チーズハンバーグ   作:はなみつき

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西住家の犬の名前は適当です
ポチっぽい犬ですよね


野菜の煮ものと2話

 エリカの救援物資によって生命の危機を逃れた俺は無事に今日と言う日を迎えることが出来ていた。別に今日が何か特別な日というわけではない。エリカと一緒にチーズハンバーグを食べた次の日だ。

 

 次の日とはそれすなわち明日。

 明日とは未来。

 未来への一歩を何事もなく踏み出すことが出来るのはとてもすばらしいことだ。そのことを実感しつつ今日も春休みという、長期休暇なのに宿題が何も無い至上の休暇を過ごすのだ。

 

「柴さん、散歩行くぞー」

 

 そうやって話しかけても此上さんと木下さんは返事をしてくれない。そんな当たり前のことになんとなくもの悲しさを覚えながらも、俺の声を聴いて走って駆け寄ってくる二匹がとても愛らしく思う。

 さらに二匹にリードを見せてやると散歩に行くということが分かったからだろうか、その尻尾ははちきれんばかりにブンブンと振り回されている。

 

 空き地で二匹と遊ぶためのボール、糞を処理するためのスコップとごみ袋、俺と柴さん達の水分補給用の水、帽子は……いらないか。

 散歩に行く準備を完了してから二匹のリード掴んで家を出る。

 

「行ってきます」

 

 俺の言葉に返事をしてくれる人は家には誰も居ない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 犬の散歩というのは意外と大変なものなのだ。

 犬という生き物は有り余った体力を発散しないと健康に良くない。柴犬のような中型犬の場合は一日に二回、一回の散歩の時間は最低30分が目安と言われている。

 俺なんかは体力に余裕がある若者であるから犬の散歩を毎日1~2時間することなんて苦ではないが、年をとってくるとそうもいかないだろう。自分の子供たちが親離れして寂しくなったからと言って犬を飼い始めるのは結構なことだが、そのあたりのことも含めて『犬を飼う』ということをしっかり考えてほしいと思う。決して楽しい事ばかりでないということを。

 聞いた話ではあるが、ある客がペットショップに犬を返品しに来たという。その返品理由が「うんこをするなんて聞いていない」だそうだ。バカかと? お前はうんこしないのかと。昔のアイドルかっつの。

 世の中にはこんな人たちであふれていると考えると頭が痛くなってくる。まだ若輩の身であるがこの国はこれから大丈夫なのかと心配になってくるね。

 

 と、つらつらとどうでもいいことを考えると折り返し地点である空き地に到着したようだ。

 この空き地は所有者がドッグランとして開放している土地であり、犬を連れた人たちがたびたびここへ来て犬と遊んでいる。

 そして、犬がいるということはその飼い主が居るというわけで、飼い主の交流の場でもあったりする。

 ほら、今日も先客が一人いるようだ。

 

「おはよう、ポチのお母さん」

「ん? ああ、おはようコノさんとキノさんのお父さん」

 

 そこに居たのは俺と同じくらいの歳の少女である。栗色の髪は肩に届くか届かないかといった位の長さだ。普段はキリッとしているであろう目元はポチと遊んでいた最中だったためかかなり緩められている。

 彼女の名前は俺は知らないし、彼女も俺の名前は知らない。

 俺にとって彼女はポチのお母さんであるし、彼女にとって俺は柴さん達のお父さんでしかない。飼い主同士の関係というのはこんなものだ。

 だがそれでいい。こんな関係も悪いものではないと思う。

 

 それにしても、犬の飼い主のことをお母さんお父さんと呼ぶ習慣は一体どこから来たのだろうか? まあ、どうでもいいことか。

 

「今日は顔色は良いようだな」

「え? ああ、昨日救援物資が来てね。久々にまともな食事を食べられたよ」

「ふむ、健康的でない生活はあまり褒められたものではないな」

「たはは……」

 

 あれ? なんでポチのお母さんに説教みたいなことされてるんだ? もしかして俺のお母さんだったのかな?

 そんな俺をよそに、柴さん達はあちらのポチと無邪気にじゃれあっている。

 

 あ、ちなみに言っておくが、俺のために使う食費は底をついていたが、柴さんのお腹を満たすためのお金には手を付けていないから彼らが飢えるということはない。

 

「では、これは必要なかったかな?」

「それは?」

 

 そう言うと彼女は手に持っていた小さなカバンをこちらに見せてきた。

 

「野菜の煮つけだ。昨日君の顔色が悪かったものでな、ロクな食事もとっていないのだろうと思って作ってきた」

 

 どうやら彼女にとても心配を掛けてしまっていたようだ。何だか非常に申し訳ない。そして、俺のために食事を作ってきてくれるとは……すっごいうれしいぞ!

 

「これは私が家で……」

「よかったらそれ頂けないだろうか!」

 

 エリカからの救援物資が届いたとはいえ、食料はいつでもどこでもどれだけでもウェルカムだ!

 

「そうか? それなら渡しておこう」

「ありがとう! いやー、これで今夜の夕飯はさらに豪華になるなぁ。ありがたや、ありがたや……」

「喜んでくれたようで何よりだ。だが、そもそもそんな不健康な食生活を送ることはあってはならないことだぞ。確か一人暮らしといったな。仕送りは必要分もらっているのだろう? その使い方をもう一度見直した方が君のためだ」

「あ、あの……」

「そもそも……」

 

 そうして、お金の使い方から始まり、日々の食事、身だしなみ(今は散髪に行く金もないからかなり頭はモッサリしている)などなど、彼女の有難いお話は数十分続いた。

 彼女の話が終わるころには空き地を走り回っていた三匹の犬達も満足できたのかくつろいだ格好でこちらを眺めていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「はむはむ……うまい!」

 

 その晩、散歩中にポチのお母さんからもらった野菜の煮つけに舌鼓を打っていた。

 しっかりと汁がしみ込んだジャガイモは柔らかく口の中でホロホロと溶けていくように崩れていく。それなのに箸でしっかりとつかむ事が出来るのはどういったカラクリがあるのだろうか。これを応用すれば面白いハンバーグが出来るかもしれない。研究の価値ありだ。

 

「ねえ、この煮物アンタの味とは違うけど、どうしたの?」

 

 あ、そうそう。今日もエリカは我が家で夜ご飯を食べている。なんだか、長期休暇の三分の二以上は夜ご飯を我が家で食べているような気がする。まあ、そのたびに食材を持って来てくれるから俺としては助かるからいいんだけど。

 

「ああ、飼い主友達にもらった。まともな飯を食ってなくて貧血気味だった俺が見過ごせなかったそうだ」

「ふーん、あっそう」

 

 エリカから聞いてきたくせに特に興味はないらしい。

 煮物を口に含んでは「ホントにおいしいわね……」なんて呟いている。

 

 


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