宴が終わった翌日の早朝。
城塞都市ナシストの城の一室が重苦しくギスギスとした空気で満たされていた。
「……」
不機嫌なオーラをこれでもかと漂わせ、無言で腕を組み眉間にシワを寄せるカレン。
「……?」
不機嫌だなカレン。疲れてるのか?
なぜカレンが不機嫌なのか分からず首を捻るカズヤ。
「……」
ご主人様に……よくも……殺す。
昨夜の出来事を聞いてカズヤに手を上げたカレンを憎悪の籠った瞳で睨み付け、今にも太ももに付けたホルスターからベレッタM92を抜きカレンを射殺しそうな千歳。
「……」
なんなんですか、この空気は。
そして何がどうなっているのか分からず戸惑っているマリア。
「「「「……」」」」
あぁ……帰りたい……。
この場から切実に立ち去りたいと願う、その他多数。
今後の方針や帝国軍の対策を練るための話し合いが行われている筈の部屋の中は当初の目的を到底行える状態では無かった。
「……えぇーと……それでは――」
一向に始まらない話し合いの場をマリアがどうにか進ませようと口を開いた時だった。
――ドガァァン!!!!
突然、耳をつんざくような凄まじい爆発音が聞こえ次いで衝撃波が城塞都市全体を揺さぶった。
カズヤ達がいた部屋の窓も衝撃波によってビリビリと震え更に地面が揺れたせいで天井からパラパラと埃が落ちてくる。
「くっ!!一体何事!?」
「何が起きた!?」
突然の出来事に動揺するカズヤ達。
しかしカズヤ達はすぐに動揺を抑え何が起きているのか確認するために皆、部屋の外に――城塞都市が一望できるテラスに飛び出した。
そしてそこでカズヤ達が見た光景は想像を絶する光景であった。
「……嘘……でしょ?そんな……城壁と城門には魔法障壁の術式を何重にも刻み込んであるのよ……。それを……纏めて吹き飛ばすなんて……」
テラスに出たカレンは第3城壁の南門が跡形もなく吹き飛び巨大なクレーターができている光景を見て信じられないというように小さく呟く。
……これは……なんと言うか……大型爆弾が炸裂したような感じだな。
城門が消滅していることに唖然としていたカズヤだったが、カレンの呟きで我に帰るとすぐに第3城壁の南門を確保しているはずの第4分隊に無線を繋いだ。
「っ!!そうだ!!第4分隊、応答しろ!!第4分隊、誰かいないのか!!おい!!舩坂軍曹!!応答しろ!!」
――ザー、ザー、ジッ。
『ゴフッ、こちら、第4分隊……。ゴホッ、舩坂軍曹……。なんとか無事であります』
「そちらの状況は!!」
『はい。ゴホッ、第4分隊……死傷者多数……ですが戦闘は可能――』
「ご主人様あれを!!」
舩坂軍曹とカズヤが無線機で連絡を取り合っていると千歳がカズヤの肩を揺らし消え去った南門の向こう側を指差す。
「なんだ――」
そう言いかけカズヤが千歳の指差した先の方を見ると敵本陣から真っ白なローブを着た少女が1人、前に進み出ていた。
「グラス、デイ、バガイ、コウル――」
帝国軍本陣より1人進み出た少女は何かの呪文を唱えながら自身の身の丈よりも大きな杖を空に向かって突き出す。
「――ダウル!!」
そして呪文の詠唱が終わると同時に少女は掲げていた大きな杖の石突きを地面にドンッと叩き付けた。
その瞬間、少女の周りに大量の魔方陣が現れその中から武器を握り締めている様々な魔物――ゴブリン、コボルト、オーク、ワーウルフ、リザードマン等が姿を現した。
無数の魔物を召喚した少女が城塞都市に向け杖を振るうと魔物達は咆哮を上げ組織だった動きで一斉に城塞都市に向け駆け出した。
『『『ウオオォォォーーー!!!』』』
血に飢えた凶暴な魔物達が城塞都市に向け走り出したのを確認すると少女は本陣の中に姿を消した。
――ザッ、ザッ、ザッ。
その後、本陣に消えていった少女と入れ代わるように桜色の魔法障壁に守られた帝国軍の部隊が本陣より進み出て城塞都市に向け進撃を開始した。
……来たか。
カズヤが他にも敵部隊が動いていないか視線を辺りに向けると帝国軍は1ヶ所に戦力を集中し城門を突破しようと考えているのか、本陣のある南側からしか攻めて来ていなかった。
マズイな……。
「第4分隊、敵が来るぞ!!総員第2城壁まで後退!!急げ!!」
『総司令……。今からでは我々の退避は間に合いそうにありません。我々のことは……諦めて下さい』
「アホか!!誰が諦めるか!!お前達の退避が間に合わないならこちらから迎えに行ってやるから待っていろ!!死ぬんじゃないぞ!!」
カズヤは怒鳴りながらそう言って舩坂軍曹の返事を聞かずに無線機の通信を切ると第4分隊の元へ行こうと踵を返した。
しかしカズヤの行く手を遮るようにある人物が立ち塞がる。
「どこへ行くつもりかしら?」
カズヤの歩みを妨げたのはカレンだった。
「決まっているだろう。部下を助けに行くんだ」
「私がそれを許すとでも?城門を開けている時に敵が中に侵入したらどうするつもり?万が一第2城壁が突破されたらもう私達には後がないのよ!?貴方だってそれぐらい分かるでしょ!!それに貴方の勝手な行動で民や部下達を危険には晒せない!!貴方の気持ちは分かるけど……。諦めてちょうだい……」
苦虫を大量に噛み潰したような顔でカレンはそう言ってカズヤから顔を背けた。
「……第3分隊、直ちに北門を放棄。第2城壁の中へ後退しコルト・ザラの護衛及び第1・第2分隊の援護につけ」
『第3分隊、了解』
第3分隊に命令を出したカズヤは怪訝な顔でこちらを見ているカレンに対しニヤッとした笑みを浮かべ言った。
「誰が城門から出ると言った?」
「……? 貴方……一体何をするつもり?」
「――あぁ、そうだ。敵は本陣のある南側からしか来ていないみたいだから反対側にいる第3分隊は中に入れてやってくれよ」
「私の質問に答えなさい!!貴方、何を企んでいるの!?」
「企んでいるとは失敬な。……たかだか城門が使えない程度で部下を見捨てられるか、城門が使えないなら城壁からロープを下ろして外に出るまでのことだ。千歳、行くぞ」
「ハッ!!」
「っ!!待ちなさい、この場の指揮官は私よ!!逆らうつもり!?」
カズヤに説得が通じないと悟ったカレンは権力を使ってカズヤを止めようとしたがそれも無駄だった。
「悪いが、俺達は冒険者で依頼を受けている。だから依頼を達成するために必要なことだと判断すれば自分達の考えで動く。それにそちらに迷惑は掛けない。だから……お前の命令を聞く必要はない。……ごめんな、カレン」
最後に囁くような声量でカレンに謝罪の言葉を口にすたカズヤはバツが悪そうに微笑んでいた。
「……ッ!!好きになさいっ……」
カズヤが浮かべる何とも言えない表情に何も言えなくなってしまったカレンは吐き捨てるようにそう言ってカズヤに背を向ける。
そんなカレンの様子に苦笑しつつカズヤは千歳を引き連れテラスを後にした。
――――――――――――
カレンとマリア以外誰も居ないカレンの執務室。
「……よろしかったのですか?カレン様。あの者達を行かせてしまって」
うなだれるように椅子に座っているカレンを心配そうに見つめるマリアが言った。
「しょうがないでしょ……」
幼い時からの付き合いであるマリアや気を許した者にしか見せない弱々しい顔でカレンが小さく呟く。
あんな顔、見せられたら止められる訳……ないじゃない。……死ぬんじゃないわよカズヤ。私の初めての唇を奪った男がこれぐらいで……。お願いだから無事に帰って来て!!
祈りを捧げるように合わせた両手を額に当てつつカレンはずっとカズヤの無事を願っていた。
カレンがカズヤの無事を祈っている同時刻。
「ご主人様。やはりご主人様はここに――」
「残らないぞ」
第4分隊の生存を示す絶え間ない銃声が聞こえてくる第2城壁の上でカズヤが第1、第2分隊と共にラペリング降下の準備を急いで整えていると千歳がここに残るようカズヤを説得しようとしたが、カズヤは千歳の言葉を遮った。
「しかし!!いくらでも替えが効く我々と違ってご主人様は唯一無二のかけがえのないお方!!万が一にもご主人様が死んでしまうようなことがあれば我々はどうすればよいのですか!!どうか、どうかご再考を!!」
「千歳!!」
カズヤは千歳の言葉を強い口調で遮ると静かにしゃべり出した。
「千歳、2度と替えが効くなんていうな。それに部下だけ危険な場所に送って俺だけ安全な所にいる訳にはいかなだろ。……分かってくれ」
「ご主人様……」
カズヤの言葉を聞いた千歳は少しの間カズヤをジッと見詰めていたが、覚悟を決めたように動き出しカズヤの隣にロープを垂らした。
「出すぎたことを言いました。お許し下さい。私は――我々はご主人様の命令に従いご主人様の望みを叶える忠実な兵士。ご主人様が行くというのであれば、例えそこが地獄だろうと付いて行きます。そしてご主人様をお守りすることが我々の務め」
「千歳……」
「参りましょう。例え敵が神であろうとご主人様は私が――我々がお守り致します!!そうだろ貴様ら!!」
「「「「応!!!」」」」
千歳が最後だけ、わざと口調を崩し乱暴な言葉使いで周りにいる兵士に向かってそう叫ぶと、いつの間にかラペリング降下の準備を整えていた兵士達が一斉に同意の声をあげ銃を空に掲げた。
そしてその様子を見たカズヤが頬を緩め嬉しそうな笑みを浮かべて命令を下した。
「これより第4分隊の救出に向かう、全員連れて帰るぞ!!降下開始!!」
「「「「了解!!!」」」」
カズヤ達は高さ15メートルの城壁をロープを伝いスルスルと降りて行く。
そして地面に降り立つと直ぐに第4分隊のいる場所を目指し駆け出した。
つい先程の大爆発で破壊された建物の瓦礫や射殺された魔物の死骸があちらこちらに積み重なっている凄惨な光景の中、第4分隊は半ば瓦礫に埋まっている広場に陣地を構え瓦礫に身を隠し必死に戦っていた。
「右から回り込んで来るぞ!!」
「こっちは任せろ!!」
「任せた――って、そ、総司令!?なぜここに!!」
カズヤ達が第4分隊の後方から弾幕を張りつつ彼らと合流を果たすと次々に攻め寄せて来る魔物に向けM4A1カービンをセミオートで撃っている第4分隊所属の兵士がカズヤの存在に気付き驚きの声をあげる。
だがカズヤは兵士の問い掛けを無視して逆に質問を投げ掛けた。
「戦況はどうなっている!?」
「えっ!?あっ、はい!!現在帝国軍は魔物の大群で波状攻撃を仕掛けてきています!!なんとか耐えていますがもう弾薬がありません!!それと見張りをやっていた分隊員が2名行方不明になっているのですが、舩坂軍曹が先程その2名を探しに行くと言ってどこかへ姿を消しました!!」
兵士が響き渡る銃声に負けぬように大声で叫びながらカズヤに報告した。
「分かった!!第4分隊は負傷者を連れて先に後退しろ!!」
「了解しました!!……総司令達はどうするんですか!?」
「後、10分……いや15分は軍曹の帰りを待つ!!」
「しかし!!それでは総司令達が危険です!!」
「いいからお前らは先に行け!!」
「……了解!!ご武運を!!」
カズヤと喋っていた兵士は最後にそう言い残すと負傷兵を背負い後退して行った。
第4分隊の後退を見届けてから12分後。
「ご主人様!!もうこれ以上は戦線が持ちません!!」
カズヤの隣でMK48 Mod0の箱形マガジンを取り替えながら千歳が叫ぶ。
……クソッ!!
千歳に言われカズヤが辺りを見渡すと確かに戦線が押し込まれておりこのままだと退路を断たれる危険性があった。
もう無理か……しかし……。
カズヤが舩坂軍曹の帰りをまだ待つかどうか悩んでいると後退を余儀なくされる報告が高台に陣取っていた兵士から舞い込む。
「魔物が退いていきます!!しかし帝国軍部隊が鋒矢(ほうし)陣形で向かって来ます!!」
声に釣られカズヤが跡形も無くなった城門の方を伺うと敵の魔法使いや歩兵の混成部隊が魔法障壁を張って身を守りつつすぐそこまで迫っていた。
クソ!!
その様子を見て悔しさでギリギリと奥歯を噛みしめながらこれ以上持ちこたえるのは無理だと判断したカズヤは伊吹中佐を無線機越しに呼び出した。
「伊吹!!」
『こちら伊吹!!何でしょうか!?』
「置き土産の準備は出来たか!?」
『はい、言われた通りに』
伊吹中佐の返事を聞いたカズヤは後ろ髪をひかれながらも部隊に後退するよう命じた。
「第1、第2分隊!!後退するぞ急げ!!」
その命令と共に兵士達が一斉にM18発煙手榴弾の安全ピンを抜き敵に向かって投げつけた。
投げられたM18発煙手榴弾はすぐにモクモクと白い煙を吐き出し始め一瞬の間に辺りはM18発煙手榴弾から噴出する真っ白な煙に包まれカズヤ達と帝国軍の間に真っ白な煙の壁が出来上がる。
「なんだあれは!?」
「全隊止まれ!!」
城門跡に接近していた帝国軍の部隊は突然の煙幕に驚き進軍を停止した。
「ただの煙幕だ!!風の魔法で吹き飛ばせ!!」
「了解!!」
だがすぐに魔法使い達が風の魔法を使い煙幕を吹き飛す。
「……ん?……撤退したか」
煙幕が消えた後には影はなく既にカズヤ達は第2城壁の中に後退した後だった。
「……罠か?……」
帝国軍は敵兵がいなく無くなったのを不信に思い数体の魔物を斥候に出したが無事に帰って来たため進軍を再開した。
そして帝国軍が吹き飛んだ城門跡を越え大通りを慎重に進み第2城壁の城門にたどり着き攻撃を仕掛けようとした時だった。
「今だ、殺れ!!」
――カチッ!!
ギリギリまで帝国軍を引き付けると伊吹中佐の第2分隊が仕掛けた置き土産――大量のC-4爆薬とM18クレイモア指向性対人地雷が一斉に起爆、帝国軍を吹き飛ばした。
小口径の銃弾程度なら防ぐ効力のある魔法障壁に守られていた帝国軍だったが魔法障壁の内側でも爆発が起きたため魔法障壁は意味を成さなかった。
C4爆薬の炸裂により一瞬で苦しむ暇もなく死んだ帝国軍の兵士はまだ幸運であったが、不運だったのはクレイモアの爆発をもろ食らった兵士だ。
「イ゛デエ゛ェェ!!イ゛デエ゛ェェよおぉぉ!!」
クレイモアの内部に納められている700個の鉄球――1発1発の威力が強力な空気銃の威力に値している――を全身に浴びた者は体中に鉄球がめり込み体をズタズタに切り裂かれる痛みの中もがき苦しみ死んでいく。
「く、くそっ、引けー引けー、撤退だぁーー!!」
多数の魔法使い達が死傷したことにより魔法障壁が維持出来なくった帝国軍は撤退しようとした。
だが城塞都市の兵士達やカズヤがそれを許すはずもなく。
「逃がすな!!撃ちまくれ!!」
城壁の上から一斉に銃弾や矢が雨あられと浴びせられたため撤退出来た帝国軍の兵士は進軍した部隊の半数にも満たなかった。
自衛隊の富士総合火力演習に応募したんですが……。返事がない。ということは落ちたのかな?残念
( ;∀;)
10式戦車を見たかった……。