パティエンティア姉妹から、妙な情報を仕入れた。なんでも、各惑星で、ダーカーの亜種だか変種だか、とにかく、変なダーカーが急増しておるそうな。
どう変なのか、と問うてみたが、お二人の返事は、いまいち要領を得ない。
「今回の情報は、全部、伝聞なんだよ。あたしたちも、遭遇した事はなくてさ……」
「って言うのも、遭遇して、討伐した人は、皆、メディカルセンターに入院しちゃってるの……」
「ふむ。穏やかな話では、ありませんな。討伐したのに、入院のぅ……。相棒や、この件、どう見る?」
「んー、考えられるっつったら、毒か? 死に際に、ダーカー因子と一緒に、有毒物質を撒き散らしてる、とかじゃねーかな?」
なるほど。それならば、辻褄は合う。しかし、パティ殿が、首を振った。
「入院って言っても、怪我とか、中毒症状が原因じゃないみたいなの。面会謝絶だけど、健康面には問題ない、って、フィリアさんから聞いたよ」
「……むぅ。ますますもって、分からんな……」
怪我でも、毒でもない。肉体的には、何ら影響は出ていない、となると、妾には、もうお手上げじゃな。知っておるかは分からぬが、後でシオンに聞いて――ふと、パティ殿の背後に目をやると、シオンがいた。首を横に振り、口を何やらぱくぱくしている。なになに?
――わたしにもわからない、ごめんなさい
……素直に告白したのは、褒めてやろう。しかし、なぜそこにおる。と言うか、そんな簡単に出て来て良いのか、お主は。
とにかく、様子のおかしいダーカーを見かけたら、最大限の注意を払う、と言う事で、その場はお開きとなった。何をどう気を付ければ良いのかは、さっぱりなままだが、何も知らぬまま突っ込むよりは、遥かにマシじゃろう。
情報提供に礼を言い、立ち去ろうとしたが、そこで、ティア殿に呼び止められた。
「手掛かりになるかは分からないけど、そのダーカーは、ある時を境に、増え始めたそうだよ」
「ほぅ。ではその、ある時、と言うのは?」
「名前は忘れちゃったんだけど、何とかって惑星が、ダーカーに滅ぼされた時から、みたい」
ふむ。となると、その惑星に、ダーカーを変異させるような何かが、あったと言う事かの。手掛かりとしては薄いが、調べてみれば、何か分かるやも知れんな。今日は任務もないし、頭を使う日と洒落込むか――
『緊急警報発令。アークスシップ第11番艦が、多数のダーカーによる攻撃を受けています。アークス戦闘員は、至急、救援に向かって下さい』
――全く、間の悪い事、この上ない!
「行くぞ、相棒! 同胞の危機じゃ!」
「よっしゃ! さっさと片付けようぜ!」
「あ、待って! あたしたちも行くよー!」
「この四人も、久し振りだね。頑張ろっと!」
……この時の妾には、知る由もなかった。襲撃を受けたアークスシップが、あのような惨劇に見舞われていたなど……。
発着場からゲートエリアに駆け込み、テレポーターに飛び込んで、一般市街区画へ。そこで妾たちを待っておったのは、至って平和な風景であった。一般市民は避難しておるようじゃが、これと言って、被害が出ておる様子は、ない。
「はて。妾たちは、襲撃を受けている艦に、来たはずじゃが……」
「おっかしいな。来るシップを間違えたか?」
「でもでも、ここは11番艦で合ってるはずだよ?」
「静かなのは気になるけど、市民の避難は、終わってるみたいだからね。とりあえず、進んでみようよ」
ティア殿の発言に、得物を構える事で賛同の意を表し、妾たちは、人影のない道を進み始めた。
やはり、おかしい。どこもかしこも、襲撃を受けた様子がない。本当にダーカーの襲撃であれば、建物は破壊され、言いにくいが、市民の死体が横たわっておるはず。だのに、ここは、ただ人っ子一人見当たらないだけで、他は異常一つ、見られぬ。
「……ん? なぁ、相棒。あっち、様子が変だぞ」
十字路に差し掛かったところで、アフィンが、異常な何かを見付けたらしい。
「……何じゃ、あれは。霧か?」
来た道から、左へ曲がる道の奥が、濃い霧に覆われておる。市街区画は、様々な気候を再現出来るように作られているが、あのように、局所的に霧を発生させるなど、聞いた事がない。
「えーと、マップによると……。あっちは、人工の森林みたいだね」
「森に霧って、何か、迷いそうだねー……。ま、ここはアークスシップなんだし、迷っても大丈夫!」
「ですな。それに、現状では、異変と言えそうなのは、あの霧だけですし、行く他にありますまい」
「視界が悪いし、慎重に行こうぜ。あの霧の向こうに、ダーカーか潜んでるかも知れねーし」
尤もじゃな。あの霧自体が、ダーカーの引き起こした異常現象、と言う可能性もある。奇襲を受けぬよう、警戒しつつ進むのが、上策じゃろう。
ティア殿を中心とし、三人で周囲を固めて、霧の中を行く。幸いな事に、外側から見るより、内側の霧は薄く、視界は十分に確保出来ている。今のところ、不審な物音も、霧の向こうを動く影も、ない。
……しかし。しかし、じゃ。この霧、妙に鬱陶しい。人肌を思わせるような生温さや、肌にまとわりつく感触。戦闘用ボディだと言うのに、やけに不愉快に感じる。もしや本当に、ダーカー由来のものなのか?
「……! 何か、いるな。しかも、かなり多いぞ」
先頭に立つアフィンが、足を止めた。
「ここに集っておったか。こちらには、気付いておるのか?」
「いや、動いてんのは確かだけど、近付いてくる様子はないな」
「それならさ、そーっと近付いて、ばーんっとやっつけちゃおうよ」
「パティちゃんとは思えない、良い案だね。わたしも賛成」
その場で、即席の作戦会議。とは言っても、決まったのは、ここから一気に走り寄って、先手を打つ。以上。
到底、作戦とは呼べんが、だらだらと策を練り、その間に捕捉されては、台無しじゃからの。こちらから奇襲を仕掛けられるだけ、上等と言うものよ。
「それでは、行くぞ。三、二、一……突入!」
妾の合図で、全員が駆け出した。一歩進むごとに、ダーカーの姿が、配置が、全容が見えるようになり――己が目を、疑った。
プレディカーダが、いた。
木を切り倒していた。
ディカーダが、いた。
幹から枝を切り落としていた。
エル・アーダが、いた。
加工の終わった幹を運んでいた。
ダガンが、いた。
幹で"何か"を建てていた。
クラーダが、いた。
"何か"を飾り付けていた。
「……何じゃ、これは……?」
このダーカー共は、何をしている? なぜ、こんな事をしている?
なぜ――木の家なぞを建てている? しかも妙に洒落た家を。
「た、たぶん、こいつらだよ! さっき話した、変なダーカーって!」
パティ殿の叫びで、はっと、我に返った。こやつらが、例の変種ダーカーじゃとな? 確かに、行動は奇妙を通り越しておるが、よくよく観察してみると、体色も、通常のダーカーと違う。やけに、橙色がかっておるな。であるならば、やり方を、変えねばならぬか。
「相棒、ティア殿! 妾とパティ殿は、足止めに徹する! トドメは、任せましたぞッ! パティ殿、死に際のダーカー因子には触れぬよう、気を付けて下されッ!」
「オッケー、任せとけ!」「りょーかい、ティア、やっちゃえ!」「うん、きっちり仕留めるよ!」
とにもかくにも、話を聞く限りでは、怪しいのは、死に際に撒き散らされるダーカー因子。通常の物であれば、こちらには何の影響もない。しかし、こやつらのそれは、アークスを侵し、病院送りにするような何かを、内包しておるかも知れぬ。接近は、下策。
さて。話を聞いてから間もなく、遭遇してしまったが……。無事に帰れるかのぅ?
さすがに、これだけ接近し、声を張り上げれば、ダーカー共も、妾たちに気づくと言うもの。近くにいたダガンが、妾に向かって来た。普段ならば、胴体ごとコアを破壊するのじゃが、そうは行かぬ。その体を、思い切り蹴り飛ばした。もんどり打って倒れ、コアを晒したのを見届けてから、飛び退る。その機を逃さず、アフィンの弾丸が、コアを砕いた。
――なんだよ、これ……! 俺がヘマばかりやってるヘボダーカーみたいじゃないか……!
……ん? 今、何か聞こえたような?
離れた所では、パティ殿が、巧みな体捌きでクラーダを寄せ集め、そこへティア殿がテクニックを放ち、まとめて氷漬けにしていた。
――いやあ……、アークスは強敵でしたね。
――まとめて氷漬けだって? そんな事が、本当にあるのか……?
――今みたいに、力ずくで戦いをやめさせるのが、正しい方法なんですか?
また聞こえた。倒されたクラーダの数だけ。じゃが……、何じゃ、この、胸のもやもやは?
その後も、息の根を止めるたびに、声は聞こえた。
――やっぱり、アークスの考え方は受け入れられない……。
――お、俺は……アークスが……醜い心を持ってるなんて思いたく……う、ううっ……。
――ちくしょう……、これで二連敗なのか……?
いや待て。二連敗って何じゃ。それに、ボロクソに言い過ぎじゃろ。
「相棒、改めて用心せい! こやつら、やはりおかしいぞ!」
攻撃性は、通常のダーカーと変わらぬ。しかし、この声は、明らかに異質。アフィンへと注意を促した。すると……
「ちょっと興奮したダーカーがいても、暴徒鎮圧は、防衛隊時代の任務で慣れています! 俺に任せて下さい!」
「あん!?」
衝撃の事実が判明した。アフィンは、元防衛隊じゃったのか。……いや、ないわ。いかん、アフィンがポンコツになってしもうた。
「ならば、そのままやっとれ! パティ殿、ティア殿! 相棒がおかしくなった! 早々に、ケリを付けましょうぞ!」
「確かに、あたしたちが討伐すれば、この襲撃事件は終わるでしょうけど、根本的な解決には、なりませんよね?」
「はぁ!? パティ殿、何を言って……!」
「こんなにわたしたちと楓ちゃんで、意識の差があるとは思わなかった……!」
「なぬ、ティア殿……!?」
パティエンティア姉妹まで、ポンコツになったじゃと!? いや、わけの分からん事を口走ってはおるが、戦闘そのものは、問題なくこなしておる。
……まさか、これか? こやつらと交戦したアークスが、片っ端から病院送りになったのは、これが原因か? この、妙ちきりんな発言なのか?
ダーカーの声と、アフィンたちのポンコツ発言は、やけに似通っておる。どちらも、癇に障ると言うか、まともにやり取りしたくなくなると言うか、親しみを覚えないと言うか……
……"さん"付けで呼びたくなると言うか。
うむ。まこと、阿呆らしい……!
「……こんの、"ダーカーさん"共めぇッ! 一匹残らず、皆殺しにしてくれるわぁぁぁぁッ!!」
――いってえ! 何すんだよ!
「じゃかぁしいッ! 黙って死んどれッ!」
――いやあ……、家を建てるだけのはずが、何だかんだで、宴会みたいになっちゃいましたね……。
「そもそも、家なぞ建てるでないわぁッ!」
――皆の為なんだから、きっと許してくれるよ!
「許すか、このド阿呆がぁっ!」
――やっぱり、アークスはダメじゃないか……! いや……もう少し様子を見よう。俺の予感だけで、皆を混乱させたくない。
「こっちが混乱しそうじゃ! 良いから、大人しく死ねぃッ!」
――さ、猿渡さぁぁぁぁぁん!!
「誰じゃ、猿渡って!?」
恥も外聞もかなぐり捨て、憂さ晴らしのように暴れ、大して時間をかける事もなく、ダーカーさん共の殲滅は、完了した。他三人は、得意気な顔で、戦果を自慢し合っておる。ともかく、早く帰還して、こやつらを、病院にブチ込もう。うむ、そうしよう。
「違う種族の人同士が、手を取り合って協力しあう……。こんなに素晴らしい事はない!」
いや、お主ら、揃ってニューマンじゃろが、アフィンさん。
「あたしは防衛隊で大活躍して、ヒーローになってた。『夜霧のパティ』なんて呼ばれてたよ」
お主も防衛隊か、パティさん。
「楽しい宴会でしたね……」
お主も宴会と抜かすか、ティアさん。
「……楓よりオペレーターへ。アークスシップ第11番艦『べザード』に出現した、ダーカーさんの殲滅を完了いたした。これより、帰投する」
『お、お疲れ様ですぅ! って、あれ? パーティリーダーは、パティさんのはずでは……』
「パティさんがポンコツになったゆえ、勝手ながら、妾が引き継ぎました。それと、医療班の待機を要請します」
『わ、分かりましたぁ。……ん? ダーカー、さん……?』
「呼び捨てにする程、親しみを感じなかったのですよ。普通のダーカー共の方が、なんぼかマシですな。以上」
通信を切り、空を見上げた。辺りの不愉快な霧は、いつの間にか晴れていた。
「あぁ、煮付けが恋しいのぅ……」
違うな。ヤケ食いでもしなければ、やっておれん、と言うのが、正しいか。
ハガルに戻り、医療班に三人を引き渡した妾は、煮付けに舌鼓を打ちつつ、件のダーカーさんについて、調べてみた。
あやつらが発生したのは、『アトリーム』と言う名の惑星が、ダーカーに滅ぼされてから、らしい。恐らくは、その惑星に、ダーカーを変異させる程の何かが、あったのじゃろう。嫌な方向への変異じゃが、なってしまったものは、今更変えられぬか。
戦闘能力は、通常種と変わらぬが、厄介な特性として、言語崩壊を引き起こすそうだ。幸いな事に、症状は軽く、しばらく養生すれば元に戻る、との事。現に、入院していた者たちも、妾たちがべザードに向かっている間に、快復したそうじゃ。しかし、その間は、周囲の人間が距離を置きたくなる程、鬱陶しい喋り方になる、と。まさに、先程の三人じゃな。
「しかし、家なぞ建てて、あやつらは何をしたかったのじゃろうな……」
そう言えば、二連敗、とか言うておったな。二連敗。家を建てる。……まさか、移住しようとしておった、とかか? アトリームで一敗し、べザードへの移住を阻まれて、二連敗……? アトリーム原住民の意識が、ダーカーに乗り移った、と……?
「……ふん。それこそ、馬鹿馬鹿しい妄想よな」
端末をしまい、背伸びをした。己の妄想に、我ながら、呆れてしまう。そんなふざけた事実が、あってたまるか。
とりあえず、今日はもう、寝てしまおう。明日には、あの三人も、元に戻っておるじゃろう。あれだけ入念に潰したのじゃから、ダーカーさん共も、二度と出て来るまいて。
と、思っておったんじゃがなぁ……。
後日、ダークファルスがウザったらしい喋り方をするようになったり。
全身を霧で覆った、ダークファルスの親玉、『深遠なる霧』が現れたり。
ひょんな事で行き来が可能になった、『地球』と言う惑星で、薄い橙色のエスカダーカーさん共が現れたり。
色々と爪痕が残ってしまったのじゃが、それはまた、別のお話。
霧になって消える=ミスト=ミストさん。安直ですね。
・襲撃を受けたシップ
ミストさんが主役のスパロボK。アルファベットの並びでは、Kは11番目なので、第11番艦。べザードは、アトリーム滅亡後に、ミストさんが1年間暮らした星です。こちらも滅ぼされており、その事を、作中のミストさんは、二連敗と宣っています。
なお、実際のルーン文字表記では、11はイス(イサラ)となっておりますが、番外編故のお遊びと言う事で、ひとつ。
・森林地帯の霧
後書き最上段に書いた通りです。某動画サイトで、ミストさんコメが流れた際のコメも参考にしています。
・ミストダーカー
アトリーム侵攻の際に、色々と汚染されたダーカー、通称ダーカーさん。死に際に、非常に鬱陶しい台詞を吐き、聞いた者は言語崩壊を起こします。なお、言語崩壊を起こしたままでA.I.S.に搭乗したら、機体をレヴリアスと呼び始める……かも。
・建築
べザードと言う名前に惹かれ、ここを第二の故郷とすべく、居住区を作ろうと画策していました。ダーカーが家を建てるってのも、おかしな話ですけど。
・惑星アトリーム
言わずと知れた、ミストさんの故郷。作中の発言から、ディストピア説さえも浮上する、謎多き星。本作では、イディクスではなく、ダーカーによって、完膚なきまでに破壊し尽くされました。
地球があるなら、アトリームがあってもいいじゃん、的なノリです。
・言語崩壊ダークファルス、深遠なる霧、エスカダーカーさん
い て た ま る か