チーズハンバーグ   作:はなみつき

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チーズハンバーグと1話

 熊本県熊本市。

 そこの某所にある一軒家。

 土地の大きさは約50坪……だったかな。

 そこに建っている家は平屋で、かなり年季が入っていることが見ればわかると思う。

 ちょっとした庭があって、その庭では物干し竿にかけられた布団が風に揺られてパタパタと音を立てている。

 

 長い冬も終わり、暖かな日差しがとても心地よい季節。

 こんな日は縁側でゆっくりとゲームをするのだ。それはそれはとても楽しい時間で俺が大好きな瞬間の一つだ。

 

「寒くないのは素晴らしい。夏のむせ返るような暑さも好きだが、春の爽やかな暖かさはとても良い。そして、そんな陽の光を浴びながらやるゲームは最高だ」

「何一見健康的で不健康なことやってんのよ、アンタ」

 

 そんな声が背後から聞こえてきた。

 ところで、この家にはとある事情により住人は俺一人だ。そんな家で俺に話しかけてくるのは愛犬達、柴犬の此上(このうえ)さんと木下(きのした)さん位のものだろう。

 だが、相手は確実に人間だ。何て言ったって人間の言葉を話していたからな。柴さん(2匹を合わせて呼ぶときはこう呼ぶ)以外の選択肢となると、家にわずかしかない生活費を狙った強盗だろうか。家に無言で侵入してきたことも考えるとこの可能性は高そうだ。

 

「出たな強盗め! 我が家の全財産は380円しかないぞ! これで今週を生き抜かなければならないのだ、どうだ参ったか!」

「はぁ? 何言ってんの」

 

 と、話しかけてきた相手を強盗と断定して話を進めてきた訳だが、俺にはもう一人心当たりがある。

 我が家に無断で立ち入り、若干キツメな言葉づかいで話しかけてくる人物。

 

 我が幼馴染、逸見エリカだ。

 

 十中八九そうだろう。残りの一割は強盗な。

 俺は遊んでいたゲームをスリープ状態にし、傍に置く。そして、ゆっくりとエリカの方に振り返って改めて挨拶をすることにした。

 

「エリカ、闇に飲まれよ!」

「チズル、頭でも打ったのかしら? ああ、前からアンタの頭のネジはずっと緩みっぱなしだったわね」

 

 酷い言いようである。我が幼馴染ながら流石にそれは酷いのではなかろうか。

 あ、チズルってのは俺の名前……って、わざわざ言うまでもないか。

 ここにいるのは俺とエリカだけなんだから、エリカ以外の人間は自動的にそれは俺ということになる。道理だな。

 

「なんだ、エリカは知らないのか? 最近人気急上昇中の熊本出身アイドルが使ってる挨拶だぜ? 若者、それも熊本に住んでる人間だったら誰もがこの挨拶を知ってるってのに……エリカは知らないのか? 遅れてるなぁ」

 

 ドヤァ……という音声が聞こえてきそうな顔をしてエリカに話しかけた。そんな顔にイラっと来たのか、エリカの額に怒りマークが浮かび上がっているような幻視をした。

 

「そんな訳ないでしょ。私の中学で闇に飲まれよなんて訳の分からない挨拶してる子、一人もいなかったわよ」

「黒中は海の上にあるからなー。本土の流行には疎いんだろ。俺なんて一昨日の卒業式でクラスの全員と『やみのま』したし」

「なに略してんのよ。微妙にむかつくわね……でも、そんなに流行ってるのかしら……ネットではそんなことちっとも見なかったけど……」

 

『黒中』とは黒森峰女学園中等部の略である。

 黒森峰女学園は戦車道で有名なマンモス高校であり、黒森峰女学園中等部はその高校の付属中学ということになる。

 陸にある中学校がほとんどの中、黒中は学園艦の上にある数少ない中学校なのだ。中学生のころから学園艦での生活を経験出来るというのはとても良い環境であるなと思う。できることならそんな中学校に行ってみたかったものだ。

 

「そういうわけだ。じゃあ改めてエリカ、闇に飲まれよ!」

「や、闇に飲ま……れよ」

 

 こうしてエリカに俺の推しアイドルが操る通称熊本弁を教え込み、着実にファンにする大いなる計画の第一歩を踏み出したことになる。

 

 しかし、不服そうにしながらも恥ずかしさからか若干顔を赤らめて『やみのま』をするエリカというのは、我が幼馴染ながら……ちょっとおもしろい。

 

「で、エリカは春休みに里帰りしたものの、特にやることもないし、暇をつぶすために俺の家に来たってところか?」

「一から説明しなくていいから」

 

 俺らはついこの間までは中学生という身分だった。そして、4月からは高校生へとジョブチェンジすることとなる。

 学校が長期休暇に入れば生徒達の里帰りのために学園艦は母港に寄港することになる。黒森峰女学園の母港は熊本港であり、今日寄港したのだ。

 

「でもどうするよ? ご存知の通り今は金が無いから遊びにも行けねーよ」

「そんなこと言われなくてもわかってるわ。どうせいつもみたいに金欠だろうと思って食料を持って来てやったのよ」

「おお! さすがエリカ様は俺の財布事情をよくご存じで。それでは早速何か作ろうかね。朝も昼も水しか飲んでないから死にそうだったんだ」

 

 エリカが持っているスーパーの袋を受け取ろうと手を伸ばすと、食料がぎっしりと詰め込まれているであろう袋はサッと引っ込められた。

 

「あの……エリカ様? もしかして俺を生殺しからの餓死させようっていう恐ろしいことをお考えですか?」

「アンタを殺しても私には何の得もないからそんなことしないわよ」

 

 得があれば俺を殺す可能性があるのだろうか?

 

「この食材をアンタにあげる代わりに、私にも夕飯ご馳走しなさい」

「なんだ、そんなことか。もちろんいいぞ。むしろそのつもりだったんだけどね」

「ならいいわ。ん」

 

 そう言って今度こそエリカは袋を手渡してくれる。

 受け取った袋の中身を確かめる。

 

 挽き肉。

 パン粉。

 卵。

 玉ねぎ。

 牛乳。

 ナツメグ。

 チーズ。

 ジャガイモ。

 ブロッコリー。

 ニンジン。

 

 ふむ、この材料から作ることが出来る料理となると……もうアレしかないだろう。

 むしろエリカはアレを作らせるために、これらの食材を俺に支援するという名目で持ってきたのではなかろうか。

 

 まあ、いい。

 俺もアレは好きだ。大好物だ。愛していると言ってもいい。金欠の理由も最高のアレを作り上げるための研究費用として多くの諭吉さんが飛んで行っているためというのが大部分を占めている。

 今までに得た力のすべてを尽くしてエリカを唸らせるほどの物を作って見せようじゃないか。

 

 俺もエリカもわかりきっていることだが、俺はわざとらしくこう言った。

 

「そうだな……この材料で作るとなると、チーズハンバーグにするか」

 

 そう言った瞬間俺はエリカの方をチラと見る。

 彼女の口元には隠そうとしても隠しきれていない笑みが浮かんでいた。

 

 この表情を見るのが俺が一番大好きな時間だ。




お知らせというか、お願いというかなんですが……
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そこでですね、最近ネタに困っているこの現状。ダイメでも適当なツイートに返信でも構いませんので、「こんな話がみたい」とかあればお気軽にどうぞ。

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