その胸に還ろう   作:キューマル式

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今回は村雨たちのお話し。
前回がジラ戦だったので、もちろんこっちは……。


探索

 

 時間は少しさかのぼる。

 E・D・F艦隊の最古参の1人、秘書艦である村雨はE・D・F艦隊所属の5人の駆逐艦娘……不知火・霞・叢雲・長月・文月を引き連れて行動していた。しかしそこはいつもの青い海ではない。そこはコンクリートの壁で囲まれた所々に頼りない照明があるだけのうす暗い通路だ。村雨たちの足元からは水の跳ねる音がし、時折どこからかピチャンピチャンと水の滴る音が聞こえる。

 ここはシドニーの街の地下、下水道の中だ。

 

「まったく……鼠輸送は得意だけど、まさか本物のネズミの真似事をすることになるなんてね」

 

「まったくだ」

 

 霞のぼやき声に、長月が相づちを打つ。しかし2人とも周囲の警戒には余念がない。

 

「長月ちゃん、大事なお仕事なんだから文句言ったらダメだよぉ」

 

「それは分かってるがな、文月」

 

 長月をたしなめる文月。その時、遠くからかすかに爆発音が聞こえ、パラパラとホコリが頭上から落ちてくる。シドニーでは海上の戦いと並行して、地上部隊が深海棲艦隊の上陸部隊と市街地戦の真っ最中だ。

 

「今は戦いの真っ最中、上ではE・D・Fの仲間たちも戦っているんだ。

 任務の重要性は理解しているが調査任務なんて、戦闘がすんだ後でも……」

 

「……だそうよ、秘書艦どの」

 

 このシドニー市街地戦には他のE・D・F艦隊の仲間も参加している。それがすんでからでもいいのではないかと長月は言うが、叢雲に話を振られた村雨は即座に首を振った。

 

「ダメよ。 轟……天司令が言っていたことを忘れたの?」

 

 いつものように『轟くん』と呼びそうになったのを慌てて飲み込みながら村雨は言う。

 こんな戦闘中に強力な戦力である村雨たちE・D・F艦隊所属の艦娘がこんな地下に潜っているのは、村雨が轟天からの指示を受けたからだ。

 

『悪いんだが、何人か率いて地下を調べてくれないか? ちょっと気になることがあるんだ。

 まぁ、杞憂だといいんだが……』

 

 作戦前の事前の偵察では怪獣の種類までは不明だった。しかし怪獣襲撃から運良く生き残った人員からの聴取によって、轟天はシドニーを襲った怪獣が『ジラ』である可能性を見抜いていた。

 そして、『ジラ』の本当の厄介さを轟天は村雨に語っていた。ジラは繁殖力が高い怪獣であり、卵によって繁殖するのだ。出現して間もないもののその可能性を轟天は危惧し、もっとも信頼する村雨に調査を頼んでいたのである。

 

「もしも司令の予想が的中していたとしたら、敵怪獣がどこかで卵を産んでる可能性があるわ。

 怪獣が増えるなんて悪夢以外の何物でもない、早急な調査が必要よ」

 

 そう有無を言わせぬ口調で言うと、先導するように歩き出す。その姿に他のメンバーは軽く肩を竦めると、揃って歩き出した。

 そのやる気に満ち溢れた村雨の姿に、彼女と特に仲がいい叢雲・不知火・霞はその感情を読み取る。

 

(ああ、司令に特別頼りにされて嬉しいのね)

 

(ええ、そのようで)

 

(舞い上がっちゃって。バッカじゃないの)

 

 司令である轟天と艦隊秘書艦である村雨がただならぬ関係だというのは、E・D・F艦隊の中では『公然の秘密』というやつであった。

 村雨本人はうまく隠しているつもりのようだが、毎夜のように轟天と同じベッドで寝て、翌朝早くに自室に戻るという生活を続けているのだから目撃されていないほうがおかしい。早朝に轟天の部屋から寝間着姿で出てくる村雨の姿を見た艦娘は相当数いる。しかも村雨は最古参の1人であると同時に、重要な決定や会議には必ず轟天とともに出席し、さらに何かにつけて轟天と一緒に行動しているとなればそんな噂がたつのは自然な成り行きだった。

 もっとも真実は、仲間が次々と使い捨てにされ死んでいく過酷な戦場で戦っていた過去のトラウマのせいで1人で眠れない村雨と、その事情を知る轟天が一緒に寝ているだけで特に恋人同士というような甘い関係ではない。確かにお互いに憎からず思っているだろうが、少なくとも現段階では本人たちはそういう関係に至っていないのだが、そのあたりを知らない外野からすれば関係のない話だ。

 その噂を知らないのはE・D・F艦隊では当事者である轟天と村雨くらいのものだろう。轟天の弟である副司令の羅號も、その取り巻きともいえるラヴァーズ艦隊の面々ですら当然知っており、納得して陰ながら祝福しているくらいだ。

 そんなわけで、不知火たちからすれば今の村雨の姿は、恋人に頼りにされて舞い上がっているようにも見えた。彼女たちにしても友人が幸せなことはいいことだと感じながら、任務中に危ないようならフォローしてあげないと……と妙な使命感を感じていた矢先、急に立ち止まった村雨に後ろを歩いていた霞がぶつかってしまう。

 

「何よ、いきなり……」

 

 抗議の声を上げようとした霞の口を、村雨が素早く塞ぐ。その顔は真剣そのものだ。

 その様子に全員が真剣な様子で、「何かあったのか?」と表情で訴える。するとそれを察した村雨は一歩退くと、進んでいた先を指さした。

 何事かとそこを覗くと、そこには……。

 

「ちょっと……嘘でしょ……」

 

 思わず叢雲が言葉を漏らす。

 そこは大きな縦穴のような場所になっていた。地上から続く大穴だが、ビルか何かがその穴を塞ぐ形で覆い隠しているのだろう、漏れ入る光は弱々しく、それと元から地下にあっただろう照明がその場の光のすべてだ。だがそんな光でもはっきりと、その場にある『卵』の姿を浮かび上がらせている。その大きさは村雨たちの身長をゆうに超える。こんな巨大な卵は、普通の生物のものであるはずがない。間違いなく怪獣『ジラ』の卵だ。

 そして……それがいくつも薄暗い闇の中に浮かび上がっている。

 

「……全員、探照灯準備」

 

「……」

 

 薄暗いこの場所の全貌を確認するために全員で探照灯で照らそうという村雨の指示に黙って頷き、そして6基の探照灯の光によってその場の全貌が明かされる。

 卵の数は軽く50を超える。それが綺麗に円形に並べられていた。巨石のような大きさのそれが並ぶ様はまるでストーンサークルである。そしてその子供のためのエサだろうか、その中心にはうず高く魚が山と積まれていた。

 

「「「……」」」

 

 その光景に全員の背筋を冷たいものが走る。もしこれが誰にも知られずに孵っていたとしたら、間違いなく人類滅亡ものの案件だからだ。

 

「……どうしますか、村雨?」

 

「持ってきた爆薬、明らかに足りないわね……」

 

 いち早く衝撃から立ち直った不知火が村雨に指示を仰ぐと、村雨は困ったように天を仰ぐ。卵を破壊するために時限爆弾を村雨たちは持ってきていた。しかしそれもせいぜいが10個程度、この卵の数は完全に想定外で数が足りない状態だ。

 

「仕方ない。砲撃ですべて破壊するしかなさそうね。

 くれぐれも崩落に気を付けながらやりましょう」

 

 村雨の言葉に全員が頷いた、その時だった。

 

 

 ピキピキッ……

 

 

 そこかしこから何かが割れるような音がしたかと思うと、次々と卵の殻を破ってジラの子供たちが出てくる。

 

「みんな、物陰に!」

 

 村雨の鋭い声に、全員が探照灯を消して物陰に身を隠した。

 卵から孵ったジラの子供たちは一目散に積まれた魚の山に向かうと、一心不乱に魚をむさぼり食う。

 

「うわぁ……すごい食欲だねぇ」

 

「ああ、あの勢いだとあれだけの魚の山もすぐに無くなるぞ」

 

 息をひそめ様子を伺いながら、文月の言葉に長月が返す。

 するとその時、何かに気付いたのか不知火が自分の腕を顔に近付けてスンスンと鼻を鳴らした。そして不知火はそのまま仲間の1人1人に同じようにして鼻を鳴らして廻る。

 

「どうしたのよ、不知火?」

 

「村雨……私たち全員、魚臭いです」

 

「えっ!?」

 

 言われて慌てて全員が自分の匂いを嗅いでみると、確かに不知火が言うように魚臭い。この空間にいたことで、どうやら魚の山の匂いが移ってしまったようだ。

 

「ちょっと待ちなさいよ。 今ここで魚の匂いなんてさせてたら……」

 

 そう、思い至りたくないことを閃いてしまった叢雲の言葉は最後まで続けられなかった。

 

 

 ジャリ……

 

 

 不吉な足音に全員がその方向に視線を向ける。魚の山を喰い尽した子ジラたちの物言わぬ双眸が、村雨たちが隠れる物陰へと向けられており、にじり寄るようにゆっくりと近付いて来ていた。

 

「……どうする、村雨?

 あの行儀の悪い欠食児童ども、完全に私らのことを新しいエサだと思ってるわよ」

 

「……総員、合戦用意」

 

 霞の問いに村雨が答え、全員が頷きながら武器の安全装置を解除する。

 そして……。

 

「全員脱出するわ! 出口まで走って!!」

 

 物陰から飛び出し、砲を撃つと同時に村雨は叫ぶ。そしてそれは彼女たちと子ジラたちの命がけの追いかけっこの、スタートの号砲だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 時折砲を撃ちながら、元来た道を全力で走っていく村雨たち艦隊。その背後からは動物の雄たけびと、思いのほか軽快な足音とともに子ジラたちが村雨たちを追っていた。

 

「うわぁ! 来てる、すっごい来てるよぉ!!」

 

「分かってる! 言ってる暇があったら走れ、文月!!」

 

 艦隊最後尾を走る文月に、長月が怒鳴る。

 時折振り返りながら砲を撃ってけん制、そしてまた走るということを繰り返す艦隊だが、子ジラたちを振り切ることは未だ出来ていない。ジラが素早さを武器としている怪獣であり、その性質は産まれたばかりである子供にも十分に引き継がれていた。

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

 

「文月!!?」

 

 友の悲鳴に長月が振り返ると、素早い動きで追いついた子ジラの一匹が文月の背後から飛びかかり、文月を地面に引き倒していた。そんな文月の喉に、その子ジラの鋭い牙が迫る。

 長月は砲を構えようとするが、それよりも早くその脇を誰かが駆け抜けていく。不知火と霞だ。

 

「ウザいのよ、この化け物!!」

 

 速度と体重、そして艤装のパワーを十分に乗せた霞のケンカキックが炸裂し、文月を引き倒していた子ジラは後続の子ジラ数匹を巻き込んで派手に吹き飛ばされる。その隙に不知火が倒れた文月を引き起こす。

 一瞬の出来事に思わず呆ける長月の肩を村雨が叩く。

 

「何やってるの! 不知火たちの後退を援護するわよ!!」

 

「あ、ああ!!」

 

 言われて膝立ちになると、村雨・叢雲・長月はこちらへ走ってくる不知火・霞・文月を追ってくる子ジラに向けて砲を連射した。ズガンズガンとオート・メラーラ127mm単装速射砲の重い射撃音が響き渡る。

 その時、村雨の通信機から轟天の声が聞こえた。

 

『俺だ。 敵怪獣は殲滅完了。

 そっちは……』

 

「ごめん轟くん! 今こっちは手が離せないの!!」

 

 そう叫んで一方的に村雨は通信機を切った。その様子に長月は目を丸くする。

 

「いいのか、司令からの通信を?」

 

「今は一秒も手が離せないんだし、生きて帰れたら後でいくらでも謝るわよ!

 それより叢雲、アクィラさんへの空爆要請は!?」

 

「とっくの昔に終わってるわよ!

 さっきの巣のあった辺りを全力で集中爆撃するから早く退避してくれって!!

 空爆の爆風なんて受けたらこんな地下道一発で崩落、急いで脱出しないとみんな仲良く瓦礫でペシャンコよ!!」

 

「言われなくても急ぐわよっ!!」

 

 子ジラの集団が集中砲撃で怯んだ隙に、村雨たちは出口に向かって走る。村雨たちは執拗な子ジラの追撃を凌ぎながらついに出口近くへとたどり着いていた。

 

「出口よ、みんな急いで!!」

 

「!? 村雨、アクィラさんの空爆が開始されたわ!!」

 

「ッ!!?」

 

 後ろを見れば、狭い下水道の奥から渦巻くように爆炎が迫ってきており、地下道全体の崩落も始まっていた。

 

「は、走れぇぇぇ!!」

 

 もう全員、後ろを振り向かずなりふり構わぬ全力疾走だ。そして出口から飛び出すと、全員が倒れるようにして身を伏せる。次の瞬間、爆炎が下水道から噴き出し、下水道が崩落する。

 その光景を見ながら村雨たちは、全員が力尽きたかのようにへたり込む。だがそんな彼女たちの前で瓦礫が動き出すと、1匹の子ジラが這い出てきた。しかしその姿は血まみれの満身創痍の状態である。

 

「はぁ……」

 

 村雨は面倒くさそうに砲を持ちあげると、無造作にトリガーを引いた。放たれた砲弾が狙い違わず子ジラの頭部に叩き込まれ、今度こそ子ジラは息絶える。それを確認して、村雨は通信機のスイッチを入れた。

 

『村雨、どうした! 無事か!

 そっちはどうなったんだ!?』

 

「あー、うん、無事無事。みんな無事。

 ちょっと怪獣の巣で、元気すぎる怪獣ベビーと追いかけっこしてたから。

 しっかり始末はつけてきたわよ」

 

 疲れ切っているのか、非常におざなりに報告をする村雨。

 

「というか、あんなにたくさんの卵があるなんて村雨聞いてないんですけどぉ?」

 

『……悪かったよ、俺も読み違えた。

 とにかく、無事でよかった。 いったん前線基地へ退いて休んでくれ』

 

「はいはい、了解よ。

 ……轟くんも早めに終わらせて無事に帰ってきてね」

 

『ああ、わかったよ』

 

 それで轟天の通信は切れた。

 

「ふぅ……さて、これで任務は終了。

 前線基地まで退くわよ」

 

 轟天との通信を終え、一息ついて村雨が振り返りながら言うが、疲労困憊の仲間からは「了解」の声はなく、ただ手を挙げてその意思を伝える。

 やがてゆっくりと、お互いに肩を貸しながら立ち上がった村雨たちは前線基地へと帰還するのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 通信を終え、轟天は一息をつく。その周りでは、大量の深海棲艦が波間に沈んでいっていた。

 ジラを撃破してから村雨に入れた通信、その時は尋常ではない様子ですぐに通信を切られてしまった。そのまま村雨のもとに飛ぶことも考えた轟天だが、結局は村雨たちを信じることにして周辺の深海棲艦の掃討に協力していたのである。

 レ級などの強力な深海棲艦の個体もいたが、轟天相手では太刀打ちできるものではなく、この海域の深海棲艦の掃討は完了している。

 

「これでこの戦いは人類(こっち)の勝ちだな」

 

 切り札でもある怪獣『ジラ』は轟天によって撃破され、そのあと轟天が深海棲艦の掃討を手伝ったこともありシドニー周辺の海域はほぼ制圧が完了していた。陸上でも、海上での戦いに勝利した部隊が次々に増援として投入されており、そう時間をおかずにシドニー市街地の制圧も完了するだろう。唯一の懸念であったジラの卵に関しても村雨たちの手によって処理済みである。

 それらの状況からすでに戦いは終わったものと息をつく轟天だったが……。

 

「ん、通信? これは……羅號たちの方からか」

 

 羅號とラヴァーズ艦隊は陸上の方に支援に行っていたはずだ。轟天が通信機を入れるとそこからは……。

 

『らーくんが、らーくんがぁ!!』

 

 明らかに異常な様子で泣き叫ぶローの声が飛びだした。

 

「何だ! 一体何があった!?」

 

 思わず怒鳴り返した轟天、ややあってローに変わり朝潮が出る。

 

『怪獣です! 怪獣の奇襲を受け……私たちを庇って羅號が大けがを!』

 

 それを聞いた瞬間、轟天は即座に空中へと飛び出していた……。

 

 




というわけで映画版ゴジラの、子ゴジラとの追いかけっこシーンでした。
今回のために見直しましたが、あれ『ゴジラ』だと思わなければ普通に見れる作品だなぁと思います。
少なくとも粗製乱造される○○オブザデッド系統よりはマシ……ってこれは褒め言葉にはならんか(笑)

次回でシドニー解放戦はラストの予定。
次回もよろしくお願いします。

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