ソードアート・オンライン~スコープの先にある未来へ~   作:人民の敵

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ようーーーーーやくSAO編が完結しました!
では、神に立ち向かう狙撃兵の姿を、どうぞ!


《第43話》世界を終わらせる銃弾

「……」

 

 攻略部隊を恐怖のどん底に突き落としたスカルリーパーの討伐に成功したが、誰も歓声を上げているものはいなかった。俺はライフルを担ぎ立ち上がったが、他の皆は黒曜石の床に腰を落とし、荒い息をしている。

 

 それもそうだ。最初の3人だけではなく、次々とオブジェクト破砕音が響き、極めて多くの犠牲者を出したからだ。俺とユウキ、そしてRSPのメンバーは生き残ったが、それでも喜べる状況じゃない。

 

「何人――やられた……?」

 

 部屋の左側でがっくりとしゃがみこんでたクラインが、顔をあげて掠れた声で聞いてくる。その隣では、仰臥しているエギルも顔だけをこちらに向けていた。

 

「―――11人、死んだ」

 

 俺はマップを呼び出し、光点の数と出発時の人数から犠牲者を逆算した。正直、信じられない。全員がこのアインクラッドでも有数の高レベル、そして歴戦のプレイヤーで構成された最精鋭部隊で攻略に当たってこうなったのだ。今までの常識だった、離脱や瞬間回復といった手段が使えないだけで、ここまで犠牲が拡大すると、出発時の誰が予想しただろうか。

 

「うそ……だろ」

 

 エギルの声にはいつもの張りがなかった。生き残ったプレイヤーたちの中で、暗鬱な雰囲気が漂う。

 

 これでようやく3/4――つまりまだ上に25層もあるのだ。しかも、1層攻略のたびに前線部隊からこれだけの被害を出せば、まず間違いなくどこかで攻略組は崩壊する。このまま、層の攻略を続けるのならば、な。

 

「……」

 

 俺はある人物に目を向けた。その人物とは、スカルリーパーとの攻防で鎌を一人で捌き続けた"聖騎士"ヒースクリフその人だ。悠然と立つその姿からは、まるで"疲労"の二文字を一切感じさせない。

 

 無論、彼も無傷ではない。というよりも、後方支援に徹した俺以外の殆どのプレイヤーは、体力が半分を切っていた。ヒースクリフを除いて。

 

 そして、俺は彼の表情を見る。そこにも疲労の色は見えず、あくまで穏やかな表情を湛えている。無言で、座り込む攻略部隊のメンバーを見つめている。その瞳に宿った視線はどこか俺たちとは違うものだった、そう、まるであれはこの世界を俯瞰する神のような―――

 

「……はぁ」

 

 そこまで見て、俺は腹のうちに抱いたある仮説が正しいことを確信した。俺は腰のホルスターに収まった自動拳銃を音を立てずに抜き、そしてヒースクリフに近づく。それに気づいたユウキが不思議そうな目線をこちらに向ける。

 

「レイ……?」

 

 俺は口で「すまない」とだけ言い、そして――

 

シュッ!!

 

 一瞬の動きで消音機(サプレッサー)をつけた拳銃を発砲する。放たれた銃弾はヒースクリフ目掛けて一直線に進んでいき――

 

「ッ!!」

 

 そこまで来てからヒースクリフは俺の行動に気づいたが、もう遅い。銃弾はヒースクリフに撃ち込まれ、ダメージが与えられる―――

 

ことはなかった。【Immortal Object】。不死存在を意味するそのシステムメッセージの壁に阻まれた銃弾は垂直落下し、床に激突した。

 

「レイ、一体何を……!!」

 

 ユウキやキリトがそれに気づく。俺は口を開いた。

 

「ヒースクリフ団長、貴方の伝説の正体はそれでしたか。どうやっても貴方のHPバーは注意域(イエロー)に落ちない。それは伝説ではなく、システムに書き込まれた絶対的な"不変の事実"だった。しかし何故貴方がそんな不死属性を持つのか、恐らく答えは一通りしかないでしょうね」

 

 俺は一瞬言葉を切り、ヒースクリフの表情を見る。しかしそこに驚きや怒りの感情は見えない。

 

「……少し疑問を持っていたことがありましてね。()()、貴方は作りたい世界を作っただけで放置するんですかと。僕にはどうもそうは思えなかった。行く末を必ず見ると思っていた」

 

 俺は紅衣の聖騎士を見据え言う。

 

「《他人のやっているRPGを傍から眺めるほどつまらないことはない》。それも、自らが作ったものを。そうですよね……茅場晶彦先生」

 

 俺がそう言った瞬間、場の空気は文字通り凍りついた。唯一動いたのはアスナだった。

 

「団長……本当なんですか……?」

 

 ヒースクリフはそれに答えず、俺に問うた。

 

「……何故気づいたか参考までに教えていただけるかな……?」

 

「きっかけはデュエルの時でした。遠目からでも分かりましたよ。キリトと戦っているときにあり得ないスピードで盾が動いていたのが。そしてそこからはパズルです。UCSFの件といい、僕の正体を見透かしたかのような言動。そして極めつけはボス戦での異常なまでの精神的なタフネス。決め手には欠けますが、直接証拠は不死属性だけで十分ですからね。状況証拠を精査すれば、貴方が茅場先生だと言う可能性には辿り着けましたよ」

 

「まさか君にも見えたとは思わなかったが、あのデュエルでシステムのオーバーアシストを使ったのは悪手だったな。いや、結果的には良かったと言うべきかな……?」

 

 ヒースクリフ、いや茅場は仄かに苦笑した。

 

「見破られない限り95層までは明かさない積もりだったのだがな」

 

 ゆっくりとその場にいるプレイヤーを見回した後、紅衣の聖騎士は言った。

 

「レイ君の言う通り、確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」

 

「あまりいい趣味とは思えませんね。英雄が一転して最悪の敵、RPGならありかもしれませんがデスゲームの設定としてはあまりに悪趣味だ」

 

 このゲームの開発者の一人にして一万人のプレイヤーを電子の牢獄に閉じ込め、うち4割を脳を焼却して殺害した男、茅場晶彦は薄い笑みを浮かべた。

 

「中々いいシナリオだと思ったんだがな。まさかこんなに早く看破されるとは思わなかったが。私が思っていた以上に君は優秀だったらしい」

 

「……どういう意味です?」

 

「このゲームはVRMMORPGだ。無論、役割(ロール)は存在する。しかし、大多数の者には関係ないがね。王に相対する勇者の役割を担うのは"二刀流"スキルを持つもの、つまりそこにいるキリト君だった。しかし、勇者だけで王を倒すのはいささか博打が過ぎる。そこで、このアインクラッドで最も賢き者に"狙撃"スキルを与え、同時に賢者の役割を担ってもらう積もりだった。賢者の役割は、王の正体を見抜くこと。その意味では、君が私の正体を見抜いたのは予想していたことなんだよ。まさかこんなに早くボロを出してしまうとは思いもよらなかったがね。そして"紫憐剣"は勇者の姫に与えられるはずだったが、ユウキ君はキリト君ではなく君を選んだ。これもまたRPGが持つ不確定要素、そして醍醐味と言えるかな……」

 

 その時、凍りついたように動きを止めていたプレイヤーの一人がゆっくりと立ち上がった。血盟騎士団の幹部を務める男だ。

 

「貴様……貴様が……。俺たちの忠誠を――希望を……よくも……よくも……」

 

 両手剣を握り締め、

 

「よくも―――――ッ!!」 

 

 絶叫しながら地を蹴った。大きく振りかぶった両手剣が茅場へと―。

 

 だが、茅場の動きの方が一瞬早かった。素早くウインドウを開き操作したかと思うと、男の体は空中で停止してから床に音を立て落下した。彼のHPバーにグリーンの枠が点滅している。麻痺状態だ。

 

 茅場はそのまま手を止めずにウインドウを操り続けた。

 

「レイ……」

 

 横を振り向くとユウキも、それに俺以外のプレイヤー全員が麻痺状態になっていた。

 

 拳銃を下ろし代わりに小銃を茅場に向ける。俺は茅場に声を掛けた。

 

「……どうするつもりです。まさかとは思いますがこの場で全員殺して隠蔽する気ですか……?」

 

「まさか。 そんな理不尽な真似はしないさ」

 

 ヒースクリフは微笑を浮かべたまま左右に首を振った。

 

「こうなってしまっては致し方ない。 予定を早めて、私は最上階の《紅玉宮》にて君たちの訪れを待つことにするよ。 90層以上の強力なモンスター群に対抗し得る力として育ててきた血盟騎士団。 そして攻略組プレイヤーの諸君を途中で放り出すのは不本意だが、何、君たちの力ならきっと辿り着けるさ。 だが……その前に……」

 

 ヒースクリフは言葉を切ると、俺を見据えてきた。

 

 右手の剣を軽く床に突き立て、高く澄んだ金属音がドーム内に響く。

 

「レイ君、君には私の正体を看破した報奨を与えなくてはな。今この場で私と一対一で戦うチャンスを。無論不死属性は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウト出来る。……どうかな?」

 

「成る程、それが賢者の役割ですか。正体を見抜けば、勇者が戦う前に王と対峙し、打ち倒すことが出来る。なら……その権利、ありがたく使わせてもらいましょうかね」

 

「ダメだレイッ……お前を排除する積もりだ……。今は……退けッ」

 

「そうよレイ君、今は……今は引きましょう」

 

 キリトとアスナが俺を止める。しかし――

 

「レイ……やる気……なんだね?」

 

 ユウキは違った。俺はユウキを抱き起こし、言った。

 

「ああ。これが俺に与えられた役割(ロール)だっていうなら、それを全うしてやるさ」

 

「生きて、一緒に現実世界(あっち)に戻る。そう約束して」

 

「分かった。必ず、生きて戻るさ」

 

 俺とユウキは固く指を結んだ。彼女を抱き締め、そして立ち上がる。

 

「レイ!やめろ……っ!」

 

「レイ――ッ!」

 

 声の方向を見ると、エギルとクラインが必死に体を起こそうとしながら叫んでいた。

 

 俺はエギルとクラインが居る方向に向き直ると、まずエギルと視線を合わせ、小さく頭を下げた。

 

「エギルさん。今まで、剣士クラスのサポート、ありがとうございました。 知っていたんですよ、儲けの殆んど全部、中層ゾーンのプレイヤー育成に注ぎ込んでいたことを」

 

 目を見開くエギルに微笑み掛けてから、顔を動かしクラインに視線を向ける。

 

「クラインさん。………あの時、貴方を……一緒に連れて行けなくて、悪かったです。ずっと、後悔していました」

 

 クラインは再び起き上がろうと激しくもがき、声を張り絶叫した。

 

「て……てめぇ!レイ!敬語なんか使って謝ってんじゃねぇ!今謝るんじゃねぇよ!!許さねぇぞ!ちゃんと向こうで、メシの一つも奢ってからじゃねぇと、絶対に許さねぇからな!!」

 

 俺は頷いた。

 

「解りました。約束します。 次は、向こう側で」

 

 右手を持ち上げ、親指を突き出す。俺は最後にユウキを見詰めた。

 

 俺は胸の前で十字架を切り、体を翻した。

 

「さぁ始めましょうか」

 

 左手で銃を構え、言う。右手にはティルウイングが握られている

 

 茅場がウインドウを操作すると不死属性が解除された。奴の頭上に、【changed into mortal object】―――不死属性を解除したというシステムメッセージが表示される。

 

 俺と茅場の間の緊張感が高まっていく。これはデュエルでは無い。単純な殺し合いだ。

 

「セィッ!!」

 

 俺は飛び出す――と見せかけ後ろに飛び銃撃を浴びせる。リーチにおいてはこっちが圧倒的に有利だが近接戦闘となればこちらに勝ち目はない。

 

「フンッ……!!」

 

 しかし茅場はそれを盾で全ていなす。どうやら単純な弾は効かないようだ。ミニガンでも使わない限り、盾で捌かれて終わりだ。ならば―――

 

 しかし、ヒースクリフの反撃が"切り札"を用意することを許さない。素早く間合いに踏み込むと、雨霰のような連続攻撃が襲いかかる。それを俺は全て軌道予測で迎撃し攻撃を撃ち落とす。恐らく相手はシステムの限界すら越えた速度で刃をこちらに撃ち込んでくる。つまり、長期戦になればなるほど勝機は消えていくと言うことだ。

 

「うらぁ!!」

 

 一瞬の隙を見逃さず俺は間合いから外れ、ティルウイングを()()()。この行動は流石に予想外だったらしく、茅場の動きが数瞬止まる。俺は止まったそのタイミングを逃さず、腰のポーチから手榴弾を取り出し、口でピン抜きとレバーノックをこなし投げつける。そして更に時間を稼ぎ、その間に左手にはもう一個の小銃を装備。そしてマガジンを素早く取り出して特殊弾頭をセット。これで準備は整った。

 

「ぬぅん!!」

 

 煙幕を掻い潜った茅場が再び猛攻を掛けてくるが小銃で全てガードする。そして数発撃ち込む。もちろんヒースクリフは盾で防ぐが――

 

ドーン!!

 

 数秒したのちに盾で複数の爆発が起きる。これが切り札"徹甲榴弾"。盾などの防御力が高く通常攻撃では中々破壊できないものを破壊するための特殊な弾丸。これで盾を破壊し直接銃弾を叩き込むのが俺の作戦だ。が―――

 

「!!」

 

 ヒースクリフは盾を投げ捨て、俺のもとに突っ込んできた。俺は小銃の銃口をヒースクリフに向け直すが、圧倒的にヒースクリフの剣の方が早い。これはっ……

 

「さらばだ、レイ君」

 

 俺に向けて刃が振り下ろされる。そして、何の障害もなくその刃は俺の体に向かい――

 

ザシュッ

 

「がっ……」

 

 俺は刃を食らい、驚きの目で茅場を見た。そして次に聞こえたのは――

 

「レイ――――――!!!嫌だ、嫌だ、逝かないで、レイッ!!」

 

ユウキの悲鳴だった。約束、守れなかったのか……悔しさと情けなさと空しさと無念が混ざった感情を胸に抱いていると――

 

ヴォン

 

「……!?」

 

 俺の前に小さくシステムメッセージが出てきた。内容は――

 

【まだ諦めるには早すぎる。決意を抱き続けろ】

 

「くっ……ガァッ!!」

 

見れば、俺のHPは1で残っていた。俺は起き上がり朦朧とする意識をなんとか呼び起こし、引き金を引いた。

 

「これが、最後の……銃弾だ!!」

 

 俺が放った決死の一発は驚いた表情の茅場の心臓を正確に貫いた。

 

 そして同時に茅場の体が青い欠片となって破砕した。意識が遠ざかっていく中で、無機質なシステムの音声が聞こえてきた。 

 

――ゲームはクリアされました――ゲームはクリアされました――ゲームは……。

 

 こうして俺とヒースクリフとの決闘(このゲーム)に終止符が打たれた。

 

 

――――――――――

 

 

 全天が燃えるような夕焼けだった。意識が復活すると、俺は不思議な場所に立っていた。足元は分厚い水晶板で作られ、床の下では赤く染まった雲が流れ、仰げばグラデーションを描きながら空が無限に続く。まるで天国のような風景だ。しかし、そんな風景は少しずつ崩れ始めている。

 

 まさか、天国なわけはないか。ならばここはどこだろう?俺は右手を振ってみる。すると、すっかり耳慣れた音と共にウインドウが出現する。しかも、服装もあの時のままだ。つまり――ここはまだSAOの内部なのだ。

 

 結局、俺は死んだのだろうか。猶予が与えられただけで、死ぬことには変わりなかったのか。あのメッセージの真意は、まだ分からない。

 

「……レイ」

 

 後ろから小さく声が響いた。全身を衝撃を貫く。何故、どうして!?ユウキが俺に声を掛けてきた。

 

「また会えて嬉しいよ」

 

「ああ、俺もだ……でも、どうして?」

 

「分からない。でも、そんなことは今はどうでもいいかな」

 

「……そうだな」

 

 俺は静かに肯定した。彼女にまた会えた、その事実だけで十分だ。

 

「で、ここどこかな?」

 

「………どこだろうな?」

 

 本当に此処は何処だろう?

 

「ね、あれを見て」

 

 ユウキが視線を向けた場所を見る。俺たちが立っている小さな水晶板から遠く離れた空一点に―それが浮かんでいた。

 

 円錐形の先端を切り落としたような形。薄い層が無数に積み重なって全体を構成している。目を凝らせば、層と層の間には小さな山や森、湖、そして街が見える。

 

「アインクラッドだな……」

 

「うん。 そうだね」

 

 間違いない、あれはアインクラッドだ。俺たちが二年間の長きに渡って戦い続けた場所だ。

 

「中々に壮観だな」

 

 不意に傍らから声がした。俺とユウキは声がした方向に振り向く、そこには一人の男が立っていた。

 

 茅場明彦博士。今の彼はヒースクリフの姿では無く、SAO開発者としての本来の姿だ。白いシャツにネクタイを締め、長い白衣を羽織っている。かつて、ハーバードにいたときによく見た服装だ。

 

 彼もまた消えゆく浮遊城を眺めている。

 

 茅場の全身も、俺たちと同じように透き通っていた。

 

 この男とは、数分前までお互いの命を懸けた死闘を繰り広げていたはずなのに、俺の感情は静かなままであった。

 

 俺は茅場から視線を外し、崩れいく浮遊城を見やり、口を開いた。

 

「此処は、どうなるんです?」

 

「現在、アーガス本社地下5階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置データの完全消去作業を行っている。 後10分ほどでこの世界の何もかもが消滅するだろう」

 

「あそこに居た人たちは……どうなったの?」

 

 ユウキがポツリと呟いた。

 

「心配には及ばない、先程生き残った全プレイヤー、6147人のログアウトが完了した」

 

「……そうですか。それは良かった」

 

 俺は、茅場の言葉に応じ、聞いた。 

 

「僕たちをここに呼んだ理由は……?」

 

 茅場はウインドウを消去し、浮遊城を眺めながら言った。 

 

「君たちとは――最後に少しだけ話をしたくて、この時間を作らせて貰った。それだけさ」

 

「……そうですか。では、一つ僕から質問を。どうして――――このゲームをデスゲームに?」

 

「どうして――、か。 私も長い間忘れていたよ。何故だろうな。フルダイブ環境システムの開発を知った時――いや、その遥か以前から、私はあの城を、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を創り出すことだけ欲して生きてきた。そして……、私の世界の法則を超えるものを見ることが出来た……」

 

 茅場は静謐な光を湛えた瞳を俺たちに向け、すぐに顔を戻した。

 

「子供は次から次へと色々な夢想をするだろう。空に浮かぶ鉄の城の空想に私が取りつかれたのは何歳の頃だったかな……。その情景だけは、何時まで経っても私の中から去ろうとしなかった。年を経るごとにどんどんリアルに、大きく広がっていった。 この地上を飛び立って、あの城に行きたい……。長い、長い間、それが私の唯一の欲求だった。 私はね、レイ君。まだ信じているのだよ――何処か別の世界には、本当にあの城が存在するのだと――」

 

「……そうだと、いいですね」

 

 俺は静かに言った。ゲーム自体の制作には関わらなかったとはいえ、システムに関わった自分にとっても、この城は思い出になるはずだ。……いいか悪いかは別として。

 

「……君には感謝している。そして私の……言ってみればエゴに巻き込んでしまったことに対して申し訳なさもある」

 

「別に僕はこのゲームに巻き込まれたことを恨んではいませんよ。もちろん、4000人という犠牲者が出たことについての責任は僕にもありますし、そのうちの幾ばくかは僕が命を奪ったんですから」

 

 俺は答えた。茅場はそれを聞き、ふっと笑った。

 

「君と共にこの城を作れて良かったよ。もし可能なら――セブン君にも伝えてくれたまえ」

 

「……ええ。可能なら、ですが」

 

 再び沈黙が訪れた。視線を遠くに向けると、崩壊は様々な場所に及び始めていた。無限に連なっていたはずの雲海や赤い空は遥か彼方の白い光に呑み込まれ、消えていっていた。

 

「そうだ……言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう、レイ君、ユウキ君」

 

「へ、ボクも?」

 

 茅場は穏やかな表情で俺たちを見つめ、そして踵を返した。

 

「――さて、私はそろそろ行くよ」

 

 風が吹き、それにかき消されるように茅場の姿はどこかに消えた。水晶板に赤い夕焼けの光が反射し、幻想的な雰囲気を演出する。そこには、再び俺たち2人しかいなくなった。

 

「行っちゃったね」

 

「ああ、そうだな」

 

 恐らく、この世界に留まる時間は余り残っていないだろう。少なくとも俺は、茅場に与えられた僅かな時間の中に居る。

 

 どうなるのかは分からない。しかし、あのメッセージが茅場を倒すためだけの一時蘇生だったとしたら、この時間が終われば俺は()()する。

 

「……お別れだな」

 

「……バカ。ボクとの約束、守ってくれなかったじゃないか」

 

 ユウキは俺の肩を涙ながらに叩いた。

 

「……ゴメン。あの世(あっち)で待つことになっちまったよ」

 

「もうっ……何年経てば、会いに行けるのさ」

 

「出来るだけ、遅いと嬉しいな」

 

 2人とも、悲しさを押し殺し笑う。

 

「……じゃあせめて、レイの、名前教えて。本当の名前」

 

 ユウキが、目を涙に濡らしながら聞いてくる。

 

楓野(かえでの)……楓野柃(かえでのひさぎ)

 

「かえでの……ひさぎ」

 

 ユウキは噛み締めるように口にした。そそて、はにかんだように笑う。

 

「ボクだけが聞くのもなんか失礼だね。ボクの名前は……紺野木綿季(こんのゆうき)。名前をそのままキャラネームにしちゃったんだ」

 

 こんの……ゆうき、その6つの音を繰り返し頭の中で復唱する。何でだろうか、胸がいたくなってきた。

 

「本当に、ごめんな。一緒に帰るって約束したのに……」

 

「ううん……いいよ。たった2年間だったけど、柃と一緒に過ごせた2年間は、ボクにとって最高に幸せだった。柃に会えて、一緒に暮らして、一緒に色々な事を経験して、幸せだったよ」

 

 木綿季は、笑みを浮かべ言ってくれた。

 

 俺は、涙を流しながら言った。

 

「俺も幸せだったよ」

 

 俺と木綿季は最後のキスし、固く抱き合い、最後の時を待った。

 

「愛しているよ。柃」

 

「俺も愛しているよ。木綿季」

 

 俺たちは魂が溶け合い、一つになり、この世界から消えていった。

 

 

――――――――――

 

 

「目が覚めたかい、柃君」

 

 誰かが俺の名前を呼ぶ。ここはあの世ではないのか。つまり、あのメッセージは一時蘇生ではなかったらしい。悪運が強いと言うべきか。

 

 俺は周囲を見回して見た。今気付いたが、俺は柔らかい物の上に横たわっている。

 

 ジェル素材のベットだ。上には天井が見える。此処はアインクラッドでは無い。

 

 体のあちこちに、色々なコードに繋がれていた。つまり、此処は現実世界。本当に還って来たのか……。

 

「誰かと思えば、菊岡二佐じゃないですか。目覚めて親族じゃなく自衛隊関係者をはじめて見るとは思いませんでしたよ」

 

 俺はベッドのすぐ横の椅子に腰掛ける、総務省総合通信基盤局・通信ネットワーク内仮想空間管理課職員……という肩書きに隠れて秘密計画を実行している陸上自衛隊幕僚本部仮想戦対策部特殊作戦計画局長の菊岡誠二郎二等陸佐はふうっと息を吐いた。

 

「仕方ないじゃないか。全国で一斉にSAOプレイヤーが目を覚ましたと聞けば例え槍が降っていようが君のもとに全速力で駆けつけるのが僕の仕事なんだからさ」

 

「言い方がストーカー染みてますよ。それで、ここはどこなんです?」

 

「自衛隊病院に決まってるじゃないか。君の病室は特別に設置された隔離病室で、常時5名以上の小銃を携行している警備兵が守ってたから安心してね」

 

 俺はやっぱりですかと首を振る。周りに誰もいないし病室の雰囲気もなんか物々しいしで違和感はあった。

 

「あぅっ……」

 

 俺は起き上がろうとして背筋に痛みを感じてゆっくりと体を寝かす。

 

「病み上がりなんだからあんま体を動かさない方がいいよ」

 

「そうみたいですね。これじゃしばらく前線部隊に復帰はできなさそうです」

 

 俺がそう言うと、菊岡二佐は思い出したように俺に一枚の紙を差し出した。

 

「そうだ、君はこれから内局勤務になるよ。辞令は既に妹さんに預けている」

 

「……桧音に?それはまたどういう風の吹き回しで」

 

「君の不在中に、七特戦の一部参謀が政府転覆を計画したんだ」

 

「……はい?」

 

 俺は聞き間違いかと思って聞き直した。

 

「もちろん中隊司令部や特戦群が鎮圧したけどね。七特戦は解体されたよ」

 

「……えっ」

 

「詳しいことは後で話そうか。取り敢えず、内局勤務になることだけ把握しておいてくれ」

 

「……分かりました」

 

 要は俺がいない間に中隊の一部がクーデター未遂を起こして隊は解体されたと。……全然状況が把握できん。

 

「あぁ、後()()()ありがとう。あれのおかげで上に説明するのがスムーズになったよ」

 

「いえ、どういたしましてと言うべきですかね?それより菊岡さん、一つだけ調べてもらいたいことがあるんですが、よろしいですか?」

 

「僕の調べられる範囲ならなんでも」

 

 菊岡二佐はそう答えた。

 

「では……」

 

 俺は一呼吸起置き、言った。

 

「紺野木綿季、という少女の居場所を調べてもらいたいのです」

 

 

―――SAO編、完結―――




はい、というわけで最後までキリト君のDEVANを奪っていくレイでしたが、あのHP1になったのは、少し前にレイが語っていた《一度だけ蘇生出来る》というスキルの効果なんですよ。
パッシブスキル《死神の猶予》
スキル保持者がそのHP残量を越えるダメージを受けた際、一度だけその過剰ダメージを無効化しHP1の状態で生存させる
なので、彼は死んでおらず、茅場自らが仕組んだ《死神の猶予》に助けられて茅場を撃破するというストーリーにしてみました
次回からはALO編……といきたいですがちょっと日常編を挟むと思います。では、次回までさらばっ!!

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