爆発事故の影響で電力供給が停止し使えなくなっていた大型エレベーターの昇降路をラペリング降下で降りたカズヤは問題となっているA−1フロアのエレベーター前ホールに到着。
セリシアとアデルの2人に挟まれ、なおかつメイド衆と護衛部隊と7聖女に取り囲まれながら周囲をライトで照らし辺りを見渡していた。
「皆、気を抜くなよ」
「「「「了解」」」」
停電しているため照明が全て消え漆黒の闇に包まれたA−1フロアは静寂に支配され不気味な雰囲気を醸し出す。
更に研究所という独特な建築様式が不気味な雰囲気に拍車をかける。
加えて実験器具や書類が辺りに散乱し、またA−1フロアに居たであろう科学者や先行した保安要員の血と思われる真っ赤な鮮血が床や壁はもちろん天井まであちこち見境無くべったりと付着し、まるでホラー映画のワンシーンのような凄惨な光景を作り出していた。
「予想していたより酷い有り様だな……。セリシア、事故当時ここにはどれぐらいの人員が居たか分かるか?」
「業務日報によれば68名が事故当時このフロアに居た様です。そして、事故後に15名の保安要員が状況確認と人員救助のためここに来ています」
「合わせて83名か。現在確認出来る生命反応――生存者の数は?」
「ハッ。23メートル先にある第5実験室の7人、そして89メートル先にある被検体保管庫の19人です」
上官や部下を救うためとは言え、某中尉が行ったいつぞやの命令不服従・独断専行事件。
そんな事件を2度と繰り返さないため、また万が一起きてしまった場合にすぐ対処するため、軍民問わず後頭部の皮膚の下へ埋め込む事が義務付けられた超小型発信器。
その発信器が位置データと共に発信している装着者のバイタルデータを取得し生存者の居場所と生存者数を表示しているタブレット端末に視線を通した護衛部隊の隊長はカズヤに情報を伝える。
「生存者は最大でも26名だけか……この分だと生存者の救出を最優先にして下層第3ブロックは海没処分にした方が手っ取り早そ――……っ!!前から来るぞ!!」
A−1フロアの惨状を目の当たりにしたカズヤは武者震いで体を震わせながらMTAR-21マイクロ・タボールを油断なく構えセリシアや護衛部隊の隊長と言葉を交わしていたが、マイクロ・タボールのピカティニーレールに装着されたウェポンライトやヘルメットのヘッドマウントに取り付けられたフラッシュライトで煌々と照らし出された廊下の先に突然現れた蜘蛛のような魔物を視認すると話を中断し叫んだ。
「多重弓形陣を展開しろ!!撃ち方用意ッ!!」
カズヤの声に瞬時に反応した護衛部隊の隊長の怒声が飛ぶ。
護衛部隊の面々は隊長の命令に従いカズヤの前で弓形陣の2列からなる銃列を組んでタボールを構えた。
一方、一斉にタボールの銃口を向けられた大型犬程度の大きさの魔物は複眼由来の8つの単眼に映り込んだカズヤ達の存在を認識すると血に濡れた4本の牙を剥き出しにして奇声を上げ駆け出す。
尖った脚先でカタカタカタっと音を立てながら床を蹴る魔物の後ろからは同種の魔物が廊下を埋め尽くすように溢れ出して来た。
「撃てぇえ!!」
廊下の壁や天井さえも道として利用し向かってくる魔物の群れ。
姿形が蜘蛛に似ているだけに生理的嫌悪感を催しながらもカズヤは号令を発し、護衛部隊と共に構えていたタボールの引き金を引いた。
マズルフラッシュが暗闇の中で瞬き銃声が多重奏を奏で、5.56x45mm NATO弾が銃口から飛び出していく。
またメイド衆のエルやウィルヘルムが事前にカズヤから手渡されていたフルオート射撃が可能なショットガン――散弾が20発入ったドラムマガジンを装備したU.S. AS12を両手に持ち濃密な弾幕を加える。
「キモイんだよ!!クソッタレが!!」
己の体を盾代わりにして敵を撃ち払う兵士達を誤射しないよう注意しつつも上下左右に激しく銃口を動かして銃列の隙間から正確無比な射撃で魔物の眉間を撃ち抜き、一撃必殺で次々と魔物を撃ち殺していくカズヤ。
これまでの訓練に因るものか、はたまた能力の補正に因るものか、気が付けば誰よりも多くの魔物を屠っていた。
「終わったか?……いや、まだか」
穴だらけになって紫色の毒々しい体液をぶちまけた目標群が全て沈黙するのと同時に銃声が鳴り止む。
カンッ、カランッと最後に排莢された薬莢が床に落ち転がる音を耳にし、辺りに漂う火薬臭い煙を吸いながらそう呟いたカズヤ。
しかし、先程の銃声で招き寄せてしまったであろう敵のドスドスという足音を確認するとマイクロ・タボールの本体から空になったマガジンを手早く引き抜き腰に提げているダンプポーチに捩じ込む。
そして、新たなマガジンをタクティカルベルトのマガジンポーチから引き抜き装填するとコッキングレバーを引いて戦闘準備を整えた。
「チィ、蜘蛛のお次はゴリラかよッ!!」
無数の弾痕が穿たれ魔物の死骸が転がる廊下の先にある曲がり角。
そこからぬっと現れたのは6本の腕を持つ灰色のゴリラもどきの魔物だった。
爛々と赤く輝く瞳には殺意が宿り、6本の腕はドラミングを繰り返してカズヤ達を威圧する。
「ぶちかませ!!」
カズヤ達の一斉射撃と魔物が駆け出すのはほぼ同時だった。
「なっ!!効いてないだと!?」
銃撃を開始した直後、ある事実に気が付いたカズヤは思わずマイクロ・タボールの引き金から人差し指を離していた。
その事実とは撃ち出された5.56x45mm NATO弾や散弾が迫り来る魔物の4本の副腕によって悉く弾かれている事であった。
「――思い出した!!カズヤ様!!あの魔物は肉体の一部を硬化する能力を持っています!!小口径の弾では殺せません!!」
魔物が自身の体を守る盾代わりとして前に出した4本の副腕に命中した5.56x45mm NATO弾や散弾がチュンッ、チュンッ、と金属に当たった時のような甲高い音を響かせ弾かれるのを見たセリシアが記憶の底から魔物の情報を呼び起こし叫んだ。
「ならセリシア!!お前達の出番だ!!」
「ハッ、お任せを!!ゾーラとジルは牽制射!!アレクシアは奴を仕留めなさい!!他の者は引き続き周辺警戒!!カズヤ様の御前です、不様な真似は許しませんよ!!」
現有兵器では対峙している魔物に不利を強いられるためカズヤはメイド衆や護衛部隊と共に後ろに下がり、代わりに対魔物戦ではかなりの経験を誇る7聖女がセリシアの指示で前に出る。
「「御意ッ!!」」
指名を受けたゾーラとジルは手に握る大鎌の切っ先を床に突き刺し大鎌を固定する。
そして、2人が狙いを定めるような行動を取った次の瞬間、大鎌の柄の先端が火を噴いた。
「ッ!?おいおい、そんなのアリかよ……!!」
火を噴いた大鎌をよくよく見たカズヤは、彼女らが携える大鎌が実はボルトアクション方式の単発式対戦車ライフルであるデグチャレフPTRD1941に鎌の刃を付けただけの物である事に気が付くと苦笑気味に感嘆の声を漏らした。
「主に逆らい牙を剥く大罪、万死に値する。死ね」
実用性を欠くような魔改造をされたPTRD1941に見とれていたカズヤはゾッとするような冷酷な声に釣られ前を見る。
するとそこではゾーラとジルが放った14.5x114mm弾によって副腕を2本吹き飛ばされた魔物に肉薄し、命を刈り取らんと大鎌を振りかざしたアレクシアの姿があった。
「あっ!!バカ!!この狭い空間でそんな大鎌を振りかざしたらっ!!」
アレクシアの行動がとんでもない悪手に繋がる事を幻視したカズヤは咄嗟に叫んだ。
そして、カズヤが危惧した通りにアレクシアの大鎌は魔物を切り裂く前に廊下の壁に深々と突き刺さる。
「――フンッ!!」
「なっ!?」
大鎌が壁に突き刺さった事で身動きが取れなくなったように見えたアレクシアを援護しようとマイクロ・タボールを構えたカズヤの視線の先で信じられない事が起きた。
スラリとした細腕に力を込めたアレクシアが壁に刺さった大鎌を強引に振り抜き、壁ごと魔物の体を両断したのだ。
魔物がアレクシアの攻撃を防ぐため丸太のように太い主腕と副腕を鋼のように硬化し防御を固めていたにも関わらず。
「なんつー怪力……」
大鎌を軽く振るって刃に付いた血をピッと払い、堂々とした足取りで戻ってくるアレクシアの姿を見てカズヤは小さくそう漏らした。
「3人ともよくやったな」
「ハ、ハッ!!ありがたきお言葉!!」
「声を、声を掛けて頂いた……直接私に……」
「〜〜〜ッ!!」
魔物を倒し終え、そそくさと元居た立ち位置に戻ろうとする3人にカズヤが労いの声を掛けると当の3人は過剰なまでの反応を示し、果ては夢心地でトリップしていた。
こう言っちゃなんだが……面白いな。
「閣下、この場の制圧は完了したかと。先を急ぎましょう」
3人が示した反応をカズヤが面白がっていると護衛部隊の隊長がカズヤに声を掛け、先を促す。
「ん、あぁ、そうだな。先を急ぐ――いや、その前にちょっと準備を……っと」
自身が敵意を持つ相手と直接相対した際に『戦闘中』となり召喚能力が使えなくなる為、カズヤは先を急ぐ前に退路確保の一環として武器や資材を召喚する。
任意の場所にコンクリートブロックと土嚢を積み上げた状態で召喚し、エレベーター前ホールに簡易の防御陣地を構築。
更にストッピングパワーや信頼性に秀でるブローニングM2重機関銃を4丁搭載したM45四連装対空機関銃架と電源装置を防御陣地の真ん中に追加で召喚し防御態勢を整えた。
「一個分隊はここに置いていく。唯一の帰り道を奪われたり塞がれたりしたらかなわんからな」
「了解です。第3分隊はここで待機、退路の確保にあたれ」
「「了解」」
「よし、先を急ご――また何か来たな」
この音、まさか……。
退路の心配を無くしたカズヤは先を急ごうとしたが、進行方向から機械音が近付いて来るのに気が付くと念のため機械音がする方へ銃口を向け待ち伏せの態勢をとった。
「やっぱりか」
複数のライトに照らされ暗闇から現れたのは敵では無かった。
12.7x99mm NATO弾に近い射程と威力が発揮できる338ノルママグナム弾を使用する次世代機関銃のLWMMG(軽量中機関銃)を背に乗せた4足歩行型の強行偵察用ロボット――ハウンドドッグであった。
元は輸送用ロボットのビッグドッグを改造し作成されたハウンドドッグは搭載する15馬力の2ストローク単気筒ガソリンエンジンで油圧ポンプを毎分9000回転で駆動し、それにより作られた油圧で各4本の足――合計16本の油圧アクチュエータを作動させ、驚くほどスムーズな動きでカズヤの元に歩み寄る。
「えーと、まさか……千代田か?」
『そうです、マスター。貴方の千代田です』
目前で停止したハウンドドッグの顔にあたる部分にある液晶画面にカズヤが語りかけると、画面上に怒った顔の千代田が映し出される。
あらら……この顔は何から何まで全部バレてるな。まぁ、パラベラムの防衛システムや監視システムを千代田が全て掌握してるから当然と言えば当然か。
何しろ軍用の無人偵察機はもちろん、試作途中だったり試験運用中だったりする昆虫型ドローンまで飛ばして国内で起きた全ての事を把握しているぐらいだからな。
……俺が履いているパンツの柄や色まで言い当てた時は、千代田の情報収集能力に肝を冷やしたが。
「えーっと……千代田、怒ってる……?」
画面に映る千代田の表情から、自分の所業が全てバレている事を一瞬で悟ったカズヤは恐る恐る千代田に問い掛けた。
『はぁ……本来であれば今すぐに何故、増援を呼ばなかったのか。そもそもどうしてご自身で危険な場所に赴いたのか。等々、言いたい事が山ほどあるのですが、それはまた後で。この先にいる生存者が死にかけています。お救いになられるのであればお急ぎを』
「っ!?それは不味いな。千代田、案内を頼む」
『ハッ。では、こちらへ』
踵を返したハウンドドッグの後ろに続いて、カズヤ達はA−1フロアの奥へと進み出す。
「――ところで千代。千歳はこの事を……」
目的地への移動中、この一件が露呈すれば何かと不味いカズヤは声を潜めつつプライベートな呼び名を使って千代田に声を掛ける。
『ご安心を“まだ”言っていません』
「……良かった」
時間が経ってからならまだしも、この件が今すぐ千歳にバレるのは不味い。
最近特に過保護になってきているし。
その点、千代はまだ寛容さがあるからバレても大丈夫だが。
『マスター、お間違えなく。“まだ”ですから。しかし――この一件が姉様の耳に入ればマスターは最早どこにも行けなくなりますね。最悪本土の地下にでも軟禁されるのでは?』
画面に映る千代田が、にっこりとワライながらカズヤの内心を見透かしたように言った。
「……こんな時になんだが、千代。何か欲しいモノは無いか?」
『では、マスターの次の休日でも頂きましょうか。そうすれば私の口も重くなるかと』
「それで、お願いします」
自身を取り巻く情勢の悪化で千歳による軟禁もしくは監禁が現実味を帯びてきている中で、最悪の未来を防ぐためカズヤは千代田の遠回しな催促に自分の時間を差し出すのだった。
「軍曹ッ!!もう少しです!!もう少しすれば必ず助けが来ます!!あと少しの辛抱です!!耐えて下さい!!」
「ハァ……ハァ……無理だ。俺はもう……助からん…手遅れ…だ。両足が無くなって、土手っ腹にも……こんな、こんな大穴が開いて……血が……目も、もう掠れて……見え……」
第5研究室の室内で若い警備兵が中年の警備兵を必死に励ましていた。
中年の警備兵は膝から下を失い更に左の脇腹を大きく欠損し、生きているのが不思議なぐらい瀕死の状態であり最早幾ばくの猶予も残されていなかった。
「しっかりして下さい、軍曹!!治癒魔法が使える衛生兵が来れば絶対助かりますから!!」
「ハァ、ハァ、寒い、体が……凍えて……寒い、さむ…い……」
血を流し過ぎたせいで体温が下がり、ガタガタと震える中年の警備兵。
その顔には逃れられぬ運命を示すように、くっきりと死相が浮かんでいた。
「軍曹ッ!?しっかり!!あんな綺麗な奥さんと可愛い娘さんを残して逝くつもりですか!!死んじゃだめです!!」
「頼む……つ、妻と娘に……愛していると、伝えて……」
「――それぐらい自分の口で言え」
ここに至ってどうやっても免れぬ死を覚悟し、最後に愛する者への伝言を頼もうとする中年の警備兵に横から声が掛けられる。
「救援かっ!?――か、閣下!?」
まさか救援の中に国家元首が混じっているなど思ってもみなかった若い警備兵はカズヤの顔を見るなり目を剥いたのだった。
ギリギリセーフか。間に合って良かった。
尊い命の灯火が消える直前に第5研究室へと到着したカズヤは、僅かな安堵と共に瀕死状態の中年警備兵に右手を翳す。
完全治癒能力が発動し翳されたカズヤの右手が仄かな光を放つと同時に中年警備兵の左の脇腹と両足が再生を始めた。
「あ……ぁ、う……す、すごい……元通りだ」
まるで逆再生をしているかのように肉体が元に戻り、死の危機を脱した中年警備兵は青白い顔で自分の脇腹や両足を擦っていた。
「よし、もう体は大丈夫だ。しかし、失われた血液まではどうにもならん。早く下がって輸血を受けろ。退路は確保してある」
「は、はい。ありがとうございます」
貧血で足元が覚束ない中年警備兵は若い警備兵に肩を支えられながらカズヤに礼を言うと他の生存者と共に第5研究室を出ていった。
「さて、後は被検体保管庫だな」
第5研究室の生存者を救出したカズヤは護衛達と共にA―1フロアの最深部にある被検体保管庫へと向かった。