高校生活にも大分慣れ、気の合う友人もできた。そんなこんなしてる内にいつの間にか高校生活最初の夏休みがやって来た。
太陽は今日も元気に地球上のあらゆる物の温度をガンガンと上げていく。過ごしづらい季節だ。でも夏が涼しかったらそれはきっと気持ちが悪いだろう。暑いのは過ごしづらいが、暑さというものを認識してみるとそこまで悪いものではない。
気温が上がると汗をかく。激しい運動はあまり好きではないが、汗をかくこと自体は割と嫌いじゃない。
夏の暑い日、冷たい麦茶を水筒に入れ、炎天下散歩をするのがちょっとした趣味だったりする。あ、柴さんは連れて行かないぞ。犬は暑すぎる環境はあまり得意ではないのだ。朝早くの涼しい時間帯に柴さん達を連れて散歩に行く、昼間の暑い時間は俺一人で散歩に行く、夕方の涼しい時間は柴さん達を連れて二度目の散歩だ。……俺、散歩ばっかしてんな。
それはそれとして、汗をかくのは気持ちがいい。何ていったってそのあとのシャワーが最高だ。
だが……冷汗は話が別だ……
「……」
「……」
夏休みということで帰省したエリカがいつものように我が家で夕食を食べている。俺としては幼馴染兼旧友兼同志のエリカとの久しぶりの再会は喜ばしいものだ。
しかし……
エリカの機嫌が目に見えて最悪だ!
そのおかげでハンバーグを集中して味わいたいというのに意味もないことをぐだぐだと考えていた。
「……ねえ」
「……なんだ」
冷汗が俺の背中を伝って落ちる感覚がやけに鋭敏に感じる。
嫌な感覚だ。
「絶対に負けられない戦いで、チームの勝敗とチームメンバー。あんただったらどっちをとる?」
エリカから放たれた言葉はそんな質問だった。
おそらく、否、確実にエリカが言っている話はこの前行われた戦車道大会の件だろう。
エリカが通う黒森峰女学園は高校戦車道の強豪校でこれまで戦車道高校生大会で九連覇を果たしていた。正直引くほどすごい。
だが、黒高の連覇は今年で途絶えてしまったのだ。
「難しい質問だな……」
テレビで放送してた範囲でしか知らないのだが、どうも黒高の戦車が川に落ちてしまったのを試合中にある生徒が救助に向かってしまったために敗北してしまったのだ。
この救助に向かった生徒がちょっとまずかった。この生徒が乗っていた戦車はフラッグ車、言ってしまえば将の役割を果たす戦車であり、その女生徒はフラッグ車の車長だったそうだ。その戦車から指揮を執る人間が居なくなった黒高は統制がとれなくなりフラッグ車を狙われ、敗北。
しかし、試合当日は雨で川の流れも激しくなっていた。そんな状況で戦車が川に沈む。自分がその戦車に乗っていたと想像しただけでぞっとする状況だ。
もし、車長の少女が救助に向かっていなかったら川に沈んだ戦車に乗車していた少女たちは助かっていたのか? 運営に救助を依頼してそれで間に合っていたのか? 仮にその試合で勝って十連覇を果たすことが出来たとして、その少女たちが万が一帰らぬ人となっていた場合、ほかのチームのメンバーは前人未到の偉業を手放しで喜ぶことが出来るのか?
だが、逆に川に落ちた少女たちは誰の救助も必要とせずに脱出できていたとしたら? こうなると、結果論でしかないがまた話は変わってくる。
全て仮定の話でしかない。
それこそ、どうなっていたかなど神のみぞ知るだ。
つまり、この質問には答えが無い。
どちらをとっても正解であるし、不正解である。
こんな質問をぶつけてくるエリカは相当意地が悪い。
きっと彼女も答えを求めているわけではない。車長の少女の行動は間違っていない。しかし、彼女のせいで試合に負けたといっても過言ではない状況。
納得したいが納得できない。
ハンバーグを食べるのに使っていたナイフとフォークをそっと置き、話始めた。
「その戦いってのは、負けると何かとてつもないペナルティがあるのか? 例えば、学校が廃校になるとか……いや、これじゃあまだ弱いな。そうだな……極端な話になるが、試合に負けたらチームメンバー全員が殺されるとか」
「……別に、そこまでではないけど……」
「もし、その試合でチーム全員が殺されてしまうのだとしたら、俺は迷わず仲間を見捨てて勝ちを掴みに行くだろうな。俺は弱い人間だから、自分の命が懸かってたらきっとそんな行動をとる。だけど、もし、そうでないのなら、メンバーをとって次で勝つ」
「次?」
「だってそうだろ、エリカには次があるだろ? 今年の三年生には申し訳ないがエリカ達には次がある。まあ、お前達の代で偉業を成し遂げられないってのは相当悔しいと思うけど、今まで九連覇してたならもう一回九連覇出来ないなんて事はないはずだ。だから、次勝てばいい……っと、こんな月並みなことしか言えなくて悪いな」
自分で言っていてこれは無いなと思う。だけど、俺が言えることはこれくらいだろう。
実際に戦車道に関わっているわけでもなく、彼女たちと一緒に戦っているわけではない。完全な第三者の意見でしかない。
「まあ、確かにあの車長の人の行動も何も問題がなかったとは言えないしな。戦車道は規模こそめちゃくちゃでかいが高校生がやってる競技なんだ。運営の大人たちも安全には万全の注意を払ってるはずだろうし、そっちに連絡を入れるとか、そうでなくても自分以外のメンバーの誰かを向かわせるとか。ああ、これは駄目か。戦車っていうのは誰かが抜けると100%のパフォーマンスを発揮できないんだっけ? とにかく、俺っていう無関係の人間が無責任に言わせてもらえば、他にもやりようはあったかもなってところだな」
「……」
エリカは何か考えているような表情を見せた後、いつものキリっとした表情になった。
「そうね。それもそうかもしれないわ。私はあの人と一緒のチームで大会に優勝できればそれで」
そう言うとエリカはハンバーグを一口食べる。さっきまでリビングを満たしていたエリカの重圧は消え、いつもの俺の家に戻ったようだ。
「はあ、姫のイライラもとりあえず収まったみたいだし、ようやっとハンバーグを集中して食べられるな」
「わ、悪かったわよ……」
流石に自分が雰囲気を悪くしていたことを気にしていたのか、エリカは俺から目線をそらす。それでもしっかりハンバーグを切り分けて口に運んでいるあたり流石と言わざるを得ない。
さて、じゃあそろそろハンバーグを味わうことに……あ?
「ハンバーグが……無いッ!」
「さっきパクパク食べてたじゃない」
エリカのプレッシャーから気を紛らわせるために無意識のうちにハンバーグを食べ続けていたらしい。
なんてこったい。今日は新しい製法を取り入れてみたからしっかりと味わいたかったのにさっぱりわからなかった。
ちくしょう!
しかし、その車長の少女は大丈夫だろうか。相当責められているはずだ。
俺にはどうしようもないことだとわかってはいても、どうしてもそのことが気になった。