「趣味は散歩と最強のハンバーグの探求、好きなことはハンバーグを食べることです」
四十人の少女たちの視線が俺を貫く。
むう……人前で話をすることをそこまで苦手としていない俺でも少し気後れしてしまう。余談だが、壇上に立つ直前は心臓バクバクで死んでしまいたいと思うのだが、壇上に上がってしまえば逆に吹っ切れるタイプである、俺は。
「あ、ちなみに好きな食べ物はハンバーグです」
四十人の少女たちは俺のことを無言で見つめている。
あっれ? 今のは「そんなの言われなくても分かってるよ!HAHAHA」という渾身のギャグだったのだが、面白くなかっただろうか……
「どうぞ、チズルと呼んでください。これから短い間ですが、よろしくお願いします」
ペコリと一礼して黒森峰女学園2年A組での最初の自己紹介を締めた。
すると、教室の各所から拍手の音がぽつぽつと聞こえ始めた。
「よろしく」
「よろしく」
一番前の少女が言う。
「よろしく」
「あ、はい。よろしく」
右から二列目前から三番目の少女が言う。
「よろしく」
「え? よ、よろしく」
一番左の列後ろから二番目の少女が言う。
「おめでとう」
「エ、エリカ?」
突然立ち上がってエリカが拍手をしながらそんなことを言い始めた。
「おめでとう」
「タロウ!? お前がなんでここに」
黒高に短期転校することを希望したが落選したタロウが何故かそこにおり、拍手をしながらやはり「おめでとう」と言う。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
ポチのお母さん!?
校長先生!?
それに、父さんと母さん!?
父にありがとう、母にさよなら。
そして、全てのハンバーグに、おめでとう。
☆
「はっ!」
「やっと起きたわね」
目を覚ますと、目の前に我が幼馴染、逸見エリカが俺のことを見下ろしていた。
エリカが我が家にやってくるときは大抵昼寝中であり、昼寝中の俺をエリカが見下ろしているというのはいつもの光景だ。
エリカが寝ている俺を見下ろしているということは、長期休暇ということ。春休み中の今日の日付は四月八日……あれ? おかしいな。四月八日は始業式の日だ。
ん?ん?ん?
「早く顔、洗ってきなさい。遅刻するほどじゃないけど、犬の散歩は行けそうにないわよ」
「……あ!」
思い……出した!
今日から黒森峰女学園の二年生として約四か月間生活するんだ。引っ越しも三日前に終わらせて、黒高から諸注意等なんやかんやの説明も受けて、家から学校までの道のりも完璧に覚えて、さあ明日から新生活だと意気込んで床に就いたのだ!
全く寝付けなかったけど……
そういえば最後に時計を確認した時、短針は『V』を指していたような気がするな。むしろ何故そこで寝ようと思った、俺よ……
「このまま呼び掛けて起きないようだったらはたき起こしていたところよ」
「よく叩かれる前に起きてくれた、俺」
夢の中にエリカが出てきてから、夢がおかしなことに成っていったのはエリカが俺を起こそうと声をかけていたからか。彼女の声に影響されて夢が改変されていったのだろう。納得だ。
「アンタがいつまで経っても起きないから簡単な朝ご飯作っといてあげたわよ」
「悪いな」
未だにぼやけてる視界をどうにかしようと目をこすりながらエリカに答える。そして、クリアになった視界に映ったのは、リードを自分の前に置いて無言の圧力をかけてくる此上さんと木下さんだった。
「おお……お前たちもすまんな……朝の散歩は我慢してくれ。お詫びに夕方の散歩にしこたま付き合うから」
柴さん達をわしゃわしゃと撫でまくって何とか許しを乞う。柴さん達から許しの雰囲気を感じたため、寝室にしている洋室から顔を洗ってから隣の和室へと移動する。
この度借りた部屋はペット可の2DKと言う、一般的な一人暮らしの高校生が借りるには豪華すぎる部屋である。しかし、ここは学園艦。言ってしまえば学校が中心となった一つの都市と言っても過言ではない。
そんな場所であるため、元から安い1DKはより安く、陸の学生が借りるには高すぎる2DKや2LDKのような部屋は安く借りることが出来るのだ。
こたつ布団を外してテーブルとしての役割のみを果たしているこたつの上には食パン、千切りのキャベツ、ミニトマト、スクランブルエッグ、コーヒーが二人分並べられていた。
「「いただきます」」
先に座っていたエリカの対面に座ると、二人そろって食事のあいさつだ。
「ん」
「ん」
エリカが食パンに俺御用達のマーマレードを塗り終えると、スプーンも合わせて渡してくれる。
カリカリに焼けた食パンの表面にマーマレードをたっぷりと塗り付け、初めの一口をかぶりつく。
表面のカリカリ具合に反して中はもっちりしており、食パンとしておいしいと言える部類なのではないだろうか。スクランブルエッグもいい具合の塩加減で辛すぎず、味が無さ過ぎるわけでもない。野菜は昨日買ったばかりの新鮮なものなのでこれもまた美味しい。
だが何より、朝のコーヒーが美味い。
エリカも俺もコーヒー派であり、ほんのちょっとこだわりを持ってコーヒーを嗜んでいるのだ。
「ふう……落ち着いた……」
テレビからはキャスターが無感情に今日のニュースを読み上げる声が聞こえてくる。あ、今日の天気になった。今日の学園艦は……晴れ。うん、新生活の出だしには言うことなしだ。
「それにしても、よく俺が寝坊してるってわかったな」
「アンタ、環境が変わると寝付けないでしょ。それに、生活もガラッと変わるし、絶対やらかすと思って」
「あー……全くその通りでございます、はい」
流石は我が幼馴染。俺の性格なんてお見通しであったか。
「「ごちそうさまでした」」
これまた二人で食事終わりのあいさつをして、食器を流しに持っていく。
「洗うのは帰ってからやっとく」
「そうね、そろそろ出ないと本当に初日から遅刻することになるわ」
「そいつは勘弁だ」
制服の上着を羽織る。
実はこの学ラン、陸の学校で着ていた制服ではなく、今回のために黒高が用意してくれた黒森峰女学園男子用学制服なのだ! 今のところこの一着しかないため、しかるべきところに売ったら物凄い値段が付きそうである。
まあ、そんなことはしないけどね。
意匠はかつてのドイツ親衛隊を参考にしているのだろう。男心をくすぐる良いデザインだ。すっげー格好いい。だが、残念なことに俺の身長は170にほんのわずか達していない程度。この制服に相応しいとされる身長に若干足りていないところが悔やまれる。
成長期だからすぐ伸びる。うん、すぐ伸びるから。
「そんじゃ、さっさと行きますか」
「アンタがチンタラしてたんじゃない」
我が幼馴染は相変わらず手厳しい。
新しい部屋、環境、学校、生活。何もかもが違う中で、それだけは変わらなかった。
(最近ハンバーグ作ってないな……タイトル詐欺じゃん……)