パラベラム軍が高高度核爆発による電磁パルス(EMP)という奇策でもってエルザス魔法帝国による妖魔連合国への二方面同時侵攻をなんとか凌いだ日から3日。
パラベラムと妖魔連合国の両国は戦後処理に大わらわだった。
特にパラベラム側ではジャール平原やバインダーグで鹵獲された超大型魔導兵器1体、陸戦型魔導兵器約2000体、飛行型魔導兵器10機、自動人形約300体や各魔導兵器のパイロットを含む捕虜約4000名をデイルス基地及びパラベラム本土へ移送するための作業が昼夜を問わず行われ、またそれと平行してパラベラム本土から急遽デイルス基地に派兵された増援部隊が二方面同時侵攻の際に(再編成したばかりの)兵力の大半を失いもはや軍としての形を保てなくなった妖魔軍の代わりに治安維持や国境警備の任に就いていた。
そんな最中、デイルス基地の病院前ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「ご主人様は今お休みの最中だ。面会は無理だ」
「お兄さんに会わせて下さい!!」
「カズヤに会わせなさい!!」
訂正、ちょっとした騒ぎではなかった。
大事を取って入院しているカズヤがいる病院の出入口で言い争っているのは千歳と、カズヤの乗るプレジデントホークが墜落したという情報を何処かから手に入れカナリア王国の数少ない空中航行船――戦列艦を半ば強引に借り(正しくは奪い)、妖魔連合国に対する領空侵犯やそれに伴うデイルス基地から戦闘機のスクランブル発進さえ引き起こしてまで駆け付けて来たイリスとカレンだった。
「何度言ったら分かるんだ!!今は無理だと――あ、待て貴様ら!!」
カズヤの無事な姿がどうしても見たい2人の問題児?は千歳の隙を付き病院内に侵入した。
なんなんだ、コイツら!!まるでご主人様の居場所を知っているかのように…………まさかご主人様の居場所が分かるのか!?
病院内に侵入するなり女の勘で一直線にカズヤの病室に向かって駆けていくイリスとカレン。
「止まれ!!――おい、お前達!!その2人を止めろ!!」
そんな2人を捕まえようと追い掛ける千歳。
そんな時ちょうどいい具合に進行方向から病院の警備兵が2人現れた。
「邪魔よ!!退きなさい!!」
「えいっ!!」
「えっ!?――ゴハッ!!」
「ギャッ!!」
しかし不意打ちのように突然声を掛けられた2人の警備兵は即座に対応することが出来ず、1人はカレンの回し蹴りを顎に食らい、もう1人はイリスに股間を思いっきり蹴り上げられ撃沈してしまい2人の警備兵は何の役にもたたなかった。
チィ!!使えない!!
口から泡を噴き、もしくは股間を押さえ床に沈んだ哀れな2人の警備兵をゴミを見るような目で睨み付け千歳はイリスとカレンの追跡を続けた。
不味い!!あそこはご主人様の部屋!!
遂にカズヤの病室が見えてきてしまったことに焦る千歳。
「その2人を止めろ!!」
カズヤがいる病室の前に歩哨として立つ2人の親衛隊の隊員向かって千歳が叫んだ。
「っ!?了解です!!」
「え、りょ、了解!!」
「っ!?くぅ、は、離しなさい!!」
「っ!?あぅ、離して、離して下さい!!」
「はぁ、はぁ、ようやく捕まえたぞ……」
パラベラムの中でも精鋭中の精鋭が揃う親衛隊の隊員にはさすがの2人も敵わず一瞬で無力化、捕縛された。
「ふぅ……覚悟してもらうからな、2人共!!」
「チッ、もう少しだったのに!!――……カズヤ」
「いや!!お兄さん、お兄さんに会わせて!!」
カズヤの病室に侵入される前にイリスとカレンを捕らえる事ができて千歳がホッと胸を撫で下ろし様々な問題を引き起こした2人を連れていこうとした時だった。
捕縛したイリスとカレンを千歳に引き渡しカズヤのいる病室の前に戻った親衛隊の隊員に反応して病室の自動ドアが開いてしまった。
「「「……」」」
そして偶然にも開いてしまった扉の向こう側――部屋の中の光景を見て3人は黙り込んだ。
「カ、カズヤほら!!口を開けろ。あ、あ〜ん」
「いや……あ〜んって物は自分で食えるからフィーネ」
「ねぇねぇカズヤ、リーネってどうかな?」
「えっ、どうって?」
「もぉ!?鈍いなぁ、可愛いか聞いてるの!!」
「えっ、あぁ、可愛いと思うけど……」
「そう!?じゃあリーネがカズヤの奥さんになって上げる!!」
「……は?」
「なっ!?リーネ!?貴女、何を言っているの!!」
「何って普通の事だよ?んふふ。会った時からそうだったけどこんなにも強い雄を求めるオーガの本能が疼くんだもん。それに母様も狙ってるみたいだったし早い者勝ちだよ〜」
「なっ!?母様まで!?ダメよ、カズヤは私のものよ!!」
「お姉ちゃん、大胆だねぇー。本人のいる前でそんなこと言っちゃうなんてっ!!」
「えっ、あ、い、いや、そ、その!!カ、カズヤこれはね、その、ち、違うの、っ、ち、違わないけど、も、もう!!リーネ!!」
「リーネは悪くないも〜ん」
「ア、アハハハ――はっ!!」
……マ、マズイ。
逃げ場のない病室の中でフィーネとリーネによる自身の奪い合いを苦笑いで誤魔化しやり過ごしていたカズヤは不意に肌に突き刺さるような痛い視線を感じ、扉の方を見てようやく開いた扉の向こうから暗く濁った瞳でジットリとこちらを見詰めている千歳とイリス、カレンの存在に気が付いた。
「ご主人……様?」
壊れたロボットのオモチャのように首をギリギリと軋ませながら傾げどこか恐ろしげな表情を浮かべる千歳。
「心配してここまでやって来たのに…………お兄さん?……お仕置きです♪」
花が咲いたような満面の笑みで怖い言葉をはくイリス。
「カズヤ?鼻の下が伸びているようだけど……フフ、ずいぶんと楽しそうね………………本当に」
額に青筋を幾本も浮かべ、頬をひきつらせカズヤに絶対零度の凍てつくような視線を送るカレン。
……今日は厄日だな。
カズヤはこのあと自身に降りかかる厄災を予想し諦めたようにソッと静かに目を閉じた。
――――――――――――
デイルス基地の地下深くにある部屋で今まさにある事が始まろうとしていた。
「…………ブハッ!?ゲホッ、ゲホッ!!」
「起きたか」
丸裸で手足を丁寧にかつ厳重に拘束され、また薬物の投薬による影響で自分が起きているのか寝ているのかも分からない朦朧とした意識の中、突然身の凍えるような冷水を浴びせられた事でアデルの意識はハッキリと覚醒した。
「ゲホッ、――……ハッ、俺に何か用か?」
隷属の首輪を付けらたうえに、念には念を入れて厳重な拘束を施されているため身動きを一切を封じられたアデルは自身が唯一出来る抵抗として千歳を射殺さんばかりに睨み付けた。
「ふむ。4日ぶりだが元気そうでなにより」
数人の女将校を後ろに控えさせ、アデルの前に置かれている椅子にスラリと伸びた足を組み腰掛けていた千歳はそう言って立ち上がり両手を天井から吊り下げられた状態で拘束されているアデルに近付き耳元で囁いた。
「――そうでなくては面白くないからな」
「っ!!」
千歳の声を聞いた瞬間アデルの背筋にゾクッと悪寒が走る。
そして一瞬、恐怖で顔を歪めたアデルを見て千歳がクスッと笑い続けた。
「さて今日、私がここにやって来たのは――」
「俺は何も喋らんぞ!!」
「……あぁ、喋ってもらわなくて結構だ」
千歳の言葉を遮り断固とした決意で語ったアデルの言葉は何故か千歳によって肯定された。
「えっ?」
てっきり帝国の情報を得るためにやって来たのだと思っていたアデルは千歳の返事に虚を突かれてしまう。
「何故という顔をしているな?教えてやろう。――貴様が簡単に情報を吐いてしまったら拷問が続けられないだろ?」
これは私の憂さ晴らしも兼ねているのだから。
「うっ……」
満面の笑みで伝えられた事実にアデルの顔からサーっと一気に血の気が引いていった。
「それでは始めようか」
千歳がそう言って部下に目配せをすると部下がガラガラと音をたてながら台車を運んで来た。
千歳の前に運ばれて来た台車には多種多様なおぞましい拷問道具がところ狭しと載せられている。
「さあ、どれにしようか……おっ、これなんてどうだ?爪の間に――」
まずはアデルを精神的にいたぶるつもりなのだろうか、千歳は台車に載せられている拷問道具を1つ1つ手に取り使い方の説明を始めた。
「――ん?どうした、顔色が悪いようだが?」
拷問道具の説明も終盤に差し掛かった頃、電気の通った細長い棒状の電極をアデルの目の前で2〜3度くっ付けバチバチと火花を散らしながら千歳が言った。
「っ、な――……」
拷問道具の説明だけで精神的なダメージを受け思わず、何でも喋るから助けてくれ!!と言いそうになったアデルは寸前のところで口を閉じギリッと歯を食いしばったあと恐怖でひきつる頬を動かし不敵な笑みを浮かべ言った。
「さ、さっさとやったらどうだ?このクソ女!!俺がこんなことでビビるとでも思っているのか!!っ……クソッ!!」
内心ガタガタと震えていたアデルだったが意を決し、そう吐き捨て千歳に向かって唾を吐こうとした。
しかし隷属の首輪の効力によって唾を吐くことすら出来なかった。
「……あまり粋がるなよ?」
「モガッ!?」
アデルの言葉にカチン。と来たのか顔を伏せた千歳は右手に持っていた電極をアデルの口の中に突っ込んだ。
「貴様らが……貴様らが来なければ……」
ブツブツと呪詛の言葉を吐きながら千歳が語りだした。
「貴様のせいで、貴様のせいで私はなあ!!ご主人様からお叱りを受け、しかも夜伽の任を1ヶ月も外されたのだぞ!!」
味方部隊や一般市民すら巻き込むことを辞さない核の無差別使用未遂の件でカズヤから叱責を受け降格処分はなんとか免れたものの、幾つかの罰を与えられ更に1ヶ月の間、夜伽の番を外されてしまった千歳であった。
「むぅー!!」
そんなこと知るか!!とばかりに喋れないアデルが唸る。
「ご主人様が帰ってこられてから可愛がって頂くお約束すら罰として無くなったのだぞ?……この怨み……晴らさずおくべきか」
「むごぉー!!(やめろー!!)」
千歳が顔を上げ黒くヘドロのように澱んだ瞳でアデルを睨み付け残るもう一方の電極をアデルの体に押し付けようとした瞬間、部屋に置かれていた電話がピピピ、ピピピ、と場違いな音をたてた。
「……分かった。副総統、会議の時間が早まったそうです」
あと少しでアデルの体に電極が触れ電気が流れるという所で動きを止めていた千歳に電話を取った部下が声を掛けた。
「チッ、運のいいやつだ」
「はぁ、はぁ……」
極度の緊張状態から解放されたからなのかグッタリとしているアデルの口から電極を抜いた千歳はそう吐き捨てた。
「この続きは後だ。……部屋の掃除をやっておけ。あと薬の投薬も忘れるな、それと私以外誰も入れるなよ」
「「「了解」」」
アデルの太股を伝って床に溜まり、湯気をあげる黄色い液体を一瞥した千歳はそう言って部屋を後にした。
……セリシア……会いたいよ。……でももうじきそっちで会えるかな。
捕虜になってから4日、まだ何もされて(先程されかけたが)いないにも関わらずアデルの心は既に折れかけていた。
そしてこの世界で唯一心を許していたセリシアに会いたいと切に願った。
――――――――――――
骨身に凍みる風が吹き荒び雪がちらつくデイルス基地。
「以上で会議を終了する」
パラベラムの行く末を決める重要な会議の終わりを千歳が宣言した。
……疲れた。しかし一息ついてからまた忙しくなるな。
帝国の奥深くまで潜り込んでいる諜報員や戦闘の際に捕虜になった者達からの情報によれば帝国は冬の間、一切の軍事行動を控え戦力の拡充に力を注ぎ春の到来と同時に再度の侵攻を企てているという。
その情報を元にパラベラムも春が来るまでの3〜4ヶ月の間は戦力増強や内政に力を注ぐことになり、その後、帝国軍の再侵攻が行われる前にこちらから帝国に攻め込むことが決定した。
「……あ〜疲れた」
「お疲れ様です。ご主人様」
大事な会議を終えてドッと疲れたカズヤは一息ついていた。
「あっ!!……そういえば忙しくてすっかり忘れてた……千歳、アデルを連れて来てくれ」
「えっ……は、はいっ!!」
カズヤの言葉にギクリと身を竦めた千歳は狼狽えながらも返事を返す。
ん?……様子が変だな?
千歳の様子に違和感を感じたカズヤだったが、あまり気にせず千歳がアデルを迎えに行ったのを見送った。
「……」
「ん?なんか……やつれてないか?」
オレンジ色の目立つ囚人服を着せられ覚束無い足取りで千歳と親衛隊の隊員によって連れられてきたアデルの顔を見てカズヤは首を捻った。
「……お前の気のせいだ」
「? そうか、ならいいんだが……」
つい先程(カズヤの知らぬまに)拷問を受けそうになった事を喋ったら殺すと千歳に言われていたアデルはそう言って誤魔化す。
“まだ”何もしてなくて良かった……。
2人の会話を聞いて千歳はコッソリと胸を撫で下ろしていた。
何故ならカズヤの意向を無視した先日の件で大目玉をくらい次はないと釘を刺されたばかりなのに、またカズヤの意向を無視したことがバレたら洒落にならないことを十分に理解していたからだ。
「あぁ、それでお前をここに呼んだ理由なんだが、ちょっと会わせたい者がいてな」
「……」
「入ってきてくれ」
カズヤの呼び掛けで扉を開いて1人の女性が部屋に入ってきた。
「っ!?セリ……シア?」
「久しぶりですね。アデル」
カナリア王国の城塞都市戦で戦死したと聞かされていたセリシアが姿を見せたことにアデルは唖然としていた。
「……本当に……本当にセリシアなのか?」
「はい、貴女の知るセリシア・フィットロークです」
拘束されて身動きの取れないアデルの代わりにセリシアがアデルに歩み寄りアデルの頬を優しく撫でた。
「生きて……ッ………ッ!!…良かった、グスッ、本当に良かった!!」
頬を撫でられた事でセリシアの温かい体温を感じることが出来、自分が幻覚や夢を見ているのではないと確信できたアデルは喜びのあまりポロポロと涙を流し始めた。
「フフッ、私も貴女に会えて嬉しいです」
「う、ぁ、あ、アアアァー!!」
「よしよし」
優しい言葉を掛けられ涙腺の防波堤が決壊したのか幼子のように泣きじゃくるアデルを慈愛の表情を浮かべながら優しく胸の内に抱き締めたセリシアだった。
「落ち着いたか?」
「あぁ」
周りを憚らずさんざん大声をあげてセリシアの胸の内で泣いたアデルはカズヤの問い掛けにどこかスッキリとした顔で頷いた。
「それじゃあ本題に入ろう。単刀直入に聞くぞ、俺達の仲間にならないか?」
「断る。お前の仲間にはならない」
カズヤの提案をアデルは即答でキッパリと切り捨てた。
ありゃ……読み違えたかな?セリシアの仇討ちに執着しているようだったから、セリシアがこちら側にいることを教えたら寝返るかと思ったんだが……。
うーん、困ったぞ。マジもんの勇者を捕虜にしておいて、何かあった時に脱走されて暴れられても敵わんしなぁ……。
だけど殺すのも……なぁ、レイナ達が捕虜になった時、あのクソエルフがレイナ達を凌辱しようとしたのを止めさせたらしいし……まぁ、悪いやつでは無さそうなんだが……。
(ちなみにアデルがレイナ達をオモチャにすると言ったのはカズヤを挑発するためだけのブラフだった)
良くも悪くも力なき人々の為に今まで魔王と戦ってきた勇者なだけあって高潔な意思や志を持っていると思われるアデルをどうやって説き伏せようかとカズヤが悩んでいる時だった。
「ダメですよ、アデル」
「えっ?」
「カズヤ様にそんなワガママを言っては。――貴女は、私と一緒にカズヤ様の雌奴隷になるのですから」
セリシアが相変わらず後光が差すような優しい慈愛の笑みを浮かべ言った。
「「「……」」」
セリシアの予想外の爆弾発言にカズヤはもちろん、千歳や親衛隊の隊員までもが絶句し固まっていた。
「……セリ……シア?一体何を……それに……カズヤ“様”?」
心を許していた相手から信じられない言葉が飛び出してきたことにアデルは狼狽える。
「だから、アデルは私と一緒カズヤ様の雌奴隷になって、これからずっとカズヤ様の為だけに生きていくのです。分かりましたか?」
「なん……の冗談だ、セリシア?」
「アデル、こんな時に私が冗談を言うとでも?」
それにしてもこれから楽しみです。2人でいっぱいカズヤ様にご奉仕しましょう?そう満面の笑みで愉しそうに言葉を続けるセリシアにアデルは言い知れぬ恐怖と違和感を感じていた。
……どうしたんだ、セリシア!!いつもの君と――……まさか!!
「貴様ら!!セリシアに何をした!!」
アデルはカズヤ達がセリシアに何か洗脳のようなことをしたのではないかと思い至り穏やかな表情から一変鬼のような形相でカズヤを問い詰めた。
「あー……実は……な?」
カズヤが気まずそうに口を開く。
「城塞都市戦でセリシアは全身大火傷を負いしかも両目、両手、両足を失っていたんだ」
「はっ?何を言って……」
「いいから最後まで聞け。で、瀕死……というか心臓が僅かに動いているだけの、ほとんどの死体の状態のセリシアをうちの兵士が見付けてきて念のために野戦病院に運び込んだんだよ。それで、たまたま通りがかった俺が(実験ついでに)完全治癒能力を使って助けたんだが……その能力には副作用があってな」
「……」
「その……肝心の副作用なんだが……まぁ完全には分かっていないんだけど……俺に好意を抱くっていうか、従属したくなるみたいで……結果こうなった」
カズヤは頭痛を堪えるように片手を頭に当てながら残ったもう片方の手でセリシアを指差した。
「なっ!?それじゃあ洗脳したのと変わらないじゃないか!!」
アデルはカズヤに殺気の籠った言葉を投げ掛ける。
「……否定できんな」
困ったように頭をポリポリと掻きカズヤは視線をアデルから反らした。
「そんな……………………戻せ……セリシアを元に戻せ!!」
「……」
……戻せるならやっているが……戻せないものはどうしようもない。
先程とは籠った意味が違う涙を流しながらアデルが悲痛な声で叫ぶ。
「許さない……セリシアをよくも……貴様は……貴様だけは絶対に――えっ?」
――ドスッ!!
肉が裂かれ、何かが深くとても深く突き刺さる音がカズヤ達のいる部屋に響いた。
「「「「なっ!?」」」」
「ごぷっ、セリ……シア?なん……で?」
セリシアの手によって自身の腹に深く突き立てられた短刀を確認したアデルは口から血を吐きつつもセリシアに問うた。
「アデル、カズヤ様にそんな失礼な言葉使いを使ってはいけません!!それと私は今が一番幸せなんです。あんなクソみたいなローウェン教の教義に従って生きていくのはもう、うんざりです。以前の私に戻るなんて――絶対いやです。だから……アデルも早くカズヤ様の能力で生まれ変わって下さい。そうすれば私の気持ちが理解できますから。心を、魂を支配される悦びが」
ニッコリと優しさが溢れる慈愛の表情を浮かべながらも、瞳にどす黒い狂気の色を宿したセリシアが続ける。
「フフッ、そうだ良いことを教えてあげます。私が見たところカズヤ様の能力――完全治癒能力というのは使用する際、対象者の怪我の度合いが酷ければ酷いほど、それに比例して好意や従属心が大きくなるようです。だから苦しいでしょうけど私と同じように瀕死の状態になって下さいねアデル♪そうすれば私のようにカズヤ様の、カズヤ様だけの雌奴隷になれますから」
「ぐぁ、グッ、あがっ!!ぁ……アアアアアァァァ!!」
セリシアが突き立てた短刀をグチャグチャと激しく動したせいでアデルは耐え難い激痛に苛まれ絶叫する。
「「取り押さえろ!!」」
「「「りょ、了解!!」」」
アデルの絶叫で我に返ったカズヤと千歳が声を張り上げると茫然と固まっていた親衛隊の隊員も我に返った。
「フフッ、あぁ、楽しみです……フフッ、一緒にカズヤ様にご奉仕しましょうね♪ウフフフフ!!アハハハハ!!」
親衛隊の隊員に取り押さえられ拘束されたセリシアは唇に付いたアデルの血をペロリと舐め取り、口を三日月形に歪め愉しそうに笑っていた。
「ごぷっ、はぁぁ、はぁぁ」
「っ、待ってろ、今治してやる」
親衛隊の隊員に拘束され部屋から連れ出されて行くセリシアを横目にカズヤは苦しみに喘ぐアデルに駆け寄った。
「はぁ、はぁ、や、めろ……俺に……能力を、使うな……俺、を……洗…脳、する……なっ!!」
しかしアデルはカズヤの助けを拒否した。
「そうは言ってもこのままじゃ死ぬぞ!!」
「う、る……さい!!」
アデルは内臓をズタズタに切り裂かれ今すぐに病院に運んだとしても間に合わないほどの重症。
カズヤの完全治癒能力を使う以外にアデルを救う手立ては無かった。
「……目の前に救える命があるのに黙って見捨てることは出来んのでな。……悪く思うなよ」
「や、やめ!!」
恨まれることを覚悟でアデルの制止を振り切りカズヤはアデルの傷口に手をかざし能力を発動した。
こうして、カズヤの意図せぬ理由によりまた新たに完全治癒能力の餌食となった者が増えた。