「「「「ワアアアァァァーーー!!」」」」
「ぬおっ!?」
カズヤ達がロートレック公爵に会うために城塞都市の中心にある城に入ると、城内では帝国軍を撃退した事を聞きつけ歓声を上げる兵士や城塞都市の住人達で溢れ返りお祭り騒ぎになっていた。
「聞いたよ!!あんた達が帝国軍をやっつけてくれたんだってな、ありがとう!!本当にありがとう!!」
「え?あぁ、どうも。ちょ、通してくれ!!」
「お前さん達、どっから来たんだい?」
「よぉ、兄ちゃん達!!後で酒を奢るからな!!」
「いや、だから通してくれって!!」
「ねぇねぇ、これなぁに?」
「だあぁ!?お嬢ちゃん!!それ触っちゃだめ!!それは手榴弾だ!!」
帝国軍を撃退した知らせと同時に勝利の立役者であるカズヤ達のことも既に城内には知れ渡っていたため、カズヤ達はお礼を言ってくる兵士や城に避難している城塞都市の住民達に囲まれてしまい、なかなか奥へ進むことが出来なかった。
「あー、エライ目にあった……。千歳は大丈夫か?」
「はい、なんとか」
なんとか住民の群れを突破したカズヤ達は城塞都市の兵士の案内を受けてようやく目的の部屋に辿り着く。
「千歳以外はここで待機しててくれ」
「「「ハッ、了解しました」」」
「――失礼する」
部屋の外に第1分隊の兵士達を待機させ、部屋の扉をノックし千歳と共にカズヤが中に入る。
カズヤが入った部屋の中には目元に真っ黒な隈を浮かばせ疲れ果てた様子の2人の女性がいた。
1人は見るものを圧倒するような覇気に包まれ、細くしなやかな体とあまり膨らみがない貧……ささやかな胸。
そして金髪を後ろで縦ロールにしている小柄な少女……女性。
もう1人は長く伸びた蒼髪をポニーテールで纏めた長身の美女だった。
中に入って来たカズヤを一瞥し金髪の女性――カレン・ロートレック公爵はおもむろに口を開く。
「……貴方達がどこの誰かは知らないけれど助かったわ。貴方達のお陰で帝国軍を一時的にとは言え追い返すことが出来た。礼を言うわ」
以前、カレンとカズヤは一度会っているのだがその時と服装が違っていることに加えカズヤがヘルメットやサングラスを掛けていて素顔が見えず、また部屋に入ってきた人物が帝国軍を追い返した傭兵部隊か何かの隊長としか思っていないカレンは疲れた様子でカズヤにそう言った。
「あ〜〜〜いや、俺は個人的な借り?を返しに来ただけだ。まぁ、それ以外にもいろいろ理由はあるが……一応自己紹介しておく俺がパラベラムの隊長、長門和也」
そう言いつつカズヤがサングラスとヘルメットを外すとカレンの目が驚きで大きく見開かれた。
「あ、貴方は!?」
「……カレン様?お知り合いですか?」
カレンの部下で魔法使いのマリア・ブロードは驚きを露にしているカレンにそう問い掛ける。
「えっ、えぇ。少しね」
歯切れの悪い返事を返すカレンの様子に疑問を感じたマリアだったがそれ以上、主に質問することはしなかった。
ちなみにカズヤとカレンの間に何があったのかということを説明しておくと、まずカズヤがイリス達を街道でバグの群れから助けた後、初めに立ち寄った街がこの城塞都市ナシストでイリス達が必要な物資を集めたり負傷者を街の教会(この世界では病院のような扱い)に運び込んだりしていた2日間の間カズヤはここに滞在していたのだが。
その滞在2日目にカズヤとカレンは出会った(最悪の出会い方で……)
詳しくはまた別の機会に語られるであろうが、簡単に言うとお忍びで街中を1人で視察に来ていたカレンと部隊から脱走し街を1人で散策していたカズヤはぶつかり、勢い余って2人は地面に倒れ込み気が付けばカズヤが押し倒す形でカレンの唇を奪っていたのである。
そんなハプニングがあったため2人は一応知り合いなのである。
「……」
……めっちゃ睨まれてる。
カレンは何か言いたげな表情でカズヤを睨んでいたが、自身が思っていることを言ってしまうとお互いの間に何があったかを部下であるマリアに悟られる危険性があったため口を閉ざし、咳払いをすると少し事務的な感じでカズヤ達に語りかけた。
「ゴホン!!とにかく貴方達のお陰で助かったわ。今夜は兵の士気を上げるため戦勝祝いの宴を開くから貴方達も是非参加して頂戴。その後で話しをしましょう」
「分かった。だが、その前に1つ。俺達が城塞都市の中を自由に動きまわることを許可して欲しい」
「……まぁいいでしょう。城内やその他の立ち入り禁止区域以外は自由に入れるように手配しておくわ。それでいいかしら?」
「あぁ」
「ではまた夜に」
そう言うとカレンはカズヤ達に退出を促す。
「また夜に」
笑顔でそう言い残したカズヤは千歳と共に部屋を出た。
カレンのいた部屋を後にしたカズヤは臨時の指揮所となった天幕の中で千歳から各分隊と現状の報告を受けていた。
「じゃ、報告を聞こうか」
「ハッ、今現在、各分隊は問題なく任務を継続中です。各分隊の被害はそれぞれ第2分隊に軽傷者2名。第3分隊に重傷者1名と軽傷者3名。第4分隊は死者1名に重傷者2名と軽傷者4名です」
やはり第4分隊の被害が大きいな……。
「敵軍の様子は?」
「城塞都市を依然として包囲していますが、被害が大きかったのか動く気配はありません。また敵本陣も同じです。予想では部隊の再編成などで2日は動くことが出来ないかと」
「そうか……。分かった各分隊に交代で休むよう伝えておいてくれ。あとここに負傷者を集めてくれ。俺が完全治癒能力で怪我を治すから」
「了解しました。……それで、ご主人様?」
「うん?なんだ、千歳?」
命令を聞き終えた千歳がニッコリと黒い笑みを顔に浮かべカズヤに問い掛ける。
「先程ロートレック公爵におっしゃられていた“個人的な借り”とは何なのか後でゆっくり……私にお聞かせ願えますか?」
黒く禍々しいオーラを纏った千歳は決定事項だとばかりにカズヤに告げた。
「……い、いやぁ〜。借りといっても些細なことだしなぁ〜。それに千歳が気にするような借りじゃ……」
事故とはいえカレンとキスしてしまったことを千歳に知られるのはマズイと判断し誤魔化そうとするカズヤだったが……。
「……些細な借りでご主人様は戦場に赴かれたのですか?」
「い、いや、それは……」
「では、後でじっくりとお話を聞かせて頂きますからいいですね?」
「……」
千歳に誤魔化しは通用せず、逆に墓穴を掘ったカズヤは最後は黙って観念したように小さく頷いた。
――――――――――――
夜。
帝国軍に一時的な勝利を得たことを祝いささやかな宴が開かれ市民達にも僅かながらも酒や肉が振る舞われていた。
酒を片手に浮かれ騒ぐ城塞都市の兵士達や市民の喧騒の様子を少し離れた位置からカズヤは(カレンとの間に何があったか、聞いた千歳による“大人の”折檻を受けたことにより)プルプルと震える足腰に活をいれながら壁にもたれ掛かり1人で眺めていた。
いつもならずっと傍にいる筈の千歳がいないのは野暮用でついさっきカズヤの傍を立ち去ったからである。
「……」
そして立ち去った千歳と入れ代わりにカレンが無言でカズヤの傍にやって来た。
「何かご用ですか?公爵様」
カズヤがわざと敬語でカレンに問い掛けるとカレンは鋭い眼光をカズヤに向け放つ。
「今さらそんな口調で喋らなくてもいいわよ。前のようにしゃべりなさい」
「そうか?じゃあそうする」
カズヤが返事を返すとそれを最後に2人の間には会話がなくなってしまい少しの間沈黙が続いていたが、沈黙に耐えきれなくなったカレンが何気なく小さく呟いた。
「……まさか私を街中で押し倒して唇を奪った、ただの平民だと思っていた男が私達を救ってくれるとはね……。人生なにがあるか分からないものね」
「おいおい、あれは事故だろ」
「……貴方、公爵のしかも乙女の初めての唇を奪っておいてそれを事故で済ますつもり?……まったく、あの時何度首をはねてやろうかと考えたか分からないわ」
「それは悪かったって言っているだろう?それにだからこうして助けに来ただろう。借り?というか償いをするために」
「……ちょ、ちょっと待ちなさい!!貴方、そんな理由でここに来たの!?」
カズヤの言葉を聞いて石のように固まった後、再び動き出したカレンは信じられないという顔でカズヤに言った。
「そんな理由って……。まぁさすがにそれだけが理由じゃないが、ここに来た一番の理由はカレンを助けに来たんだよ」
「―――ッ!?」
カズヤの言葉を聞いたカレンは一瞬で沸騰したように顔を真っ赤にしてカズヤに背を向け俯く。
な、なんなの?この男は!?わ、わわ、私をく、口説いているのかしら!?
カレンの脳裏では――カズヤが唇を奪った償いに戦場に赴き私を助けに来た。
つまり自分が死ぬかも知れない戦場に赴いてまで私には死んで欲しくない。
=私が欲しい!!
という白馬の王子様を夢見る乙女のような思考回路が働いていた。
「そ、そんなことを突然言われても、わ、私にだって心の準備という物が……。い、いえ、いやと言う訳でもないのよ。でも、私と貴方だと身分の違いが……。で、でも貴方がどうしてもと言うのであればつ、付き合ってあげてもい、いいわよ?」
ゴニョゴニョとカレンは蚊の鳴くような小さい声でそう言うと意を決し、まるでリンゴのように真っ赤に染まった顔のままバッと振り返りカズヤを見上げた。
「それにベレッタにも頼まれたしな」
しかし、カレンがあまりにも小さい声でボソボソと喋っていたためカズヤにはカレンの言葉が聞こえていなかった。
「……誰よその女」
「えっ?」
女の直感でカレンはカズヤの言葉の中に出てきた“ベレッタ”という人物が女だということを確信し、一瞬で恋する乙女の顔から真顔になると苛立ち6嫉妬4の感情が混ざった声でカズヤに問い掛ける。
「えっと……ベレッタのことか?第2近衛騎士団の副長をやっている女性だが……。何でも妹がこの城塞都市に居るらしくてな。助けて欲しいと頼まれたんだ。そうだ!!カレンはコルト・ザラという少女の名前を聞いたことはないか?」
「……そう。私を口説いていた訳じゃないのね」
「……えっ?……ど、どうかしましたか?カレン……さん?」
カズヤがカレンの質問に正直に答えるとカレンは下を向き小刻みに震え始めた。
そんなカレンの様子を見たカズヤは嫌な予感が頭をよぎる。
――ゴゴゴッ!!
その瞬間、カズヤはカレンの背後に燃え盛る焔を幻視した。
「期待させるような紛らわしい言葉を吐くんじゃないわよおぉぉーーー!!!このっ!!鈍感男のっ!!朴念仁がっ!!」
――ドスンッ!!
「グハッ!?」
カレンの狙いすました右ストレートがカズヤの鳩尾を見事に捉えた。
カレンの突然の暴挙にカズヤは反応することが出来ず、地面に頭を擦り付けるように蹲り鳩尾を手で押さえていることしか出来なかった。
「ふん!!」
カレンは鼻息荒く肩を震わせながらカズヤの元から去って行く。
「お、俺が何をしたって言うんだ。」
――ガクッ。
その後、野暮用から帰って来た千歳が見た物は蹲ってピクリとも動かないカズヤの姿だった。
「ご、ご主人様ぁぁぁーーーー!!!???」
後には千歳の悲痛な叫び声が虚しく響いていた。