〜パールス視点〜
アレンさんと一緒にアカデミーで訓練を開始してから、早くも半年が経った。最近は友達も少しずつ増えてきて、アカデミーでの講習も本格的になってきた。けれど、今の時期は最初の慌ただしさに比べると少し落ち着いてきた。初めは緊張してお腹が痛むことの連続だったけど、だいぶ精神的にも余裕が出てきたので、僕は久しぶりに家族に電話をしようと思い立った。
僕が早速そのことをアレンさんに言うと、彼は頷いたけれど、ここで掛けて欲しいと言われた。
「何で、ですか?」
僕が怪訝そうな顔で尋ねると、アレンさんは中指で眼鏡のブリッジを押し上げて説明してくれた。
「アカデミーでは、全ての通話と手紙は教官を介さないといけない。つまり、電話をするにしても僕達の前でしなきゃいけないし、手紙を書いて送ろうとするにしても、必ず閲覧される。居心地が悪いかも知れないけれど、これも立派な規則だからね。だから、僕の前で電話をして欲しいんだ。……いいね?」
「……分かりました」
家族との会話を聞かれるのは少し嫌だったけれど、仕方ないか……。
僕はアレンさんの前で、家族に電話を掛けた。
数回コールが鳴った後、母さんが出た。
『もしもし、スリンゲルラントですが』
「もしもし母さん? 僕だよ、パールス。元気だった?」
僕がそう言うと、母さんは嬉しそうに返事をしてくれた。
『あら、パールス! アカデミーの生活はどう? だいぶ慣れた? ちゃんと食べてるの? 熱とか出してない?』
「うん、大丈夫だよ。優しい人達ばかりだから。母さんや父さんも、元気にしてる?」
『ええ、大丈夫よ。ありがとう。ちゃんとアナスタシアに入隊して、立派に任務を果たすのよ。でも、無理はしない範囲でね』
「アハハ、分かってるよ」
いつもの母さんのお節介。家にいると「またか」ってちょっとしかめ面をしてしまったけど、離れてる今はそれが何よりも嬉しい。僕のことを心配してくれてる、いつもの母さんだったから。安心して、思わず安堵の息を吐いた。
それから暫くは母さんと近況報告をして、父さんや妹のアシュリーとも色々話した。
家の庭に植えたエンドウ豆が大きくなっていること。最近、アシュリーが学校のテストで満点を取ったこと。父さんが料理を始めたこと、などなど。普通の人からすれば何気ない些細な会話。でも、僕にとってはどれもが驚きで新鮮だった。今すぐ帰りたいけれど、帰れない。そんな悔しさが胸の中で渦巻く。どうして僕は、普通の人として生まれなかったんだろう? 普通のままでいれば、母さんや父さん、アシュリーと仲良く四人で暮らせた筈なのに。
今更後悔しても遅い。けど、後悔してしまう。自分を恨みたくなる。
それでも二人の元気な声を聞けて安心して、最後に僕は母さんと短いやり取りを交わした。
『次はいつ掛けてくるの?』
「うーん……ちょっとこの先の予定がどうなるかが分からないから何とも言えないけど、これからはこまめに電話するよ。それじゃあ、また今度。みんな、病気しないように気を付けてね」
『ありがとう、パールス。それじゃあね』
通話を切ってアレンさんの方を向くと、彼は優しく笑って頷いた。
「どうやら、ご家族の方もお元気そうで。良かったね」
「はい!」
互いに静かに笑い合って、僕はまた講習の為にアレンさんの後に付いて訓練室へと向かった。
また、頑張らなきゃ……。家族の為にも、みんなの為にも。