が側にいたお陰か、カズヤがようやく落ち着きを取り戻した時だった。
分娩室の中から聞こえていた千歳の痛みを堪える絶叫が止み、代わりに赤子の泣き声がこだました。
「か、閣下!?」
その赤子の泣き声を聞いた瞬間、いてもたってもいられなくなったカズヤが血相を変えて分娩室の中に転がり込んで行く。
フフッ、まったく……。親バ――子煩悩な親になること間違いなしですね。
カズヤの後を追って分娩室に入った伊吹が見たものは白いタオルに包まれた赤子を、その腕に抱きしめ涙を流しながら出産を終えた千歳を気遣うカズヤの姿だった。