転戦
人類が深海棲艦という脅威と遭遇し、訳も分からぬまま絶え間ない戦いに突入してから早100余年、人類その版図を3分の1にまで後退させながらも深海棲艦にあらがっていた。しかし、その状況が大きく、しかも悪い方向へと動く。
『怪獣』の登場である。
『怪獣』……その皮膚は並みの砲弾を弾き、その強靭な膂力は鋼鉄の装甲すら引き裂いた。ある個体は高速で空を飛び回り、ある個体は熱光線で攻撃を仕掛ける特殊能力を持つものまで存在する、まさしく常識を超越した巨大生物たちである。それがどういうわけか、深海棲艦と共同しながら侵攻を開始したのだ。
『怪獣』の登場を知った日本海軍は、即座に人類勢力である世界各国へと情報の提供と警告を行った。しかし、当初その反応はあまり良くはなかった。その理由は『怪獣』の能力があまりに桁違いすぎて現実味がなかったせいである。
戦艦級の艦娘の装甲を引き裂き、戦艦級艦娘の至近距離からの砲撃をものともしないような生物が突如として現れる……まるで特撮映画のような話で、そんなものをおいそれと信じられるほど人類の頭は柔らかくはなかったのだ。日本に資源と引き換えに戦力の提供をしてもらっている一部の国では、報酬を引き上げるための悪質なブラフだと日本を非難する国さえ出た。しかし、『事実は小説よりも奇なり』ということを人類はすぐに思い知る。東南アジア方面へ侵攻してきた深海棲艦隊、その中に『怪獣』が存在したのだ。
『怪獣』により東南アジア方面の護りの主力であるリンガ泊地艦隊はほぼ壊滅、東南アジア各島への深海棲艦の上陸を許してしまう。リンガ泊地艦隊も残存戦力をまとめ上げ、被害を最小限に留めるために島民の避難のための時間を稼ぐため、決死の戦いを展開する。
ここに至り、各国はやっと、『怪獣』の存在を現実のものだと理解した。
だが、理解すると同時に人々は絶望する。今までの深海棲艦ですら人類の手に余る相手だったというのに、さらに『怪獣』という存在まで敵として現れたのだ。どうしたらいいのか……蹂躙されていく東南アジア各島の状況を見ながら、そして『怪獣』の強大な力に危機感を募らせていく。
だが、それに対する日本海軍の対応に世界は度肝を抜かれることになる。日本海軍の援軍が『怪獣』を撃破、それだけでなく上陸した深海棲艦を追い落とし、東南アジア各島を取り戻したのだ。
深海棲艦によって版図を削られ続けた人類が、逆に版図を取り戻したという例はけっして多くはない。一体どんな魔法を使ったのか……するとそこには『ある艦隊』の存在が浮かび上がってくる。
見たこともない新型兵器を使う艦隊……当然のように各国はその艦隊のことを問うが、日本海軍はこの艦隊について多くを語ることはなかった。
そして人類と深海棲艦の熾烈な戦いは『怪獣』の登場によって、一層激しさを増していくことになる……。
―――――――――――
オーストラリア領、シドニー沖……青く広がる美しい海は今、怒号と砲声、血と硝煙の香りが渦巻く鉄火場と化していた。
世界最大の戦力を持つアメリカが『アメリカ第一主義』によって自国防衛にのみ専念するようになると戦力の少ない中・小国は深海棲艦の攻勢によって一気に滅亡の危機に陥った。そんな各国が頼ったのが海軍大国である日本であり、日本は自国では足りない資源などを報酬としたいわゆる傭兵のように各国へと戦力を展開、現在の深海棲艦との戦いの中心的な立場になっている。しかし、すべての国がその状況を諸手をあげて歓迎したというわけではない。その1つがこのオーストラリアという国だ。
オーストラリアは白豪主義という、いわゆる差別意識が渦巻いている。そんな中でその対象である日本に頼るというのは本心では拒んでいた。
だが、そんなオーストラリアの事情など深海棲艦と怪獣にはあずかり知らぬ話だ。そのためオーストラリアは日本に頼るということを最小限にし、しかも思いのほか容易く日本海軍が奪われた東南アジア各島を取り戻りたことで、怪獣という戦力を過小評価してしまった。結果として防衛部隊はほぼ全滅、最終防衛線は容易く突破されオーストラリアの重要都市の1つであるシドニーが深海棲艦によって占拠されるという大敗北を喫することになる。
早急に深海棲艦を排除しなければシドニーを橋頭堡にオーストラリア全土が深海棲艦によって占拠され住民が皆殺しにされる……ことここに至ってやっとオーストラリア政府は事態の深刻さを理解した。恥も外聞も捨てて日本に対し援軍を要請、日本もオーストラリアを深海棲艦に奪われるわけにはいかず、現在日本海軍を中心としたオーストラリア救援艦隊による『シドニー奪還作戦』の真っ最中なのである。
「全砲門、斉射!!」
日本海軍の誇る戦艦『武蔵』が率いる砲撃艦隊、その一斉射が深海棲艦隊をなぎ倒す。
「……よし、どうやらこの海域は制圧できたらしいな」
連戦による疲労からか、にじんだ汗を武蔵は拭う。しかし、決して周囲への警戒は怠っていない。今まで幾多の修羅場を超えてきただろう、そんな歴戦の艦娘の貫禄が彼女には漂っている。
そんな武蔵の元に、慌てたように駆逐艦娘が近付いてきた。
「武蔵さん!」
「どうした、清霜!?」
「探信儀に感! 何か、何か巨大なものがこっちに!?」
その悲鳴のような声に、武蔵は即座に叫んだ。
「各自散開! 『怪獣』が出たぞ!!」
その指示に即座に反応して艦隊は散開した。よく訓練された、見事な動きだ。だが、怪獣の出鱈目さはその上を行っていた。
「ぐぅ!?」
「武蔵さん!!?」
海面が突如として盛り上がると、そこから鋭い牙を大量に生やした巨大な顎が迫る。巨大な海イグアナのような形の怪獣が喰らい付いてきたのだ。
武蔵はとっさに隣にいた清霜を突き飛ばすと、その顎に捕らえられてしまった。日本海軍の、ひいては世界最高の強度を誇るだろう大和型戦艦の装甲がひしゃげていく。このままでは武蔵が噛み潰されるのは時間の問題だ。
その時。
ドゴォォン!
グギャァァァァ!!
どこからともなく飛来した、魚雷のようなものが怪獣の横っ面に叩き込まれる。まるで真横から殴りつけられたような爆発の衝撃で、怪獣はたまらず咥えていた武蔵を離す。
「武蔵さぁん!」
「大丈夫だ、まだ生きてる……」
慌てて駆け寄ってきた清霜に答えながら、武蔵は怪獣の方を見た。怪獣が最大限の警戒をするその視線を追うと、そこには巨大なドリルを持った男の艦娘(艦息?)が宙に浮いていた。そしてその男の艦娘(艦息?)の声が戦場に響く。
「こちらはE・D・F艦隊所属、轟天だ。 怪獣は俺に任せて早く退け!!」
言葉と同時にその男の艦娘(艦息?)、『轟天』から光線が怪獣めがけて発射される。たまらず海中へと潜る怪獣を、間髪入れずに『轟天』は空中から飛び込むようにして海中へと潜航して追っていく。
後にはあまりのことの連続に言葉を失った艦隊だけが残っていた。
「い、今のは……」
「ああ、あれが噂の対怪獣秘匿艦隊E・D・F、その旗艦の『轟天』らしい。
私も見るのは初めてだ」
しばしの間呆然とする武蔵だがハッと我に返って指示を出す。
「艦隊、今すぐにこの海域を離脱! いったん後方に下がり、別方面の友軍の援護に向かうぞ!!」
武蔵の指示に、艦隊は素早くこの海域から脱出していった。
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「ちぃ、素早い!」
水中で戦闘機動をしながら轟天は舌打ちする。その視線の先では、先ほどの怪獣がその巨体をものともしない素早さで動き回っていた。
この怪獣、『ジラ』は防御力や攻撃力に関しては怪獣としては貧弱な方なのだが、そのかわりに俊敏さに関してはトップクラスだ。そしてそれは水中だろうと陸上だろうと変わらない。
水中では轟天の得意とするメーサー光線をはじめとした光線兵器はほとんど使えない。そのためフルメタルミサイルを轟天は撃ち込むが、ジラはスイスイと水中を動き回りこれを巧みに避ける。するとジラは、避ける際にフルメタルミサイルの一本に尻尾をぶつけてきた。そのせいで軌道が変わりコントロールを失ったそのフルメタルミサイルが海底へとぶつかって爆発する。
その瞬間、轟天は自らの失策を悟った。
「なっ、視界を!?」
フルメタルミサイルの爆発によって巻き上げられた海底の砂によって水中が覆われ、轟天の視界が奪われる。
ジラはこちらの視界を奪い、その隙に攻撃に転じるつもりだ……そう考えた瞬間には、すでに轟天の真下からジラが迫っていた。
ガキィィ!!
「くぅ!!?」
金属同士がぶつかり合うような高い音をたて、轟天がジラの巨大な顎に捕らえられる。ジラの鋭く巨大な牙は轟天自慢の複合装甲によって防がれているものの、ギリギリと絶えず強力な顎の圧力は増している。このままではいつかジラの牙は轟天の装甲を貫くだろう。
しかしそんな絶体絶命の状況に陥ったはずの轟天は、ニヤリと不敵な笑みを漏らす。
「俺は海底軍艦『轟天』だぜ。 俺の攻撃距離に……死角はない!」
瞬間、轟天の身体から強烈な電撃がほとばしった。
怪獣には船体に取り付いてくる相手も存在する。それに対抗する手段として轟天は『超高圧電流放電攻撃』ができるのだ。
その電撃にしびれたジラの顎が緩み、轟天の拘束が解けた。そのチャンスを逃さず轟天は攻撃に移る。
「フルメタルミサイル、全弾発射!!」
いかに素早いジラといえども、高圧電流でしびれた挙句目と鼻の先から放たれたフルメタルミサイルを避けることはできなかった。
ズドォォォン!!
何発ものフルメタルミサイルが爆発した衝撃で巨大な水柱が立ち、それに押し上げられるようにして吹き飛んだジラはそのまま抵抗も出来ず陸地へ向けて吹き飛んでいく。そしてジラはシドニーのランドマークともいえるオペラハウスへと突っ込んだ。
オペラハウスを瓦礫の山に変えながら、それでももがきながら体勢を立て直そうとするジラ。しかし、すでにその結末は決していた。ジラを追って空中に飛びあがった轟天が、自慢の光線兵器すべての照準をジラに合わせていたからだ。
「全武装、オールファイア!!」
メーサーキャノンや熱光線砲が連続してジラに命中した。ジラの怪獣にしては脆弱な防御ではそれに耐えることはできない。ジラは断末魔の雄たけびを上げながら、爆炎の中に消えていった。
「敵怪獣、殲滅……」
轟天は油断なくジラのいた場所を見つめるが、怪獣の生体反応が完全に消えていることを確認するとそこではじめて緊張を解いた。
「まぁ、マグロ喰ってるようなのじゃこのぐらいだろ」
軽口を叩きながら身体をほぐすように息をつくと、轟天は仲間へと状況を確認するために通信機を起動させた。
まずは陸の方で駆逐艦を率いて作戦中だろう、村雨からだ。
「俺だ。 敵怪獣は殲滅完了。
そっちは……」
しかし轟天が言い終わるよりも早く、切羽詰まった村雨の声が通信機から飛び出す。
『ごめん轟くん! 今こっちは手が離せないの!!』
その裏からは連続した砲声と怒号、そして何かの動物……まるで恐竜の鳴き声のようなものが聞こえていた……。
皆大好きジラさんでした。
最新のアニメの方だとヤバさが凄い。なんだか後付けで強力になってきてるなぁ。
次回はジラといったら……というシドニー奪還作戦の続きです。
次回もよろしくお願いします。