セリシアがアデルや7聖女達と共に立ち塞がる障害を全て排除しつつ敵中を突破し、第21騎兵大隊と合流を果たした頃。
「報告します。セリシア・フィットローク以下8名、第21騎兵大隊との合流に成功しました」
「そうか、セリシアの奴は上手くやったか」
帝都の目と鼻の先に展開している陸上戦艦のラーテ内部に置かれた前線司令部では、通信管制を担当しているオペレーターからセリシア達の動向を伝えられた千歳が不敵な笑みを溢していた。
「それで現在の戦況は?」
「ハッ、各防衛線の再構築には成功。現在全力を以って出現した魔物の掃討が行われております」
「……よし。我々も掃討戦に参加する。ラーテを前進させよ!!28cm連装砲で奴らに鉄槌を下し前線を押し上げる!!」
「ハッ、了解しました!!」
出現した魔物によって一時は混乱していた戦況が沈静化し始めた事を確認した千歳はセリシア達に負けじと自らも戦果を上げるべく、そして復讐を果たすべくラーテの前進命令を下す。
『こちらCIC!!レーダーに感あり!!帝都中心より凡そ800の飛翔体(アンノウン)が出現!!』
しかし、それに待ったを掛けるようなタイミングで別室のCIC――戦闘指揮所に詰めているレーダー手の報告が車内放送を介し前線司令部内に響いた。
「また飛翔体だと?魔物の第2波か?」
『いえ、魔力測定器で測定した魔力反応の数値が魔物のそれとは違い過ぎます!!それにレーダーの反応から見るに対象のサイズは……人間程度と推定!!出現した飛翔体は明らかに魔物とは別モノです!!』
側に置いてあったマイクを取りCICへと問い掛けた千歳の疑問にレーダー手が否を返す。
「高魔力反応がある人間サイズの飛翔体?一体何が出てきた?……千代田、ドローンを飛ばして情報収集を頼む」
「既に飛ばして情報収集中です。姉様」
レーダー手の報告に千歳が眉をひそめ、背後に控えていた千代田に対して情報を集めるように指示を出していると更なる報告が舞い込む。
「た、大変です!!出現した飛翔体の攻撃を受け前線部隊の被害甚大!!多数の部隊が後退許可を求めています!!」
「……敵や被害の詳細は分かるか?」
「いずれも詳細不明!!前線が混乱しているため断片的な情報しか上がって来ません!!」
「ふぅ……状況の把握を最優先。攻撃を受けている部隊にはその場で可能な限り応戦せよと伝えろ」
「了解!!」
戦域管制担当のオペレーターがもたらした報告に眉間のシワを深めながら千歳は仕方なくその場しのぎの命令を出す。
「これは……」
「どうした、千代田?」
「報告します!!帝都中心部より出現した飛翔体の外見は人型!!また背に翼と頭部に光る輪を確認!!なお個体によって差はあれどいずれも強力な攻撃魔法と魔力障壁を行使するとの事です!!」
「ッ!?」
情報不足の為に有効な対応手段が取れず、自軍の被害が拡大していく様をただ眺めている事しか出来ずに歯痒い思いをしていた千歳はオペレーターの報告にビクリと一際大きく肩を跳ねさせ顔色を変える。
「姉様、ドローンからの映像を画面に出します。……現れた飛翔体は敵が造り出した新種の魔物でしょうか?しかし、この姿形はまるで天使を模したものとしか思えません」
ドローンを通して報告よりも一歩先んじて飛翔体の正体を確認していた千代田は映像を前線司令部のディスプレイに出しながら千歳に声を掛けた。
「天使……だと!?まさか……いや、そんなはずは……ッ!!」
「姉様?どうかなされ――」
しかし、当の千歳は酷く混乱した様子で取り乱し千代田の言葉をまるで聞いてはいなかった。
その事にようやく気が付いた千代田が千歳の様子を訝しみ問い掛けようとするが、オペレーターやCICからの報告によって途中でバッサリと遮られてしまう。
「我が方の主力部隊に攻撃が集中!!このままでは――ッ、総統閣下の命で主力部隊が一時後退を開始!!」
『本車に向け飛翔体が急速接近中!!方位0―1―0!!数は30!!接触まで凡そ300秒!!』
「姉様」
「……分かっている。本隊の事はご主人様にお任せし我々は目前に迫った敵を叩く。ラーテ及び随伴部隊は対空戦闘用意!!接近中の飛翔体を撃破する!!」
千代田に肩を強めに握られた事で我に返った千歳は自身を叱責するように首を振った後、真っ直ぐに前を見詰めながら声を張り上げた。
『了解。――対空戦闘用意!!』
『主砲三式弾装填!!』
『主砲1番2番に三式弾装填!!撃ち方用意よし!!』
『照準用レーダー照射!!……対空目標01番から30番までの個識別及び捕捉完了!!ミサイル発射用意よし!!」
千歳の命令を切っ掛けに28cm連装砲の砲塔が旋回し砲身が空を仰ぐ。
また対空兵器が一斉に俯角を取り来るべき敵を睨む。
そして、ラーテに随伴している護衛部隊のLPWS(牽引式低床トレーラーに搭載されたCIWS)がモーター音を響かせながら6砲身のガトリング砲を敵に向け指向する。
『対空戦闘用意よし!!いつでも行けます!!』
「では、やつらを――」
不躾な訪問者を出迎える準備が整い、千歳がGOサインを出そうとした時だった。
「た、対空戦闘待て!!」
「どうした?」
通信管制のオペレーターが泡を食ったような声を上げ、待ったを掛ける。
「第23航空団の第3飛行中隊が当方に接近中の敵のインターセプトに向かうと!!」
「第23航空団の第3飛行中隊?……あぁ、ルーデル飛行中隊だな。攻撃機で空中戦をやらかすつもりか……全く相変わらず無茶をする奴だ」
「姉様、機体の制御を奪って退かせますか?」
「いや、敵戦力の威力偵察代わりにちょうどいい事だし、このまま好きにさせる」
「分かりました」
突然入った報告の内容に千歳は驚きの言葉を漏らしながらもインターセプトに向かう事は制止せず、また千代田の提案を却下し一時傍観の構えを取るのであった。
「これは……飛んで火に入る夏の虫というヤツか?」
帝都攻略戦が始まってから既に3度に渡る出撃を実行し、いずれも帝国軍や魔物を散々食い散らかしているルーデル少佐は4度目の出撃を行うための帰路に偶然にも魅力的な獲物を見つけた事で喜びの渦中にあった。
『あー……少佐?何やら物騒な独り言が聞こえたのですが?まさか、あのへんちくりんな敵に攻撃を仕掛けるつもりじゃ……』
「愚問だな」
列機からの問い掛けに酸素マスクの下に隠れた口角を吊り上げ、破壊的な笑みを浮かべながらルーデル少佐は答える。
『ですよねー……』
「これより我が隊は正体不明の飛翔体へ攻撃を敢行する!!弾薬が無い者は先に帰還せよ!!残っている者は我に続け!!」
諦めの混じった部下の声を聞き流しつつ、ルーデル少佐はA-10の機首を上げ上昇を始めた。
『やっぱりこうなる……フェアニヒター1―2。第1小隊は隊長と私だけです』
『こちらフェアニヒター02。第2小隊4機中2機お供します』
『フェアニヒター03。ウチの第3小隊は全機、隊長に付いて行きますよ』
『フェアニヒター04よりフェアニヒター01へ。私を含めた第4小隊の3機は何処へなりともご一緒させて頂きます』
「よし、11機で編隊を組み直す。準備が出来次第攻撃だ」
『『『『了解!!』』』』
弾薬があり戦闘可能な11機だけで編隊を組み直し、新たに襲撃隊形を取るとルーデル中隊は敵の後方斜め上に陣取った。
「うん?やつらの進行方向からすると狙いは前線司令部か……気付いているとは思うが敵の事と我々の事を前線司令部に報告しておけ」
『了解。こちらは第23航空団、第3飛行中隊――』
「……」
部下が前線司令部へ報告をしている途中、ルーデル少佐は片時も獲物達から視線を外さず、ただ静かに狙いすましたように獲物達を見詰めていた。
『前線司令部への通達完了』
「よし、全機突撃!!」
報告が終わったという知らせにルーデル少佐は最早待ちきれないといわんばかりの早さで急降下を開始し、一目散に敵目掛けて突っ込んで行く。
『中隊!!隊長に遅れをとるな!!』
そんな隊長機の行動に中隊の面々は慣れたものとばかりに援護の態勢を取りながら後に続いた。
「……む。あれはまさか天使か?しかも美人の。まぁ何だっていい、俺の戦果表に刻んでやる。ターゲットロックオン!!フォックス2!!フォックス2!!」
急降下の最中、驚異的な視力で敵の詳細な姿を目の当たりにしたルーデル少佐は驚きつつもハードポイントに吊り下げていた2発のAIM-9X――通称サイドワインダー2000を発射。
そしてお役目御免とばかりに機首を翻し離脱を図る――のでは無く、自機や僚機が放ったAIM-9Xの後を追って降下を続けた。
「今頃気が付いてももう遅い!!」
後方から音速で接近するAIM-9Xの存在に敵が気が付き編隊を崩して三々五々に散りながら回避行動に出るが、それよりも早くAIM-9Xが敵の懐に潜り込み高性能爆薬の大きな花を咲かせる。
そうして敵の墓碑となる爆煙の塊が空に9つ浮かぶことになった。
「チッ、個体によってはミサイルに耐える奴がいやがるな。だがこいつならどうかな!?」
魔力障壁によってAIM-9Xを防いだ敵が少なからずいた事に目敏く気付いたルーデル少佐は、そんな敵をわざと次のターゲットに選ぶ。
「そんな弾は当たらん!!」
空中で制止し、一斉に魔力弾を撃ってくる敵に対しルーデル少佐は目と鼻の先の距離まで肉薄。
そして、衝突してしまいかねない至近距離からGAU-8アヴェンジャーの30mm砲弾を目標に叩き込む。
すると魔力障壁が30mm砲弾に耐えきれなかったのか、ルーデル少佐に狙われた敵は空で血飛沫となってこの世から姿を消した。
「よしっ!!やってやった――っ!?攻撃中止!!全機散開!!現空域から離脱しろ!!」
『は?』
『一体どうし――』
攻撃を終え敵編隊のど真ん中をすり抜ける際に目撃した異質な存在。
恐らくは敵の指揮官であろうそれと一瞬だけ目を合わせたルーデル少佐は本能的に相手が自分達では敵わぬ化物だという事を悟り部下達に退避を命じるが、その途中に編隊の最後尾にいた第4小隊の3機が件の敵の魔力弾を受け爆発し消滅する。
『第4小隊が殺られた!!』
『何だ!?あいつだけ飛び抜けて速い!!』
『注意しろ!!奴の周りにいる4体も速いぞ!!』
「クソッ!!俺が敵を引き付ける!!その間に行け!!」
『『『了解!!』』』
「さぁ、付いて来い!!」
部下を逃がすため単身反転したルーデル少佐の意図を知ってか知らずか、敵は全員でルーデル少佐を狙う。
「ダンスの時間だ!!」
追ってくる敵の存在を確かめてから2基のターボファンエンジンを全開で吹かしたルーデル少佐は、世話しなく後方を振り返りつつ機体を操り魔力弾の豪雨の中を必死で逃げ惑う。
「えぇい、しつこい!!」
そうして、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと逃げに逃げるルーデル少佐は機体を小刻みに振り動かしながら、また時折撹乱のためにフレアを撒き散らし後方から迫る敵を引き剥がそうと奮闘するが、敵はしつこく食らい付き少しも離れる様子を見せない。
「っ、チィ!!やってくれる!!」
その内ひっきりなしに飛んでくる魔力弾の火線がA-10の機体を捉える。
被弾によって右のエンジンが1基爆発して脱落し、垂直尾翼と昇降舵も1枚ずつが大破、しかも不運な事に右翼の大半が吹き飛んで失われていた。
「だが、この程度でA-10が墜ちると思うなよ!!」
ルーデル少佐はガタガタと嫌な振動を肌で感じながらも機体を立て直し、黒煙を曳きながら雲の中に逃げ込む。
「追ってこないな……撃墜確実だと思って見逃されたかな?ふぅーしかしこりゃ酷い。よくもってくれ――クソッタレ!!」
雲の中に逃げ込んだ途端に追っ手が来なくなったため、見逃されたのだと思い安堵の息を漏らしたルーデル少佐だったが、逃げ込んだ雲を抜けた先で禍々しい魔力を溜めながらゴミを見るような視線でこちらを見詰める敵――件の指揮官が待ち構えているのを見て自分が敵によって誘い込まれていた事を悟った。
「グオッ!!」
最早敵わぬと咄嗟に脱出装置の把柄を引き、機体を捨ててルーデル少佐が脱出するのと機体が敵の魔力弾によってバラバラに解体されて爆発するのはほぼ同時であった。
「……舐めやがって」
命からがら脱出しパラシュートで空を漂う事になったルーデル少佐は自らを殺そうともせずに飛び去って行った敵に対し忸怩たる思いを抱きながら、風にゆらゆらと揺られ続けていたのだった。
「フェアニヒター01の反応ロスト!!撃墜されました!!」
「パイロットは脱出したか?」
ルーデル少佐撃墜の報に苦々しく顔を歪めた千歳は青色の光点が最後に輝いていた場所を見詰めながら戦域管制担当のオペレーターに問い掛けた。
「ハッ、現在確認中です。……パイロットの脱出を確認!!しかし生死不明!!」
「すぐに戦闘捜索救難(CSAR)部隊を墜落地点に向かわせろ。奴をこんな所で失うのは惜しい」
「了解、直ちに回収部隊を送ります」
オペレーターの返答に無言の頷きを返してから千歳はCICへと通じるマイクを握った。
「敵の状況は?」
『編隊を組み直し、再びこちらへ向かっています。我が方の射程圏内まで残り20秒』
「ならば全力で出迎えてやれ。ルーデル達のお陰で得た戦闘データを無駄にするな」
『イエス、マム!!』
千歳の発破に気合いのこもった返事を返した車長は、自らの責務を全うするべくCIC内で戦いの指揮を取り始める。
「対空戦闘始め!!」
「主砲撃ちー方ー始め!!」
「撃ち方始めッ!!」
車長の攻撃許可が下りると、まず最初にラーテの28cm連装砲が火を吹き、轟音と砲煙を後に残しながら三式弾が飛んでいく。
風を切り裂きながら飛翔する2発の砲弾は回避行動に入った敵群の目前で炸裂し、近接信管が仕込まれた子弾を大量に撒き散らす。
そして敵を関知した子弾が起爆すると連鎖的に他の子弾も一斉に起爆、加害範囲内に居た不運な1体を粉々に吹き飛ばす。
「撃破1!!残り19!!」
「目標群、3群に分離!!それぞれ10時、12時、2時の方向より再接近してきます!!」
「主砲以外の対空火器を使って対応しろ!!弾幕を展開し敵を近付けさせるな!!」
「副砲撃ちー方ー始め!!」
敵群が3つに分散した事で主砲による対空射撃は中止され、今度は副兵装であるボフォース57mm砲2基2門が連続して吼える。
しかし、主砲の攻撃を受けた事で警戒していたのか中々命中弾が出ない。
「撃墜3!!しかし更に接近してきます!!」
それでも目標追尾・照射レーダーが得た敵の位置情報を元に射撃指揮装置で照準を定め、正確な射撃を行う57mm砲は目標を3つ消滅させる事に成功する。
「RAM、攻撃始め!!
「発射用意、撃てー!!」
57mm砲による対空射撃が続けられながらも、今度はCIWSとミサイルコンテナを融合させたMk.15 mod.31 SeaRAMからRIM-116 RAMが一斉に飛び去って行く。
「命中!!閃光を確認!!」
「撃破5!!残り11!!」
ルーデル少佐達の戦闘を踏まえ、一体につき4、5発のミサイルを叩き込む事で5体の敵が瞬く間に塵と化す。
「護衛部隊、接敵!!戦闘開始!!」
ラーテの主砲及び副砲、そして近接防空ミサイルの対空防御網をくぐり抜けた敵に対し、最後の防衛手段である護衛部隊の30基のLPWSが対空砲火を放ち、曳光弾の筋によってレーザー光線のようにも見える火線でもって敵を絡め取り、文字通りに粉砕する。
「取り付かれました!!」
だが、最後の防衛手段を講じても5体の敵が無傷のまま残存しラーテの元に辿り着いてしまう。
そしてその直後、ラーテは激しい振動に襲われる事となった。
「被害知らせ!!」
『主砲損壊!!使用不可!!』
『副砲反応しません!!』
『こちらCIC!!全対空火器使用出来ません!!」
「護衛部隊は!?」
「護衛部隊との通信途絶!!外部カメラから見る限りでは全滅した模様!!外は火の海です!!」
「チッ」
芳しくない状況に千歳は思わず舌打ちを打った。
『こちらCIC!!敵が車内に侵入!!現在は全ての隔壁を閉鎖し時間を稼いでいますが、それもいつまで持つか分かりません!!ですから司令部要員と副総統方は直ちに脱出を!!」
再びラーテが大きな振動に襲われた直後、CICから敵侵入の報がもたらされ司令部内にオペレーターや司令部要員達の恐怖心が渦巻いた。
「……はぁ」
それを感じ取り不機嫌そうに眉をピクリと動かした千歳は小さくため息を吐くと着ていた軍服の上着をバサリと脱ぎ捨てる。
「CIC。敵のいる場所からこの司令部までの隔壁を全て開けろ」
『……は?』
「敵をこの司令部へ誘導しろと言っているんだ」
車長が思わず溢したすっとんきょうな返答に千歳が苛立った声で改めて指示を出す。
『よ、よろしいのですか?』
「これ以上壊されては修理する者達が大変だろうからな、私がケリを付ける。それに今司令部が使い物にならなくなるのは困る」
『りょ、了解……』
「千代田、お前は他の者達を守れ」
「了解です」
そう言って千歳は千代田に非戦闘員達を司令部の片隅に避難させ、遠慮なしに動けるように手筈を整えると司令部内に置いておいた大太刀を手に取り、集中力を高めながら司令部の入り口の前で抜刀の構えを取る。
「……シッ!!」
そして入り口が開かれたその刹那、千歳の手によって大太刀の白刃が鞘から解き放たれたのだった。