墜落現場を後にしたカズヤ達は一先ず今いる谷底から脱出しようと地上に上がることの出来る場所がないかどうか探しながら歩いていた。
……静かすぎる。
歩き始めてから15分。ぬかるんだ泥とゴツゴツした岩しかない険しい谷底を歩きながらカズヤは周囲に気を配りつつそう思った。
「……フィーネ、ここら辺は本当に魔物が多いのか?」
「えぇ、そう聞いているのだけれど……」
歩けど歩けど一匹足りとも姿を現さない魔物。
そのことにカズヤ達が逆に不安を感じている時だった。
谷底が円状に広がり広場になっている場所にカズヤ達が入り込みその半ばまで進んだ瞬間、空気が変わった。
「フィーネ、止まるんだ」
「……言われなくても分かっている」
……クソッ、おいでなすった!!
広場の半ばまでカズヤ達が入り込むのを待っていたのか、岩や岩壁に張り付いて擬態していたヒヨケムシやウデムシ、そこかしこにある洞穴のような巣穴から這い出してくるカマドウマやヤスデによく似た不快害虫のような姿の大小さまざまな昆虫型の魔物――バグ達がカズヤ達を喰らおうとゾロゾロと姿を現す。
更に泥の中からもブヨブヨとした体を持ち、口となる部分に鋭利な牙を無数に生やしたワームが現れカズヤ達に向かってゆっくりと近付き始めた。
そして大量の魔物に囲まれてしまったカズヤ達は絶対絶命の危機に晒されることとなった。
「……気持ち悪いのが大量に出てきたな」
「うっ……」
「ひぅ!?カ、カズヤ様……マズイですよ……」
姿を現した気持ち悪い魔物達を見てカズヤ達は三者三様の反応を示す。
ヤバイぞ、数が多い。
退路を失い取り囲まれていることを悟ったカズヤはミーシャを背負っているフィーネと背中合わせになりお互いの死角を無くした。
「……っ!!……っ!!」
「? フィーネどうした?」
魔物達に視線を向けたままカズヤは先程から何も喋らなくなってしまったフィーネに声を掛けた。
「………………」
「どうしたんだ?――って、まさかフィーネ、お前……」
返事が帰ってこないことを疑問に思ったカズヤが思わず振り返ると青ざめた顔で今にも倒れてしまいそうなフィーネの姿がそこに合った。
「……虫は苦手なんだ……」
か細く消え入りそうな声でフィーネが言う。
「……そう――」
「カズヤ様……実は私も……なんです」
生理的嫌悪を露にするフィーネにカズヤが返事を返そうとするとフィーネの言葉に便乗したミーシャが今しかない。とばかりに言った。
「…………そうか」
……やるしかないか。
魔物達に色んな意味で怯えている2人を前にカズヤは覚悟を決めた。
「墜落現場に戻ってもしょうがないからな強硬突破するぞ、援護するからフィーネは前だけ見て走れ。ミーシャはMP7で撃ち漏らしを片付けろ」
「わ、分かった」
「了解です」
2人の返事を聞き終えるとカズヤはM320グレネードランチャーに高性能炸薬弾を装填し進行方向に立ち塞がる魔物に向け発砲した。
ボンッと空気の抜けるような音をたてて発射された高性能炸薬弾が前方で立ち塞がる魔物に命中し炸裂したのと同時にカズヤが叫んだ。
「行けええぇぇーー!!」
カズヤの声を合図に3人が走り出した。だが、カズヤ達が走り出したのを見て獲物を逃がすものかとばかりに魔物達が一斉にカズヤ達に襲い掛かる。
「フィーネ!!何があっても止まるなよ!!」
「分かっている!!」
フィーネはカズヤの指示に従い進行方向だけを見据えてひたすら走る。
「こっちに来るなあぁーー!!」
フィーネに背負われているミーシャは切実な願いを込めつつMP7で近寄ってくる魔物を撃ち倒す。
「このぉぉ!!さっさと死ねっ!!」
どういうことだ?魔物が2人を狙っている?
そして2人の後ろに続きながら援護射撃を行うカズヤはこちらを無視して2人だけを執拗に狙う魔物達の動きを訝しみつつ走りながら単発式のM320グレネードランチャーに高性能炸薬弾、多目的榴弾、空中炸裂弾、散弾を装填し手当たり次第に近付いて来る魔物に撃ちまくる。
そうして襲い来る魔物を排除しカズヤ達は出口に向かって走り続ける。
はぁ、はぁ、……もう少し!!もう少しだ!!
カズヤの援護の下フィーネが魔物の包囲網を突破しかけ出口を目前にした時、一際大きいウデムシのような姿の魔物がフィーネの目の前に飛び出した。
「ヒッ!?」
「うっ!!」
鋭い牙をギチギチと威嚇するように打ち鳴らす不気味な魔物を目の前にしたフィーネは恐怖で思わず足を止めてしまう。
フィーネに背負われているミーシャも弾を撃ち尽くしたMP7の代わりに使っているFive-seveNの予備マガジンを取り出そうと懐に手を入れていたため対応が遅れた。
「……っ!!」
「あ……ぁ……」
硬直してしまった2人を捕食しようとウデムシのような魔物が左右に大きく張り出した巨大な鎌状の触肢を伸ばす。
「足を止めるなって言っただろっ!!」
――ザシュ!!
だが後方から迫り来る魔物に対し嫌がらせのごとくM320グレネードランチャーで照明弾、催涙弾、発煙弾を撃っていたカズヤが2人の危機を察知。
手に持っていたM320グレネードランチャーをしまい軍刀を抜き放つと硬直している2人の背後から魔物に接近しカズヤは岩を踏み台にして飛び上がり落下の勢いを利用しつつ魔物の硬い外骨格の隙間を狙い軍刀を突き立てた。
「キシャアアアァァァ!!」
「今だっ!!行けっ!!」
魔物に突き刺した軍刀を頼りに暴れ馬のように暴れる魔物の上に乗っているカズヤが必死の形相を浮かべながら叫ぶ。
「っ!!すまん!!」
カズヤに促され我に帰ったフィーネは素早く暴れている魔物を迂回し出口に出る。
「抜けたぞ、カズヤ!!」
「了解っ!!」
フィーネの声を聞きカズヤは暴れる魔物の体の上から飛び降り、2人に駆け寄ると取っておいた高性能炸薬弾をM320グレネードランチャーに装填し広場の出口を形作る岩壁に撃ち込んだ。
すると爆発の衝撃で岩壁がガラガラと崩落しカズヤ達に追い縋ろうとした魔物を押し潰し同時に広場の出口を完全に塞いでしまった。
「っっ!?…………これで少しは時間稼ぎが出来る筈だ。先を急ぐぞ」
「えぇ、そうしましょう」
危機を脱し魔物の足止めに成功したカズヤ達は息つく暇もなく疲れた体に鞭を打ち移動を再開した。
――――――――――――
「ふぅ……少し休憩しよう」
「……そうね」
魔物の巣になっていた広場から脱出した後も幾度となく魔物の襲撃を受けたカズヤ達。
武器装備の損耗に加え自分の体力も無くなってきたのを自覚し始めたカズヤはフィーネにそう提案した。
「……すみません。ずっと背負ってもらって」
フィーネの背中から降ろされたミーシャが今まで背負ってくれていたフィーネに対し申し訳無さそうに言った。
「気にしなくていいわ。貴女、軽いし」
種族故なのかあまり疲れた様子もなくミーシャの言葉にフィーネは笑みを交え返す。
さすがはオーガ。体力と腕力に優れている種族なだけあってあまり疲れた様子が無いな。
そんな逞しいフィーネを横目にカズヤは静かにソッと自身の脇腹に手を当てる。
……チッ、やっぱり開いたか。
脇腹に当てた手にネチャっとした感触が伝わる。
セリシアの魔法薬のおかげで閉じていた傷がフィーネとミーシャを魔物から助ける時の一連の行動が原因で開いてしまっていた。
不味いなぁ。
ゆっくりと少しずつ服に滲んでいく血を眺めつつカズヤはそう思った。
武器も残り少ないし……刀剣類で残っているのはフィーネの直刀1本とサバイバルナイフ1本、コンバットナイフ2本。
銃器類で残っているのはミーシャの持っているFive-seveNの3発と俺の持っているブローニング・ハイパワーの10発だけ、千歳が早く俺達を見つけてくれればいいが。
武器の不足に加え徐々に痛みを増してくる脇腹の傷を忌々しく思いつつカズヤは1人悩んでいた。
「っ!?何か来る!!」
カズヤの悩みを余所にミーシャの隣に座り込んでいたフィーネが突然立ち上がり言った。
「なにっ!?」
フィーネの言葉にカズヤも慌てて立ち上がりフィーネの見ている先に視線を送る。
「っ!?カズヤ、助けよ!!助けが来たわ!!」
そう喜びの声を上げるフィーネの視線の先には谷の分岐した曲がり角から出てきた数人の弓を持ったエルフがいた。
「本当に!?よかった……」
助けが来たというフィーネの声にミーシャも安堵の言葉を漏らす。
「……」
しかしエルフの姿を見て喜んでいるフィーネとうってかわってカズヤの表情は曇っていた。
……おかしい。千歳達が来るなら未だしも滅多に立ち入らない土地で墜落してからまだ半日ぐらいしか経っていない俺達をそう簡単に見つけることが出来るのか?
「どうしたの?カズヤ、浮かない顔をして助けが来たのよ?」
エルフ達に向けて大きく手を振っていたフィーネが1人静かに考え込むカズヤに振り返る。
まるで“俺達の居場所が”分かっているみたいにやって来たような……――ッ!?クソッ!!
――キリキリキリ。
あろうことか背を見せるフィーネに対し矢を構えているエルフ達の姿に気が付いたカズヤは思考を中断してフィーネに駆け寄る。
刹那、フィーネに狙いを定め放たれた何本もの矢が放物線を描き飛んでくる。
間に合えっ!!
「キャア!?っう!!何をするんだカズ……ヤ?」
突然駆け寄って来たカズヤに突き飛ばされたフィーネは尻餅をつき岩に尻を打ち付けた。
不意を突くようなカズヤの暴挙に打ったお尻を擦りながら抗議の声を上げようとしたフィーネは息を飲む。
「うぐっ……やっぱりかよ、チクショウ!!」
フィーネを突き飛ばしたカズヤの左腕には2本の矢が深々と突き刺さり、その突き刺さった矢の先端からはカズヤの血がポタポタと滴り落ちていた。
「カズヤ様っ!?そんなっ、――……この、この糞野郎共ぶっ殺してやる!!」
エルフ達の放った矢によってカズヤが負傷したことにぶちギレたミーシャは怒りのあまり真っ赤になった顔で暴言を吐き、岩を支えに立ち上がると持っていたFive-seveNの引き金を引きエルフ達に3発の銃弾を浴びせる。
「クソ痛ぇ……っ!!」
ミーシャがエルフに向け攻撃を加えている間に大きな岩の影に滑り込んだカズヤは左腕に走る激痛に必死に耐えていた。
「どうして……どうして私達を……」
「カズヤ様!!あぁ、そんなっ」
味方であるはずのエルフから攻撃を受け混乱しているフィーネとFive-seveNの残弾を全て撃ち尽くしたミーシャが矢が刺さり更には折れている左腕の痛みに耐えているカズヤの元に集まった。
「……どうして。……どうして私達を攻撃するの?」
「っ……裏切ったみたいだな、ぐっっっ……ミーシャもう少し優しく抜いてくれ」
「す、すみませんカズヤ様」
どうして、どうしてと壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返すフィーネにミーシャの手当てを受けているカズヤが投げやりに言った。
「っく、あぁ……最悪だ。フィーネも見てみろ」
刺さった矢をミーシャに抜いて貰い応急措置を済ませたカズヤは岩影から顔を覗かせつつフィーネに声を掛ける。
「………………なっ!?どういう……どういう事だあれは!!なぜエルフと帝国軍が一緒にいるんだ!!」
カズヤに言われヨロヨロと立ち上がったフィーネがエルフ達の居た方を覗き見ると信じられないことに曲がり角からエルフ達に先導されて出てきた帝国軍の部隊が一緒になってこちらに向かってきていた。
その数、約200編成は魔法使いと銃兵が半々ほど。それに加えて翼の無い陸戦型の魔導兵器が10体、自動人形が数百。細い長い谷底を埋め尽くすように進軍している。
「エルフと帝国が手を結んだとでもいうのか……」
「それは敵さんに聞いてみないと分からんが……ん?止まったぞ」
嘆くような声を出すフィーネに飄々と答えながら敵の動向を伺っていたカズヤが言った。
「ナガトカズヤ!!そこにいるのは分かっている出てこい!!」
白銀の鎧を纏いシンプルな長剣を携え中性的で整った顔立ちの若い男が歩みを止めた軍勢の中から進み出てカズヤの名を叫んだ。
なんか敵に呼ばれたんだが……。
「……敵さんからのご指名だ。ちょっと行ってくる」
敵から名指しで呼ばれ若干動揺しているカズヤが言った。
「ダメです!!カズヤ様!!」
ミーシャが出ていこうとするカズヤの腕を掴み引き留める。
「ダメったってこのまま隠れていたら一斉に攻撃されるだけだぞ。ほら」
カズヤの言葉を裏付けるように、5分以内に出てこない場合一斉攻撃を仕掛ける!!と男が叫んでいた。
「しかし!!」
「わざわざ呼び出しているんだ。出た瞬間に攻撃はしてこないだろうさ」
「……ですが……あっ!!カズヤ様!!待って下さい」
カズヤはミーシャの不意を突き、手を振り払うと岩影から出ようとした。
「待て、私も行く」
そんなカズヤを呼び止めフィーネが同行する意をカズヤに伝える。
「なんでだ?呼ばれているのは俺だぞ?」
「やつらに問いただしたいことがある」
「……じゃあ一緒に行くか」
「あぁ」
「ミーシャはそこで大人しく待ってろよ。あ、なんかあったらこれで援護してくれ」
カズヤはそう言ってブローニング・ハイパワーをミーシャに投げ渡した。
「え、あっ、カズヤ様!!待って下さい」
慌てながらもしっかりと銃を受け取ったミーシャの呼び掛けを無視してカズヤとフィーネは敵の目前に進み出た。