執事喫茶なるものに入ったのはさすがに初めてだった。
私のバイト先と同じ街にあるわけだから、いつも看板ぐらいは目にしてはいたが、さすがに客として入るようなことはなかった。
まあ、自分が働いているバイト先と、“接客業”という点では同じだし、何事も経験ということで、その内入ってみるのもいいかもしれないとは思っていたが。
そんなことを店で一番大きいテーブル席に、“皆”に混じって座っている私の隣から、まさしくうなり声そのものと、なにやら殺気めいたものが漂っている。
「……む~」
「え、えーっと」
「あわわ……」
「……何をそんなにうなっているんだ、荀彧、じゃない、若文」
「あんでもないわよ。……ちょっとだけ、そこの【裏切り者】二人に、殺意を感じてるだけよ」
「はわわ……」
「あわわ……」
その殺気めいたものを放っている当人、かつての前世の荀彧こと若文桂花のやつが、そのちょうど正面に座っている二人、前世では諸葛亮と龐統だった、葛嶋朱里と鳳雛里の方へとすさまじい怨念の篭った目を向けていた。
どうやら、前世よりもはるかに身体的に成長しているこの二人と、前世とほとんど変わっていない自分の体型とを比べ、羨ましさからくる憎悪に支配されてしまっているようだ。
「……だから言ったでしょう、桂花。“覚悟”は十分しておきなさいって」
「まー、私も最初に会ったときにはびっくりしましたけどねー。
“あの”!朱里ちゃんと雛里ちゃんが、こんなに大きくなってるんですものねー。
華琳さんや桂花さんが“全然”成長していないのに」
『七乃……何か言ったかしら?』
「とにかく落ち着けって。このままじゃあ話が進められないから。
えっと、雄さん、いや、華雄さん、って呼ぶべきかな?
とは会うのこれが初めてだよな。改めて、本剛和人だ。
あの世界の北郷一刀とは完全に別人だから、そこのところよろしく」
「ああ、分かった。
まあ、私はあの北郷とはほとんど面識がないから、その点は大丈夫だ。
金剛雄だ。雄でも華雄でも、どっちでも好きに呼んでくれ」
ちなみに、今この店にいるかつての面子は、桂花と朱里、雛里、それから曹操こと宗祇華琳と、張勲こと勲(いさおし)七乃。
そして、バイト中のためずっと席にいるわけではないが、店内にはちゃんといる孫権こと浦木蓮華、最後に私、華雄こと金剛雄。
なお、本来ならここにもう一人、趙雲こと常山星子も来るはずだったのだが、急な呼び出しを受けて彼女は仕事に行ってしまっているそうだ。
「ところで桂花?この間ちょっと気になったことがあるんだけど」
「あ、はい。何でしょうか、華琳さま」
「……貴女この間、一刀が、北郷一刀がまるで私たちのところに、魏に居たみたいなことを言っていなかったかしら?」
「え……ちょ、ちょっと待ってください、華琳さま。
それって、どういうことですか?アイツは、北郷は確かに私たちの所に、魏に居たじゃあないですか。
凪たち三羽烏を率いる警備隊長として、『華琳さまが大陸を統一』されるまで、天に帰るまでずっと」
「はわっ!?」
「あわわ……け、桂花さん、それ、どういうことですか?」
「……そう、“貴女”はそうなのね。……あのね桂花。
華雄はどうか知らないけど、少なくとも、ここに居る私たちは、赤壁で蜀と呉の連合に敗れ、その後、五胡の侵入に対抗するため手を取り合い、それらを経て三国鼎立を成した、ゲームで言うところの蜀のルートを通っているの。
もちろん、一刀が降りたのはその蜀で、彼は魏に居たわけじゃあないのよ」
「……そんな」
……ふむ?どうやら、若文と他の者たちとでは、持っている記憶になにやら差異があるようだ。
宗祇をはじめ、すでに再会済みだった連中は、蜀ルート後の世界から転生し、若文は魏ルートから転生したということらしい。
かく言う私にしてもだ。
「……私も、記憶にあるのは他の皆と違うな。
といっても、汜水関の戦いの後のことは、卑弥呼のやつから又聞きしたぐらいだが、原作で言うところの呉のルート、つまり、北郷は呉に降り、赤壁の戦いで蜀と呉が勝った後、宗祇たち魏の面々は大陸から離れてはるか東を目指し、大陸は蜀と呉で天下二分された。
そう、聞いているが」
「そういや、呉ルートだとそんな展開だったっけ。
つまり、華雄は呉のルートからこっちに転生したってわけだ。
いや、卑弥呼たちと会ってるんなら、漢ルートまでもしかしたら入っているのかもな」
「かも知れん。実際、卑弥呼のやつも貂蝉と華佗に加え、北郷とも一緒に旅をしていた、そんなこともあったと言っていたしな。
……何がどうなっているのやら」
「その辺の連中、私はゲームでしか知らないけど……確かに不思議ね、貴女の場合に限っては」
「勲、お前は私と居た記憶はあるのか?
途中、お前たちに拾われた記憶も、私はあるんだが」
「んー、私にはないですねー。あ、そうそう、さっきから気になって居たんですけど華雄さん。
今はみんなのこと、苗字よりも名前で呼んだほうが良いと思いますよ?
なんかややこしいですし、もう、前世のときのように、真名にこだわる事もないんですから」
「む。……そう、だな。分かった七乃……これで良いか?」
「はいー♪」
まあ確かに、この世界で苗字一辺倒の呼び方は、知己程度の人間相手なら礼儀としてそれで良いかも知れんが、今目の前に居る連中相手にそれは必要ないか。
……そういえば、私は前世では結局真名が無いままだったし、もしかしたら、これまで誰に対しても苗字で呼んで来たのは、そのトラウマでも残っているのかも知れないな……。
《ぴりりりりりり》
「あら、ケータイ?」
「ああ、すまん、私だ。マナーモードにしておくのを忘れていたよ。
……バイト先からみたいだ。ちょっと出てくる」
そう言って席を少し離れる私。
本来なら今日はバイトは休みのシフトだったはずだが、誰か急に休みでも出たか?
そう思いながら店を出て、ケータイに出た私の耳に聞こえたのは、バイト先の店長の声だった。
『ああ、金剛さん、お疲れさま。悪いわね、休みのところ』
「お疲れ様です。何かありましたか?」
『ええ、申し訳ないんだけど、これから出れないかしら?
ちょっと当日休みが重なっちゃってね……ったく。
時給、少し上乗せするから頼まれてくれないかな?」
「ええ、お安い御用です。ちょうど近くに居ますしこれから、あ、でも服は……はい、分かりました。
じゃあすぐに」
ケータイを切り、少し小さくため息をつく。
まあ休みの日に呼び出されるなんてのはよくあることだし、時給にイロ迄つけてくれるなら断れないか。
そうして再び店内へと戻り、皆に事情を説明して、私は一人だけ先にそこを出る。
カバンに入っていた、バイト先で使っている『名刺』をその場に置いておき、良ければ遊びに来てくれと、そう、皆に言い残して。
……そういえばその名刺を見たとき、皆、口を思いっきり開けてぽかんとしていたな。……なにかおかしな所でもあったのか?
そして、私がバイトに入って小一時間もしたころ、連中がやって来た。
「……イメージに合わないにもほどがあるでしょう」
そう、店に入って私の姿を見るなり言ったのは華琳だった。
他の皆も、完全に呆気に取られているようだった。
……そこまで、私のイメージではないのだろうか。
「さすがに、朱里と雛里は連れて来れなかったけど……まさか『キャバクラ』とは……つか、この街にこんな店があったんだ……」
「コスプレキャバ、ねえ……う、男臭い……タバコの匂いとか……うっぷ」
「桂花さん、辛いんなら帰ったほうが良いんじゃあないですか?」
「あら、まさか、とは思うけど。桂花貴女……私とお酒を飲むの、いや、とは言わないわよね?」
「う。……は、はい……」
カズト、華琳、七乃、そして年齢的にギリギリ大丈夫だった桂花。
以上の面々が、私のバイト先であり、この街で唯一のキャバクラであるこの店に、やってきてくれた。
まあ桂花のやつに限っては、青い顔しながらも華琳の命令で仕方なく、といった感じだが。
ちなみに、今日の私のコスは『ゴスロリ風ドレス』といったところだ。
いつもはナースとか婦警の格好なんかをメインにしているが、こういうフリフリなのもたまには良いな。
え?何でこんな店でバイトをしているかって?まあ給料はもちろんだが、コスの衣装が可愛いからってのが一番の理由だな。
普段は絶対着れない、イメージが違うと笑われるのがオチなこの手の衣装、ここでなら堂々と着ていられるし、普段男とよく間違われる私でも、ここに居る間だけは“女”としてちやほやされるし。
ちなみに、店での名前、いわゆる源氏名ってやつは、雲、と書いてゆんと読む名前を使っている。
「さて、それじゃあせっかくだし、今日はセット以外は私のオゴリにしておく“わ”。さ、みんな好きに頼んでね」
「……口調まで変わってるし……まあいいわ。そうね私は……このシャンパン、いただくわ」
「じゃ俺はビール」
「私はカルアミルクで」
「お酒って良く分からないけど……えっと、私もカルアミルク」
「はい。おねがいしまーすっ!」
そうして、皆でわきあいあいと酒を交わし、桂花が潰れた時点で皆は帰った。
私も、オゴリ分を店に払っておき(結構な額になったけどまあ気にしないでおく)、その日は帰途についた。
黒い革ジャンにタイトスカート、黒のストッキングをはいて皮のブーツを履くという、いつものファッションに着替えなおして、一人寒空の中を歩く。
「今日は本当、怒涛の一日だったな……しかし、とても心地がいい……まあ少々の出費はしたが、それでも、今日のこの幸福のことを考えれば安いものか」
かつて、同じ世界で同じときを過ごした、よき仲間たち。
まあ私は少々、他の者たちと比べて共に居た時間は短かったが、それでも、皆が大事な友だということに変わりは無い。
今はまだ会えていない他のものたちとも、いつかこうして、再会の出来る日がきっと訪れるのだろう。
そしてなによりも、皆が会いたいと思うのは、きっと、アイツだろう。
「……カズトではない、北郷一刀。アイツは今、どこで何をしているのだろうな……?
出来るものなら、私も会ってみたいものだ。
……もっとも、アイツが私たちと同じく、この世界に存在しているのなら、だが」
きっと居る。
そう思える、何か予感めいたものが、私の中に、間違いなくあった。
確証も無い、ただの希望なのかもしれないが、なぜか、私にはそう確信できていた。
そして、その予感が現実となるその時、それは、もう少し後、年の瀬も押し迫る十二月の末、まるで、クリスマスプレゼントのように、私たちの下へと贈られてくるのだった……。
というわけで、華雄編でした。
最後まで読まれた方は察することができたでしょう。アイツも出てきます!
と言っても、実際に書いたのはMiTiではなく桂花と華雄を書いてくださった方なんですけどね…