武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~   作:鍵のすけ

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第九話 「資格」とは

 その日の紫雨は、どこか抜け殻のようであった。

 授業も、何もかもだ。

 

(死に物狂いで修業を積み、東雲一刀流を修めた私が……戦う資格の無い者、か)

 

 鳴神虎春と一戦交える。

 それだけをモチベーションにこの学園に来たというのに。何だか登っていた梯子を急に外されたような感覚である。

 去り際に残された学園長の言葉。

 それが酷く、紫雨の脳裏にこびり付いてしまっていた。

 

(天下五剣、女帝、そして……納村不道)

 

 あげ連ねられた七名。何故学園長はあえてこの七人を挙げたのかが、紫雨に理解できなかった。

 もちろん、良く分かっている。

 その七名、とくに納村不道。未だ女帝に出会ったことはないが、間違いのない強者だという事はよく理解していた。

 だからこそ、紫雨は短絡的にこの発想に至っていた。

 

(天下五剣も女帝も、そして納村殿も……全てを皆殺せば私にもようやく鳴神殿への挑戦権が……)

 

 ――仄暗い。

 東雲紫雨という人間にしては恐ろしくどす黒い考えで。

 東雲紫雨は実に不器用な人間であった。たった一つの課題に対し、どこまでも柔軟に考えられない。

 だからこそ、紫雨は困惑していた。

 学園長の問いかけはそんな紫雨の思考の糸を雁字搦めにするには十二分に過ぎて。

 ずぶずぶとハマっていく思考の沼。そんな沼から救い上げてくれたのは意外なことにもその(くだん)の彼であって。

 

「よお東雲ちゃーん。どったの? おたくにしては珍しく覇気ないねぇ」

 

 納村不道である。

 いつもならば軽薄ながらに真理を捉えた言葉で自分に対応してくるが、今回もまたその例に漏れず、と言ったところで。

 ほとほとその観察眼というか、お節介さに良い意味で呆れてしまった紫雨である。

 

「納村殿、か。そうか。そう……見えてしまうか」

「っておいおい。そんなにテンション低いとまじで何か悪いことがあったんじゃないかってみんな心配するぜ?」

「みんな……」

 

 そこで今日、ようやく紫雨は教室を見回した。そこには少なからず自分へ視線を向けている者達がいて。

 

「そうさ、俺はともかく。東雲ちゃんはあそこの鬼瓦ちゃんすら差し置いてこのクラスの男形だぜ? 興味ない奴がむしろ珍しいくらいさ」

「ばっ!! 納村不道!! 貴様、何故そこで私を引き合いに出すッ!?」

 

 鬼面を被りし武装女子、鬼瓦輪が顔を真っ赤にしてそう言った。

 納村とのやり取りを見て、随分と丸くなったなと紫雨は素直に驚いた。最初に出会った時はその鬼面の通り、鬼気迫る覇気を纏っていたのに。

 あのたった一度の攻防で感じられた戦気は一体どこへやら。

 気づけば紫雨はその事について言及していた。

 

「何というか……その、鬼瓦殿は可愛らしくなったな」

「バッ――!! おま、しのの、おまっ! か、かかかかわっ、とは、何だっ!?」

 

 その鬼瓦の反応に意外にも紫雨が驚いた。真っすぐかつ冗談などまるで通じない者かと思えばこれは本当に意外。

 何故か鬼面が半分に割れているのも、きっと何かドラマがあるに違いないと確信できるほどには鬼瓦は“柔らかく”なっていた。

 

「それが可愛らしくなったと言うのだ。その……立ち会った時は異様な雰囲気だった故に、と付け足させて欲しいのだが……」

「……そう言う東雲は、丸くなったな。転入初日の殺気は無くなったように感じるぞ」

「私が? 鬼瓦殿、それはあり得ない。常にこの身は常在戦場。刹那に気を抜けば、この首が持って行かれるなぞ想定の上で――」

 

 そんな紫雨の言葉に被せるように、鬼瓦が笑った。

 

「常在戦場か! 確かに東雲は“最初は”そうだったよな!」

 

 その言葉に、紫雨は大変に硬直させられて。常にそう、と胸を張って言える程度にはその心持ちを抱いていただけに、その評価は実に衝撃的で。

 

「……と言うより、鬼瓦殿」

「ん。どうした?」

「鬼瓦殿も、あれか、私と剣を交えた事を気にしないクチなのだろうか?」

「当たり前だろう。この学園はそういう所なのだからな」

「……鬼瓦殿はまこと、高貴だな」

「だ、だから! そういう事は止めろと言っているだろ!」

「はっ! 鬼瓦ちゃんもそうやって顔を真っ赤にするところが可愛らしいったらないねぇ」

 

 その横槍に激昂するのもまた、鬼瓦である。

 

「ば、馬鹿者! からかうな納村不道!」

「鬼瓦殿」

「ん、何だ東雲」

 

 その言葉を言うには――少しばかり勇気が必要であった。

 

「そんな高貴な鬼瓦殿にお願い申し上げたいことがある。――私と、一戦交えてはもらえぬだろうか?」

 

 ざわつく教室。納村ですら驚いていた。それは当然とも言えた。

 何せ学園の支配の象徴とも言える天下五剣。それも筆頭と評される鬼瓦輪相手にその申し出。それすなわち納村不道と同じく学園へ刃を突きつける者と全くの同義。

 しかし、そんな紫雨の言動はある意味当然とも言えるのかもしれない。

 東雲一刀流の、元より支配者という存在との結びつきの強さは言わずもがな。

 その精神を脈々と受け継いできた紫雨はそもそも――。

 

「受けて立っても良い、が。今のお前は駄目だ」

「なっ!?」

 

 また言われてしまったその言葉。

 思わず紫雨は返していた。

 

「何故だ!? この前は立ち会ってくれたではないか!?」

「あの時はあの時だろう。それにあの時のお前はちゃんと筋が通っていたしな」

「要領を得ない……ッ! 一体何故――」

「おおっとストップした方が良いんじゃないの東雲ちゃん? な? 落ち着こう? な?」

 

 竹刀を構えるべく伸ばした手を掴みながら、納村はそう窘めた。その行動に驚いたのは意外にも鬼瓦で。

 

「お前が下心も無しに女子に触れるとはな……」

「見損なうなよ! って、ほらほら良いから鬼瓦ちゃんは一旦落ち着けって」

「どいてくれ納村殿ッ!! 天下五剣を、女帝をッ!」

 

 そこまで言った所で、紫雨はようやく我に返る事が出来た。

 余りにも取り乱していた。自分が、東雲紫雨が。血を吐き、身体を壊してまで精神を打ち鍛えたこの自分が、である。

 

「……すまない。授業までには戻る」

 

 選んだのは、頭を冷やす事であった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……はい、もしもし」

 

 学園長室で鳴った携帯。電話を掛けた主は分かり切っていた。

 藤林は即座に応答した。

 

『私よ。そういえば一つ聞き忘れたことがあるの』

 

 主である鳴神虎春は、いつも通りの優雅な雰囲気を匂わせる口調であった。

 

「何でしょうか……?」

『東雲紫雨』

「……何を知りたいのでしょうか?」

『彼女、貴方と月夜相手にどれくらいやれたの?』

 

 その問いに何の意味があるのか。だが自分はそのことに対して口を出す立場の自分ではない。ただ、求められたことに対して、答えるだけ。

 

「……因幡月夜は魔剣を晒し、私も本腰を入れさせられました」

 

 その答えを待っていた、とばかりに携帯の向こうから鳴り響く拍手は一体どのような深淵な意味が込められているのか。

 考察をする前に、虎春の声がした。

 

『素晴らしいわ。まさか月夜が雲耀を見せるとはね。聞いていた以上だわ』

「お嬢様はどこまで知っていたのですか?」

『ある程度よ。ただ正確な力量だけは分からなかったわ』

「……まさか」

『あら、察しが良いのね。そうよ、彼女も“そうだった”のよ』

 

 やはり、と言った様子で藤林は東雲紫雨の力量に納得が出来た。

 こと鳴神虎春は弱者の名前を憶えない。これは絶対にだ。

 だが我が主は“覚えて”いた。ということ、それは剣士としてのボーダーラインを上回ったと言うことと同時に、あの“称号”が考慮されていたということの証明で。

 

「――“番号持ち”になるかならないか、だったのですね」

『ええ。正確には東雲一刀流現当主『東雲晴間(せいま)』が駄目だったのでその次の候補、と言った所ですが。……彼とその娘である東雲紫雨さんの実力は申し分なし。むしろ番号上位への枠も考慮していたくらいですし』

「ならば、何故ですか?」

 

 そうねぇ、と虎春は楽し気に言う。

 

『一言で言えば、あの“跳ね馬”と同様です。こちらの誘いをずっと断るどころか、何度も遣いをタダでは帰してはくれなかったという人泣かせな方でした』

「……なるほど」

『けどああして東雲紫雨さんと話して、分かったわ。あの子は剣士としては完成されているけどその土台がまるで駄目』

「……私には、彼女がこのまま潰れるように見えます」

『あら、貴方はそうなの?』

 

 虎春の意外な発言に、藤林は思わず聞き返してしまった。

 

「では、お嬢様はそうではないと……」

『ええ。彼女はそういう子と、そう思えたわ。あの子がもし、次のステージへ到達できたなら。その時は――』

 

 また主の悪い癖が出たのか、と藤林は思ったが、それを口に出すことはしなかった。

 ただ、東雲紫雨は良い意味でも悪い意味でも不運だと、そう珍しく同情するだけである。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 屋上で、紫雨は淀みのない空を見上げていた。

 

「……私としたことが」

 

 この身を剣握る者として鍛え上げたつもりだったが、何たる思い上がり。まだまだ未熟以前の話であった。

 既に紫雨の頭は冷えていた。数々の無礼への謝罪の言葉すら考えていたくらいである。

 

「この身まだまだ修行の身、か」

 

 そこまでは良かった。ならば考えなくてはならないことが一つある。

 

「私に不足している物、か……」

 

 それのみが分からない。およそ完全な人間、などという厚顔無恥を晒す気はないが、それでも戦士としての矜持は心得ているつもりであった。

 しかし、あえて言われた。資格が無いと。

 

「いかに見つけるものか、いやそもそも見つけられるものなのか」

 

 空気が変わった。同時ににじり寄ってくる敵意。正体はすぐに現れた。

 

 

「貴方、東雲紫雨さんでして?」

 

 

 金髪が鮮やかな女子生徒であった。すぐに目をやるは腰の細剣。

 帯剣をしている生徒。それだけで紫雨は行き着いた。

 

「如何にも私は東雲一刀流、東雲紫雨だ。そういう貴殿は天下五剣の一振りとお見受けするが……」

 

 抜いた細剣を紫雨へ突きつけ、女子生徒はあからさまな怒りを露わにする。

 

「あたくしは亀鶴城(きかくじょう)メアリと申しますわ。あたくしの死ぬほど可愛い蝶華が“お世話”になったそうで、その“お礼”に来たのですわ」

「……ああ、なるほど。薔薇咲殿が言っていた者、か」

 

 逃げようにも屋上の出入口の前に立たれてしまってはどうしようも出来ない。第一、剣を向けられては強行突破も不可能。

 

「ああ、心配しなくても良いですわ。ちょっとだけ、念入りに、重く、リフリクション(反省)してもらうだけでしてよ」

 

 どうやら楽しい“お話”になりそうだ、と紫雨は竹刀を構えた。




鳴神虎春さんの出番をもっと増やしたい!そしてついにきたメアリさん!


感想をくれた

一条秋様、tora様

ありがとうございます!

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