みんなもっとこの子を可愛がって上げてください。
「……お前さんも境遇は似たようなもんか」
「まぁね、どこも似たような状態よ」
医療施設での治療を終えた村雨も交えた6人は、村雨の話を聞きながら食堂で夕食をつついている。
今日のメニューは麻婆豆腐だ。中央に大きく盛り付けられた辛口の麻婆豆腐に、白いご飯がすすむ。
ちなみに村雨はショートランドの所属だったそうだ。輸送護衛任務の最中に敵艦隊と遭遇、輸送船の海域脱出のための時間稼ぎとして仲間たちとともに捨て石にされたそうである。
「艦娘の命より物資が大切、ってか……」
「貴重な戦略物資だしねぇ」
「捨て石にされたってのにずいぶんと冷静だな、お前」
村雨は3人娘より見た目一回りほど年上だが、どうやら精神の方も一回りは大人らしく落ち着いている。ここの設備や料理の豪華さに驚いてはいたが、さすがにむせび泣くようなことはなかった。
かなり重い話をしているというのに軽快にご飯をパクつきながら答える村雨に、轟天は肩を竦める。
「そういう話は噂でいくらでも聞いてたし、噂だけじゃないってことは気付いてたから。
だからみんな、いつかそうなるだろうって覚悟はしていたし、実際に命令されても『ついに来たか……』って思ったのが本音ね」
「……まったく、聞けば聞くほど嫌な話だな」
轟天は深々とため息をついた。
「……兄さん、これからどうするの?」
「……」
食後の杏仁豆腐を食べ終わり、今はお茶を飲みながらこれからのことを話している。
朝潮・ロー・リベの3人とも村雨は打ち解けているようで、お茶請けのお菓子を片手に会話を楽しんでいた。
「一応の確認なんだが……お前は今後どうしたいんだ?」
「ここに置いてほしいな。
もう戦死認定されちゃってるだろうし、みんなも死んじゃったのに今さら私だけ帰ってもねぇ……どうせまた次の作戦で捨て石にされるだけだもの。
それに……この基地を見ちゃったし、帰るってわけにもいかないんでしょ?」
「まぁな。
でも故郷に未練とかはないのか?」
「そりゃ、本土にいるお母さんには会いたいけどそれは今じゃない。
その時までゆっくり待てるわ」
「そうか……」
村雨の言葉に轟天は頷いた。やはり外見通りなのか、村雨は3人娘よりずいぶんと精神的に大人だ。こんな状況だというのに冷静に物事の判断ができているし、仲間が死んで悲しいだろうに感情のコントロールも出来ている。
そんな風に轟天が心の中で村雨の評価を上げていると、村雨は何やら小悪魔的に笑いながら言った。
「そ・れ・に♪
おっぱい成分補給艦がいないと、轟くんの士気とやる気に関わるもんね♪」
「……頼むからその話を蒸し返さないでくれ。
恥ずかしくて死にそうだよ」
言われて顔を赤くしながら頭を抱える轟天。そんな轟天を面白そうにクスクスと品よく笑う村雨。
よく分からない意地と勢いに任せていたとはいえ、何ということを口走ったのかと今さらながら轟天は後悔した。
同時に、少し精神的に大人かと思えばこうして歳相応にいたずらっぽいところのある村雨の性格は、付き合いやすく気疲れしなくていいと内心でまた村雨の評価を上げていたりする。
「……まぁいい。
それで今後の方針だが……この『世界』の現状は把握できた。
それで羅號に確認したいんだが……お前、深海棲艦を見てどう思った?」
その問いに羅號はしばし目を瞑って考えた後に、ゆっくりと言った。
「その……あんまり口汚い言葉はよくないって分かってるんだけど……率直に言って『徹底的に叩き潰さなきゃダメだ』って思った」
「へぇ、ずいぶんとお行儀のいい言葉だな。
俺は素直に『一匹残らずブッ殺してやりたい』って思ったぞ」
その言葉で、轟天は羅號が自分と同じ感想を深海棲艦に抱いていたことを確信する。
(まぁ当然だな。
俺たち2人が『やつら』と同じ
「ぐっ!?」
「うぐっ!?」
深く考えようとした矢先、突如として襲ってくる頭痛に轟天と羅號は顔をしかめる。
「どうしました、羅號!?」
「らーくん、しっかり!」
「痛ぅ……うん、大丈夫だよ。みんな」
羅號は微笑みながら心配そうにやってきた3人娘に、安心させるように「大丈夫」と言い放つ。
「轟くん、大丈夫なの?」
「……ああ、一瞬鋭い痛みが走っただけだ。問題はない。
……って、何やってんだお前?」
「ほら、撫でてれば少しは痛くなくなるかなぁ、って」
「……まぁ気休めかもしれないけど少し楽になった気はする。
ありがとよ」
轟天は横から村雨に撫でられていた。同い年くらいの女の子に頭を撫でられて恥ずかしそうにするも、しっかりと礼は言う轟天。そんな轟天に何やら満足そうに村雨は頷いた。
「まぁとにかく……俺と羅號の失った記憶に深海棲艦、そして『ナニカ』が関わっているのは確実だ。
人類をこのまま見殺しにする気はないし、深海棲艦との戦いにも異論はない。つーか、深海棲艦は潰させろ。
ただ、人類との本格的な接触もまだ早い。だからやっぱり今は準備期間だ。
ここの設備を使って俺と羅號の艤装は調整、ほかの全員の艤装は大幅に改造して戦力アップを図る。同時にこの基地の防備も固めよう。『
それが終わったら今日みたいに少しずつ仲間を増やしながら人類側と接触して、共同で深海棲艦を潰す。
方針はこんなもんでどうだ?」
「そうだね、それが一番だね」
轟天の方針に羅號も頷く。ほかの4人からも異論の声はない。もしくは自分たちに発言権はなく、轟天と羅號の決定に従うということなのだろう。
「さて……これから忙しくなるぞ」
「そうだね……」
まだまだ分からないことは多い。しかし、大きな前進をした気になる轟天と羅號だった……。
~~~~~~~~~~~~~~~
夜のとばりが下り、辺りはすっかりと夜だ。
未だこの基地の場所は誰にも知られていないだろうし周辺警戒は妖精さんたちに任せ、轟天たちは風呂に入って眠ることにする。
ちなみに後ほど村雨から轟天が聞いた話によると、やはりというかかんというか、3人娘は風呂の豪華さでむせび泣いていたそうだ。あの3人は貧乏キャラか何かなんだろうか、と轟天が少し呆れていたのは秘密である。
とにかく風呂も入ったことだし全員今日はいろいろあった。早めに横になろうと各自の割り当てられた部屋に入ったわけだが……。
「……眠れねぇ」
ベッドに横になりながら、轟天の目は未だしっかりと冴えている。
今日はいろいろなことがあった。
羅號が朝潮・ロー・リベの3人娘を拾ってきたことから始まり、今の世界の現状を知り、深海棲艦と戦って村雨を助けた。1日で起きるイベントにしては数が多すぎだ。
入ってきたいろいろな情報、そして初陣を飾った興奮も手伝って目が冴えてしまているのである。
その時。
コンコンッ……
「ん……?」
ドアをノックする音。少しだけ不審に思いながら轟天がドアを開けるとそこには……。
「はいはーい。 あなたのおっぱい成分補給艦、村雨だよ」
寝間着姿で枕を抱えた村雨の姿があった。
「……」
「ちょっ、まっ! 無言でドアを閉めないでぇ!」
「あっ、俺はアホの子は放置する方針なんで」
「放置とか村雨、そんな趣味ないから構ってー!」
「やかましいわ、このアホの子が」
しばしの問答の後、結局轟天は村雨を部屋の中に招き入れた。
「で、こんな時間に何の用だ?」
「えっと……」
何やら言いにくそうに頬を掻く村雨に、轟天は「コイツ何しに来たんだ?」と不信感を含んだジト目になっていく。
やがて村雨は少し顔を赤くしながら、
「あのね、ちょっと恥ずかしいんだけど……その……轟くんに一緒に寝て欲しいなぁ、なんて……」
そんなことをのたまった。
「あのなぁ……とりあえず頭は大丈夫か、アホの子?
男の方がいうことじゃないがお前、自分の身体は大事にしないと……」
「って違う! 違うからぁ!
そういうえっちぃことじゃないってばぁ!」
呆れ顔で轟天が言うと、顔を赤くした村雨はぶんぶんと首を振る。そして事情を話し始めた。
聞けば最前線に身を置き、明日をも知れぬ身だった村雨たち。覚悟はできていても不安が無くなるというわけではない。そこでそんな不安を紛らわすように仲間と一緒に寝ることを習慣化していたそうだ。
「……で、俺に抱き枕がわりになれと?」
「うん。 どうも誰かと一緒じゃないと落ち着いて眠れなくって……。
でも一緒に寝てた友達はみんな今日死んじゃったし……」
……案外に重い話だった。
「事情は十分わかったんだが……なんで俺?
同性なんだしあの3人のところは?」
「年下の仲良し3人組のところに、今日初めて会った子が『一緒に寝てください』って言ったらどんな反応が返ってくると思う?」
「それは分かるが、同じ言葉を男の俺に言うのも難易度高いと思うぞ」
「そこはほら、轟くんは命の恩人だしその分難易度低いかな、って……」
「そういうもんかね?」
轟天はあきらめたようなため息をついた。
「俺はもう寝る。 好きにしてくれ」
「やった。 ありがと、轟くん♪」
そう言って轟天はベッドに横になり、村雨も潜り込んでくる。
「……うわぁ。
男の子と同じ布団に入るのって、なんか予想外にドキドキするんですけどぉー」
「そりゃこっちのセリフだバカヤロウ。
男はオオカミなのよ気をつけなさいって習わなかったのかコノヤロウ」
「年頃になったら慎みなさいって教わったかな」
轟天の言葉が面白かったのかクスクスと村雨は笑う。
「それじゃオオカミから赤ずきんちゃんに食べられないための耳より情報をやろう。
……俺が寝ちまうまで、何か話でもしてくれ」
「なになに?
「まぁな……俺と弟は知っての通り記憶喪失だ。
どんなことでも目新しいからな、なんでもいいぞ」
「で、面白くなかったら村雨はオオカミに食べられちゃう、と?
いいわよ。 それじゃ……」
そう言って村雨が始めたのは彼女の仲間たちの話だった。
仲間たちと泣いて笑って、共に過ごした日々の思い出が面白可笑しく語られる。
最初は饒舌だった村雨だが話しながら仲間たちのことを思い出していたのだろう、もう会えない仲間たちを思いその口調はだんだんとゆっくりになり、最後には嗚咽を漏らし始めた。
「……そっか。 いい仲間だったんだな」
「うん……私の自慢の仲間たちだもの。
轟くんにも見せたかったなぁ……」
「ああ、そうだな……」
涙声で鼻を鳴らす村雨に、話を聞いていた轟天は返す。
「今の話を聞いて、俺はお前のことをうらやましいと思ったよ。俺にはそういう記憶がないからな。
だから……俺は今、不安でしょうがない」
「不安? 轟くんが?」
「……『記憶』ってのはすなわち過去であり、自分を形作る根っこみたいなものだ。
それが無いってのは例えるなら、真っ暗闇の夜の海をどこにあるかもわからない陸地を目指して泳ぐようなもんだ。不安でしょうがないに決まってる。
もしこれで同じ境遇の弟がいなかったら……俺は不安で狂ってたかもしれないな」
村雨にそうやって記憶がないことへの不安を口にする轟天。
あまりにも強大な力を持ち自分を助けてくれた轟天を、村雨はどこかまったく別の次元に生きる存在だと思っていた。しかしそれは違う。
こうして不安を口にする姿は村雨と同じくらいの歳の、等身大の男の子のものだ。村雨には轟天という存在を、ずっと身近に感じられるようになった気がした。
「……なぁ、俺にも家族や、村雨みたいに大切な仲間や友達がいたと思うか?」
「うん、きっと……ううん、必ずいたはずだよ」
「そっか……」
それっきり2人の会話は途絶え、やがてどちらともなく小さな寝息が聞こえ始めた。
轟天にとっても村雨にとっても衝撃的だった1日は、やっと終わりを迎えたのだった……。
ちなみに轟天、村雨は14~15歳、羅號・朝潮・ろーちゃん・りべは10歳くらいで考えています。