チーズハンバーグ   作:はなみつき

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水(この水は飲めません)と20話

「バーカ」

 

 エリカは目を細めながらもこちらをしっかりと見つめてそう言った。

 

「……」

 

 何も言い返せない俺。

 

「アンタはホンットに、バカね」

 

 エリカは少し顔を上方向にずらしながらもその目は未だこちらを見つめている。その位置関係からやや見下されている感がある。

 

「……」

 

 何も言い返せない俺。

 

「あ、あはは……」

 

 これには流石の赤星さんも苦笑い。

 

「…………グスン……」

 

 なんか知らんが心に響くぜ……。

 どうして、こんな壮絶な言葉攻めに合っているのか。それは……

 

「何をどうやったらあのテストで赤点が取れるのよ」

「弁解の余地もございません」

 

 物理のテストで28点を取ってしまいました、はい。

 追試の対象となるボーダーラインは30点であり、見事に追試に引っ掛かってしまったことになる。

 今回のテスト、十分勝ち目がある戦いのはずだった。それなのにどうしてこんな事態に陥ってしまったのか。それにはなんとも間抜けで大いなる理由があるのだ。

 

「数値も全く同じで出題される訳無いじゃない」

「全くもってその通りございます……」

 

 そう、勉強に使った問題集。俺はそいつを解きまくった。一周、2周、3周と、それ以降は何回解いたかなんて数えていない。

 兎に角問題を解き続けた。それはもう、問題の最初の単語を読んだ時点で問題を解き始めることが出来るくらいにまで……

 つまり、俺はテストで問題を見た瞬間にその答えを弾き出し続けた。数値を変えられていることに気づく事なく。

 おかげで得点を取ることが出来た問題は+αとして出題された物だけ。残念ながらそれだけでは赤点を回避することは出来なかったようだ。

 

 28という残念な数値の横には『落ち着け』という物理教師からの有り難いお言葉も赤字で頂いていた。

 ちくしょう……。

 

「ま、まあチズさんは解法の理解できている訳ですし、追試は大丈夫なのでは?」

 

 赤星さん、渾身のフォロー。

 あ、そうそう。俺はこのクラスではチズと呼ばれていたりするのだ。俺も赤星さんを梅さんとかって呼んでみたいが、赤星さんは赤星さんなんだよな、なんとなく。

 

「そ、そうだよな。追試つったって本試と問題は大して変わらないだろ。よゆーよゆー」

 

 ここぞとばかりに乗っかる俺。

 

「アンタがバカな事には変わりないけどね」

「グスン……」

 

 泣けるぜ……

 

 ……

 

「と、俺の醜態は置いておいて……そろそろ体育で水泳が始まるだろ? 俺はどうすれば良いんだろうな?」

 

 黒高戦車道チームは全国大会2回戦を危なげなく突破し、現在は6月末。

 本土で水泳をやるにはまだ少し早い季節かもしれないが、そこは学園艦。赤道寄りに艦を移動させることによって水泳をやるのに最適な気温にする事ができる。ただし、黒高に関して言えば室内プールがあるため1年を通してプールを利用することが出来るのだが、水泳の授業は本土と季節感を合わせるために同じ頃に行われる。

 

 そう、水泳の授業。

 高校生ともなれば多感なお年頃。地元での中学生時代は男女合同で水泳の授業をやっていたが、中学ですでに水泳は男女別で行っている学校だってあるだろう。

 それが高校生ともなればなおのこと。男女が同じ時間帯に水泳の授業を行うとは考えにくい。

 

「は? アンタは一人校庭でランニングに決まってるでしょ」

「ちょっ、流石にそれはキツイぞ! 90分ずっと走ってろってか」

 

 30分間走でもへばる程度の体力しかないのにそんなにランニング出来ないぞ。

 

「そうですねぇ、教室で自習とかじゃないでしょうか?」

「ああ、俺もそんな感じな気がするな」

 

 それに黒高は本来女子校。男の俺が普通に居るから忘れがちだが女子校なのだ。俺一人のためだけに授業を別けるのは馬鹿らしいし、合同でやるなんて以ての外だ。男としては合同プールに興味あるが、俺としてはそんな状況になったら逆に辛いわ。

 

「ま、今日中に何かしらの連絡があるだろ」

 

 ははは、なんて言っていたのが昨日の出来事。

 

 

 ☆

 

 

「わー! チズルくん結構筋肉あるんだね!」

 

 肉ばっかり食ってるからですかね。

 

「すごい! これが、シックスパックってやつ?」

 

 いいえ、ホンモノはもっと厳ついです。ただ無駄な脂肪がついてないだけです。

 

「なーんだ、ブーメランじゃないんだ」

 

 ブーメランなんて履いてたまるか。色々と目立たないように短パンタイプの水着じゃい。

 

 どうしてこうなったのか。

 水泳の授業について話していた日の帰りのHR。予想通りそれに関する通知が行われた。

 

 

 

 ……

 

 

 

「あー……、つう訳でチーズは自前の水着を持ってくるように」

「え? は?」

 

 誰がチーズだ。

 そう言うのはA組の担任教師。担当科目は世界史。特に手入れをしていないであろう黒髪を後ろで雑に縛り、いつも怠そうで垂れ目の三白眼が特徴的な先生である。くしゃくしゃになったタバコが似合いそうだ。ちなみに、性別は女。

 

「え? は? じゃないよ。ああ、別にお前が本土で使ってた学校指定のじゃなくてもいいからな。好きなやつ持ってこい」

「違う、懸念事項はそこじゃないです!」

「なんだ」

「俺は水泳の授業やらやくても良いんじゃないですか?!」

「? 誰がそんな事を言ったんだ? あのな、高校にはカリキャラムってのがあってな、文科のお役人さんから規定通りの授業をしろって言われてんの。おわかり?」

「それくらいわかってますよ!」

「じゃあ何が不満なん…………ああ。まあ、なんだ。耐えろ」

「ちょっと! 何を察したんですか!」

「耐えろエロエロ耐えろエロってな、はっはっはー」

 

 どこぞのクソラップみたいなのを刻みながら教室を出ていく担任。

 全く、何なんだあの人は……

 お嬢様学校の黒高でこんな事、みんなも嫌だろ?

 

「……」

 

 なんだ、皆してこっち見て……

 ? なんだ、その全てを見透かすような目は……

 

 !

 

「こらー! 服の向こう側を想像するなー!!」

 

 

 

 ……

 

 

 

 お嬢様学校だから男の裸なんて見たくもないだろうと俺は考えていたのだが、実際のところは興味津々だったという訳だ。

 

「はあ……」

 

 まあ、正直見られる分には問題ない。幸いと言うのか何と言うのか、見られて恥ずかしい体をしている訳ではない。誇れる様な体をしている訳ではないがね……

 兎に角問題はそこでは無い。

 

 問題は……

 

「ちょっと、アンタどこ見てんのよ」

「赤星さんだが」

「呼んだ、チズさん?」

 

 目のやり場に困るって事だわな。

 俺はこっちに振り向いた赤星さんに「何でもないよ」と言う意味をこめて手を振る。

 

 しかし、本当に困る。どこを向いてもスク水姿の女子高生が居るのだから。

 スクール水着と言うのは海などで多く見られるビキニの様に露出が激しいわけではないのにどうしてこうも……

 俺はこのクラスで一番お胸が大きい委員長の姿を目に入れた。

 

「エッッッッッ!!!!」

「は?」

「ッリカァ! 水に入る前には準備運動を忘れるなァ!」

「当たり前じゃない」

 

 危ない危ない。危うくエッチコンロを点火するところだった。

 スク水には言葉では表し難いエッチ味があるよな。あの独特な質感の生地からスラリと伸びる健康的な肢体はとても魅力的で……いいよね。これは余談だけど、抱き枕カバーに使われる2wayトリコットってのはスク水と同じ生地らしいよ? その事を本土の友達に話したら「塩素水に抱き枕浸してから使うわ」という返事をもらった。俺はあいつをこの時ほど天才だと思ったことはないね。

 まあそれはそれとして、スク水についての感想なんて口に出したら色々と終わるから言わないのだ。

 

「ほうらー! そろそろ静かにしなー!」

 

 今年最初の水泳の授業という事でざわついていた学生たちを体育教師(女性、若い)は大きな声を出して静かにさせる。先生は競泳水着の上からジャージを羽織り、如何にも体育教師然とした出で立ちをしている。

 えっちだ……

 って! いかんいかん。普通ではあり得ない状況に放り込まれたせいで思考がダメな方向に流されてしまう。こういう時は平常心、日常を取り戻すことが肝要だ。

 

「? 何よ」

「……フッ……」

 

 エリカも他のクラスメイトと同じく、黒森峰女学園指定のスクール水着を着ている訳だが、不埒な思考など一切湧いて来ない。それどころか不思議と落ち着きさえ感じる。

 

「……だから何」

「いや何、エリカを見ていると落ち着くなって」

 

 多分、大分前にエリカと一緒に買いに行ったちょっとダサ目の水着を思い浮かべてしまうから。

 黒のビキニの方が絶対似合うと思うのに。

 

「……」

「イダッ!!」

 

 突然背中を平手で思い切り叩いて来やがった!

 真っ赤な紅葉跡が付いたらどうすんだ!

 今は海パン一丁でエリカの攻撃に対する防御力が低いんだから、直接攻撃は勘弁してほしい。

 

「ほらそこー、さっさと整列しないと飛び込み台から腹打ち3回やらせるぞ!」

 

 先生が俺たち二人に対して指を指しながら注意する。

 

「エリカのせいで怒られちまったじゃないか」

「……」

 

 あ、無視する気だな、こいつ。

 それにしても、あの教師はなんて恐ろしいことを言うんだ。想像しただけで腹が赤くなる。

 

 何はともあれ、これから楽しいプールの時間だ。

 

 

 




なんか書いてたらめっちゃ楽しかったから次もプールの続きかも

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