帝都から70キロの地点に建設されたパラベラム軍の基地。
その地下指令室にある大型ディスプレイには帝都の全体図が映し出され、そこには目標ポイントのマーカーや味方部隊の所在を示す多くの青い光点が表示されていた。
しかし、今現在その全体図は敵を示す赤い光点によって埋め尽くされようとしていた。
「帝都全域の各所に魔方陣が現れました!!」
「ッ!?魔方陣より魔物の出現を確認!!凄まじい数です!!」
「出現した魔物は現在群れを形成している模様!!なお一個群当たりの数は中隊から師団規模と推定!!」
「帝都上空にも多数の魔物を確認!!制空権が維持出来ません!!」
「レイテ湾内に展開中のピケット艦から報告!!湾内の海中及び海底から複数の動体反応を検知!!」
大量の魔物を投入しての反撃。帝国が得意とする物量作戦の1つという事で十分な警戒がなされていたが、帝都全域――制圧済みであるはずの戦線の背後や陸海空の全てで魔物が出現した事で戦局は一気に切迫し地下指令室は緊張感に包まれる事となった。
「ここが正念場だな。最優先で魔方陣を潰すよう全軍に通達。それから空軍と海軍には何としても制空権と制海権を維持させろ。それと予備兵力から部隊を抽出し、各戦線へ師団規模の増援を即時投入するんだ。この機に戦線を押し上げ一気に片を付ける!!」
「「了解!!」」
そして、そんな部屋の中に響くオペレーター達の声を聞きながら、カズヤは急変した事態の対応を指示していた。
タイミングが少々悪いが……数ならこっちも負けていない。
逆に押し潰してやる。
自軍の部隊が帝都占領の為に各部隊間の距離を広げ始めた時を見計らったように開始された魔物の物量作戦。
それに対抗するべく戦力の追加投入を決定したカズヤは獰猛な笑みを溢しながら、新たに始まった戦いの様を映し出すディスプレイに視線を向けた。
「報告!!レイテ湾より強襲上陸し宮殿へ向け進撃中だった海兵隊の第21騎兵大隊がポイントK3のファブレガス通り付近で敵に包囲され孤立した模様!!」
「第21騎兵大隊より救援要請!!敵の奇襲を受け負傷者多数との事!!」
「ポイントK3付近で展開中の部隊で今すぐ救援に向かえる部隊はあるか?」
大量のミサイルや砲弾が投射され、戦線の引き直しが行われている最中、他の部隊より突出気味であった海兵隊の部隊が魔物の群れに包囲され危機的状況にあるとの知らせがカズヤにもたらされた。
「ポイントK3から西に700メートルの地点。そこに陸軍の第8戦闘団の第3装甲大隊が、南西に1キロの地点に特別任務中隊の一木支隊が居ますが、第3装甲大隊は帝都の内部を流れるテナル川を挟んだ対岸に居るため即応出来ず、一木支隊は第21騎兵大隊との間に師団規模の敵が立ち塞がっているため救援に向かうのは困難です」
「致し方ないな。時間が掛かっても構わん。第3装甲大隊を第21騎兵大隊の元へ送れ。それと平行して念のため予備兵力から第1AA大隊を引き抜いてポイントK3に向かわせておけ」
「了解、第21騎兵大隊の救援に第3装甲大隊を向かわせます」
「待機中の第1AA(アサルトアーマー)大隊に出撃命令を通達しました」
急場しのぎの命令を下した後、カズヤは次に第21騎兵大隊を救援到着まで延命させるための手段を模索する。
「さてと。第3装甲大隊が第21騎兵大隊の元に辿り着くまで砲撃支援と航空支援で出来る限りの時間を稼がないとな。手隙の部隊はあるか?」
「砲撃支援であればタルナード(MLRS)で編成されている第115砲兵中隊とPzH2000自走榴弾砲で編成されている第11砲兵中隊が待機中です」
「航空支援は強襲揚陸艦のLHA-6『アメリカ』所属、第302飛行小隊――AH-1Zで編成されている一個飛行小隊がすぐに使用可能です」
「よし、なら第115砲兵中隊と第11砲兵中隊には砲撃支援任務を命じる。第302飛行小隊は現場に到着次第、近接航空支援の任務に付かせろ。あぁ、そうだ。第21騎兵大隊にJTAC(統合末端攻撃統制官)の資格持ちは居るか?」
「ハッ、ANGLICO(航空艦砲連絡中隊)から出向しているダネル少尉が居ます」
「なら弾着修正は問題ないな。準備が出来次第、砲撃支援を開始せよ」
「了解」
そうしてオペレーターによってカズヤの命令が各部隊へと速やかに伝達されると、各部隊がそれぞれの任を果たすべく行動を開始した。
まず最初に動いたのはPzH2000を擁する第11砲兵中隊。
彼の中隊は現場に居るダネル少尉から送られてきた諸元を元に砲撃を行い、初弾から有効弾を出すと次弾から修正のための較正射をすっ飛ばし効力射に移行。
複数発の砲弾が同一目標にほぼ同時に着弾するよう高仰角から少しずつ仰角を下げ、また装薬量を減らしながら連射しMRSI(多数砲弾同時着弾)で第21騎兵大隊に迫る魔物の群れを一気に吹き飛ばし後続の足を止めた。
そして足が止まった魔物に対しBM-30スメルチの近代化バージョンである第11砲兵中隊の9A53-Sタルナードが中隊6輌で一斉射撃を開始。
4箇所あるアウトリガーを下ろし発射の反動で横転しないように車体を固定しつつ、250キロ級の9M55K5――対人・対硬化目標成形炸薬弾頭を搭載した300㎜ロケット弾、計72発を凡そ38秒間で撃ち尽くす。
白煙を曳きながら大空へと飛び出したロケット弾は帝都上空を横断した後、先の砲撃の影響で静止目標となっていた魔物の群れに飛び込み炸裂。
発生した爆風と衝撃波によって辺りにいた魔物の数は大きく減少する事となった。
また全弾を射耗したタルナードが約20分間の再装填に入った事で、一時的に支援任務が第11砲兵中隊頼りになってしまうが、タイミング良く第302飛行小隊――AH-1Wスーパーコブラの発展型であるAH-1Zヴァイパーが第21騎兵大隊の上空に到着し近接航空支援を開始。
固定兵装である機首ターレットのM197 20mm機関砲がM56焼夷榴弾やPGU-28/B半徹甲焼夷弾をばらまき、大型化されたスタブウィングに懸架されているロケットポッドから発射されたハイドラ70ロケット弾が弾幕を展開し魔物の前進を再び阻んだ。
「よし、この調子なら何とかなるな」
有効な支援攻撃によって敵を圧倒し、救援が到着するまでの時間をどうにか稼げそうだとカズヤが胸を撫で下ろした時だった。
「報告します!!第3装甲大隊の進路上に連隊規模の魔物が出現!!第3装甲大隊が足止めを受けています!!」
カズヤの思惑を根底から崩してしまう報告がオペレーターの口から発せられた。
「何だと!?」
「第21騎兵大隊より報告!!弾薬欠乏、直ちに救援を乞う!!繰り返す直ちに救援を乞う!!」
更には第21騎兵大隊の弾薬欠乏という問題までもが飛び込んで来る。
「クソッ、AA部隊はどうなっている?」
第3装甲大隊が足止めを食らい、第21騎兵大隊が弾薬不足に陥っているという報告に顰めっ面を浮かばせたカズヤは次善策――出撃させておいたAA部隊の状況をオペレーターに問い掛けた。
「現在、連隊規模の敵と交戦中。現場への到着予定は1時間後です」
「ッ、支援攻撃での時間稼ぎにも限度がある。こうなったら……危険だがヘリで――」
オペレーターの返答にカズヤは救援が間に合わない事を悟り表情を僅かに歪めると、ブツブツと独り言を漏らしながら次なる策を頭の中で練り始める。
「マスター、残念ですが……あの孤立した部隊は現在5割の被害が発生し壊滅状態で戦力として数えられません。そんな部隊にこれ以上の戦力を割くのはデメリットの方が大きいかと。どうかご再考を」
そんな時であった。
孤立した部隊の救援に更なる戦力を割こうとするカズヤに対し、今まで黙って背後に控えていた千代田が制止の声を掛ける。
「これ以上は何もせず見捨てろと言うのか?」
「現在の戦況を鑑みるにそれが最善かと」
「……セリシアに通信を繋いでくれ」
戦力のロスを防ぐため、部隊を見捨てるべきだという千代田の進言にカズヤは一瞬の迷いを見せた後、オペレーターに指示を出す。
「了解。……繋がりました。どうぞ」
「カズヤだ。セリシア、聞こえるか?」
『はい。聞こえています』
オペレーターがディスプレイ上に開いた映像通信に向かってカズヤが語り掛けると、画面の向こうで膝を折り頭を垂れるセリシアが返事を返した。
「そちらの戦況はどうだ?」
『ハッ、戦線の再構築を終え、これから攻勢に転じる所です』
「そうか。急で悪いが問題が発生した。ポイントK3で孤立した海兵隊の部隊の救援に向かってくれ」
『ハッ、承知致しました』
自身の因縁に決着を付けるべく、パラベラム軍の本隊と共に帝都中心部へ向かっていたセリシアはカズヤの横槍――突然の命令に一切の疑問を挟む事なく、それを当然として首を縦に振った。
「頼んだぞ。そっちにいるアデルと7聖女、それに第55山岳師団の半分を引き連れて――」
『カズヤ様、それは少々戦力を割き過ぎでは?』
「この先どんな状況になるか分からない以上、多めに連れていけ。抜けた分は予備兵力で穴埋めするから心配するな」
『御意』
若干の過保護さが垣間見えるカズヤの指示にセリシアは小さく笑みを溢しながら頷いた。
「それと7聖女達はそこに居るか?」
『『『『『『『御前に』』』』』』』
カズヤの呼び掛けに待っていましたと言わんばかりに画面外から現れ、頭を垂れる7聖女達。
「この任務は時間との戦いでもある。お前達の働きに期待させてもらうぞ」
『『『『『『『ハッ!!御心のままに』』』』』』』
カズヤの発破に対し7聖女はそれぞれが並々ならぬやる気を滾らせ、大鎌を握る手に力を込めていた。
「それにアデルも頼んだぞ」
『フン、私はオマケか』
「そう拗ねないでくれ。頼りにしているのは本当なんだから」
『……分かっている。吉報を待っていろ』
「あぁ、期待している」
声を掛けられるのが最後になってしまった事で若干拗ねていたが、カズヤの言葉で機嫌を直し最後には自信ありげな笑みを残していったアデルとの会話を終えるとカズヤは通信を切った。
「……」
さて……今度はこちらを説き伏せないといけないな。
通信を終えた直後から背中に突き刺さる鋭い視線の刃と全身にのし掛かる圧迫感にカズヤは冷や汗を流しつつ意を決し振り返る。
「……千代田。主力部隊からセリシア達を引き抜いたのは俺が悪かったから、そんな目で見ないでくれ。だがセリシア達を第21騎兵大隊の救援に向かわる事で敵を分断し2個師団規模の魔物を包囲殲滅する事が出来るんだからいいだろう?それにだな――」
そして振り返った先でカズヤは責めるようなオーラを漂わせる千代田に対し、延々と弁明を繰り返すのであった。