武装少女マキャヴェリズム~東雲に閃く刃~   作:鍵のすけ

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第三話 「雲耀」

「むぅ……」

 

 騒乱の後の夜。

 東雲紫雨は少し落ち着かずにいた。

 紫雨に与えられたのは二人部屋。しかし、誰もおらず。新入生という配慮もあったのか、シンとした部屋の中でやる事と言ったら精神統一しかない。

 今日の出来事を振り返ってみる。

 

「まさか同級生達と一手仕合うことになるとは……」

 

 色々起きたのは間違いないのだが、その中でも一番の衝撃は、『納村が鬼瓦輪へキスをした』ということである。流石の東雲もずっこけてしまった。

 色々しでかすとは思っていたが、まさかここまでの事をするとは。

 天下五剣へ中指を立てたことは決定的。そして、それは自分もまた然り。

 明日からどう勉学に励もうかと、そしてどう親交を温めていこうかとも。本気で悩んでしまっている。

 

「しかして自分の選んだ道に迷いなし。とはいえ……」

 

 天井を仰ぎ、誰も聞くことのない独り言をぽつりと。

 

「少しはこう“友達”、というのに憧れてたんだけど……なぁ」

 

 散々腹同級生達の目の前でしでかしたことを考えれば、もはや孤独は必至。そうなればやる事は一つ。

 

「……まあ、良い。私はあの“雷神”――」

 

 言葉を切り、竹刀袋から取り出した竹刀を構えた紫雨。

 緊急事態。全身の毛が逆立った。これほどの寒気が走るような気配を感じ取るとは思わなんだ。

 “何か”が来る。学園という場に似つかわしくない圧倒的な戦気を放つ者確認。距離は――感じ取る必要なし。もう既に扉の前。

 

(何奴……ッ!)

 

 息を呑んだ。今、扉を開ければ命を賭した死合となるのは明白と思えるくらいには、紫雨も“覚悟”をしていた。

 数ある予想の内、紫雨の濃い予想の一つ。それは天下五剣による制裁。しかし断言するには弱い。数として、五つもない。

 なれば、一体何なのか。

 開かれた扉が、紫雨へ解答を示す。

 

 

「ほよ。ある程度気配は消したつもりでしたが、中々良い感覚をしていますね」

 

 

 巫女服のような衣装に身を包んだツインテールの少女。現れたのは、刀を杖代わりにしているそんな不思議な雰囲気を放つ者であった。

 

「……まずは挨拶をしたい。こんばんは。夜分に如何な用だろうか?」

「少し、お話をしたくてやってきました。……という理由ではダメですか?」

「なればその仄かに漂う警戒の気配を消して頂けると僥倖なのだが。ついでに、そこの物陰に隠れている“もう一人”も、楽にしていただけると重畳と考えている……」

「ハン、お嬢に隠れてりゃあ見つかりっこ無いと思ってたんですけどねぇ」

 

 そう言って、現れたのはこの女子寮の寮母長であるエヴァン・マリア・ローゼ。最初にこの女子寮に入る時に説明をしてくれた者だ。

 困惑もそこそこに、少女は語りだす。

 

「五感が優れているのでしょうか? 一応、私もエヴァも、隠すのはそれほど下手くそではないと思うのですが」

「東雲一刀流は風を読む故。僅かでも不穏な大気の動きがあれば、気づくのはそう難しい事ではない」

「練磨で培った超感覚、ある意味私と似たような事をしているのですね」

 

 言いながら、少女は眼を開いた。

 その眼を見た紫雨、不覚にも全身が強張る。しかし、それだけだったのは僥倖中の僥倖。

 

 ――紅い瞳。

 

 そのような瞳の色は世界でたった一つしか知らない。

 剣の鬼。現世最強の女剣士を筆頭とする集団。

 辿り着くことを紫雨の悲願としているその一族の名を、他でもない彼女自身で口にした。

 

「――『鳴神一族』。鳴神の者か……ッ!!!」

「ほよ。その名を知っているのですか。ですが、正確には私は鳴神の姓ではありません。私は『因幡(いなば)月夜(つくよ)』です」

 

 因幡、名は違えどもその瞳の色は紛れもなく手掛かりなのだ。

 

「垂らされた蜘蛛の糸とはまさにこのことか……ッ!」

 

 竹刀の構えを崩さぬどころか変えた紫雨へ、因幡は一言。

 

「ガッカリです。あろうことに“抜き”で私に挑もうと言うのですか」

 

 鞘から抜き放たんばかりの構え。暗殺の剣、東雲一刀流にも抜刀術は存在する。

 しかして、紫雨は因幡月夜が住まう神速の領域を知らずにいた。

 話にも聞かぬイレギュラー、だが鳴神への窓口。この時を逃す紫雨ではない。否、元より逃すという選択肢は無かった。

 それが、如何な鬼であろうとも。

 

「質問です」

「聞こう」

「東雲一刀流。私はその名を良く知っています。その上でお聞きします。貴方の探し人を、貴方は“何と呼んでいるのですか”?」

 

 これは振り分けであった。そして、その“意味”は紫雨も父から良く聞かされていた。

 関係者かどうか、ここで自分が恍ければ、もう二度とこの話題が出ることはあるまい。無事平穏を送ることになるのだろう。

 

 ――そんな空想をしばし楽しみ、すぐに投げ捨ててやった。

 

鳴神虎春(二番)は何処へ?」

「貴方にまだ、“お姉様”は早いと思われますが。それでも聞きたいですか?」

「いずれ通る道故に」

「それこそガッカリです。人には届かない領域というものがあります。貴方にはそれを知ってもらう必要があると考えています」

「……ふ、ふふ」

「何故笑うのですか? 恐怖でおかしくなりましたか?」

 

 そんな訳はない。因幡の“耳”は寸分の狂いもなく捉えていた。

 今、自分が相対している東雲紫雨の呼吸に一切のブレはない。平穏も平穏。先ほどまでは僅かに乱れがあったのは間違いないが、それでも今は波一つなし。

 ある意味“珍しい”紫雨が言ってのけた言葉とは――。

 

「いや、かたじけないと思ってな。なれば、今の私が打てる最速で(つかまつ)るッ!」

 

 “感謝”。

 途方もない強者の風を肌で感じ取っていた紫雨はこんなにもあっさりと挑めることに対して、感謝してもしきれなかった。

 ここで地に伏すならそれまで。自分はまだ井の中の蛙だ。大海を知らぬ者がどうして海に出られるのだろうか。

 

「……お嬢、あんまり無理しやがらないでくださいねー」

 

 付き人であるエヴァンは言いながら、紫雨の出で立ちに注視する。

 

(ありゃあその辺の生徒じゃまるで相手になりやせんね。しかもあのギラついた眼は何ですか。あの眼はそう――武士)

 

 甘めに見積もれば五剣に届きうるやもしれない。しかし、それはあくまで見積もり。

 しかし目の前に立つは五剣の最上。

 むしろ、如何に健闘して見せてくれるのか。それだけがエヴァンの興味。

 

「あと一度だけお聞きします。自慢では無いですが、“抜き”には多少の自信があります。後悔することになりますがよろしいですか?」

「後悔? 聞いたことのない言葉だ」

「良いお返事ですね」

 

 静寂。しかし、息遣いは聞こえる。互いが微動だにせず、その時を待つ。

 一度抜けば、後は眼前の敵の血を浴びるまで収まることが無い。非情な一方通行。だが、それを所望するのが東雲紫雨なのだ。

 

 

 

 ――――時間にして刹那。

 

 

 

 膝を付けていたのは、

 

「……」

「……」

 

 

 東雲紫雨である。

 

 

「私の首を取るには、あと一振り足りなかったですね」

 

 因幡の言う通り、であった。腹部から這いよるかのような鈍痛。切られてはいなかった。しかして峰打ちが痛くないわけではなく、呼吸がままならない。

 これが真剣だったならば。今、自分の腹からは臓物が零れていたところであろう。

 死んでいた。はっきりと、そして確信をもって言える。自分は今の立ち合いで命を落とした。これは疑いようもなく、そして心から受け入れられる事実である。

 

 紫雨は余りの衝撃にしばらく思考が纏まらなかった。

 

 ――三振り。

 

 目の前の少女は閃光にも満たない時間の中で、自分に三振りをくれてやっていたのだ。

 

「三、撃……ッ!!?」

「ほよ? “分かった”のですか?」

「分からぬものかッ!! 私の抜刀は二度。しかしてその二撃を正確に迎撃し、尚且つ感じた痛みは一度。つまり、あまりに認めがたい事実だが、今の、たったの一瞬で、三度振るったと考えるが妥当……ッ!」

 

 色々と、言いたいことがあった。しかし、まずはこの言葉から口にするが礼儀というものである。

 紫雨は恥ずかしげもなく、地面に座り込んだ。因幡ですら理解出来ぬ行為。その疑問が出る前に早く、紫雨は言い放つ。

 

 

天晴(あっぱ)れ! まこと天晴(あっぱ)れな抜きなり!」

 

 

 完全敗北。

 神速。自分が未だ辿り着かぬその領域に踏み込んでいるのが年端もいかぬ少女だという事実。それを疑うことすなわち自らの見分の狭さを見せびらかすことに繋がることは明白。

 なればこの敗北者の唇から紡ぐのは恨み言でも何でもなく、ただ――。

 

「殺せ。私は勝てると確信し全霊で当たり、そして負けた。なれば首を取られるが筋であろう」

 

 このいい意味での変わり身の早さに、因幡はなんと言葉に詰まった。

 自分が知る人間にこれほどの潔さを見せる者はいない。否、これから出会うのかもしれないが、今の自分の見分ではこの東雲紫雨が“初めて”。

 だからこそ、聞いてみたかったのかもしれない。

 

「貴方は何故、それほどに“お姉様”へ執着するのですか?」

「執着? そのような下品な感情に支配はされていない」

「なら、どういう感情なのでしょうか?」

「挑戦。現世最強と謳われる剣士が今も尚、健やかにこの世にいるのだ。なれば挑戦するが剣士の任務と言えよう」

 

 因幡は思わず肩を落としそうになった。

 何故、これくらい真っすぐなのだろう。そう思えるくらいには“真っすぐすぎた”のだ。

 正直な言葉、精悍な剣筋。ある意味、自分よりも子供だと思えるくらいに、紫雨には一本の芯が通っていた。

 

「しかし、これほどの腕前とは思わなかった。子供とタカを括るつもりはなかったのだが」

「いいえ。別に悔やむことはありません。私と貴方では――」

 

 

 余りの感動に、紫雨は因幡の言葉を待つ前にこんなことを口走った。

 

 

「無念。このような者ともっと早くに出会っていれば友となり、共に剣の道を歩めただろうに――」

「――その話、詳しく聞かせてもらいましょうか」

 

 刀を収めるなり、ツツツと近づいてきた因幡に流石の紫雨も面食らう。

 

「……いや、別に、聞かせる程の話でも」

「貴方にとっては聞かせる程でなくとも、私にとっては重要なお話なのです」

「……戯言だぞ」

「私は勝者です。だったら、敗者の話を聞く権利があるのです」

「それも一理ある」

「だから、その、お願いします」

 

 敗者の務め。それを噛み締めた紫雨は恥ずかしげもなく語りだした。

 

「こほん。因幡殿の剣速は神速の域と思い知った。なれば、同じ時間を共有することでその秘訣なりを掴み取れれば、との敗者の浅ましい願望だ」

「……良いでしょう」

 

 しばし、飲み込むのに時間が掛かった。今の言葉は流石の紫雨も聞き取るにはさほどの時間を要した。

 

 

「私が! その、東雲さんのお友達となってあげて……えっと……そう! 共に剣術を磨いていきましょう!!」

「ん、んん……?」

 

 

 何やら非常におかしな方向に話が転がって来たと、そう物凄く不安になる東雲紫雨であった。




月夜ちゃんはやっぱり強いということで。


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