とある真夏の日、魂魄妖夢はかき氷なる物に出会った。

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かき氷

 食材の買い出しに出ていた時だった。

 それはとある真夏の、暑い暑い日の事。照りつける日差しに、どこまでも広がる蒼穹。遠くに連なる緑の山々の向こうには叢雲が天高くまでそびえている。時折吹き抜ける風は涼しいが、それでもこの暑さは辛い。

 幻想郷の空から通じる冥界、そこにある白玉楼に住む庭師――――魂魄妖夢は、人里の中で天を仰いだ。

 ああ、高い。ああ、広い。ああ、綺麗。

 ああ、暑い。

 最早恨みさえも覚える熱気に、妖夢は大きく息を吐く。今日人里に来たのは他でも無い、食材の買い出しだ。露店を冷やかしながら、野菜や魚をじっくりと眺めながら何を作るのかを決めるのは日常茶飯事。そこに寄り道等は存在せず、ただ必要な事だけを済ませて帰る。

 冥界は現世よりも涼しいので、早く帰りたいと言う思いもあった。

 さて。買い物はまだ終わっていない。

 直ぐに終わらせるぞ、と気合を入れなおし。妖夢は籠と風呂敷を持ち上げ、汗を拭いながら八百屋へと向かった。今日の料理は、涼しく素麺に何かの付け合わせ。前どこかの本で読んだ冷やし中華、なる物を真似してみようかと妖夢はきゅうりやトマトを手に取り、おじさんに手渡す。お金を払うためにがま口の財布を開けたところで、妖夢は中に入っていた紙切れに眉を顰める。

 何だろうか。取りあえずはお会計をして、店の外に出てからその紙を広げる。

 そこに書かれていたのは、妖夢の主の文字。直筆である。

 内容は、端的に纏めると「かき氷」と言う物を食べてみなさい、との事だった。

 かき氷。

 言葉と、どんな物かは知っていても食べた事は無い。妖夢は顔を上げて、人里を見回す。周囲にかき氷を売っているお店は無さそうだった。

 ならば、買い物がてらに探すとしよう。

 妖夢はほんの少しだけ重たくなった風呂敷包みを持って、次はお茶の葉を買いに行く。肉や魚等の、傷みが速い物は最後に急いで買う。暑い幻想郷、遠い住処だからこその知恵だ。

 そんな時、ふと見えたのは氷という一文字が大きく書かれた暖簾を下げた甘味処。

 あれがかき氷だろうか、と妖夢はお茶の葉を籠に入れてからその甘味処へと行き、お品書きを店外から眺めてみる。一番端に、しかし一番大きくかき氷の字が。入りなれていない甘味処、少しだけ緊張しながら彼女は入ると、畳に腰かけた。完全に上がるのではなく、幾つかある畳の椅子に腰かける形のお店だ。日陰の店内は少しだけ暑さが和らぎ、風鈴の音色が心地良い。近くの店員にかき氷を頼み、彼女はわくわくしつつそれを待つ。

 来たのは、ガラスの器に盛られている削られた氷。その上には、砂糖蜜がかかっている。

 みぞれ。古くからあり、今は主流ではないがオーソドックスと言える味の一つ。

 木の匙を使って、妖夢は恐る恐る一掬い。しゃり、と氷が匙に乗り、妖夢はそれを一口。

 ……それは、冷たく、甘い。喉を下り、体を冷やすかき氷。麦茶等とは違う新鮮な感覚に、自然と笑みが零れる。

「……美味しいです」

 にこやかに微笑みながら、妖夢は氷の山を崩していく。

 それはとある真夏の、午後の事だった。




妖夢の日、滑り込み


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