その胸に還ろう   作:キューマル式

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世界情勢の把握です。この世界は、かなりヤバい。

注意:この設定はこの作品だけのものです。皆様の大好きな子がひどい目に合っているかもしれませんが、この作品だけの話と理解してください。


絶望の世界

 やってきた3人の艦娘は医療施設での治療を終えていた。メディカルポッドに入ったことで傷はすっかり癒えている。

 

「……まずは名前から教えてもらおうか?」

 

 若干苛立ちが見える轟天の言葉に3人は少し怯えたように身体を震わせた。やがて、3人の中で黒髪の、気真面目そうな少女から口を開く。

 

「朝潮型駆逐艦1番艦の朝潮です」

 

「呂500潜水艦、ろーちゃんです……」

 

「マエストラーレ級3番艦、リベッチオです……その……『リベ』でいいです……」

 

 ようやく名前を名乗ってくれたのはいいのだが、何とも雰囲気が重い。そのためかうつむき加減で元気もない。

 

「で、誰が事情を説明してくれるんだ?」

 

 そんな3人娘を前に轟天は不機嫌さ丸出しの表情で先を促すが、轟天の雰囲気に委縮してしまっているのか3人はうつむき黙ったままだ。

 

「……おい」

 

 その雰囲気にしびれを切らした轟天が再度促そうとするが……。

 

 

 クゥゥゥ……

 

 

「はぅぅ……」

 

 リベのお腹が可愛らしく鳴り、恥ずかしそうに顔を赤くしながらお腹を押さえる。それを見て雰囲気を変える好機だと見た羅號がすかさず割って入った。

 

「ほら、お腹が減ってたらしゃべるのだってできないし、話はゆっくり食事をとってからにしようよ。

 兄さんも3人ともそれでいいよね? ねっ?」

 

「……わかったよ」

 

 相変わらず憮然としながらも轟天が頷き、3人娘もおずおずと頷いた。5人は食堂に移動し、昼食をとるようにする。

 今日の献立はハンバーグ定食だった。

 メインのハンバーグは肉汁たっぷり、デミグラスソースとの相性も抜群だ。温かいご飯にもよく合う。付け合わせの目玉焼きにニンジンのグラッセ、ふかしたジャガイモも付いていて見た目にも美味しそうだ。

 

「相変わらずコック妖精さんの料理は美味そうだな」

 

「本当にそうだよね。

 ……そういえばあのコック妖精さん、名前あるらしいよ」

 

「どんな?」

 

「『ライバックさん』、だって」

 

「……ここにテロリストが乗り込んできても余裕で制圧しそうだな、それ」

 

 アハハと笑いながら轟天と羅號はさっそく箸を伸ばそうとするが、ふと見ると3人娘は固まったままだ。

 

「どうしたの? 食べないの?」

 

「……おい、まさか俺たちが毒でも盛ったと思ってるんじゃないだろうな?」

 

「ちょっと兄さん!」

 

 毒を含む轟天の言葉に羅號は諫めるように若干声を荒げた。ややあって、朝潮がおずおずといった感じで聞いてくる。

 

「あの……本当にこれを食べていいんですか?」

 

「何言ってんだ? さっきからそう言ってるだろうが……」

 

「本当に?

 だって……こんな高級な料理、司令官でも食べれるか分からないのに……」

 

「「はぁ?」」

 

 その答えに今度は轟天と羅號の目が点になった。確かにこの料理は美味しそうではあるが、これが高級品だと言われると首を傾げざるを得ない。

 聞けば彼女たち全員、こんな高級な料理は生まれてこのかた食べたことがないそうだ。今までいったい何を食べていたのかと問えば、返ってきた答えは味の薄い栄養ブロックだという。

 その答えに頭を抱える轟天と羅號の前で、ローとリベが「これは最後の晩餐なんですか?」などと言って泣き出し朝潮まで伝播、羅號は泣いている3人を大慌てで慰める。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。

 僕がついてる。 絶対に悪いようにはさせないよ。

 だから安心して。 ね?」

 

「おーい弟よ。

 いいこと言ってるつもりかもしれねぇが、聞きようによっちゃ俺が何かするように聞こえるから言葉は選んでおくれよ。冤罪が発生したらいくら温厚な俺でも怒るぞ」

 

 羅號は3人娘を抱きしめたり背中をさすって安心させようとしていると、3人ともゆっくりと落ち着きを取り戻していく。3人娘が顔が赤いのは、どうも表情とか雰囲気から判断して泣いたせいなだけではないっぽい。

 

(この天然性スケコマシが)

 

 轟天は心の中で毒づくとため息をつくが、すぐに表情をもとに戻して思案する。

 

(こいつらは艦娘、深海棲艦との戦争で最前線を担う存在のはずだ。

 その最前線の連中がこの程度の料理を高級品だと言って泣く始末……普通、軍隊の最前線には最優先で食料が配給されるだろ。

 おまけに『生まれて初めて』っていうこいつらの言葉を鵜呑みにすれば、一時的に補給が断たれてたとか、そんなチャチなレベルの話じゃない。

 思ってた以上に状況はヤバいのかもしれないな……)

 

 そう心の中で呟く轟天。

 ちなみにその後3人娘は食後のアイスで再びむせび泣くことになり、さすがに羅號も少し引いてしまったのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「私たちはラバウルに所属する艦娘でした……」

 

 やがて食事も終わり人心地つくと、3人に改めて事情を聴くことになった。一番真面目そうな朝潮が率先して状況を説明してくれる。

 とはいえ、内容としてはごくごく単純な話だ。

 彼女たちを含んだ艦隊は深海棲艦との海戦に敗北、撤退中に追撃を受けた。

 そして傷ついた主力艦娘たちを逃がすために彼女らの指揮官である『提督』はローとリベの2人に、『玉砕』を命じたというのだ。

 

「それ……死ぬまで戦って時間を稼げってこと?」

 

 羅號の問いかけにその時のことを思い出しているのか、ローとリベが涙を浮かべながらコクンと頷く。

 

「……」

 

「……抑えろ、羅號。

 お前がここで怒ってもどうしようもねぇ話だろ」

 

「……分かってるよ」

 

 見てわかるほどに機嫌の悪くなった羅號を轟天が諫める。それでも腹の虫が収まらないらしい羅號に轟天は肩を竦めると、そこに名前の出てこなかった朝潮に話を振った。

 

「で、『玉砕命令』が出たのはその2人だけなんだろ?

 なんでお前はいたんだ?」

 

 だがその質問には隣からローとリベが答えてくれる。

 

「あっしーは命令を無視して残ってくれたの……」

 

「あさしーはあのまま帰ってもよかったのにリベたちのために……」

 

 どうやら朝潮は玉砕命令に反発、自発的に彼女たちと残ったようだ。

 

「どうせ私はみなしごでどこにでもいる駆逐艦娘、待ってる家族もいないしあんな命令で2人を捨て石にしてまで生き残る気はないわ。

 それに約束したじゃない。 私たちは生まれは違えど姉妹みたいに、一緒に助け合っていこう、って。

 私はその約束を守ったのよ」

 

「あっしー……!」

 

「あさしー!」

 

 感極まったようにローとリベが朝潮に抱きついて泣き始める。それにつられたように朝潮も泣き始めた。

 どうやらどんなところでも美しい友情の花は咲くようだ。羅號も思わずもらい泣きである。

 ……さすがに轟天も空気は読める。この状況でさっさと話を先に進めろとは言わなかった。しばらくして落ち着いたところで先の話を促す。

 

 そのあとは3人でしばらく耐えていたが、いよいよというところで偶然付近を通りかかり状況を知った羅號が敵を蹴散らし、今に至るようだ。

 

「羅號、本当にありがとうございました。

 おかげでこうして生きていられます」

 

「らーくん、ありがとうですって」

 

「いつかこういう命令がでるとは思って覚悟してたけど……リベ、ホントは怖かったの。

 だからありがとう!」

 

 命の恩人だし当然ながら本当に感謝しているようで、3人娘の中で羅號の好感度上昇が止まらないらしい。

 轟天はそれを半分呆れた視線で横から眺めながら、少しだけ気になった言葉を聞き返した。

 

「なぁ……今こういう命令がいつか出るかもって覚悟してたって話だったが、こんなむちゃくちゃな命令がよくある話なのか?」

 

「士気にも関わりますし大っぴらにはされませんけど……結構ある話だとは噂で聞いています。

 それにそれ以前に……ローとリベは『外国人』ですから……」

 

「? 『外国人』だと何かあるのか?」

 

 轟天の当然の疑問に、今度は3人娘が驚いた顔をする。どうやら何か『当然のこと』を聞いてしまったらしい。

 

「……羅號から俺たちの話は聞いてるか?」

 

「はい。 記憶がない、と……」

 

「なら悪いが最初から説明してくれ。

 『外国人』だとなんで『玉砕命令』につながるんだ?」

 

「わかりました……」

 

 そして朝潮はゆっくりと、この世界の恐るべき現状を語り始めた……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 突如として深海から現れ、人類に対して無差別に攻撃する深海棲艦が現れたのはもう100年以上も前の話のようだ。

 深海棲艦は人間を決して生かしておかない。船が沈んだ際も丁寧に丹念に一人残らず皆殺しにする、まさしく『怪物』である。

 その意図も理由も何もわからないが、人類はただ生存のために深海棲艦との戦いを余儀なくされたが……通常兵器のまったく効かない深海棲艦によって、人類はあっという間に制海権を失ってしまった。

 このままでは人類は滅亡する……そう思われたその時、『はじまりの妖精』とのちに呼ばれる2人組の妖精が人類の前に現れ味方をし始めたのである。そして『はじまりの妖精』に呼応するようにたくさんの妖精さんたちが現れ始めた。

 彼ら妖精さんは『艤装』を造り、それに適合した女の子は深海棲艦と互角に戦う力を得る。妖精さんの造った『艤装』に選ばれた女の子、それが『艦娘』である。

 艦娘の登場によって一方的な蹂躙は阻止できた人類、しかし深海棲艦の膨大な数に沿岸地域すべてを守りきることは不可能だった。

 

 ユーラシア大陸で沿岸防衛線を突破され深海棲艦の上陸を許してしまい、そこからは海戦とともに果てるともない陸上戦が展開された。上陸した深海棲艦に対し、陸上でも能力の変わらない艦娘たちは必死の抗戦を試みるが、戦線はジリジリと後退していった。

 そして約30年前にヨーロッパが陥落、補給の断たれたブリテン島がその5年後に陥落。その後も人類は戦線をジリジリと後退させられ、現在の人類の勢力圏は最盛期の3分の1といったところ。

 

 現在の人類の勢力圏は

 

 ・北米大陸

 ・香港~ウラジオストック周辺までの沿岸部

 ・アフリカ大陸南端

 ・オーストラリア大陸

 ・ニューギニアなどの太平洋の島々

 ・フィリピンやインドネシアを中心とする東南アジアの島々

 ・日本

 

 という状態まで追い詰められている。

 

 しかしここまで来ても人類が一つになることは出来なかった。

 最大の戦力を持つアメリカが『アメリカ第一主義』のもと、その戦力を自国防衛のみに廻すことにしたのである。資源をすべて国内で賄えるアメリカだからこそだが、軍事力の低い国にしたら一気に存亡の危機だ。

 そんな各国が頼ったのが日本である。

 日本はかなりの戦力と、艦娘に関してはアメリカを凌ぐほどの技術と実戦経験を持っているが資源がない。そのため戦力の少ない東南アジア地域やニューギニア、オーストラリアの防衛を請け負うかわりに資源を得るという形で戦力を派遣している。資源を報酬とした傭兵のようなものだ。

 とにかく現在、太平洋・東南アジアでは日本が主導となりこの終わりの見えない戦いを続けており、現在のところ深海棲艦のこれらの地域への上陸は水際で防がれていた。

 しかし、日本とて余裕はあるわけではない。むしろ日本も、何もかもが足りない。

 広がる戦線と細くなる補給ライン……最前線は明日の補給すら分からぬ地獄めいた状態の中で戦いが続いている。そんな状態が続けば、当然ながら『玉砕』やら『死守』やら『特攻』やらの無茶な命令だって出てくるだろう。

 そしてそんな中でいの一番に死地に送り込まれるのが日本国籍を持たない、故郷を失った『亡命外国人』とその子孫なのである。

 

 そんな凄まじい状況を聞いて、轟天と羅號は絶句してしまった。

 

「……じゃあ何、ろーちゃんの故郷のドイツも、リベちゃんの故郷のイタリアも、2人が産まれるずっと前に無くなってて、その子孫で日本人じゃないから最初に死ね、ってこと?」

 

「現場ではそんなの関係なく戦友として扱うんですが……いかんせん上層部はおおむねそんな考え方です」

 

 羅號が言うと、横から朝潮が肯定する。

 一方の轟天は、予想外なほどに最悪の状況にため息をつくと羅號をそばに呼び寄せ、3人娘に聞こえないように声をひそめて言った。

 

「……はぁ。

 羅號、お前のせいでクソ厄介なことになったぞ」

 

「何、兄さん? まさか3人を見捨てるべきだったとか言うんじゃないよね?」

 

 轟天の言葉にカチンときた羅號が言い返す。

 すると轟天は苛立たしげに頭をガリガリと掻きながら言った。

 

「……俺たちは2日前に決めたぞ、『艦娘にも深海棲艦にも接触せず、しばらくは現状把握に努める』ってな。

 あの判断は正しかったと、今はっきりと確信したぞ。

 俺たちの置かれた状況はものすごくヤベェ……」

 

 轟天はとくとくと自分たちの置かれた状況の特異性を語る。

 まず彼女たち3人の艤装からその戦闘能力のほどが推測できたが、轟天と羅號に比べたら技術的にも戦力的にも天と地の差があることが分かった。轟天と羅號は明らかにオーバースペックなのである。そんな轟天と羅號の存在が露見すれば、その力をあの手この手で手に入れようとする人間は確実に出てくだろう。

 だが、それ以上にまずいのはこの『緯度0秘密基地』である。

 3人の食事の反応と今の話だけで本土の各種物資不足の深刻さは理解できた。しかしこの『緯度0秘密基地』はそれらを『生産』し、完全な自給自足を実現している。それだけではなく自動採掘システムや燃料生成プラント、武器弾薬の製造工場なども完備し、軍事基地としても外部からの補給の要らない『自給自足』が達成できているのだ。こんな場所は間違いなく、この世界ではここだけだろう。

 そんなことを3人娘に聞こえないように小声で轟天は羅號に語る。

 

「俺が人間側なら、どんな手を使ってでも手に入れようとするね。

 だから接触前にそれ相応の準備が絶対必須だったんだ。

 でもその前に、お前はその3人を連れてきた。

 ……なぁ、そいつらが裏切って俺たちの存在や情報を流されたらどうする?」

 

「そんな! 玉砕命令まで出されるくらいなんだよ。

 それに義理立てして、僕たちを裏切ったりなんか……」

 

「甘い、甘いぞ羅號。

 国に対する忠誠ってのはかなり深いもんだ。簡単に割り切れないものもある。

 それにこいつらが自発的に裏切らなくても例えば……家族や友人を盾にされたらどうだ?

 そのうえで『ここの技術は人類のために拡散すべき、秘匿は悪だ』とかもっともらしいことを言われてうまく乗せられたら……どうだ?」

 

「……」

 

 そこまでされたら羅號も絶対大丈夫とはさすがに言えない。同時に自分たちの置かれた状況がどれほど特殊なのかも理解できてしまう。

 押し黙った羅號を尻目に轟天は深く息をつくと3人娘を見る。

 

「……確認だ。

 お前ら……今後どうしたい?」

 

「まさか今さら基地に帰るわけにもいきませんから……ここに置かせて下さい!」

 

「「「お願いします!」」」

 

 3人揃って深々と頭を下げてきた。

 

「……そりゃよかった。

 この基地を見られた以上、ここで帰りたいとか言われても監禁することになっただろうからな。

 お前らは受け入れるがこっちもいろいろ特殊だ、しばらくは様子を見させてもらうぞ」

 

 そう言って轟天は席を立つと食堂から出て行こうとする。

 

「兄さん、どこへ?」

 

「予定通り艤装の慣らし運転がてら周辺偵察だ。

 羅號、お前はそいつらが妙なことをしないようにしっかりと見てろよ」

 

 それだけ言って轟天は食堂から出ていった。

 

「「「……」」」

 

 残された3人娘は気まずそうにしている。やがて、おずおずと言った感じで朝潮が羅號に頭を下げた。

 

「ごめんなさい、その……私たちのせいで……」

 

 だが、羅號はそんなことはないと首を振った

 

「誰に何と言われようと、あの時3人を助けたのは間違いじゃないって僕は胸を張って言えるよ。

 それが例え兄さんだって文句は言わせない。

 3人は僕が絶対守るから安心して」

 

「羅號……」

 

「らーくん……ありがとう」

 

「ラゴウ……ありがとね」

 

 羅號の言葉にまたも感激する3人娘なのだが、羅號としては当然のことをしているだけなので何ともくすぐったい。

 それに……。

 

「それにね……兄さんも口ではあんな風に言ってるけど、もし僕と同じ立場になってたら兄さんだって3人のことを助けたはずだよ。

 もっとも兄さんのことだから『情報収集のために必要だと判断した!』とか言い訳がましいことを言って、素直に『見捨てられなかった』とは絶対言わないだろうけどね」

 

 そう言って羅號は苦笑しながら肩を竦める。それを見て3人も微笑んだ。

 

「ラゴウ、お兄ちゃんのこと信用してるんだね」

 

「当たり前だよ、なんといっても僕の兄さんだからね」

 

 リベの言葉に、羅號は少しだけ誇らしげに笑った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「うぁ……」

 

 うめき声をあげ彼女は目を覚ました。艤装は鉄くず同然、身体もそこらじゅうが痛いが、幸いなことに欠損はなく五体満足だ。

 

「私……生きてる?」

 

 深海棲艦の攻撃を受け、その爆風で意識がとんでしまったのは覚えている。辺りは夕暮れ時、彼女が気を失ってから1時間ほどといったところだ。

 

「そうだ……みんなは……!」

 

 ゆっくりと上体を起こすとその時彼女は気付いた。とても嫌な『音』がすることに……。

 

 

 バリッ、ボリッ……!

 

 グチュ、ブチャ……!

 

 

 何か堅いものを砕く音と、同時に水っぽい柔らかいものを潰すような音がする。

 嫌な予感がふつふつとした。そして彼女が見たそこには……。

 

「ヒィッ!?」

 

 何があってもいいように抑えていたはずだったのに、悲鳴が抑えきれなかった。

 そこでは深海棲艦が食事の真っ最中だった。強固な鋼鉄すら砕くその顎で喰らっているもの……それは彼女の仲間たちの変わり果てた姿だ。砕けた艤装と仲間たちの身体が、まとめて混ざり合ったミンチになって咀嚼されていく。

 そして、そんな彼女のあげた悲鳴は食事中の深海棲艦たちに新たな食材がそばにいることを知らせてしまった。

 クルリと振り返ったのはその中心にいたレ級だった。たった1人で航空戦・砲戦・雷撃戦のすべてをこなすまさに『1人聯合艦隊』ともいえる存在である。そのしっぽ型の艤装が持ちあがる。その巨大な口は艤装の油の黒と、仲間の血の赤でべっとりと汚れていることが夕日に照らされてくっきりと映った。

 レ級が赤い口を釣り上げニィっと笑う。

 途端に取り巻きの駆逐イ級が彼女に向かってきた。敵は砲も魚雷も撃ちはしない。

 もう彼女は戦えない、浮いているだけなのだと深海棲艦たちは分かっているのだ。深海棲艦たちにとって彼女は少しばかり『活きのいい食材』でしかない。だから攻撃などせずに、素直に食材にかぶり付くだけだ。

 

 彼女は思う。

 この世には神も仏もいやしない。

 誰かの祈りを聞き届けてくれるような神様や仏様がいるのなら、もうとっくに世界は平和になっている。

 もしいるとするなら……底意地の悪い悪魔くらいのものだ。気を失っている間に終わっていればいいものをこうやって目を覚まし、生きながら喰われる痛みと恐怖の中で死ぬのだ。こんな悪趣味な偶然は悪魔の粋な計らいだろう。

 彼女はすべてを諦め、せめてなるべく苦しくないことだけを祈った。大粒の涙が彼女の瞳から零れ落ちる。

 迫る駆逐イ級は大口を開けて彼女にかぶり付こうと迫る。だが、その口が彼女に届くことはなかった。

 

 

 ビィィィィ!!

 

 

 2条の光線が後方から彼女の脇を通り過ぎた。その光線の直撃を受け、2匹の駆逐イ級が千切れ飛び、海中に沈んでいく。

 突然の謎の攻撃に深海棲艦たちが一気に警戒を強め、何が起こったのか分からない彼女もゆっくりと振り向いた。

 

 そこにいたのは奇妙な艦だ。

 戦艦と思われるが、砲は一切存在しない。その代わりのようにパラボナアンテナのような機材や、各所に四角いものが敷き詰められている。

 だがそんな奇妙さは些細なことだ。

 少なくともそんなものは……『男』であることや、そしてその手にしたものに比べれば些細なことである。

 彼の右手は長い柄を持っており、それを肩に担いでいた。ただその柄の先端に付いているものは、槍の穂先などという生易しいものではない。それは巨大な円錐、凶悪なそれの名は……『ドリル』。

 超巨大なドリルのついた長い柄のそれは、まるでメイスだ。そんなものを担いでゆっくりとやってきた彼はチラリと彼女の方を見ると、盛大なため息をついた。

 

「……ダメだ。 ああ、こりゃダメだ。

 こんなもん見せつけられたらこう……抑えられなくなっちまう。

 俺も羅號に偉そうなこと言えねぇな……」

 

 そして彼は視線を深海棲艦たちのほうに向けた。

 

「それに深海棲艦……生で初めて見たが、よくわかったよ。

 テメェらは『やつら』と同じようなもんだってのがな」

 

 すると彼は何故か首を傾げる。

 

「はて……今口走った『やつら』ってのは何だ?

 ……ちっ、記憶喪失ってのは不便でならねぇ」

 

 何やらブツブツと呟いた後、彼はその肩に担いだドリルメイスの切っ先を深海棲艦たちに向けた。

 

 彼女は知っている。

 この世には神も仏もいやしない。

 神様も仏様もどれだけ祈っても手を差し伸べてなんてくれない、どこまでも残酷で非情なのが真っ暗闇のこの世界だ。

 しかし……。

 しかしそれでも……。

 

「海底軍艦『轟天』、敵を撃滅する!!」

 

 どんな真っ暗闇の世界でも、『光』はきっと存在する。

 そしてその時彼女は、その『光』に出会ったのだった……。

 

 




羅號「なんか朝潮とろーちゃんとリベちゃんが、帽子とグローブと猫の鈴を渡してきたんだけど……」

轟天「それが世界の選択である」

というわけで世界観は『高機動幻想艦これーどマーチ』に近いものでお届けします。
今作では深海棲艦は幻獣やらBEATと同レベルです。そのせいでヒロインからほっぽちゃんがリストラされてしましました……。

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