武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~   作:鍵のすけ

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第七話 「忍者」ですので

「……さてと」

 

 教室の前で紫雨は唸っていた。月夜と別れ、ホームルームの鐘が鳴る前には席に座っておきたかったのだが、ある重要なことを失念していたのだ。

 思い出すは先日の大立ち回り。

 教室の生徒と戦い、その中でも複数人を倒してしまったという事実が、紫雨に重くのしかかる。

 悪いことはどんどん重く考えてしまう。今扉を開けた瞬間、クラス中の生徒が襲い掛かってくるのかもしれないとすら思うのだ。

 

「……ままよ」

 

 深呼吸を一つ。ようやく覚悟を決めた紫雨は扉を開けた。

 

「あ、おはよー東雲さん」

「さっきから扉の前で立ってたから一瞬不審者だと思ったような」

 

 出くわすは紫雨と一手交えた倉崎と右井。仇敵と言われても仕方がないとすら思えるそんな二人から出た言葉が、明るい挨拶。

 

「お、おはよう」

「あれ? どうしたんですか東雲さん? 具合でも悪いんですか?」

「……えっと、その、報復は?」

「……報復?」

 

 倉崎がまるで意味が分からないと言った様子で首を傾げた。

 しかし、その紫雨の言い方で色々察したのだろう。右井が一歩前に出た。

 

愛地共生学園(ここ)はそういうところ。たかが一度戦ったくらいでそんな物騒なことを考える人の方が珍しいような」

「……そんなことがあり得るの?」

「あっ、そ、そういうことだったの! ち、違うよ東雲さん! 私達はそんな変なこと考えてません!」

「報復が変な事なの……!?」

 

 そこで紫雨をじっとみる右井。そしてぽつりと呟いた。

 

「東雲さんって、普通の喋り方も出来るって初めて知ったような」

 

 そこでようやく自分の口元を覆った紫雨。油断したとはまさにこのことである。

 東雲紫雨は不器用だ。普段の口調からなよなよしていてはいざ戦いとなった際に心が締まらないと危ぶんだのだ。

 そこで紫雨はまず剣士としての身を確立するために、立ち振る舞いから改造した。

 口調も、居住まいも全て戦う者のそれとした。そうしなければならないと紫雨自身がそう感じたのだ。

 人の血を吸いに吸った殺しの業である東雲一刀流を継ぐということは、自身の在り方さえも考えなければならないのだ。それが、東雲紫雨の覚悟。

 

「……二人は意地悪だ」

 

 そんな事情を知らないというのもあるのだが、流石にそんな事を直球で言われれば、傷ついてしまうというのは仕方の無い事なのだろう。

 

「何だか、東雲さんがめちゃくちゃ可愛く見えたような」

「た、確かに……ういちゃんの言う通りです」

「――っ! んんっ! そろそろ本題に戻ろうか! 二人には、私への報復の意志はあるのか否か。それだけをはっきりさせたい!」

「え、ないよ?」

「あること自体珍しすぎるような」

 

 轟沈である。思わず紫雨は膝をついていた。ならば今までの自分の葛藤は何だったのか。拍子抜けにも程がある。

 

「……なるほど、なるほどなるほど」

 

 これを受け入れなければならないのだろう。それはそれで、この学園における真実の一つなのかもしれない。

 

「……納得した」

 

 なればこそ、である。なれば紫雨は絶対に言いたいことがあった。

 

「剣を合わせ、心を通わせた。だから、私は二人と友になりたいと思っている。もし、二人が受け入られぬのであれば――」

「え!? やったー! 嬉しい!」

「転入生と早速仲良くなれた。これもまた醍醐味なような」

「……何故、二人はそこまであっさり出来るのだ……」

 

 分かったことが一つある。かの雷神が住まう学園とはいえ、生徒はそのような血生臭い気性ではないこと。そして、その心根は紫雨が思っていた以上に――。

 

「私達が東雲さんと仲良くなりたいなぁって思ったからですよ」

「ぶっちゃけ、東雲さんがそこまで戦いのことしか頭に考えてないっていうのは流石と言わざるを得ないような」

「……は、ははは。これはまこと、一本取られたというか」

 

 お手上げである。武で勝っていようが、このような局面に置かれては東雲紫雨の全面降伏は必然である。なんともはや、やりづらいことこの上ない。

 

「倉崎殿、右井殿。お願いがある」

「お願い、ですか?」

 

 倉崎の相槌に紫雨は答えた。否、紫雨は些か調子に乗っていたのであろう。

 倉崎だけでなく、教室の皆の耳に響くように、紫雨は名乗りを上げた。

 

「私は東雲紫雨である。……だからその、紫雨と呼んでいただければ僥倖極まりない」

 

 ある意味自分も因幡月夜と同類なのだろうと思った。だが、何ら恥ずかしいとは思わない。それが人間なのだろうから。

 

「もちろんです! じゃあ私も佐々でいいですよ!」

「私も名前でいいような」

「ありがたし。ではよろしく頼む佐々殿、うい殿」

 

 ふと目が合った巨漢の男子。すぐに目を逸らされてしまったが、何やら無視するには捨て置けぬ存在感で。

 

「おはようご同級」

「ひぃっ!」

 

 その威容には似つかぬ怯えよう。よほど、酷い目に遭ったのだろうか。

 

「名は?」

「ま、増子寺ですぅ!」

「私は東雲紫雨だ。なるほど、増子寺殿か! 実に善き。良き名である」

「あ、ありがとうございますぅ!」

 

 少々調子が狂いそうな、その対応に、紫雨は戸惑った。しかして、それで終わる紫雨ではない。竹刀袋を地に置き、言葉を続ける。

 

「肩に力が入っているようだな。これで少しは話をまともに聞いてもらえるだろうか?」

 

 次の瞬間、増子寺は慌てた様子で紫雨へと近づいた。

 

「ちょ、ちょ! 何なのよそれは!? 早く竹刀を拾いなさいよ! さもなくば男子に組した人間として白い眼で見られるわよ!!」

「性別で友人を選ぶほど、私は落ちぶれてはいない」

 

 嫌味も何もなく、きっぱりとそう答える紫雨に対し、増子寺は面食らった表情に。

 

「ば、バカじゃないのアンタ! この学園で男子は卑下の対象なのよ!? それをこんな大勢の前でそんな事! 取り下げた方がアンタの身の為よ!?」

「なるほど、なればどうやら私はその空気に馴染めぬ者のようだ。まあ、そんなことはどうでも良い。席が近い者同士でまだ一度も会話をしたことが無かったので、是非ともな」

「……何というか、こう……納村みたいな奴ねアンタ」

「納村殿とか。それは善き」

 

 そこで教室内の空気が一気にシンとした。そして視線はとある一か所へ。ようやくざわついてきた室内。

 それもそのはず、教室の出入り口には菓子折りを片手にした納村不道が立っていたのだから。

 

「お、東雲じゃねえか。マスコと仲良くなったんだな」

「おはよう納村殿。ああ、今しがたな」

 

 気安く会話をしているのは紫雨と納村のみ。その間、納村へ向けられている視線は決して好意的なものではなく。

 そのひそひそ話はいずれも“油断すればキスされるかも”というある意味平和的な内容だ。

 

「なあ東雲、鬼瓦さん知らねえ?」

「すまない。私にはさっぱりだ」

 

 すぐに周囲を見る納村。そんな彼と目を合わさぬよう後ずさる女子達。

 不幸なことに、逃げ遅れてしまったとある女子へ納村はロックオンした。

 

「そっかぁ、んじゃそこのムラサキちゃんさぁ――」

「ちょっとぉ! 下着の色と名前と混ぜないで! 倉崎! 倉崎佐々です!」

「こいつは失敬。そんでサッキーちゃんさぁ鬼瓦さんの居場所知らない?」

「ちょっと……誰のせいで……!」

「ここまで無神経な男は初めて見たような」

 

 出て来た右井へ対し、納村は今と同じような手順で名前を聞き、鬼瓦の場所を聞き、そしてついでに下着の色まで聞いてくる始末。

 非常に滑らかにセクハラ発言をしてくるその言葉の巧みさに感銘を受けてしまう紫雨。……その後、普通に下着の色含めて聞かれたことを全部答える潔さが、右井右井に秘められているのにも驚いたが。

 

「どうもありがとーたいっへん参考になりました、と」

「後半は忘れてください!」

「あ、ちょっと納村! 待ちなさい!」

 

 納村を追いかけ、増子寺も教室を出て行ってしまった。一瞬だけ無言になる室内。

 勇敢にも、第一声を発したのは右井であった。

 

「やっぱり下着の色までは答えなくてよかったような」

「うい殿、それはまあ……そうだな。恥じらいは大事だと思うぞ」

 

 そこでようやく日常に戻り始める同級生達を見て、紫雨は聞いておかなければならないことを思い出した。

 

「そういえば佐々殿、一つ聞きたいことがあるのだがよろしいか?」

「はい? 何ですか?」

「学園長室へ行きたいのだが、場所を教えてはくれないだろうか?」

「えっと、その……」

「ん?」

 

 何やら言葉を濁す佐々を見て、首を傾げる紫雨。すんなり教えてくれるものとタカを括っていたが、どうも一事情ありそうな雰囲気。

 だが、黙るつもりもないようで、佐々は次の言葉を言う。

 

「たぶん、行っても誰も居ないと思いますよ?」

「……どういう理由で?」

「さあ……? でも私達、学園長の姿を見たことって片手で数えるくらいしかないし、何か特別な行事があるならともかく平常時の学園で見た事はほぼないというか……」

 

 嘘を言っている訳ではないのは良く分かる。だからこそ、紫雨は行かなければならないのだ。

 学園長にどうしても会わなければならない理由がある。

 

「……そうか、感謝する佐々殿」

 

 一言礼を言い、席に着く紫雨。その眼には確かな決意が宿っていて。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 昼休み。

 紫雨は佐々とういから聞いた情報を頼りに、真っすぐ学園長室へと向かっていた。

 

(……彼の雷神、鳴神虎春がこの学園に存在するという噂が本当なのかどうか。その裏取りだけは早急に取らなくてはならない……)

 

 紫雨の目的は最初からただの一つ。

 現代最強の剣鬼と打ちあう。それだけ。それだけが東雲紫雨の唯一の目的だ。

 歩くスピードがどんどんと上がっていく。

 同時に、紫雨の頭には“もしも”が浮かんでいた。

 

(もしもこの噂が空振りで、鳴神虎春がここにはいないのだとしたら。いなければ……その時は)

 

 唐突に浮かぶ月夜の顔。折角できた友がいるこの学園に対して、その時の紫雨はどのような選択をするのだろうか。

 以前なら即決出来ていた。だが、それが今、こうして判断に曇っている。

 彼女は気づいていなかった。ほんの少しずつ、自分が“変わってきた”ということに。

 

「ここか」

 

 他の教室と違い、明らかに面構えの異なる扉。視線を少し上にやると『学園長室』の表札が付けられていた。

 深呼吸を一つ。そして数回ノックをし、入室する紫雨は事前に聞いていた通りの状況に肩を落とした。

 

「……やはり佐々殿が言っていた通り、か」

 

 出直そう。そう思っていた紫雨の背筋に電撃走る。

 

「……ッ!」

「……どうして、分かったの?」

 

 この学園に来て、全く見たことのない女性が紫雨の後ろには立っていた。

 死んだような眼からは何も感情を察することが出来ない。竹刀袋に意識を少しずつ移しながら、紫雨は今しがたの問いに答える。

 

「東雲一刀流は風を読む故。……それよりも、その業前はただの一般人ではないとお見受けするが、如何に?」

 

 すっと人差し指を口元に当て、女性は言った。

 

「私……学園長で、忍者ですので。後ろを取るのは朝飯前……」

 

 そう言い、愛地共生学園学園長である藤林(ふじばやし)祥乃(ゆきの)は紫雨の感知能力を超える速度で、既に自分の執務机へと腰かけていた。




学園長をもっと早く出したかったすねぇ

感想をくれた

一条秋様

ありがとうございます!


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