ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

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番外編 伊吹回

軍事国家パラベラムの総本山である司令本部。

 

そこは様々な情報が取り扱われる事もあって機密性が高いものの、高級将校用の住居等も入っており数多くの者達が利用する場所だった。

 

しかし、その日。

 

司令本部は総統暗殺未遂事件を受けて侵入者対策強化のため全面的な改装工事が行われており、出入りする者達が限られていた。

 

更に言えば工事の休工日であり作業員達でさえ司令本部の中にはおらず、ほぼ無人状態であった。

 

「おーい、伊吹?伊吹ー?居ないのか?」

 

そんな中、司令本部の一室――伊吹の私室の前に護衛の兵士を4人連れたカズヤが居た。

 

伊吹に渡さなければならない重要な書類があり、彼女を探していたカズヤは伊吹が司令本部の私室に私物を取りに向かったという話を聞いてここに来ていた。

 

ところが伊吹の私室にカズヤが出向いてみれば部屋の中からは伊吹の返事が無く、また人の気配もしなかった。

 

「居ないみたいだな。入れ違いになったか?……いや、でも伊吹の私室に来るには俺達が通ってきた通路を通らないといけないのに会わなかったよな……携帯にも出ないし。ん?鍵が開いてる」

 

返答がない事から部屋の中に伊吹が居ないと判断しながらもカズヤが試しにドアノブを捻ってみるとドアが簡単に開いた。

 

「鍵が開いてるって事は中に居るのか?でも人の気配は無いよな」

 

対火対爆製の分厚いドアを開きながらカズヤがそう呟く。

 

「お前達はここで待っててくれ。俺は一応部屋の中を見てくる」

 

「お待ちください、閣下。中の確認なら我々が」

 

「止めとけ、お前達が中に入ったら伊吹に怒られるぞ。俺なら注意程度で済むだろうが」

 

暗殺未遂の一件から過保護とも言える護衛態勢を取る親衛隊の兵士の言葉にカズヤは笑いながら答える。

 

「万が一の事態を防ぐためです。我々の使命は閣下をお守りする事であり、その使命を全うするためならば伊吹様の叱責も甘んじてお受けいたします」

 

カズヤの返答に真顔で真面目に返す親衛隊の兵士。

 

他の3人も、その通りだと言わんばかりに頷いている。

 

「……しょうがないか。なら藤崎とデイビスは部屋の入り口で待機、葉月とクレミーは付いて来い」

 

「「「「了解」」」」

 

忠誠心が高く職務に忠実な兵士である4人に対しカズヤは妥協案を出し、男性兵士2人を部屋に入ってすぐの入り口付近に待機させ、残った2人の女性兵士だけを連れ伊吹の私室へと入る事にした。

 

「「「……」」」

 

あっ……入っちゃダメな部屋だ、これ。

 

玄関付近に藤崎とデイビスの2名を残してリビングに入ったカズヤは一緒に中に入って来た葉月とクレミーと共に部屋の中の凄まじさに絶句していた。

 

「……なんというか、その」

 

「……これはちょっと」

 

「皆まで言うな、誰にだって短所はあるんだ」

 

「しかし、閣下。これは……」

 

「酷すぎませんか?」

 

「……」

 

最初は伊吹の擁護に回っていたカズヤも葉月とクレミーの追撃の言葉に反論する事が出来なくなり、そっと顔を逸らした。

 

伊吹……公はしっかりしているが、私はだらしないんだな。

 

伊吹に対するイメージがかなり変わってしまったカズヤは、そんな事を考えながら改めて部屋の中の光景を眺める。

 

カズヤの視界に映るのは、かつて食事に利用したであろう容器や食器、調理器具が机の上に重ねられ、それらに残っている食べ滓が腐敗している光景。

 

そして部屋の中を埋め尽くすごみ袋と散乱する本や書類の数々、足の踏み場も確保出来ないくらいうず高く積まれた衣服の山であった。

 

「……さて、肝心の伊吹は居ないみたいだし、隣の寝室を確認したらすぐに出よう」

 

「はい」

 

「それが宜しいかと」

 

これ以上伊吹の秘密を見るのが忍びなくなったカズヤはさっさと確認だけして部屋を出る事にした。

 

「失礼しますよ〜っと……」

 

何だかイケナイ事をしているような感覚を味わいながらカズヤは伊吹の寝室に入った。

 

「あれ?こっちは綺麗だ」

 

キョロキョロと辺りを見回したカズヤは、リビングとは違い整理整頓され掃除の手も行き届いた寝室に少しだけ驚いた。

 

「ベッドメイキングも綺麗にしてあ――……ん?なんで男物のパンツとシャツがベッドの上に置いてあるんだ?」

 

まるで飾られているかのようにベッドの上に置かれた男物のパンツとシャツを視界に捉えたカズヤは首を捻る。

 

「………………まさか、浮気!?な訳ないか。とりあえず出よう」

 

どんな理由があって男物のパンツとシャツがベッドに置かれているのかが、いくら考えても分からなかったカズヤは考える事を止め、寝室を後にした。

 

「寝室にも居なかった」

 

「そうですか。やはり入れ違いになったのでしょうか?」

 

「何にせよ、早くここを出ましょう。閣下」

 

「あぁ、そうだな」

 

葉月とクレミーの言葉に頷いたカズヤが伊吹の部屋を後にしようとした時だった。

 

「――ちょっと待ってくれ」

 

開いた状態で床に落ちている1冊の本がカズヤの目に止まった。

 

「閣下?どうかされましたか?」

 

「いや、これ……伊吹の日記だ……」

 

「か、閣下!!いくら閣下でも他人の、それも乙女の日記を覗き見るなんていけませんよ!!」

 

「クレミーのいう通りです、閣下!!」

 

「……」

 

「……閣下?」

 

「あの閣下?何だか顔が真っ青に……」

 

非難の声を受けてなお、凍り付いたように日記から視線を外さないカズヤの顔色がさぁっと青くなっていく事に気が付いた葉月とクレミーは互いの顔を見合せ、どうしたのだろうかと訝しみながらカズヤに歩み寄る。

 

「ちょ、ちょっとそこで待っててくれ!!」

 

ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!

 

歩み寄って来た葉月とクレミーの視線に日記の内容を晒さないよう慌てて日記を回収したカズヤは、急いで寝室に戻る。

 

「か、閣下!?お待ちを――グエッ!!」

 

「クレミー?どうしたの?何か踏んだ――ぁ……い――うぐぐぐぐっ!?」

 

しかし、あまりにも慌てていたせいか、後から付いて来ようとした2人の声が不自然に途切れた事にカズヤは気が付く事が出来なかった。

 

「やっぱりだ。ベッドの上にあるこれは……俺のパンツとシャツじゃないか」

 

不可抗力的に見てしまった日記の内容からほぼ断定していたものの、現物を手に取って確認をしたカズヤは身震いしつつそう呟いた。

 

「この事実を俺が知ったと伊吹にバレたらヤバイな。早く出よう」

 

知ってはいけない事を知ってしまった事実を隠蔽するために、カズヤは急いでこの場から立ち去る事を選んだ。

 

「葉月、クレミー。急いでこの部屋から――」

 

なんてこった……。

 

踵を返したカズヤは寝室を出てすぐに葉月とクレミーに声を掛けようとした。

 

しかし、カズヤの声が最後まで紡がれる事はなく。

 

代わりに口から泡を吹き白目を剥いた葉月がゴミの上に崩れ落ちる、ドサッという音がヤケに大きく響いた。

 

「えっ……カズヤ様!?という事は……この者達はスパイでは無い?」

 

葉月の首を締め上げ、気絶させた張本人である伊吹はそう言ってから気まずそうにゴミの上に倒れている葉月を見る。

 

「も、申し訳ありません!!私の私室に入っていく謎の人影を見たので、てっきりスパイが侵入したのかと!!っ、そ、それよりもですね!!この部屋の惨状は一時的なモノであって決して日常的なモノでは無くて――あ…れ?」

 

まず最初に誤解で護衛の兵士を無力化してしまった事を謝ろうとし、次にその事よりも先に部屋の悲惨な有り様の言い訳を言わねばと焦り、最後に自身の日記を持ち寝室からカズヤが出てきたという事実に気が付き凍り付く伊吹。

 

「カズヤ……様?その日記を……読んだんですか?寝室を……見たんですか?」

 

能面のような顔で瞳から理性の光を無くした伊吹が、カズヤを糾弾するような口調で言った。

 

「………………すまない、わざとじゃないんだ。日記はたまたま視界に入ってしまって――」

 

ここで嘘を言ってもしょうがないと判断したカズヤは全てを正直に話す事にした。

 

「そう……ですか」

 

だがカズヤが非を認めた瞬間、伊吹はこの世の終わりのような表情を浮かべガクッと項垂れた。

 

そして不穏な沈黙が辺りを包む。

 

「見られた……見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた」

 

ショックのあまり塞ぎ込んだようにみえた伊吹によって沈黙が破られたかと思うと、彼女の口が壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返し始めた。

 

「い、伊吹?」

 

伊吹の異様な姿に恐怖を感じながらも、カズヤは勇気を出して問い掛けた。

 

「見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた見られた」

 

「い、いぶ、い、伊吹さーん……?」

 

「見られた見られた見られた見られた見られ――カズヤ様、1つ宜しいですか?」

 

「な、何だ?」

 

2度目の問い掛けの直後、ようやく伊吹が答えてくれた事に安堵するカズヤ。

 

だが、この時点でカズヤは気が付くべきだった。

 

顔を上げた伊吹の瞳がドス黒く濁っていることに。

 

「一緒に死にましょう」

 

「へっ?」

 

無表情から一転、これ以上ない程の美しい笑みを浮かべた伊吹は恐ろしい事を言い出した。

 

「このような恥ずべき秘密がバレた以上私は生きていけません。だから……カズヤ様、私と一緒に逝きましょう」

 

伊吹は何を言っているんだ?

 

「……――ぬおっ!?」

 

伊吹の言葉に唖然としていたカズヤは、顔面目掛けて飛来した何かを咄嗟に避ける。

 

振り返った先には壁に突き刺さったナイフがあった。

 

そして、視線を前に戻せば愛銃のグロック18とワルサーP22を構えた伊吹がいた。

 

「安心して下さい、カズヤ様。なるべく苦しまないように一撃で終わらせますし、私も貴方の後ですぐに参りますから」

 

恐ろしい事を何でもない事のように言ってのけた伊吹の言葉がカズヤの命を賭けた鬼ごっこの開始の合図となった。

 

ヤバイ、目がマジだ。

 

このままだと……殺される!!

 

「――…………ぬおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

カズヤは生きるため伊吹に日記を投げ付けると、隙を突いて全速力で走り出した。

 

「チィッ!!そこっ!!」

 

投げられた日記をゴミで埋まっている床に叩き落とし、逃走を図ったカズヤに伊吹は必殺の弾丸を浴びせる。

 

「死んでたまるかぁあああ!!」

 

今の伊吹は正気じゃない!!とにかく逃げないと!!

 

伊吹が放った正確無比の弾丸を奇跡的に全てかわしたカズヤはリビングを抜け、玄関脇の壁にめり込み気絶している藤崎とデイビスの側を通り廊下に飛び出す。

 

「このまま外に出て司令本部前に残してきた護衛と合流出来れば助かる!!」

 

窮地から脱したカズヤは、己が助かるためのビジョンを脳裏に描き、それを実現のモノとするべく廊下を駆け出す。

 

「逃がしませんよ、カズヤ様」

しかし、内に秘めていたヤンデレ属性を露にした伊吹がカズヤ(獲物)を簡単に逃がす訳が無かった。

 

パンっと乾いた銃声が響き何かが壊れる音がしたかと思うと、カズヤの進行を阻むように隔壁が落ちてきた。

 

「ッ!!嘘だろ!?開け、開いてくれ!!」

 

本来は侵入者の行く手を阻むはずの防衛装置である隔壁に逃げ道を塞がれたカズヤは隔壁を拳でドンドンと叩きながら無駄な足掻きを繰り返す。

 

そんなカズヤの背後からはゆっくりとした余裕のある足取りで伊吹が近付く。

 

「……カズヤ様」

 

「ヒッ!!ま、待て!!伊吹!!話せば分かる!!」

 

バッと振り返ったカズヤの額に伊吹の握るグロック18の黒く冷たい銃口が押し付けられる。

 

それは命懸けの鬼ごっこの終焉を意味していた。

 

「私と一緒にあの世で幸せになりましょうね」

 

「待つんだ、待って――」

 

制止の声を掻き消すように1発の銃声が響きカズヤの脳漿がビチャッと辺りに飛び散る。

 

隔壁にもたれ掛かるようにしてズルズルと音を立て床に沈んでいくカズヤの死体を、どこかうっとりとした眼差しで眺めながら伊吹はカズヤを射殺したグロック18を自分のこめかみに押し当てる。

 

「これで私とカズヤ様は永遠に一緒……」

 

そう最期の言葉を残した伊吹は躊躇い無く引き金を引いた。

 

カズヤが死んだ時と同じ様に銃声が響き、ドサッと人の倒れる音がした。

 

そして折り重なるようにして息絶えた若い男女の死体が、そこに残されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――という夢を見たんだ」

 

「何ですか、それは……」

 

情事の跡が残る寝室でカズヤはいそいそと服を着始めた伊吹に夢の内容を告げた。

 

返ってきたのは呆れたような伊吹の声だった。

 

「私の部屋はゴミだらけではないですし、日記も書いていません。ましてやカズヤ様の下着や服を盗むなど致しません」

 

数時間前の乱れた姿はどこへやら。

 

キッチリと軍服を着こなし、出来る女に戻った伊吹は心外だとばかりにそう言った。

 

「だよな……何であんな夢見たんだろ」

 

「カズヤ様と一緒に死ぬ――自害するというシチュエーションには心引かれますが」

 

「……えっ?」

 




夢オチ。

そして実の所、伊吹もヤバイ人だという事実(知ってた)

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