交物語   作:織葉 黎旺

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みそぎマイナス 其ノ壱

 

  001

 

 球磨川(くまがわ) (みそぎ)は箱庭学園の三年生だ。もっともそうなったのは直近の話で、その前は水槽学園の三年生だったらしい。水槽学園といえば、この片田舎にさえ噂を轟かせる名門校であるが、不思議なことについ最近廃校になったらしい。数々のエリートを輩出した学校でも、終わる時は呆気ない。じゃあ彼は廃校になったから転校したのか、といえば事実は逆だった。不可逆だった。

 

『そこは負荷逆といってほしいかな、暦ちゃん』

 

 吹けば飛ぶような軽い口調で、球磨川禊は括弧つける。

 

『僕はエリートじゃない、そんな幸せ者(プラス)とは違う。僕はあくまで過負荷(マイナス)だぜ』

 

『悪魔で過負荷(マイナス)だぜ』。いいも悪いも綯い交ぜにした、そんな誤変換とともに、球磨川禊は薄っぺらい笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 002

 

『やあおはよう! えーっと、阿良々木暦くん?』

 

「うおおおおっ!?!?」

 

 突如目の前に現れた学ランの男を轢きかけて、僕は思わず急ブレーキをかけた。それだけでは間に合わないと判断したので、愛車のクロスバイクを無理矢理倒す。ハンドルと地面が接触し、ガガガ、と致命的な接触音を立てて跳ねる。勢いはそのままに数メートルほど進んだところで、クロスバイクは停止した。幸いハンドルが曲がった程度で、本体にはあまりダメージがない。それは僕自身にも言えることで、多少擦過傷は出来たが、昨日忍に血を与えているし、すぐに治るだろう。法的手段に訴える必要はなさそうだが、いずれ起きそうな事故を防ぐためにも、飛び出しは危ないということを教えてあげるべきだろう。起き上がって彼を見る。

 

『急に倒れてどうしたの? スピードの出し過ぎは危ないから気をつけた方がいいぜ?』

 

「いや誰のせいだと思ってるんだよ!?」

 

 思わず突っ込んだ。学ランの男は小馬鹿にしたように笑っている。中学生にしか見えないほど幼い顔立ちだった。身長は僕とあまり変わらない。だが、その制服に見覚えがあった。

 

「ん、それは水槽学園の……?」

 

『よく知ってるね、阿良々木暦くん』

 

「丁度昨日、ニュースで見たからな……『廃校になった』ってニュースを。で、何で僕の名前を知ってるんだ」

 

『ちょっと知り合いの人外に聞いて、ね』

 

「知り合いの人外……?」

 

 僕も相当、人外の知り合いが増えてしまっているので、その中の誰かにでも聞いたのだろうかと訝しむ。しかしいずれも、彼みたいな男に僕のことを話すとは思えなかった。

 

『ああ、別に()()君の知り合いではないから、安心してくれていいよ。暦ちゃん』

 

「急に呼び方が馴れ馴れしくなったな!」

 

『まあまあ。僕のことも禊ちゃんって呼んでいいから、それでおあいこってことで』

 

「いや、先にフルネームを名乗れよ」

 

『球磨川禊、高校三年生。つまり同い年(タメ)だね。だから親しみを込めて禊ちゃんって呼んでくれていいんだぜ?』

 

「わかったよ、球磨川くん」

 

『つれないなあ』と芝居がかったようなハンドジェスチャーをして、球磨川禊はシニカルに笑った。

 

「それで、その球磨川くんが一体僕に何の用なんだよ?」

 

『よくぞ聞いてくれたね、暦ちゃん。普段の僕なら、用がなければ君みたいなやつには話しかけないんだけど』

 

「おい」

 

『とはいえ、やむにやまれず事情で君に助けを求めなきゃいけなくなったんだ。暦ちゃん、僕を助けてくれるかい?』

 

「それはできないな」

 

 否定の言葉に、球磨川の動きが固まった。

 

「助けるんじゃない。お前が一人で勝手に助かるだけ、だ」

 

 

 


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