キノの恋   作:羽田 茂

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見切り発車です。
どうやったらあの鉄壁(キノ)を落とせるか必死で考えた結果がこちらになります。
どうぞ、お見納めください。


始まりの話(1/3)

 硝煙(しょうえん)の臭いが立ち込める廊下を全力で駆ける。

 自分の肺から吐き出される空気は熱く、動かす足は今にもほつれそうだ。

 ブーツが地面を蹴るたび、足元に転がる小石や壊れた壁の破片がザッザッと音を立てた。

「……ッ」

 ボクは柱の陰に体を潜り込ませ、はぁはぁ、と胸を上下する。

 立っていることすら辛く、壁に合わせるように背中を擦りながら、ボクはそのまま崩れ落ちた。

 その瞬間。隠れた柱の角が澄んだ発砲音とともに弾けた。

 破片が微かに髪を揺らす。

 心臓の音がうるさい。大粒の汗が鼻筋を伝って、地面に垂れ落ちた。

 

「くそ……っ」

 ときどきある、けれどさして珍しくもない普通の依頼だった。

 廃城に住み着いた山賊の討伐。報酬としてエルメスの燃料、携帯食料、現金。

 達成できる。ボクはそう判断し、依頼地へと足を運んだ。

 今度こそもしかしたら死ぬかもしれない、そう頭で考えていた。でも本当は、それと同時に頭の片隅で自分は死なないと思っていたのかもしれない。

 その結果が現状と繋がった。

 

 単純な話、自分よりも格上がいた。

 最初のうちはうまくいっていた。確実に一人ずつ仕留めていった。

 でも、そこに長身の男が現れた。

 そこからはあっという間だった。

 技術で負け、体力で負け、気力で負け、読み合いに負けた。

 不意を突いたつもりが、逆に突かれ、罠を張られた。体に弾丸がいくつも擦った。

 未だ体を貫通していないのは、果たして運が良いからか。

 そんなことを目を閉じながら思う。

 足音は近付いてくる。わざとそうしているのか、小石を蹴り飛ばしながらゆっくりと歩いてきている。

 死臭が近づいたような気がした。

「……」

 相手は四人。

 カノンに残った弾はあと一つだけ———きっとここが僕の死に場所になるだろう。

 ボクは口を小さく開け、深く溜息を吐き出す。

「ごめんなさい、師匠」

 誰かが言っていた。銃弾は必ず最後の一発だけ残しておけって。それが、自分への餞になると。

 

 ボクは上半身の筋肉を鋭く動かし、柱の陰から半身を出す。

 そして、————最後の一発を発砲した。

「ガッ」

 放たれた銃弾は長身の男の腹部に収まった。最後の一発は使わないだろうと、たぶん彼はそう判断したのだろう。それが、油断につながった。

 男は短い悲鳴を上げ、だがその目はすぐにボクを捉えた。

 彼は素早くパースエイダーを構え、ボクへ向かって火を噴かせた。

 

 ボクはそれを見届けるより早く、上半身を陰へと戻す。

 柱の向こう側から、男の罵声と絶叫が聞こえてきた。

 ここまで落ち着いて指示を出し続けていた男の絶叫に、自分の口角が微かに吊り上がるのを感じる。

「……ざまぁ…っ、みろ……」

 

 絶叫は低い呻き声へ、そして男たちに何か言う声。そして、その声はやがて止まった。

 それと同時に、止まっていた男たちの前進が再び始まった。

 柱へ飛んでくる、無数の弾丸。パパパパパと砂埃が散る。

「やっと追い詰めたぞ、溝鼠野郎が」

 やがて、その足音はどんどんとボクへと近付いてき、やがて目の前で止まった。

 彼らの表情は逆光のせいだろうか、黒く塗られていてよく見えない。

「よくも…、よくもクライルを、ベネアを、ライセスを、アレンを、シグを、トニオを、バズを、トレイルを、マジリを、ルイを…——仲間達を殺してくれたな」

 男の一人がそう言いながら、手に持ったパースエイダーの標準をボクへと合わせた。

「…ちく、しょう—————」

 眼前に突き出されたパースエイダーに対処する術はもう残っていない。

 予備のナイフも、爆弾もすべて、長身の男に使い切ってしまった。

 もうあとは、彼らのパースエイダーが鳴るのを待つだけだ。

 

 冷たい汗が額を、背中を流れる。濃厚な死の臭いが肺を満たし、ボクは歯が震えるのを噛みころしながら、ギュッと眼を閉じた。

 

 しかし、何秒過ぎただろうか。

「………?」

 いつまで経ってもその時は来なかった。

 ボクは固く閉じた目をそっと開け、下げていた頭をそっと上げる。

 そして、ゆっくりと前を見て——————

 

 体に鈍い衝撃が走った。

 男の足が、自分のお腹に深くめり込んでいた。

「が…ッあ!」

 男はそのままグリグリとボクのお腹を踏み続ける。

 対して中身の入っていない胃の中身と背骨が、外部からの衝撃と背面の固い壁とに圧迫され、内側がこぼれだしそうだった。

「糞が!糞が!糞が!!」

 男の罵声が鼓膜を震わす。

 ボクは糸が切れた玩具のように地面に転がり、そのまま何度も激しくせき込んだ。

「ごほっ!、けほっ、ンぐぅッッ」

 鳩尾にブーツが飛んでき、脇腹を固い靴底が繰り返し踏みにじる。

 そのたびに内臓が暴れ、胃液が逆流し、喉が焼ける。

 肉を叩きつけるような鈍い音が、頭の中で何度も弾ける。

「…————ッ!!あ……ッぐ——」

 痛い。痛い。痛い、痛い。

 パースエイダーの鋭利な痛みとは違う、人を殺すための痛みとは違う。人をなぶるための痛み。

 師匠の訓練で、体の痛みは何度も体感した。でも、今、師匠がどれだけ手を抜いていたのかが身に染みた。

 同じ位置に重複して落ちてくる踵に、気付けばボクの涙腺は壊れて、視界がぐちゃぐちゃに歪んでいた。

「ぐぅううッ」

 突然髪を掴まれる感覚とともに、そのままボクの頭が無理矢理浮いた。

「ぐ……ッぅ!あ、あああああ!!あああああああああああああ!!」

 頭と髪が嫌な音を立てるのが、聞こえるみたいだ。

 噛み殺していた悲鳴と叫びが喉から漏れ出て、一瞬で堰き止めることが出来なくなる。

 ボクは男の手に両手の爪をくい込ませるように掴み、せめてもと噛付く。

「グッ……!このッ————…糞餓鬼が!!——殺してやる、ぶっ殺してやる!!」

 そんな声が真正面から聞こえ、廃城の廊下に響き渡る。そして、その声に被せるように、パァンッと高い音が鳴った。

「ツッ—————」

 頬に鋭い痛みが走る。

 そして、同刻。横腹に拳が埋まった。

 激痛。

「ああ————ああああああ、あああああああああああああああッっ!!」

 犬歯と爪が男の手を離れ、ボクは地面に落ちる。

 自分のお腹をかばうように抱きながら、地面に頬を、額を擦りつけて絶叫する。

 

 自分がもうどの方向から殴られているのかも分からない。

 視界が赤色に染まって、衝撃のたび視界が白く閃光した。

 

 見開いた視界に、憤怒に染まった男の表情が視界いっぱいに広がる。

 突然、喉を深い圧迫感が満たした。

「よくも、よくもやってくれやがったな!!」

 気道が絞め付けられ、頭の中の空気が急速に冷えていくような感覚がボクを浸した。

 その手を外そうと、必死で両腕を伸ばす。しかし、結果は分かり切っていた。

 喉を絞める太腕。打撲と擦り傷だらけの細腕。

「ぐぅッ——あッ……ああッ————————————————」

 徐々に意識が白んでいく。

 

 

「………………———————ない」

 死にたくない。

 

 最期に、銃声が聞こえた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 男は初め、自分に何が起こったのか分からないという顔をしていた。突然胸に衝撃が走ったと思ったら、そこから赤い液体がばしゃばしゃと流出し、そこを中心として服の色を変えていっている。

「あ?」

 

 一肌の白めな男の胸にできた赤い楕円は、どんどん大きく広がっていく。それがある程度の大きさになると男は地面に倒れて動かなくなった。

「え」

 二人目は後頭部に穴が開いた。

 頭の三分の一が破裂し、脳髄をまき散らしながら、四人の中でもっとも身長が小さかった男は、地面に横たわった。結局、一言も言葉を発することなく絶命した。

「…だ、誰だ!!」

 残った二人の一人がパースエイダーを構え、俺の方向へと向けた。その結果、偶然にも目が合った。

 四人の中で一番若作りの男だった。

 こちらを向いた顔にはただ驚愕を浮かべており、仲間を殺された怒りさえ覚えていないようだ。男は怯えた表情を貼り付け、口を大きく開けた。

「敵だ————」

 

 それが彼の遺言になった。

 三発目の銃弾は、男の口の中へと入っていった。

 延髄を破裂させ、脳へと伝わった衝撃が彼の活動を止めた。毛細血管が切れたのだろう、その鼻からダラダラとだらしなく鼻血を垂らしながら、地面に顔から落ちた。

 その傍では、一番最初に死んだ男が床に池を作っていた。男はガクガクと悶えながら、呼吸をしていた。

 

 そして、誰かの首を絞めていた四人目の男が大声で吠えた。

 口を大きく開き、喉を震わせる。

 男は少年を地面に投げ捨て、振り向くように銃口を俺の方へ向けた。すぐさま俺は、廊下の角に身を滑らせる。その一秒未満後に、背中から銃声が聞こえた。

 そして何回目銃声が鳴っただろう。発砲音が止まった。

 俺は柱から半身を出す。

 男は、俺に向かって何か喚いているようだった。だが、その言葉は汚く崩れていて、何を言っているのかいまいちわからない。

「すいません」

 四発目。俺は男に向かって撃った。

 男の眼球が飛び散った。左目だった。

「ぎ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ———————————」

 男の鳴き声が空気を震わせる。

 男は瞳を両手で押えながら、体を胎児のように丸めて地面をのたうち回った。

 その鼻からは、三人目の男と同じように大量の血液を垂れ流していた。

 俺はその背中にさらに二発撃ちこむ。

 すると、男は体が二度ほど小さく跳ね、やがて動かなくなった。

 その足元では、心臓を撃たれた男が虚空を見つめ、四肢を投げながらまだ呼吸をしていた。

 

 俺はそれを確認してから、パースエイダーを下す。

「わるい、一発で殺してやれなくて」

 俺はそうこぼしてから、死体に向けて歩き出す。

 

 生存者ゼロ、全員が正しく死んでいる。

 小池はかなり広がって、暗い緑の服を着た男たちを赤黒く染めていた。

 俺は、その池の中に浸る一人の少年に目をやる。

 黒いショートカットに、全身を黒で統一した服装。顔の造形は綺麗に整っていて、たとえ女性だと言われても違和感はないだろう。だがその顔には男たちの血がベットリと付着し、その綺麗な顔はいくつもの擦り傷や切り傷、赤く腫れていたりと凄惨なものになっている。

「……他の奴らを殺したのは君か?」

 問うたところで返ってきやしない。そう思いながら彼に投げかける。

 ここに来る道中には他にも何人もの男の骸が転がっていった。

 正直、凄まじいと思った。

 おかげで、といえば聞こえは悪いが、おかげで思っていた以上に楽に依頼を終わらせることができた。

「とりあえず、これで依頼は終わりだ」

 そうひとり呟き、俺は血だまりに沈んだ男たちの懐をまさぐる。

 そして中から、いくつか使えそうなものを選別して自分のバッグの中にしまっていく。

 携帯食料。薬。替えの弾。

 初めは、あたたかさの微かに残った人だったものの感触に、嘔吐しそうになりながらしていたこの作業だが、今ではすっかり慣れてしまった。

 ごめん嘘。正直気持ちが悪いし、化けて出てきそうでこわい。

 

 そうこう複雑な気分で緑色の奴らと少年の懐をまさぐる。

 そして最後に、俺は少年の死体に手を合わせ軽く頭を下げた。

「…ごめん」

 俺が見たとき、彼はすでに四肢を垂らして動かなくなっていた。

 あと少し早く来ていれば。そう意味のないことを思う。

 

 俺は彼が離さず手に持ったパースエイダーに手を伸ばす。

「もらってくよ」

 そう断ってから、引き金に置かれた彼の指に手かけ————

「ケホッ」

 目の前の少年が、苦しそうに咳を吐き出すのを聞いた。

 俺は慌てて彼の首元に手を当てる。

「脈がある…それに、あたたかい」

 まさか、生きてるのか?

 俺は顔を上げ、少年の顔を見た。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 少年を背中に背負い、今まで来た道を引き返す。

 旅の道具が詰まったバッグをお腹の前に掛け、気分は小学校の下校時によくやらされたWランドセル背負いだ。

 硝煙の臭いが染みついた廃城跡を抜け、低い草木が生える平原に出る。

 人が通り続けた地面は草木がなく、じゃりじゃりとした黄色い土を表にさらしていた。

 俺は背中の少年をいったん背負い直してから、また歩き出す。

 依頼対象の全員が死んでいることは一応確認したが、まだ気が抜けない

 もしかしたら追手が迫ってきてたりとかあるんじゃないかとか、そういう不安が脳内をちらつく。

 出来れば今すぐにでも少年の傷を確認したいところだが、自分の命と安全が最優先だ。

 あと付け足すなら、心の平穏も。

 逃げるんだよぉ!!

「…とりあえず、水場に行こう」

 背中からものすごく鉄臭い臭いがする。あと、彼に接面する衣服が涙で濡れていくのを感じる。

 

 俺は道から外れて、依頼前に偶然見つけた川へと歩く。

 えっちらおっちらと全身を汗まみれにして到着したころには、あたりは夕焼けに染まっ

 て、遠くの空からは薄墨のような黒が混ざり始めていた。

「つい…たぁ」

 俺は少年を草むらに下し、地面に倒れるように座り込む。

「あー……とりあえず、傷の確認…、を」

 しかし、いつまでもだらだらとしているわけにもいかず。

 すぐに再び立ち上がり、バックから布を取り出し、俺はそれを川の水で濡らした。

 手持ちのランプで灯りを確保し、彼の顔に塗りたくられている血液を拭っていく。

「ほんと、綺麗な顔してるな」

 布が赤く染まっていき、付着していた血液が取れていくとともに、目の前の顔がいかに整っているかがよくわかる。

 長いまつ毛に。柔らかそうな唇。病的な白さとは違う、あたたかな白い肌。

 男の俺でもその顔につい見惚れてしま————いや、ちゃうねん。ちゃう。別にそういう趣味の持ち主だったりとかそういうんじゃないから。

 

 手に持ったガーゼや薬で応急処置をしながら、

「俺もこんな顔だったら人生もっとたのしかったんだろうなぁ」とか、「さぞかし行った国々でモテモテなんだろうなぁ」とか「どうせなら、チーレム系の世界に飛ばされたかったなぁ」と、一瞬でいろんな言葉が頭の中で浮かんでいく。

 そして、そのどれもが現実になることはないだろう、と俺は深々と溜息を吐いた

 ……凹む。

 この少年が元気になったら、おこぼれを期待してついていくのもありかもな、とどうせやりもしないアホな計画を立てながら、俺は少年の茶色いコートに手をかける。

 ボタンを外して黒のジャケットを脱がすと、その下に着られていた白いシャツが露になった。

 シャツインをしているので、俺は金属部品を外すのに苦労しながらベルトを外し、シャツの下三つほどのボタンを開ける。

「うっ…!」

 そして、その凄惨さについ眉を顰めた。

 ————酷い。

 彼のお腹は青紫色に変色しており、皮膚の内側から小さな赤い斑点がいくつも浮き上がっている。

 医療関係の知識については素人以下の俺には、視覚的に外部の状況を見て判断することしかできない。

 下手すると、内が逝っちゃってるんじゃ…?と、分からないからこそ、素人なりの嫌な想像が次から次へと頭に浮かんできた。そして、目の前の光景が俺に向かって想像じゃすまないぞと、物語っているようにも見えた

「……」

 俺は次に、彼のズボンのチャックへと手を伸ばす。ジッパーを下ろし、ズボンを少しずつ下へとおろす。

 そして————水色のストライプのはいったパンツを見た。

「……」

 …………少年、そういう趣味なのか。

 脳裏に微かながらちらついていた、綺麗な顔へのやっかみとか嫉妬とかが、大気圏を越えた空の向こう側へと消えていく。

 この気持ちに名前を付けるなら、そう…、やさしさ。とかだ。

 俺は優しい気持ちになりながら、目をそっと閉じた。

 

 そして、ずりっずりっと無言でズボンを下す。

 下半身はパンツは見ないよう注意しながら確認しよう、そう心にも刻んで。

 

 大丈夫。俺は理解ある人間だから。

 女装と男装の国とかも行ったことあるから。初恋の人がまさかの男で、心の中のいろんなものが儚く散って、ついでに言えばあと少し気付くのが遅ければ肉体的なアレも儚く散りかけてたこととかはもう気にしてないから。もう忘れたから。もう乗り越えられたから。もう何も怖くないから。——————…あ、泣ける。

 

 そんな冗談でも考えていないと、気が気でない。

 何人も人を殺したし、それと同じくらい人の手助けもした。

 しかし、今回のような状況は何気に初めてだ。

 

 少年の素足には大量に打撲の跡や、切り傷や擦り傷が浮かんでいる。

 薬を塗り、包帯を巻き、絆創膏をぺたぺたと貼る。最後に、その後下を隠すように野宿用の毛布をサッと掛けた。

 そして——

「鬼門だ」

 そう小さく呟き、俺はまるで親の仇でも見るような視線を彼の上半身へ向けた。

 そこには小さくとも確かな二つの双丘。

 ワイシャツの下に来ているのは、果たして女物の下着か、女物のブラジャーか、それとも女物のスポブラか。

 パッドは確定してるから、どのみちギルティだ。

 だからどれが来ようとも、俺は大声で「アウツ!!」と叫ぶ自信がある。

 

 俺は今度は、開けていなかった上のワイシャツのボタンを外していった。

 白く、なめらかな曲線を描いた鎖骨が。

 そして、その胸部には——。

 

「…は?」

 ——何もつけられていなかった

 小ぶりな乳房と、その先にある二つの桜色の楕円。

「え、あ……女、の子?」

 俺はその光景に一瞬喉を詰まらせた。

 一瞬にして体内の血液が熱くなるのを感じる。

 だが、それをすぐに頭の中に沸いた疑問が打ち消した。

 

「……なんでこんな娘が、あんな依頼なんて受けてんだ?」

 華奢な男の子があれだけの人数を殺害した現場を見ただけでも驚愕した。

 なのに、高校生、くらいの少女がアレだけのことをしたのか。

 

 遠く離れたハズの硝煙の臭いが戻ってくる。

 爆薬を使ったのか、損傷の激しいものもあった。正確無慈悲に頭の中身をぶちまけたものもあった。いくつものトラップの跡があった。その足元には死体が転がっていた。

 

「はは…、…世界って広いな」

 この華奢な体であれをしたのか。

 しばし、乾いた笑いをこぼしたから、俺は少女の上半身をくまなくチェックする。

 わき腹にできた切り傷、打撲に薬を塗り、包帯をぐるぐると巻く。そして、彼女の腕もほかの場所と同様に薬と包帯を巻いた。

 その後、小さな裂傷にちょんちょんと薬を塗っていく。最後に、下半身だけにかけていた毛布を上半身にもかかるようにかけ直した。そして、近くにある枝を拾い集め、簡易的な焚火を作り、近くにあった倒木に腰を下ろした。

 

「さてと…」

 次どうするか。

 正直、俺がしていた処置にどれくらいの効果があるかわからない。

 以前ほかの旅人がしていたのを、うろ覚え、見よう見まねでやってみただけだから、間違っているかもしれない。

 可能な限り早く、プロに診てもらった方が良いだろう。

 だがそうなれば————

「どうする?………国に引き返すか?」

 だが俺はその案を、自分の頭を左右に振って追い出した。

 この時間から?体力だって無尽蔵じゃない。危険だ。そもそもどうやって運ぶんだよ。

 ぐるぐると頭を回し、それならばどうするか。それならば——と答えを探す。

 その時、

「エル…メス…」

 少女の小さな呟きを聞いた。

 ひどく魘されながら、彼女はエルメスなる人物の名前を呼ぶ。

「っ…あああ!もう分かったよ!!」

 俺は倒木から腰を上げる。そして、自分のバックを体の前へ掛けた。

 

 見とけ。

 ぬくぬくとお人よしの国で温室栽培された、現代っ子の甘さをなめるなよ。

「やってやるよ」

 ここから何時間もほぼ全裸の女の子の体温を合法的に味わうことができるんだ。素人童貞青少年の俺にとってはご褒美だぜ!

 そのエルメスとやらが彼氏か婚約者か知らんが、せいぜい自分の女の裸を他人に見られたことを泣いて後悔するがいい!畜生!

 

 俺は魘されている少女の手を握り、へたくそに笑いかける。

「俺が君を助けてやる」

 もし誰か第三者がこの場にいたならば、こんな臭いセリフなんて死んでも言わなかっただろう。

 もし少女が眼を覚ましていたならば、こんな気取ったセリフなんて死んでも言わなかっただろう。

 もし、テンションが振り切れていなければ、こんな恥ずかしいいセリフなんて、絶対に言わなかった。

 だが——その時少女が薄く瞳を開けた。

 そして、俺の手を弱弱しく握り返し、

「…ありがとう」

 そう返してきた。

「なっ……!」

 起きて!?

 そう思ったが、彼女の瞳はすでに閉じられ、もう何も返すことはない。

 俺は横になっていた少女の体を起こし、何とか自分の背中に乗せ、

「さすが美少女」

 

 さすが美少女————汚い。

 男の扱い方をよく心得ていらっしゃるようだ。あの場面で、あの瞬間で…ドラマかよ。

 あのテクニックでいったい何人の男を落としてきたのか。小さい体だが、さぞかし経験豊富なんだろう。エルメス。どこのどいつか知らんが羨ましい。あったら一発だけでいいから重いのを叩きこんでやろう。震えるぜハート。燃え尽きるほどヒート。刻んでやるぜ!俺の血液のビート!!お袋譲りの往復ビンタ!!

 

「——行くぞ」

 やけくそ気味にそう呟いて、俺は歩き出す。

 その時、背中で眠っているはずの少女の手が、俺の服をきゅっと握ったような。そんな気がした。

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 冷たい夢を見ていた。

 ただ漠然とした何かがボクを苦しめる。そんな夢。

 ボクはさらさらとした髪を伸ばしていて、少し長めの明るいスカートをはいている。

 よく笑って、よく泣いた。両親が優しかった。まだボクじゃなかった。あの頃のボクだ。

 小さなボクが寒くて泣いている。そんな夢だった。

 

 ふと、微睡みの中にパチパチという焚火の音と、パースエイダーとは違う、火薬のにおいがしない微かな煙の香りが入り込んでくる。

 夢見心地だった真っ暗な視界が、徐々に現実味を帯びて引き上げようとしてくるような錯覚。

「……ぁ」

 ゆっくりと瞼を開けると、烏色に塗りつぶされた空が視界の先に広がっていた。夜の空には水中に垂らされた塗料のように星が浮かんでいる。

 視界をずらすと、まどろみの中で感じたとおり、焚火が小さな火の粉を飛ばしながら音を立てて燃えている。

 そして目の前では、一人の男性がボクの手を握っていた。

 ぼんやりとした頭でボクは、「ああ、ボクはまだ夢を見ているんだ」と納得する。

 

「俺が君を助けてやる」

 ふと、男の人がへたくそな笑顔で、僕に向かってそう言った。

 その言葉がなぜだかとても暖かかった。

 

「ありがとう」

 ボクは彼の手を握り返そうと手に力を籠める。

 すると、彼の瞳は驚いたように大きく開かれ、その頬が少し赤みを差した。

 それをみて、またなんだか暖かな気分になった。

 

 ボクはそっと瞳を閉じる。

 最期の夢としては、エルメスも師匠も、キノも出てこなかったけど。

 ボクはこの夢が見れたボク自身に少し感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




学園キノの新刊はまだなのでしょうか。しんかぁああああああんんんんんっっっ!!(発狂)
感想、評価、誤字脱字報告、待ってます。
あとどうでもいいけど、この感想を書いてる今横にいるカップルがめっちゃいちゃついてて妬ましい。爆破しろ。

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