その胸に還ろう   作:キューマル式

7 / 24


 それは巨大な都市だった。

 世界に名だたる巨大都市、そこには百万人を超えるだろう人々が日々を過ごし、今よりよき明日を目指して必死で生きていた。眠らない街は夜の闇の中でさえ、まばゆい光に満ちていた。

 だがそれは今……がれきの山へと変わっている。夜の街を満たしていたまばゆい光に変わって街を彩るのは燃え盛る炎の赤だ。

 

 そしてその上空を2隻の巨大戦艦が飛行していく。どちらも艦首に装備した『ドリル』が特徴的だった。

 

 そのうちの1隻、そのブリッジの艦長席に座る男。歳は40歳半ばくらいか。その鋭い眼光は何物をも貫く、強い意志が見て取れる。

 そして男はゆっくりと口を開いた。

 

「……こちらはどれだけ残った?」

 

 その言葉にオペレーターは悲痛そうにゆっくりと首を振りながら答える。

 

「『火龍』、『エクレール』、『ランブリング』、『モンタナ』、『ソビエツキー・ソユーズ』、『インヴィンシブル』、『ガスコーニュ』、『フリードリヒ・デア・グロッセ』、『アルファ号』、『黒鮫号』……すべて轟沈しました。

 地球防衛軍艦隊の残存戦力は旗艦であるこの『轟天』と、2番艦である『羅號』の2隻だけです。

 しかも我らの基地である『緯度0秘密基地』がやられたうえ、各国の主要都市はすでに破壊しつくされています。

 日本はこの東京以外はまだ軽微な状態ですが……これではもはや本艦隊の修理どころか補給すら絶望的です……」

 

「そうか……では我々が世界最後の戦力というわけか……」

 

 そう言ってその男は少しだけ黙とうするように目を瞑るが、すぐに目を開き軍帽を被りなおす。

 

「これが文字通り、人類最後の戦いだ!

 仲間たちの死は無駄ではない。その証拠に……見ろ、『やつら』の残りは2匹だけだ。

 本艦と羅號で『やつら』を撃滅する!

 そして……生き残った人類に希望の未来を!!

 総員、一層奮起せよ!!」

 

「「「了解です、神宮司司令!!」」」

 

 そして……人類最後の戦いの火蓋は切って落とされた。

 ミサイルが、火砲が、メーサービームが。人類の英知、『科学』によって造られた戦うための力が夜空を染め上げる。

 対する『やつら』も黙ってはいない。

 世界の都市を破壊しつくし人類を滅亡の瀬戸際に追い込んだ極彩色の閃光が、轟天と羅號の装甲に激しい火花を散らせる。

 その光景はどこまでも暴力的で、それでいてどこまでも綺麗だった。

 

 いつまでも続くかと思われたその光景……しかしその均衡が崩れる。

 

「神宮司司令! ら、羅號が!?」

 

 轟天のモニターには各所から炎を上げる羅號の姿が映し出されていた。

 エネルギー消費を抑え、安定して火力を連続して叩き込むために実弾兵装中心に改装された2番艦の『羅號』……その自慢の大型砲はひしゃげ、面影はもはやほとんど残っていない。

 もう『羅號』は戦えない……素人目にもそれが明らかな状態だった。

 

「司令! 羅號から通信が!?」

 

 オペレーターの声とともに中央モニターに映し出されたのは40ほどの歳の男だ。頭から血を流し、片目をつぶっている。ノイズ混じりの画面から、そのカメラの向こうにある羅號のブリッジの惨状が見て取れた。

 

『神宮司司令……『羅號』はほとんどの戦闘力を消失し、沈むのも時間の問題です。

 これより……『羅號』は『やつら』に対し、特攻を敢行します!!』

 

「ま、まて日向!!」

 

『待ちません! 人類に、どうか未来を!!

 ……あとは頼みます、兄さん!!』

 

 そして通信が切れる。

 モニター越しのそれが、血を分け婿養子になったことで名字の変わった実の兄弟の、今生最後の会話だった。

 

「『羅號』が、『羅號』がやりました!!」

 

 『羅號』のドリルが『やつら』の腹を貫いた。そしてそこで耐えきれなくなった『羅號』の船体が中央付近から折れて砕ける。

 閃光と爆発、それをドリルに貫かれた状態で受けた『やつら』はそのまま内側から焼き尽くされた。

 

「これで……残りは1匹だ!!」

 

 だが残された『やつら』も必死だ。轟天に残されたすべての力をぶつけてくる。

 

「メーサー第二、破損!!」

 

「後部ミサイルハッチ損傷!!」

 

「補助動力のハイパーレーザー核融合炉停止!!」

 

「表面装甲融解!!」

 

「メイン動力室から入電!

 重力炉の出力低下! 現在出力75%までダウン!!」

 

 絶望的な報告の数々が上がってくる。しかし、彼の闘志は揺るがない。

 

「怯むな! こちらも苦しいが『やつら』も苦しい!

 今まで散っていった多くの仲間たちが見ているぞ! 恥ずかしいところを見せるな!!

 撃て! 撃てぇ!! 撃てぇぇ!!!」

 

 そして、ついにその執念が『やつら』に突き刺さる。

 

「艦首ドリルスパイラルメーサーキャノン、最大出力!

 照射しながら突っ込め!!」

 

「総員、衝撃に備えろぉ!!」

 

 『轟天』の……いや、人類の執念をのせたドリルが『やつら』を貫いた。

 

「や、やった!」

 

 ブリッジクルーの誰かが歓声を上げるが、次の瞬間ドリルに貫かれたままの『やつら』の放った極彩色の閃光が『轟天』の装甲を叩いた。

 

「ぐっ!

 損害を報告せよ!」

 

「後退用ブースター損壊! 本艦は後退ができません!!」

 

「そんな!? 『やつら』に突き刺さったままだぞ!!」

 

 その瞬間、必死でもがく『やつら』の極彩色の閃光に再び『轟天』が揺れた。

 このままでは『やつら』を仕留めきれず、『轟天』は破壊される……一気に騒然となるブリッジに、彼の声が響いた。

 

「総員退艦!!」

 

「退艦!? どういうことですか、司令!!」

 

「……このまま、『やつら』を貫いたままで海上にまで出る。

 そして、そこで『轟天』を自爆させて『やつら』を確実に葬る!

 なに、操艦くらいは私もできる。

 副長、君は部下たちを連れ脱出してくれ。

 これからの世界の未来を……頼む!」

 

「司令……わかりました!

 ご武運を、司令!!」

 

 敬礼を残し、副長たちは生き残った部下たちを連れ『轟天』から脱出していく。残っているのは彼だけだ。

 

「さて……行くぞ、『轟天』!

 最後の大仕事だ!!」

 

 彼の言葉に応えるように、もはや砕ける寸前の『轟天』はそのドリルに『やつら』を突き刺したまま海へと飛んだ。

 そんな中、彼しかいないはずのブリッジに何者かの声が響く。

 

【【お前は、お前たちは自分たちが何をしているのか分かっているのか!?

  自分たちの行いの意味を理解しているのか!?】】

 

 その焦ったような声に、彼は笑って答える。

 

「そんなものは分かり切っている。 人類の敵を倒し、人類に希望の未来を!!」

 

【【人類にできる正しさは『絶滅』しかないというのに!

  何故、何故それに抗う!?】】

 

「死に抗うのは生物の本能だ!

 貴様らの言う絶滅の運命など、決して受け入れはしない!!」

 

【【我々は、我々は■■■■■なのだぞ!

  それを……理解できない! 理解できない!!】】

 

「それがどうした!!

 例え貴様らが■■■■■なのだとしても、人を滅ぼそうとするなら我々の敵だ!!」

 

【【おのれ人類! 知性を、そして『科学』を持ったどこまでも愚かで邪悪な生き物め!!

  その力でどれだけの同族を殺し、どれだけの取り返しのつかない破壊を振りまいてきた!!】】

 

「知性は、そして人類の力である『科学』は明日に生きる誰かの未来を創るための力だ。

 確かに人はその力で相争い、破壊を振りまいてきた……。

 だが、人類はいつまでもそこまで愚かではない!

 きっと……この愚かな行いの果てにいつかきっと、人類は『科学』によって正しい未来を見つけ出してくれる! 私はそう信じる!!

 だからこそ私は人類の未来を信じ、貴様らと力の限り戦った!

 そして貴様らに打ち勝ったのだ!!」

 

 すると、その声は一拍置いてから答えた。

 

【【……認めよう。

  我々は君たちに、人類に負けた。 もはや人類の絶滅は不可能だろう。

  ……『この世界』では】】

 

「……何だと?」

 

【【『世界』とは一つではない。 無限の可能性、その先にも『世界』はある。

  そしてそこには変わらず愚かな人類がいるだろう。

  その『世界』で今度こそ人類は絶滅させる!】】

 

「貴様らはそこまで、そこまでして人類を『絶滅』させたいか……!?

 ……いいだろう、例えどんな『世界』であろうと変わらない。

 人類は黙って滅びなど受け入れん! 必ず滅びに抗う!!

 その『世界』の人類が貴様らと戦い、そして勝利する!!」

 

【【果たしてそうなるかな?

  この『世界』で起きた奇跡が何度も起こるかな?】】

 

「人を……人類を舐めるな!!

 それにそれでも、それでも人類が危機に陥るのなら……私が、弟が、我々地球防衛軍がその『世界』を助けよう!

 例えこの魂、百万魂魄生まれ変わろうとも必ず貴様らのいる世界にたどり着き、何度だって貴様らを打ち砕いてみせる!!」

 

【【おのれ……どこまでも、どこまでも忌々しい人類がぁぁぁ!!】】

 

「ここまでだ! 貴様らはここで……消えてなくなれぇぇぇぇ!!」

 

 海へと飛び出した『轟天』が、ついに最後の役目を果たす。

 その自身のエネルギーすべてによって、『轟天』から閃光が溢れ出る。そしてその閃光は何もかもを呑み込んでいった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

「あん?」

 

 轟天はどこか間の抜けた声とともに目を覚ますと、ガバリと上体を起こした。

 

「なんだ……?」

 

 すると轟天の隣から可愛らしい声がする。

 

「うぅん……」

 

 横を見れば、眠っていた村雨が轟天の動きで目を覚ましてしまったのか、眠そうな目を擦っていた。

 

「もう起きる時間?」

 

 轟天が時計を見るとまだ4時……もう少し眠っていても大丈夫だろう。

 

「いや、まだ大丈夫だ。

 俺ももうひと眠りするよ」

 

「……何かあったの?」

 

「いや……何か……夢を見たような気がするんだ」

 

「……もしかして怖い夢だったの?

 村雨がよしよししてあげようか?」

 

「そんなんじゃねぇよ……」

 

 冗談めかして笑う村雨に答えて、轟天は再び布団を被った。

 

「ただ……なんだかとても大切な夢を見たような気がする……。

 どんな夢だったのかは全然思い出せないんだけどな……」

 

「ふぅん……」

 

 しばらくすると再び村雨のやすらかな寝息が聞こえてきて、轟天ももうひと眠りしようと目をつぶった。

 

「なんだろうなぁ……どんな夢か全然覚えてないけど……。

 大切な誓いを……した……ような……」

 

 そう呟いて轟天も目をつぶる。

 起床時間までの短い間、轟天は再び夢の世界に旅立つのだった……。

 

 

 




轟天たちについて、何かの見える回でした。
あの世界はどんな世界で、轟天のいう『やつら』って何なんでしょうね(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。