幼馴染を愛した結果   作:鹿島修一

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ダクソが書きたい・・・




第4話

景色がゆっくりと流れていく。

 

一年夢見た景色が目の前に広がっていた。

 

後ろにはマシュがいて、私の目の前には見慣れた普通の家がある。

 

夢の中で背中を押してくれた人、私の事を昔から支えてくれた人。

どうやって会おう、サプライズするか考えて頭を振る。

 

そんなのは要らない。

 

一年前と同じ様にしよう。

 

「久しぶりだね」

「帰ってたのかよ」

「うん」

 

そんなやり取りを想像していた。

彼はどんな反応を見せてくれるんだろうか、いつも通りに軽く流してしまうのか、笑ってくれるのか、それとも泣いてくれるのかな?

 

ただこの瞬間を心待ちにしていたんだ。

 

「此処が先輩の言っていた人のお家ですか?」

「うん、そうだよ!」

「望月 綾人さん。お会いするのが楽しみです!」

 

マシュや他の人にもどんな人か聞かれたから色々と言っているけど。今考えると恥ずかしい。

素直にす、好きな人って伝えてしまっている。

 

 

一度深呼吸をして、ドアノブに手を掛ける。

 

「あれ、開いてるや」

 

なんと不用心な、日本と言えども鍵はちゃんと閉めないといけない。綾人がいつも言っていた事なのに本人が忘れるなんて。

 

でも開いてるなら好都合、少しだけ驚かせてやろう。

そう思ってドアを開けると目の前には制服に身を包んだ綾人が立っていた。

 

ちょうど家を出る時間だったらしい。

 

「久しぶり、綾人」

 

綾人の顔はまるで信じられない物を見たと言わんばかりに驚きが顔に出ている。

 

「立花・・・」

 

ポツリと口から漏れた声と、そんな驚いた顔を見たのが初めてだったから少しだけ嬉しくなってしまう。

 

何を話そう、これからは一緒にいれる事か、マシュの紹介を先にしてしまうか。

待ち侘びていた平和な時間、好きなだけ貴方と話せる時間がある事が嬉しくて何を話すか迷っていた、迷っていたんだよ。

 

なのにーーーー

 

「どう、してだ・・・」

 

「綾人?」

 

なんで貴方はそんなに辛そうな顔をするの。

苦しそうに胸を押さえて、呼吸が早くなっていた。

 

なに、なんなの。

なにがおきてるの?

 

「綾人っ!?」

 

彼が縋るように伸ばした手を咄嗟に掴み取って、身体に重みがます。

 

「先輩!」

 

なんで、病気?

でも、そんなの私は聞かされてないよ。

 

「先輩落ち着いて下さい!」

「あ、う、うん」

 

マシュの声で呆然とする中から引っ張りだされる。

 

「望月さんは何か持病がありますか?」

「ううん、聞いた事ない!」

 

今だに余り働かない身体はそれでも気がつけば手に携帯を握っていた。

 

そうだ、救急車呼ばないと。

 

 

 

響くサイレンの中で、救急隊員の言葉を心あらずの状態で返事していた様な気がする。

 

緊急と書かれた部屋の中に運ばれて行く彼をただ見送った。

 

「先輩・・・」

 

ただ、マシュの存在に、誰かが側にいるという事に助けられた。

 

 

結局、その日の内に彼が目を覚ます事は無かった。

 

 

 

 

 

翌日、彼は目を覚まさない。

 

原因は分からず、身体にこれと言った異常は見当たらないらしい。

検査結果でもただ寝てるだけと言う結果だが、医者も彼の異常に気が付いている。

 

そして私にはそんな症状に一つだけ覚えがあった。

 

私がロンドンの特異点から帰った後。

私が監獄の中で彼と会った時の症状と酷似していた。

 

「彼と会った時?」

 

まるでパズルが上手く組み合わさったかの様に理解した、してしまった。

彼が何かを見つめる様に胸を見ていた事を、まるで剣の柄を掴む様に手を彷徨わせてから胸を押さえた事を。

 

「あ、ああ・・・っ!?わたしの、わたしのせいだ!」

 

知っていた筈だった、彼が人を不安に思わせる様な事をしないと。人がいる時は強がって笑う事を。

 

笑って、いたよね。

あの時、私の弱音を聞いた後に剣を自分の腹に突き立てた時。

あの時笑っていたよね。

 

「先輩のせいじゃありません!」

 

いや、私のせいなんだ。

 

「私が、あの時彼に会いたいなんて思わなかったら良かった!」

「先輩・・・」

 

私はやり切ったのに、必死な思いで走ったのに!

死にたくなくて、また彼と話しがしたくて必死に生きたのに。なんでよ、なんでその彼が巻き込まれるの?

 

いや、まだだ。まだ可能性は残っている。

 

咄嗟に握った携帯の画面にはカルデアの文字が浮かんで、手が止まった。

 

無駄なんだ、泣こうが縋ろう共、カルデアにいる人に頼ったとしても彼が目を覚ます事がない事を知っているから。

私の時がそうだった、私の時も皆んなは眼が醒めるのを待っていた。

天才と呼べる人達が、数多もの英雄達が何もする事が出来なかった。

 

それにあの時現れたジャンヌは既にカルデアを退去してしまっている。

役目を終えた英雄達の姿は既に現世には無い。

 

未練が無い訳では無い、ただ人理の旅は終わったと帰っていった。また縁があれば会う事もあると言って去っていった。

 

ランスロットですら、娘をお願いしますと言って戻ったのだから。

 

だから、あの時と同じ、私が眠っていた時と同じ。

 

待っている事しか出来ないーーーー。

 

 

「・・・綾人」

 

求めて伸ばした腕は容易く彼の顔を触れる。

一年焦がれた顔が直ぐ其処にある、夢にまで見た彼の安らかな顔はあった。

 

言葉を出さない唇に触れていると、暖かな息が指先を擽る。

 

「ーーーーふふふ」

 

目を覚まさないけど、彼の辛そうな顔は其処には無い。

安らいだ顔を何時でも見ていられる。

 

 

「せん、ぱい・・・?」

「なぁに、マシュ?」

「ーーーいえ、なんでもありません」

 

 

彼とは話せないけど、彼とは会える。

それは一年前とは大きく変わった進歩なんじゃないのかな、好きな時に、彼に触れる。

 

私だけが彼を見ている、彼に触れている。

 

 

彼の両親は嫌いだ。

何故か彼の事を毛嫌いしていたから、そんな両親より私は彼の事が好きだ。

彼の身近な人より私の方が彼を見ている、彼と接している、彼を深く思っている。

 

 

だから、だからーーー

 

 

『現実でお前に言いたいから、ちゃんと起こしてくれよな王子様!』

 

 

そんな言葉が、思い浮かんだ。

夢の中で聞いた彼の言葉。わ、私の事をその…愛してる、なんて言ってから彼は消えていった。

 

 

「行こうか、マシュ」

「良いんですか。先輩はーーー」

「言わないで。私は大丈夫だから、学校に行こうマシュ。彼は起きてくるから、絶対に」

「分かりました」

 

 

だから、早く起きてよ。

私はもう、大丈夫だから。

 

きっと貴方にもたれ掛かるだけの私じゃなくて、貴方と寄り添える私になったと思うから。

 

だから、早く起きて私にまた笑顔を見せてよ。

 

 

「ーーーーぅあ」

 

 

その呻き声は、後ろから聞こえた。

 

茫然と固まる私を他所に彼はゆっくりと腕を動かして、天井に手をかざしていた。

 

「先輩!」

「うん!綾人、大丈夫!?」

 

駆け寄り、顔を覗き込んでから、違和感に気が付いた。

 

彼は私の事を不思議そうに見ていたから。

 

「・・・誰ですか」

 

「ーーーーえっ、あ、混乱、してるよね?ほら、私・・・だよ?」

 

混乱しているんだって思って、言葉を出そうとして口から出てくる声が小さくなっていた。

 

だって彼は私の事を見ても、不思議そうにするだけだったから。

 

「私、わたし、渡さん?」

「あの、違、う。わたし、藤丸 立、花だよ?」

「藤丸 立花、藤丸、立花?」

 

ただ譫言の様に私の名前を呟く彼の姿を信じたく無かった。

 

そんな風に名前を呼んで欲しかった訳じゃないの。

 

「ーーー必ず、帰る。頼んだ」

 

「それってーーー」

 

「分からない。分からないけど、誰かがそう言っていた様な気がするんだ。アレは、誰なんだろう」

 

確かに彼が其処にいるような気がした。

一瞬だけ見せた目は真っ直ぐに私の顔を見ていて、直ぐに視線が逸れたけどいつも通りの彼の顔があった。

 

 

 

 

 

 

 

それから彼は経過観察と言う風に退院した。

医師が言うには前と同じ様に生活して脳に既視感を覚えさせるとか、刺激がなんとか、私には分からなかったけど要は普段と変わらず過ごせと言うわけだった。

 

でも流石に学校は休学である。

 

 

マシュは家にお留守番で綾人と二人で散歩をしている。

前の彼とは似ても似つかない様に其処らへんを眺めていた。

 

「空って、あんなにも綺麗だったんだ」

「空は変わらないよ?」

「いいや、綺麗だよ。俺の知ってる空は皆んな鈍色の様な気がするんだ、少なくともあんなに青かった様な気がしないんだ」

 

それは一体どう言う事なのか分からなかった。

今も昔も空の色は変わらない。

 

でも少し経つと、それも漸く分かってきた。

 

「花はあんなにも鮮やかで、色が付いている」

 

彼は何故か色んな物の色に驚いていた。

まるで記憶と照らし合わせているかの様に過去形で驚いては、嬉しそうにしている。

つまりそれは、前までは世界の色が抜けていたんじゃないかと私に思わせていた。

 

「世界って、こんなにも色が鮮やかなんだね」

 

彼にとって、世界ってなんなんだろう。

 

公園のベンチに座って話して、ファミレスでお昼を食べて過ごしていく内に胸が締め付けられる様な感覚に襲われる。

 

私は彼の近くにいたのに、彼の事を何も知らなかったんじゃないかって。

彼が何かに気がつく時は大抵人の事では無くて、もっと根本的に当たり前の事ばかりだったから。

 

何か大切な物を落としてしまってるんじゃないかって。

 

夕方頃に公園のベンチに座った。

 

「少しだけ、自分って言う人が分かったんだ」

「どんな、人なの?」

 

それはきっと、私が本当は知ってなきゃいけない事だと思う。本当なら私が彼の事を教えないといけないのに。

 

「自分はきっと、苦しい中で後悔と共に生きてきたんだと思うんだ」

「なん、で?」

「今日知った事は全部当たり前の事かもしれかいけど心の奥底で思うんだ。知れて良かったって、取り戻せて良かったって。何かに色が付いてた事に驚いたのも、自分がソレを知らなかったからだと思うんだ。その度に思うんだよ、なんで今更ってさ」

 

記憶が無いとかでは無くて、彼は何か根本的に違った。

何処か常人とズレていたのかも知れない、少なくとも世界の色に何かを示すなんて話しは聞いた事が無かった。

記憶喪失について調べた。皆んな全てが無くなった訳では無かった、名前が分からないとかなら分かるけど、世界の色が分からないなんて少なくとも私は聞いた事が無い。

 

人間が、最初に目覚めた時ですらその世界の色に、当たり前の事に関心などしない。

 

だって誰もが最初から無意識の内に色がある事を知るんだから。

 

「どうやら自分は壊れていたらしい。世界の色が分からなくなる程に、人と話すのが最上の喜びの様に、知らない事を知ると言う事がこんなにもいい事だったなんて思わなかった」

「ねえ?」

「なんだい?」

「私、貴方の事がもっと知りたい」

「それは、自分が望月 綾人になれたら話を聞いてみると良い。誰でも無い望月綾人になれたなら、きっと応えてくれる」

 

そう言って彼は、まるで作られた様な笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

産まれた時、俺の目の前にはちゃんと色の付いた世界が広がっていた事を覚えている。

今となっては何色かも判断が付かない泡沫に消え行く記憶。

 

初めて人と触れ合った時、何か既視感と共に知識が流れ込んでいた事を覚えている。

 

誰かが俺に向かって言葉を投げかけているのに、自分にはその人の声なのかが理解出来なかった。

 

「『初めまして、望月綾人くん」』

 

誰かの声と、知識の声がダブって聞こえて困惑が募っていく。知らない世界、知識で知っている世界。

 

何れもこれもが色が重なっていく、あの紫の紫陽花、知識の中の青い紫陽花の色が重なって気持ちが悪くなった。

 

知らない数字、知識の数字。知らない筈の事をまるで当たり前の様に知っていた時の恐怖。

 

「今日もいい天気だね!」『It's a good weather today』

 

話しかけられた言葉と、頭に響く知らない筈なのに知っていた言語が重なっていく。

 

俺に新しいモノが無く、既存のモノの色と形が其処には存在していた。

何を信じれば良いのか、何が間違っているのか、知識は何も語らず瞳は真実を写さない。

 

それが幾らか続いた時、気がついた時には視界の色は鈍色に変わっていた。

それを安心してしまったのか、不安になったのかは覚えてはいない。

ただ重なる事の無い世界の色に安堵した、重なる事の無い声達に安心してしまった。

 

決定的に何かが壊れた様な気がした。

 

 

あの時もそうだった。

初めて少女と会った時も世界は変わらず鈍色だったのにーーー

 

「藤丸 立花です!」

 

その一声で一瞬だけ世界に色が戻った様な気がした。

目の前の少女の髪の毛に色が芽吹いて、白い肌が咲いた。

 

ーーー同時に、幾多の旅路の終着点を知ってしまった。

 

黄金の光を束ねた騎士達の王の佇まい、戦場で旗を掲げた聖女、赤い華が咲き誇る黄金劇場に立つ者、大胆に笑う無敵艦隊を率いた海賊、霧の都の叛逆者、監獄に嗤う復讐者、最果ての世界の嵐の王、城壁の上で微笑む魔術師に世界最古の王。ーーーそして時間の神殿の中で人に敗れた魔神。

 

他にも様々な事が知識になって記録に刻まれていた。

 

 

それが未来かどうかは分からなかったが、目の前の藤丸立花がその旅路を行くと知ると誰かが歓喜した様な気がしたんだ。

まるで子供の様な歓喜が、酷く俺の心を冷めさせたと同時に絶望した。

 

俺の中に誰かがいると言う真実、その誰かが面白可笑しく俺の目を盗んでいた事に。

そして流れていた知識がその誰かの物だった事に。

 

何故俺だったのか、こんなに最悪な事を何故なんの力も無い俺が知ってしまったのか。

俺に力があれば何かが出来たかも知れない、俺にも魔術とやらがあれば手伝ってやれたかも知れない、俺にもマスター適性やレイシフト適性があれば、何かがあればと何度思った事だろうか。

 

この目の前の何も知らない少女の力になれない事に、無性に腹が立って、直ぐに諦めた事に顔を背けたくなった。

 

 

彼女が笑う度に世界に一瞬だけ色が戻り、そして罪悪感は胸を締め付け続けた。

彼女が話かける度に胸の奥底が痛み、彼女の助けになれたと喜んだ瞬間には喜びが冷めていった。

 

 

ああ、俺には未知を知ると言う喜びも無く。

また、人の為と素直に喜ぶ事も許されない。

 

ーーーこんな胸の痛みと、罪悪感の中で俺は一体どうやって生きれば良いんだ?

 

 

 

 

 

ーーーー焼却、開始。

 

 

 

記憶の隅から紙が燃える様にジワジワと赤い火に記憶が焼かれて行く。

 

 

あの時見た紫陽花の色は、あれ?

色が一つだったか、確か違う様な気がする。

 

「今日もいい天気だね!」『It's a good weather today』

 

ーーーあの声は?

 

あの時、誰かがいた様な気がする、気のせいか?

俺の中には、誰も居なかったな。

 

あれ?

 

ーーー何か忘れている様な気がする。

 

なんで、立花に対して後ろめたさがあったんだ?

何か、何かを忘れてる気がする様な。

 

この知識はーーーそうだった。

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