ファンタジー世界を現代兵器チートが行く。   作:トマホーク

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この話は本作品の三周年記念&感謝の番外編となっています。

また、この話を時系列的に言うと第1章6話頃(カズヤが後にパラベラムの本土となる島を要塞化した直後。軍備を整えている間)のお話となっています。

最後に、この話は時間が出来たら本編の方に捩じ込む予定です。



番外編 海軍回

とある無人島がカズヤの手によって僅か1日で要塞化され、召喚された多くの将兵が本拠地となったそこで暮らし始めてから2週間。

 

「すげぇ……やっぱすげぇ……」

 

本拠地周辺の島々にも手を加えるため大和型戦艦一番艦の『大和』に乗艦し移動中のカズヤは感嘆の声を漏らし続けていた。

 

「ご主人様、少しは落ち着いて下さい」

 

「いや千歳。そう言われてもな、ミリオタな俺にとってはこの艦に乗るっていうのが実現不可能な夢だったんだよ」

 

「お気持ちは分かりましたが……兵達の視線もありますので」

 

夢にまで見た大和の艦内を隅々まで探検し、はしゃいでいたカズヤに千歳が困ったように言う。

 

しかし、その言葉に反して千歳の表情に怒りや呆れという感情は一切なく、それどころか慈愛に満ちていた。

 

まだ、高校生の年頃ですから当然ですが……こう……無邪気な子供のように振る舞われるご主人様も、イイ。

 

そんな事を考え、だらしない笑みを浮かべながらカズヤの背後で溢れそうになった涎を拭ぐう千歳。

 

「ん?どうかしたか?」

 

「いえ、何も。それよりご主人様。そろそろ艦橋の方へ戻りましょう」

 

ゾクリと悪寒のようなモノを感じ取ったカズヤが振り返った瞬間、千歳は浮かべていただらしない笑みを消し去り、さも何も無かったかのようにそう言うとカズヤを艦橋に戻るよう促す。

 

「そうだな……艦内は殆ど見たし、戻るか」

 

かなりの時間、艦内を探検していたカズヤは千歳の言葉に素直に従うと『大和』の第1艦橋へと向かった。

 

「――お帰りなさいませ、閣下。『大和』の艦内はいかがでしたか?」

 

エレベーターで第1艦橋を上がり艦内探検のスタート地点である航海艦橋に戻ってきたカズヤを『大和』の艦長である有賀大佐が出迎えた。

 

「最ッッッ高だった。その一言しかない」

 

「ハハッ、それは良かった」

 

満面の笑みでサムズアップまでして見せたカズヤの反応に有賀大佐は壮年の厳つい顔を破顔させる。

 

「艦自体の造形もそうだが、あの3基9門の46センチ砲には惚れ惚れした。それに15万3553馬力を捻り出すロ号艦本式缶12缶と艦本式タービン4基4軸の騒音が轟く機関室は最高に痺れた。甲板に並ぶ高角砲や機銃にも心踊ったし、他にも口には言い表せない程の見所があったが――っと、そう言えば目的地まであとどのくらいだ?」

 

「およそ30分といったところでしょうか」

 

ミリオタの性とでも言うべきか、危うく語り出しそうになったが寸での所で我に返ったカズヤの問い掛けに時計をサッと一瞥した有賀大佐が答える。

 

「30分か……なら、後は野戦艦橋に上がって大人しく他の艦を眺めるか」

 

時間があればまた艦内探検に出掛けようと目論んでいたカズヤだったが、目的地に到着するまで残り30分と言われたため眺めのいい野戦艦橋で大人しくしている事を選び、千歳と共に野戦艦橋へ移動すると『大和』を中心にして輪形陣で布陣する艦艇に視線を送った。

 

「しかし、壮観だな。こんな光景を眺める事が出来るなんて夢みたいだ」

 

「この光景は紛れもなく現実です。加えて言うならば、あれらは全てご主人様の船です」

 

「自分で召喚しておいてなんなんだが……信じられないな」

 

海風に吹かれながら千歳と言葉を交わすカズヤは周囲に浮かぶ大小様々な15隻の艦艇をじっくりと眺めていく。

 

世界最大の艦砲を有する戦艦の2番艦で、史実ではレイテ沖海戦において推定雷撃20本、爆弾17発、至近弾20発以上という猛攻撃を受けた戦歴を誇る大和型戦艦『武蔵』

 

大日本帝国海軍の象徴で、また奇遇にもカズヤの姓と同じであり、日・米・英の41cm砲を搭載する7隻の戦艦、通称ビッグ7の内の栄えある1隻である長門型戦艦『長門』

 

改装により九三式61㎝酸素魚雷の四連装発射管10基を搭載し重雷装艦として生まれ変わった球磨型軽巡洋艦『北上』『大井』

 

対空火器を満載し防空巡洋艦として知られるアメリカ海軍のアトランタ級軽巡洋艦『アトランタ』『ジュノー』

 

大日本帝国海軍の並み居る駆逐艦の中で最速を誇る俊足艦の島風型駆逐艦『島風』

 

大日本帝国海軍の中では珍しく対空戦闘用に建造された秋月型駆逐艦『秋月』『照月』『涼月』

 

戦中に呉の雪風、佐世保の時雨と謳われた幸運艦である陽炎型8番艦の『雪風』と白露型駆逐艦2番艦の『時雨』

 

歴史史上最も多く発注され1942年から1944年にかけて175隻が建造されたアメリカ海軍のフレッチャー級駆逐艦『フレッチャー』『ラドフォード』『ジェンキンス』

 

「何度見ても……いいな……」

 

15隻の艦艇はカズヤの熱い眼差しを浴びながら異世界の大海原を堂々と航行していた。

 

「こんな光景が見れたんだ……こう言ってはなんだが、死んだ甲斐が――」

 

陶酔感に包まれたカズヤが夢心地で、そう呟きかけた時だった。

 

『閣下!!大変です!!先行し海洋調査と測量を行っていた特務艦の『宗谷』と測量艦の『筑紫』より、正体不明の大型生物から攻撃を受けているとの至急電が入りました!!』

 

「何だと!?」

 

伝声管を伝ってきた有賀艦長の緊迫した声でカズヤの意識が一気に張り詰める。

 

『いかがいたしますか!?』

 

「決まっているだろう!!総員第1種戦闘配置!!我が艦隊、第1艦隊は『宗谷』と『筑紫』の救援に向かう!!」

 

『了解!!』

 

「ご主人様。ここでは状況が分かりにくいですから航海艦橋に戻りましょう」

 

「あぁ、そうだな」

 

千歳に促されカズヤは緊急事態に対応するため急いで航海艦橋へと向かった。

 

「状況は!?」

 

カズヤが千歳と共に航海艦橋に飛び込むと既に艦長以下の艦橋要員達が戦闘配置に就いていた。

 

「ハッ、我が艦隊より50キロ離れた海域で任務についていた『宗谷』と『筑紫』が突如出現した正体不明生物と会敵のち交戦し一時撃退に成功するものの、依然として正体不明生物の追尾を受けているため我々との合流を目指して航行中です。なお現時点では両艦の損害は皆無だと。また先程『宗谷』よりもたらされた報告によりますと正体不明の大型生物は軟体動物のタコによく似た姿形をしているとのことです」

 

「タコ。ということは、まさか……」

 

いきなり海の化物の代名詞が、ご登場かよ。

 

敵の正体を予想したカズヤは、静かに闘争心を燃え上がらせる。

 

「はい。『宗谷』と『筑紫』を襲っている正体不明の大型生物は我々船乗りの間で語り継がれてきた伝説の化物――クラーケンかと」

 

カズヤが人知れず闘争心を燃やす一方で、有賀艦長の言葉を切っ掛けに航海艦橋内は騒然となる。

 

「やはり……クラーケンなのか……」

 

「まさか、そんな化物とも戦う事になるとは……」

 

「そもそも、我々の兵器はクラーケンに通じるのか?」

 

「いくら我々でも、相手は伝説の化物。些か部が悪いのでは?」

 

「静まれッ!!」

 

未知なる相手との予期せぬ遭遇にざわつき、臆病風に吹かれつつあった兵士達を一喝したのは怒気をみなぎらせた千歳だった。

 

「貴様らそれでもご主人様の配下たる軍人かッ!!情けない!!敵が伝説の化物だったらどうした!!クラーケンだろうが、何だろうが、ご主人様の邪魔をするのであれば排除するのみ!!忘れるな、我々の存在理由にして存在価値はご主人様に従属し奉仕する事だ!!」

 

「「「「ハ、ハッ!!失礼いたしました!!」」」」

 

怒号混じりの一喝があまりにも恐ろしかったのか、カズヤと有賀艦長を除いた全員が千歳に向かって最敬礼をしていた。

 

「ではご主人様、どうぞ」

 

クラーケンに対する恐怖心を抱きかけていた兵士達の心を、更なる恐怖心で上書きし場を整えた千歳がカズヤに訓示を促す。

 

「ん。ありがとう、千歳。――皆聞いてくれ。我々の敵は恐らくクラーケンだろう。本来であれば戦闘を回避し触らぬ神に祟り無し……と決め込みたい所だが、あろうことかクラーケンは『宗谷』と『筑紫』の2隻、引いては俺達の仲間を襲っている。これを見過ごす事は絶対に出来ない。仲間は何がなんでも助ける、絶対に見捨てない。甘いと言われようが、指揮官失格と言われようが、それが俺の譲れない信条だ。だが、俺1人の力なんてたかが知れている。だから頼む。俺に皆の力を貸してくれ。皆の力があれば化物だろうがクラーケンだろうが必ず倒せる!!俺達の仲間を襲うクソッタレをぶちのめし『宗谷』と『筑紫』を救い出そうじゃないか!!」

「「「「おおおおぉぉぉぉーーー!!」」」」

 

将兵を第1に考えるカズヤの訓示に兵士達がいきり立ち、か細く弱々しかった闘志をゴウゴウと燃えたぎらせる。

 

「……これで良かったかな?」

 

「ご立派でしたよ。ご主人様」

 

迷いつつも、自分の想いを訓示として口にしたカズヤに千歳が労いの言葉を掛けた。

 

「世辞はよしてくれ、千歳。しかし、こういう形式的な訓示はいつまでたっても慣れない」

 

「これから馴れていけばよいのです」

 

「そうだな。――……あぁ、そうだ。千歳、本拠地にいる伊吹と置いてきた空母群に連絡して航空支援を要請しておいてくれ」

 

「ハッ、既に現状報告を含め、航空支援の手配は完了しています」

 

「いつの間に……千歳はいつも仕事が早いな」

 

「ご主人様の副官ならば、この程度は当然です」

 

カズヤの感心したような言葉に千歳は誇らしげに微笑む。

 

「なら、あとはクラーケンとの会敵を待つだけだな」

 

「はい」

 

戦いの準備を終えたカズヤ達は一路、『宗谷』と『筑紫』との合流を目指して急いだ。

 

 

 

「発艦した観測機より入電!!爆撃の効果なし、目標健在なり。これより弾着観測の任に専念す」

 

輪形陣から複列縦陣へと艦隊陣形を変更して航行中の『大和』に報告が入ったのは、クラーケンに追われ救援を求める『宗谷』と『筑紫』との距離が残り38キロを切った時だった。

 

『大和』『武蔵』『長門』の3艦から火薬式のカタパルトで打ち出され発艦した艦載機――零式水上偵察機や零式水上観測機からなる20機の航空部隊は急遽搭載した60キロ爆弾や250キロ爆弾を目標上空で投下。

 

『宗谷』と『筑紫』からクラーケンを引き離し、あわよくばダメージを与えようとした。

 

しかし、当のクラーケンは爆撃を受けても無反応を貫き不気味な沈黙を保ったまま『宗谷』と『筑紫』の後方を泳ぎ続けていた。

 

「二二号電探に感あり!!『宗谷』及び『筑紫』の艦影を捉えました!!」

 

航空部隊の嫌がらせ攻撃から少しして『大和』に搭載されている二二号電探が『宗谷』と『筑紫』の反応をキャッチすると今度は電探手の報告が入る。

 

そろそろ『大和』や『武蔵』の主砲の有効射程にも届こうかという時点での、その報告はカズヤ達を一安心させるものであった。

 

「……って、あれ?反応が1つ消えた……」

 

しかし、その直後恐れていた事態がついに発生してしまう。

 

「どうした?」

 

航海艦橋から戦闘指揮所へと移動して状況の成り行きを見守っていたカズヤは、戸惑った声を漏らした電探手に声を掛けた。

 

「いえ、それが……『筑紫』と思われる反応が一瞬で消えてしまいました……」

 

……まさか。

 

電探手の報告を耳にしたカズヤの脳裏に最悪の事態が過る。

 

「報告します!!つ、『筑紫』が撃沈されました!!急速接近したクラーケンに海底へ引きずり込まれた模様!!」

 

果たして、カズヤの脳裏を過った最悪の事態は伝令の口によって現実のモノとなる。

 

日本海軍初の測量専門の艦として計画され、前線での単独強行測量を想定して海防艦に準じた兵装や形状を持ち、最終的には純粋な測量艦として計画された唯一の艦である『筑紫』は『大和』から31キロ離れた地点で船体にまとわりついた鉤爪付きの触手の締め付けによって船体を真っ二つにへし折られ、固有乗員128名に加えて乗り合わせていた水路部員65名の計193名と共に暗く冷たい海底に引きずり込まれて行き、結果としてカズヤが召喚した艦艇の中で初の喪失艦となってしまったのだった。

 

「間に合わなかった……ッ!!」

 

「「「「……」」」」

 

俯きながら肩を震わせギリリッと拳を握りしめるカズヤの姿に、その場にいた誰もが声を掛ける事を躊躇する。

 

しかし、カズヤが無力感と悲しみに囚われている暇は無かった。

 

「観測機より入電!!潜行したクラーケンが浮上し『宗谷』に取り付きました!!」

 

『筑紫』を沈めたクラーケンが次なる獲物として『宗谷』に照準を定めたという報告が舞い込んだからである。

 

クラーケンの魔手に絡め取られた『宗谷』は搭載している高角砲や機銃、果ては小銃まで動員し乗員総出で抵抗を続けるが、クラーケンにとって痛くも痒くもない抵抗は所詮無駄な抵抗でしかなかった。

 

「――主砲撃ち方用意!!目標、『宗谷』!!」

 

『筑紫』の二の舞だけは避けるという決意を瞳に秘めたカズヤは躊躇なくそう言い放つ。

 

「ご主人様!?」

 

「閣下!?」

 

あろうことか味方への砲撃を命じられた千歳や有賀艦長は目を剥いて驚く。

 

「復唱はどうした?命令が聞こえなかったのか?」

 

「閣下、それは……」

 

「無茶苦茶な命令だという事は分かっている。だが、『宗谷』を救うには一か八かこれしか無いんだ。それに砲撃を行うと言っても『宗谷』を沈めるつもりはない」

 

「『宗谷』を沈めるつもりは……ない?」

 

「――つまり『宗谷』には砲弾を命中させずに至近弾に留めろという事なのですね、ご主人様?」

 

カズヤの意図が見えず戸惑いを見せる有賀艦長に全てを察した千歳が解答を口する。

 

「その通り。至近弾で『宗谷』からクラーケンを引き剥がす」

 

瞬時に意図を汲み取ってくれた千歳に硬い表情のままカズヤは頷いた。

 

「なんと……戦艦の主砲による長距離射撃は目標に当てるだけでも至難の技。閣下はそれを目標には当てず目標付近に的確に落とせと仰せになるのですか?」

 

「あぁ、『宗谷』が引き寄せる幸運。そして何よりお前達の鍛え抜かれた技量があればいけるはずだ」

 

「ハッ、ハハハッ、全く……閣下の信頼に応えるのは大変ですなぁ……――通信参謀!!」

 

出来ないとは微塵にも思っていないカズヤの信頼に有賀艦長は苦笑した後、表情を引き締めた。

 

「ハッ!!」

 

「『宗谷』に打電、これより援護射撃を行う。貴艦は進路、速度維持に努められたし。以上だ!!」

 

「了解!!」

 

有賀艦長は通信参謀に命じて『宗谷』へ連絡を取ると気合いを入れるように帽子を被り直す。

 

「砲雷長!!主砲撃ち方用意!!目標、『宗谷』!!弾種、九一式徹甲弾!!ただし『宗谷』には絶対当てるなよ!!」

 

「了解!!」

 

カズヤの意向を受けた有賀艦長の命令が下されると、砲塔単体だけで大型駆逐艦1隻に匹敵する2510トンもの重量がある九四式45口径46㎝3連装砲塔がゆっくりと旋回を始める。

 

砲塔の旋回が終わると砲塔下部にある給弾室では九一式徹甲弾が立てられたまま揚弾筒に装填され、4ピッチある押上金によって砲室まで押し上げられる。

 

砲室では給弾室から送られてきた九一式徹甲弾を換装填筒で装填角度まで回転させた後、換装台に九一式徹甲弾を乗せ、そこで信管を取り付けてから砲弾装填機へ九一式徹甲弾を移す。

 

準備が整い砲弾装填機が前進すると専用のランマーが現れ九一式徹甲弾が一気に砲身内へ挿入される。

 

また九一式徹甲弾が装填された後、給薬室で火薬缶から取り出され送られてきた6個の薬嚢が装薬装填機によって砲身へ挿入される。

 

そして尾栓が閉められ装填が完了すると3万メートル先にある430ミリの装甲を貫く事が出来る大和の主砲が観測機からの情報を元に仰角を取り、発射前の合図であるブザーが2度鳴り響く。

 

「一斉撃ち方始め!!」

 

「一斉撃ち方始め!!」

 

有賀艦長に続いて砲雷長の号令が発せられた直後、『大和』の46cm砲が火を噴いた。

 

衝撃波と黒煙を撒き散らし轟音と共に放たれた6発の46cm砲弾は仲間を救わんと飛翔する。

 

「5、4、3、2、1……弾着、今!!」

 

時計を見つめ、弾着するまでの時間をカウントしていた砲雷長の声が戦闘指揮所に響く。

 

「――観測機より入電!!遠、遠、近、近、近、近ッ!!初弾挟叉!!なお水中弾となった1発がクラーケンの触手に命中!!クラーケンは『宗谷』から離れ潜水した模様!!」

 

その直後、観測機から入った大戦果の報告に戦闘指揮所がワッと沸き立つ。

 

「この距離で、しかも間接照準射撃で初弾……挟叉?」

 

距離3万メートルからの長距離射撃で初弾から狙い通りの挟叉を行い、しかも偶然にもクラーケンに打撃を与えるという奇跡的な戦果には、命令を出した張本人のカズヤでさえ目を丸くするしか無かった。

 

「『島風』より入電!!我、機関好調なり。指示を乞う」

 

「っ、『島風』に返信!!先行し『宗谷』と合流した後『宗谷』を護衛しつつ当海域を離脱せよ!!」

 

「ハッ、了解です!!」

 

戦いはまだ続いていると言わんばかりに送られてきた島風の電文にカズヤはハッとして意識を切り替える。

 

「続いて全艦に通達、クラーケンを再捕捉後、10時方向にある無人島に奴を追い込め!!そこで奴を仕留めるっ!!」

 

俊足を武器とする『島風』が燃料弾薬を満載している状態にも関わらず39ノットという高速で艦隊から抜け出して行く。

 

それを合図に第1艦隊は艦隊陣形を解き、仲間の仇を討つべく行動を開始した。

 

 

「『ラドフォード』より緊急入電!!ソナーに感あり、クラーケンを捕捉!!」

 

『筑紫』を沈め『宗谷』を小破に追い込み姿を消したクラーケンをカズヤ率いる第1艦隊が血眼で探している最中、フレッチャー級駆逐艦の『ラドフォード』がクラーケンの探知に成功する。

 

「どこだ!?」

 

「よし、その位置ならちょうどいい。『フレッチャー』と『時雨』を右翼側に『雪風』と『ジェンキンス』を左翼側へ展開させ半包囲網を構築させろ。展開が完了次第『ラドフォード』は目標を無人島へ押し込め。『秋月』『照月』『涼月』『アトランタ』『ジュノー』は包囲部隊の援護。本艦と『武蔵』『長門』『北上』『大井』は事前に指定したポイントで待機だ」

 

通信参謀の報告にカズヤは思考を巡らせつつ、報復の炎を滾らせながら指示を出す。

 

「了解しました」

 

そしてクラーケンの捜索中に練られた作戦を実行に移すべく、カズヤの命令が第1艦隊に所属する全艦に伝達された。

 

「ご主人様、全艦配置完了しました。いつでもいけます」

 

「よし。なら、ファンタジー世界の化物に俺達と現代兵器の恐ろしさを思い知らせてやろうか。――状況開始ッ!!」

 

居場所がバレているとは露知らず海底で身を潜め反撃の機会を窺うクラーケンに対し、万全の態勢を敷き終えた第1艦隊の攻撃がいよいよ開始される。

 

戦端を開いたのは『ラドフォード』が装備する多弾散布型の前投式対潜兵器――ヘッジホッグだった。

 

Mk.10発射機の発射装置であるスピガットと呼ばれる棒状の発射軸に装填された24発の弾体は0.2秒の間隔を開け2発ずつ発射され直径約40メートルの円形の範囲に着水すると、その衝撃で2段式になっている安全装置の1つが解除され爆発が可能な状態となり海中に沈んでいく。

 

海面の着水音を獲物が落ちてきたものと勘違いしたクラーケンは、その貪欲過ぎる食欲を満たさんがために隠れていた海底の岩礁から移動し触手を拡げてヘッジホッグの弾体に飛び付いた。

 

すると、触手に絡め取られた際の衝撃に反応し弾体が爆発。

 

爆発に驚いたクラーケンは咄嗟に逃げようとしたが、爆発によって生じた水中衝撃波でも弾体の信管は作動する設計だったため、残り23発の弾体も一斉に爆発。

 

その結果、クラーケンは『ラドフォード』が行った対潜攻撃をもろに食らう事になった。

 

だが、通常の対潜爆雷に比べて総合的な命中率が高いという長所がある反面、1発当たりの炸薬量が少ないという短所があったためクラーケンに大したダメージは無かった。

 

しかし、弾体1発あたりの炸薬量が少なく爆発の威力が小さいという事はソナーを爆発の衝撃波から保護するため発信や受聴を止める必要がない。

 

つまりソナーを使いながらの戦闘が継続出来たため、クラーケンの位置はカズヤ達に捕捉され続けていた。

 

またヘッジホッグはそれまでの爆雷に比べ発射機を含めても小型であり、複数機搭載することが可能であったためクラーケンはヘッジホッグを装備する包囲部隊の3隻に3方向――左右と後ろから持続な攻撃を浴びせられ続け、知らぬうちに断頭台となる無人島へと追いやられていた。

 

「よし、奴が浜辺に上がったぞ」

 

海中を断続的に揺さぶる爆発と衝撃波、そして沸騰したお湯のようにボコボコと吹き上がる水柱。

 

理解出来ない攻撃から逃げるため唯一の逃げ道を進んでいたクラーケンは無意識の内に無人島の浜辺に逃げ込んでいた。

 

「さぁて、袋叩きの時間だ」

 

誘導された結果とはいえ地の利を捨て逃げ場の無い地上へと上がってしまったクラーケンを待ち受けていたのは砲撃態勢を整えた無数の砲口。

 

その無数の砲口の一つ一つから並々ならぬ殺気を感じたクラーケンは急いで海中へと戻ろうとしたが、もう全てが遅すぎた。

 

人が人を効率的に殺すために発展した海上兵器の主役が異世界の化物を葬り仲間の仇を討つために、満を持して火を吹いたからである。

 

「『大和』『武蔵』『長門』の超弩級戦艦3隻の交互撃ち方による継続射撃。それに各艦の対空火器まで投入した砲撃の嵐。お前はいつまで持つかな?」

 

無人島の沖合いに陣取り、砲弾を装填する際に生じるロスタイムを埋めるため3隻の戦艦の主砲が1門ずつ順番に砲撃を行う一方で、残る艦艇は浜辺と平行する形で展開し持てる火力を全て投射しクラーケンを仕留めにかかる。

 

戦艦から次々と放たれる三式弾がクラーケンの皮膚を焼いて行動を封じ、軽巡や駆逐艦の主砲弾が動きの鈍ったクラーケンの肉を遠慮無しに穿ち抉っていく。

 

瞬く間に爆煙と業火に包まれた浜辺からはクラーケンの苦しみに満ちた耳障りな断末魔が途切れなく響く。

 

そして止めとばかりに、第1艦隊とは行動を共にしていなかった空母群――『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』から発艦した零式艦上戦闘機・九九式艦上爆撃機・九七式艦上攻撃機が本拠地から発進した一式陸上攻撃機・二式飛行艇・B-17・B-29と共に飛来し猛爆撃を開始。

 

浜辺の地形を変える勢いで航空爆弾を投下していく。

 

「――ご主人様!!奴が海に逃げます!!」

 

しかし、そんな攻撃を受けてなおクラーケンは死なず、まだ生きるため足掻こうと、もがきのたうち回りながら海へと進み出す。

 

「分かっている!!『北上』『大井』に発光信号を送れ!!」

 

恐ろしいまでの生命力を誇るクラーケンを逃がすまいとカズヤは最後まで取って置いた2隻に合図を送る。

 

今の今まで雌伏の時を過ごしていた重雷装艦の『北上』と『大井』は合図を受けた瞬間に行動を開始。

 

待機していた島の影から一気に島の正面に躍り出ると今まさに海中へ滑り込もうとしていたクラーケン目掛けて次々と九三式61㎝酸素魚雷を発射。

 

第二次世界大戦中の一般的な魚雷と比べて雷速や炸薬量、射程距離で勝り加えて航跡が極めて視認しずらいという利点を持つ九三式61㎝酸素魚雷のほとんどは狙い過たずクラーケンに直撃。

 

その直後、接触式信管が作動し『大和』の46cm砲弾と比べて凡そ23倍――780キロもの炸薬が詰められた九三式61㎝酸素魚雷は炸裂。

 

と同時にクラーケンの触手を4本引きちぎり、高々と上がった水柱と共に4本の触手を空の彼方へと吹き飛ばす。

 

そして巨大な水柱が重力に引かれて落ちると、全身が真っ赤に焼けただれ8本中5本の触手を失ったクラーケンの見るも無惨な姿が波打ち際に晒される。

 

鳴り止んだ砲声の代わりに穏やかな波音だけが辺りを支配していた。

 

「……それじゃあ、そろそろ仕舞いにするか。弾種を三式弾から零式通常弾に変更。奴に止めを刺せ」

 

満身創痍の状態にも関わらずクラーケンは未だに逃げようと足掻き、残る触手をゆっくりとだが必死に動かしている。

 

その光景を目の当たりにしたカズヤは、クラーケンに引導を渡すべく命令を出す。

 

「主砲撃ち方――うおっ!?」

 

主砲の照準も定まり後はカズヤが最後の命令を下すだけだという時になって、予期せぬ爆発音が轟き『大和』の船体が僅に揺れた。

 

「状況を報告しろ!!」

 

「さ、左舷後部第8機銃群に被弾!!火災発生!!」

 

「“被弾”だと!?どういう事だ!!」

 

「クラーケンの頭部にて発砲煙らしき黒煙を確認!!――っ!?頭部に何かあります!!……あれは……四五口径十年式十二糎高角砲ッ!?しかも連装式が2基4門も!?」

 

「何だと!?」

 

衝撃の報告を見張り員から受けたカズヤは半信半疑のまま慌てて双眼鏡を覗き込む。

 

「嘘だろ……そんな事あり得るのか?」

 

「ご主人様。まさかとは思いますが、あれは『筑紫』に搭載されていた高角砲では……」

 

「あぁ、恐らく千歳のいう通りだろう……しかし、なぜクラーケンの頭部にあれが……クラーケンが高角砲を食って体に取り込んだとでもいうのか?」

 

クラーケンの巨大な頭部から小さな角のように生えている2基4門の四五口径十年式十二糎高角砲。

 

にわかには信じがたいが、犠牲となった『筑紫』にその高角砲が搭載されていた事からクラーケンが高角砲を自身の体に取り込み使用したとしか考えられなかった。

 

「クラーケンが再度発砲!!」

「――報告!!『雪風』と『時雨』が被弾!!されど爆発や火災は認められず!!不発弾になった模様!!」

 

「クソッ、不発弾だったから良かったものの……いくら小口径の砲弾とは言え駆逐艦が食らうのは不味い。すぐに片を付けるぞ!!主砲撃ち方始め!!」

 

「撃ちー方始め!!」

 

幸運艦の名は伊達ではないのか、クラーケンの砲撃を受けたというのにそれが偶然にも不発で終わり命拾いした『雪風』と『時雨』。

 

しかし、不発では無かった場合『雪風』と『時雨』に甚大な被害が出ていた可能性もあった事からカズヤは即座に砲撃命令を下す。

 

この戦いに終止符を打つ命令を受け『大和』の46cm砲が最後となる砲弾を斉射。

 

9発の零式通常弾が空を飛翔する。

 

それまで撃ち出されていた三式弾とは違い、クラーケンの目前で炸裂せず直撃した零式通常弾はクラーケンの頭部を粉微塵に吹き飛ばす。

 

爆煙が晴れた後に残ったのは頭部が焼失した焼きダコの残骸だけだった。

 

「終わった……」

 

こうしてカズヤの異世界における初の海上戦闘は幕を下ろしたのであった。

 


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