「そろそろ学校が始まるな」
「そうね」
今日も今日とて俺とエリカは食卓を囲む。
今日のメニューは焼き鮭、味噌スープ、ほうれん草のお浸し、冷ややっこ、白いご飯だ。これぞ日本人というような朝食のメニューだと思う。
そう、今日は珍しくエリカは朝から家へと来ていた。
あ、今「朝はハンバーグじゃないのか」って思ったな。俺たちは無類のハンバーグ好きではあるが、毎食、毎日ハンバーグばかりを食べているというわけではない。
ハンバーグは大体二日に一回位の頻度で、それも晩御飯でしか食べていない。
「いつ学園艦に戻るんだ?」
「黒森峰は中高一貫だから、アパートとかもそのまま使えるのよ。だから入学式の前日にでも行くわ」
「結構ギリギリでもいいんだな。俺も、陸の学校に行くから気楽なもんだ」
基本的に高校生になったら学園艦に引っ越して親元を離れて一人暮らしをする人たちが多い。引っ越しをするとなるとアパートの契約、家具の調達、周囲の街並みの確認等々。色々とやらなければならないことがある。その手間を省くことが出来るのは中高一貫校の便利なところだ。
だが、すべての高校が学園艦の上にあるというわけではない。学園艦はその規模故に多額の維持費がかかる。そうなるとお金のない学校は陸に残って運営するしかないのだ。俺が行く高校も学園艦を維持するほどの資金に余裕はない貧乏高校だ。
アンツィオ高校なんかは一般的に貧乏な高校と言われているが、学園艦を運営し維持しているだけでも十分お金持ちに分類される学校だったりする。
「黒高の入学式っていつ?」
「明後日」
「って、じゃあ明日行っちゃうのか」
随分急な話だった。
だが、俺の高校の入学式も明後日であることを考えると何も不思議でなことではないだろう。
「ふふん、なになに? 私が居なくなったら寂しいのかしら?」
「ああ、そうだなぁ」
「えぅ……」
「やっぱり飯を食う時は人と一緒に食べるのが楽しいからな」
「ああ、そういう……こと」
エリカが居ないとハンバーグを作る気力も半減するってものだ。まあ、俺が食べたいっていうことだけでも常人がハンバーグを作りたいと思う時の気持ちの2倍くらいの気力があると自覚しているが。
「それに、エリカが居ないと食料の供給が絶たれちまう」
「あっそ、一回痛い目見たらいいんじゃない?」
何だか彼女の言葉にいつも以上に棘がある気がするんだけど気のせいだろうか。
「だがしかし、今の俺は少し違うぞ! ばあちゃんから高校入学祝ということで少なくないお金がもらえたから、今日どっか遊びに行こうぜ」
「アンタ……全く懲りてないわね。そのお金は私がこっちに居ない間の食費の足しにしときなさい」
「ちぇー、わかったよママン」
「アンタみたいなバカ息子要らないわ」
エリカが母親であるかのようなことを言い始めたからちょっとからかってみたのだが、秒でいらない子宣言されてしまった。
しかし、そうなると今日の予定が無くなって暇になってしまった。エリカが明日には学園艦に移ってしまうということがわかったからどこかに遊びにでも行こうかと思ったのだけどね。
「じゃあ今日はどうする?」
「いつも通りでいいんじゃない?」
いつも通りか。
それも良いかもしれないな。わざわざ特別なことをするのではなく、いつもの日常を改めて感じる。大事なことだと思う。
「いつも通りね。そうするか」
「ええ、そうしましょう」
小さかった頃に比べて、最近一日の長さが短くなったように感じる。子供は常に新しい発見ばかりで一日の密度がとても濃い。そのため体感時間が引き延ばされるのだという。だが、年をとって多くのことを知ってしまうと、一日、一か月、そして一年の長さはどんどん短く感じていってしまうのだ。
そのためだろうか。
何気ない日常という新しい発見も、変化も、何もない一日はそれはもう光の速さで駆け抜けてい行ってしまうように感じる。そんなあっという間に過ぎ去ってしまう時間を改めて見つめ直すのもまた、おもしろい。
「オレンジジュース、コーヒー、紅茶。どれがいい?」
「オレンジジュース」
「はいよ」
朝ご飯に使った食器などを洗い終え、俺は食後の飲み物を用意する。
さあ、始めるとしよう。
何もない一日を。
何気ない一日を。
いつもの一日を。
☆
ぐぅ……
そんなかわいらしい音が横から聞こえてきた。
「何よ」
「別に、何も」
音源の方向を見るとそこには若干頬を赤らめたエリカが居る。
結局今日一日二人でなんとなく一日を過ごしてしまった。各々本を読んだり、ゲームをしたり、ちょいちょい会話が挟まったり、柴さん達と遊んだり。
だが、それこそ日常の謳歌とでもいうべき過ごし方なのではないだろうか。これでいいのだ。
それにしても、今の時刻は午後6時。夕飯を食べるにしては少々早い時間のような気もする。昼食もしっかり食べていたので足りなかったということはないと思う。
まあ、夕飯の準備をするにはちょうどいい時間か。
「腹ペコお姫様の無言で有音の圧力がすごいので、夕飯作り始めますかね」
「誰が腹ペコ姫よ!」
エリカがなんか言ってるけど無視無視。
「よっこらしょ」なんて特に意味もない言葉をつぶやきながら立ち上がり、手を洗うために洗面台に向かう。
今日は何もない一日だった。
『何もない』があったというべきだろうか。
いつも通り。
日常。
変わらない日々。
そういえば今日のテーマは日常の見直しだったな。
そんな日の夕飯なんてもうアレしかないだろう。
原点にして基準。
誰もが食べたことがあるであろうハンバーグ。
誰もがここから始まったであろうハンバーグ。
我が家での作成頻度こそデミグラスソースハンバーグにわずかに劣って二番目ではあるものの、その差はほとんどない。
ケチャップソースハンバーグ。
「よし、始めるか」
エリカがハンバーグを一口含んだ時に発する第一声は「うん……やっぱりこれね……」だろうな、なんて考えながらタマネギをみじん切りにしていく。
俺がハンバーグを口に含むと思わず「うまっ」って言ってしまうんだろうな、なんて考えながらハンバーグのたねをこねていく。
そして二人ほぼ同時にハンバーグを食べ終えて「ごちそうさま」を言うんだろうな、なんて考えていたら盛り付けまで完了していた。
これをお姫様の前に持っていくことで完成だ。
さあ、答え合わせに移るとしよう。