その胸に還ろう   作:キューマル式

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駆逐艦 Z3マックス・シュルツの出会い

 

 

 ……私は自分の運命は自分の力で切り開きたかった。

 

 人はみな平等だというけれど、それは大嘘だ。

 人間は産まれ落ちる時、すでに差がついて産まれる。それは家柄であったり才能であったり容姿であったり様々だ。

 でも……それを自分の力で選び取った人はいるの?

 産まれる前に神様の試練でも乗り越えてそれを手に入れたの?

 答えは否、どこでどう産まれ落ちるかは完全に運だ。そして産まれてしまえば、人は持っている手札(カード)で生きていくしかない。

 そんな私が産まれる瞬間に握っていたのは……『亡命外国人』という手札(カード)だった。

 

 深海棲艦という謎だらけの人類の敵が現れてすでに100余年がたっている。人類抹殺の意思を持って襲い掛かってくる深海棲艦の猛攻によって、人類はその版図を大きく削られていた。

 私の産まれるずっと昔、今から約30年ほど前に人類の一大拠点である欧州は深海棲艦の攻撃によって陥落した。深海棲艦は捕虜など捕りはしないし、人を支配するわけでもない。深海棲艦は占領した地域の人間を例外なく皆殺しにする。だから当然、その地に住む人々はそのまま徹底抗戦し深海棲艦に殺されるか、生まれ育った故郷を捨て逃げ延びるかの選択を迫られた。

 そして私の祖父たちは生まれ故郷のドイツを捨て、逃げ延びる道を選んだ。逃げる場所は……日本。

 日本はアメリカ・イギリスに並ぶほどの海軍大国であり、多量の戦力を有している。しかも当時の深海棲艦との戦いの主戦場は欧州方面、極東方面の戦況は多少なりとも落ち着いていた。

 祖父は大学のころ日本文化に興味を持ち専攻していたこともあっての提案だったそうだ。それでも文化形態が欧州とまるで違う上に日本語の話せない祖母は日本に向かうことに抵抗があったようだが、結果的に言えばその祖父の判断は正しかった。

 

 欧州からの最大の亡命先とも言えたブリテン島は、その約5年後に陥落した。

 アメリカからの補給を受けて戦っていたイギリスだが、欧州からの大量の難民を受け入れたことで物資を大量に消費するようになってしまう。それを補うためにアメリカから大量の物資を買い付けるわけだが、その輸送船団に深海棲艦は襲い掛かった。

 無論、イギリス海軍(ロイヤルネイビー)の艦娘やアメリカ海軍の艦娘たちも輸送船団の護衛についたが、それでもすべてをカバーできるわけではない。アメリカからの輸送船団の被害が増え、真綿で首を絞められるようにイギリスは疲弊していった。そして物資欠乏に陥った末に深海棲艦の上陸を許してしまい、瓦解した。

 生き残った人々はアメリカに向かって脱出したが、広大な大西洋での深海棲艦の執拗な追撃により、最後のイギリス海軍(ロイヤルネイビー)の艦娘たちの決死の護衛にも関わらずアメリカ亡命船団のおよそ8割は海の藻屑と消えてしまう。

 もし祖父が亡命先をイギリスに選んでいたら、私は産まれることすらできなかっただろう。そう考えると、最初に日本を亡命先に選んだ祖父は先見の明があったと言える。

 だが、日本もイギリスの滅んだ様はしっかりと見ていた。そしてその滅亡の原因の一つに『亡命者』という要素があるのを理解していたのである。そこで登場したのが『亡命外国人』という言葉だ。

 

 『亡命外国人』はその名の通り外国からの亡命者であり、『亡命外国人』は移動や結婚、職業選択に物資配給や受けれる公共サービスに厳しい制限がついていた。ようは『二等国民』として元からの自国民とは明確に差をつけ、なおかつ消費される物資をある程度コントロールしようというのである。

 『亡命外国人』はその子孫も自動的に『亡命外国人』になるし、『亡命外国人』以外との結婚には厳しい制限がついていて難しく、脱する手段というのはほぼ無い。

 

 『平等』『博愛』は美しい言葉だけど、常に『最善』というわけではない。そうしなければ国が滅びる、今のような非常時ならなおさらだ。

 そのため私の家は貧しく、いつもギリギリの生活だった。

 

「ごめんなさい。 あなたを『亡命外国人』の家に産んでしまってごめんなさい」

 

 優しい母はよくそう言って、泣きながら私を抱きしめてくれた。母のぬくもりは心地よくて好きだったが、その言葉は私は好きではなかった。

 母はもちろん、私は父も祖父も祖母も、家族すべてを愛している。その家族の元に産まれることができたのは、私にとっての何よりの幸運なのだ。なのに、何故母はそれを謝るのか?

 私は、私のことを心から愛してくれる家族に不満など何もない。私が不満を持つとしたら、それは『亡命外国人』という仕組みそのものにだ。

 自分の選んだ行いの結果として現状があるのなら、それは自業自得だと納得できる。でも何の選択もなく、産まれた瞬間からその道を歩くことを決められている……それが不満なのだ。

 ……力が欲しい。逆境をねじ伏せ、運命を自分の手で切り開くような力が……。

 私に『ドイツ駆逐艦 Z3マックス・シュルツ』の艦娘適正があると分かったのはそんな時だ。

 

 深海棲艦に対し、唯一対抗できる艦娘。その数はいくらあっても足りない。そのため『亡命外国人』に艦娘適正があると分かった場合、強制的に兵役につく義務があった。

 私が艦娘として戦地に行くと決まると、「まだ10も生きていない娘を戦場に送ることになるなんて」と家族は私を心配して揃って泣いた。しかし艦娘、とりわけ駆逐艦級のような小型艦の適正者はほとんどが私と同じくらいの歳に集中している。歳はなんの言い訳にもならない。しかも、とうの私はこれをチャンスだと考えていた。

 艦娘として戦果を挙げ勤め上げた場合、国への貢献の褒賞として特例で『亡命外国人』では無くなるのだ。それに艦娘になれば、その家族には国からお金が支給される。これがあれば家族の生活にも少しぐらいの余裕は生まれるだろう。

 私は家族のため、そして何より決められた運命を自分の力で切り開くために、艦娘として戦地に赴いた。

 そしてやってきた戦場は……この世の『地獄』そのものだった。

 

 私が配属されたのは、同じ『亡命外国人』の艦娘だけで構成された先発突入艦隊だった。どんな戦場であろうとも艦隊の先鋒として敵に突入していく一番槍……といえば聞こえがいいが、ようは主力艦隊突入までの間に敵に打撃を与え、かつ敵の弾を消費させるという囮の意味合いの強い、危険極まる艦隊である。

 「ここでの平均寿命は2週間」……私の着任時、艦隊のリーダーを務めていた最先任のプリンツ・オイゲンさんが言っていた言葉は脅しでも何でもなかった。次々に仲間が沈んでいき、その涙を拭いきらないうちに次の仲間が沈む……それを繰り返すような艦隊だ。

 

 そんな過酷な艦隊だが、艦隊そのものに不満はなかった。誰もかれも、同じ境遇だからと私を可愛がってくれたからだ。それは基地の日本艦娘たちも同様で、日本艦娘たちも私たちを『亡命外国人』ではない、同じ戦場を行く戦友だと扱ってくれたのはありがたかった。

 だから不満があるとしたら上層部にだ。私の艦隊など軍上層部に多い思想らしいが、『死ぬならまずは外国人から』という考え方がよく分かる艦隊だろう。

 

 私たちの必死の戦いを、献身を、何故上層部は正当に評価しないのか?

 私たちが『亡命外国人』だからか?

 

 そう愚痴をこぼす仲間に、プリンツさんは「じゃあ、もっと無視できないくらいに生き残って暴れてやらないとね」と笑って言った。

 ああも損耗が多く地獄のような環境ながら、私の艦隊に悲壮さも諦めもなくいれたのはやはりプリンツさんの存在が大きかったのだと思う。私もプリンツさんのことは姉のように慕っていた。

 いつ死ぬか分からない日々を送りながらも、私はそれなりに充実した日々を送っていたと思う。

 だが……それもあの日に終わった。

 その日も私たちの役目は、いの一番に敵へと突撃していくことだった。私たちの突入で敵が混乱し、とどめの主力艦隊が突入してくるというその時、主力艦隊に大量の水柱がたった。それは潜んでいた敵潜水艦隊による奇襲攻撃だった。

 その攻撃によって運悪く主力である戦艦・空母がことごとく損傷、さらに損傷した主力艦隊を殲滅するためだろう、新手の艦隊が現れた。これで主力艦隊は元からいた敵艦隊、潜水艦隊、そして新手の艦隊と三方向からの半包囲を受けてしまったようになる。私たちの攻撃は完全に敵に読まれていて、まんまと策にはまってしまったというわけだ。

 この事態に基地の司令はすぐさま撤退を決意。そして……当然のように私たちの艦隊に殿が命じられた。

 ここが主力艦隊を葬るチャンスと追撃しようとする敵艦隊、それを食い止めようとする私たち……その戦いがどれだけ続いたか分からない。

 

「くぅっ!?」

 

 近距離での魚雷の爆発の衝撃が、私の身体を容赦なく叩く。

 艤装の各所で発生した火災を消そうと妖精さんたちがせわしなく動き回る。私はもうかなりの損傷を負っていたが、それでも私から闘志が消えることはなかった。

 

(どんな死地であろうと負けない! そんな運命なんて自分の力で切り開く!)

 

 私はその想いでいつものようにがむしゃらに戦った。装填の完了した魚雷を発射、敵重巡リ級に直撃し海の藻屑に変えてやる。思わずガッツポーズしかかるがその後ろから新手が現れ、私は砲を構えるものの妖精さんがまだ装填作業中であることに気付く。

 

「誰か、誰か援護を!!」

 

 私は夢中で叫びながら振り返る。だが、そこにはもう誰もいなかった。

 そこかしこで燃え盛る艤装と、もう動かない誰かの骸。血の赤とオイルの黒が海面を汚していた。そして……私の前に、あのプリンツさんの帽子が流れてくる。

 それを見て、もう私しか生き残りがいないのだということを嫌でも理解してしまった。

 敵は容赦も待ったもない。たった1人になった私に向かっていくつもの砲口が向けられる。

 

「ちぃっ!?」

 

 至近弾のビリビリとした衝撃に歯を食いしばりながら、私は回避を続ける。しかし、傷ついた私の艤装はどんどん稼働率を下げていく。

 

「まだよ、まだ!!」

 

 それでも私は諦めない、諦めきれない。

 

(私は、私はまだ戦える。 戦って……自分の運命を切り開く!)

 

 だがどんなに戦意があろうと、どんな想いがあろうと戦場の現実は残酷だ。

 

「あぅっ!?」

 

 敵戦艦ル級の主砲が、私の艤装の船尾を抉り取っていた。そして衝撃と爆発。その衝撃に私は海面にしたたかに叩きつけられていた。

 身体がそこかしこで悲鳴を上げ、艤装は浸水がはじまり冷たい水底へとゆっくりと引き込まれていく。歯を食いしばって顔を上げた私の目に映ったのは突き付けられたいくつもの砲口だ。逆転の目は……無い。

 

(私は……自分の運命を切り開けなかったわね……)

 

 濃厚な死の香りに、ついに私はすべてを投げてしまった。

 結局、私には自分の運命を自分の力で切り開くような強さはなかったのだ。だから何もできず、『亡命外国人』として捨て石となって死ぬのだ。

……もう、休もう。

私はゆっくりと目を閉じて最後の時を待つ。だが……その最後の時は訪れなかった。

 

ブオォン!!

 グシャァァァン!!

 

 何かの風を切るような音、そして衝撃を伴う破砕音が響き渡る。でも、私の身体に痛みはない。恐る恐る目を開く私は……その運命に出会った。

 

 最初に目に映ったのは私と同じくらいの歳の、整った顔立ちの男の子の姿。柔和そうな雰囲気なのに、今はすべてを貫くような鋭い視線が印象的だった。そしてその姿から想像もできないような凶悪極まりない艤装をその背に背負っている。

 その手にはこれまた凶悪極まる巨大なドリルメイスが握られており、それをフルスイングで振り抜いたような体勢だ。そのドリルメイスが深海棲艦の血でべっとりと汚れていたことからも、その見立ては間違いないだろう。私にトドメを刺そうとしていた深海棲艦たちが千切れ飛びながら彼方へと吹き飛んでいる。

 そして、彼はゆっくりと倒れた私に振り向いた。

 つい先ほどまでの深海棲艦に向けていた、すべてを貫くような鋭い視線などどこにもない。綺麗な、そして温かみを持った瞳だった。

 血と硝煙の匂いの充満した戦場のど真ん中、そして私は死にかけだという事実も忘れ、それに見惚れる。

 そんな私に彼は微笑むと、言った。

 

「大丈夫、すぐに助けるから」

 

 たったその一言、それだけで自分は助かるのだと信じられた。だから緊張の糸が切れてしまったのだろう。私は怪我と疲労で、彼の大口径砲の咆哮を子守歌にしながら意識を手放した。

 

 

「ここ……は……?」

 

 次に私が目を覚ましたのは見覚えのない部屋だった。恐らくは医療施設だろう、白い部屋に薬品の匂いがかすかに香っている。

 

「あっ、気がついたんだね」

 

 そして私のベッドの隣に、彼がいた。

 彼は『羅號』と名乗り、ここが自分が拠点としている『緯度0秘密基地』だと言った。そしてその特殊な事情をゆっくりと私に説明してくれたのだ。

 

「それでね、助けた時には聞けなかったけど……君に選択してほしいことがあるんだ」

 

 そこで私に迫られた選択が、原隊へ復帰するかこのまま彼の仲間になってここに残るかということだった。

 当然のように、私は後者を選んだ。

 確かに私には本土に家族がいる。家族のことを忘れたことは一度たりとも無い。私がここに残れば、そんな家族の元には私の戦死の報が届いてしまうことへの申し訳ない気持ちはある。だがここで原隊に戻っても、同じように戦場で使い潰されるだけだろう。そうなれば今度は本当の戦死の報を家族に届けてしまう。

 ならばここで生き残り、いつか家族の元に無事を報告に帰ればいい。そう羅號に伝えると今は無理でも、いつか必ず家族と会わせてくれると約束してくれた。

 そして、私はこの『緯度0秘密基地』の一員になった。

 ここは驚きに満ち溢れた場所だ。どこにもないような強力な武装や、外部からの補給に頼ることのない燃料・弾薬・食料などの生産プラント……元の場所とは完全に別世界である。

 そこで私は羅號と、彼の兄である轟天の指揮の元で日々を過ごしていた。羅號は私たちを理不尽な目に合わせることはしない、理想的な上司だった。

 

 ……いや、自分の気持ちを偽ることはできない。正直に言おう。

 私は彼、羅號に恋をしている。私は気がつけば彼を目で追い、彼の役に立ちたいと考えるようになっていた。彼は私の理想だった『自分の力で運命を切り開く』人だ。しかもまるで物語の英雄のように、私の命を助けてくれた。おまけのように優しく見目も最上という完璧ぶり、それに何の特別な感情も抱くなという方が無理な話だ。

 だが……それは私だけに限った話ではなかったようだ。

 羅號の周りには、いつも誰かがいた。聞けば全員境遇は私と似たり寄ったり、つまり私と同じ感情に至るのは当たり前ということだ。しかも私は最後発である。

 だが……『ライバルが多いから』とか『出会ったのが一番最後だから』程度の理由でこの感情を捨てられるはずもない。

 

 

「何してるの?」

 

 仕事を一つ終えた私は、羅號の良く居る中庭へと来ていた。

 予想通りに彼はそこにいたが……その左右には彼に身体を預けて眠る、暁と山風の姿があった。

 今日はあの3人がいないのは確認済みだ。あわよくば2人だけの時間を……と思っていたが、どうやら先を越されたらしい。

 

「うん、ちょっとみんなで昼寝をと思ってね」

 

「ふぅん……で、目が覚めても2人が寝てて動くに動けないと?」

 

「あ、あはは……」

 

 どうやら図星らしい。

 

「それで、2人を起こさないようにどかすのを手伝ってほしいんだけど……」

 

「却下よ」

 

 そう言って、私は彼の正面に座るとそのまましな垂れかかるようにして身体を預ける。

 

「ま、マックスちゃん……?」

 

「何? 私、今仕事を終えてきたところなんだけど?

 2人には抱き枕替わりになるのに、そんな私は休ませてくれないの?

 ふぅん……」

 

「そ、そんなことないよ」

 

 そんな風に私が少し不機嫌そうに言うと、彼は慌ててブンブンと首を振ると私の為すがままにさせてくれる。クスリと小さく笑うと私は目を瞑り、長くはないだろうこの時間を楽しむことにしたのだった……。

 

 


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