その胸に還ろう   作:キューマル式

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前回から随分間を開けてしまったキューマル式です。
全部異動ってやつが悪いんや。

今回は山風の視点。
暁と友達になった彼女の、暁とは真逆だった人生の話です。
少々胸糞なので、ご注意ください。


駆逐艦 山風の出会い

 

 

 ……私はずっと誰かに甘えたかった。

 

 私の家は貧しかった。父は粗暴でいつも酒を飲み、母は常にイライラしていた。そしていつも……まるで気晴らしのように私のことをぶった。

 

「痛い、痛いよぉ。

 ごめんなさい。ごめんなさい。 いい子にするから……だからぶたないでぇ」

 

 亀のように丸くなって頭を守りながら、どれだけ泣いて謝っても父と母は私をぶつのをやめてくれなかった。

 その時チラリと見た両親の顔を、私は生涯絶対に忘れることはできないだろう。

 

 ……笑っていた。

 あのいつもイライラと不機嫌そうにしていた両親が、まるでおもちゃではしゃぐ子供のような顔で笑っていたのだ。

 ……それが私の知っている、たった一つの両親の笑顔だった。

 

 私のただ一つの楽しみは両親のいない間、窓の外を眺めることだった。

 すぐ近くの児童公園、そこには私と同い年くらいの子が家族と一緒に遊びに来ていた。幸せそうに笑いながらお母さんに抱き着くその子と、同じように幸せそうな笑顔でその子の頭を撫でるお母さん……その光景を見ながら、私は涙が止まらなかった。

 

 どうして私はあの子のように笑えないの?

 どうして私はあの子みたいに撫でてもらえないの?

 どうして私を……両親は愛してくれないの?

 

 それでも、それでもバカな私はどこかで信じていた。

 毎日痛いのを我慢していい子にしていれば、いつか両親も私を優しく撫でてくれる、甘えさせてくれる……そんな風に思っていた。

 でも……そんなこと、あるわけがなかった。

 

 私は検査で『駆逐艦 山風』の艦娘の適性があることが分かった。すると、両親は有無を言わさず私を軍へと入隊させたのだ。

 深海棲艦との危険な戦いの最前線に艦娘は送られる。そのため、その家族には幾ばくかのお金が政府から支払われることになっている。両親の目的がそのお金だということは明らかだ。

 私は……両親に売られたのだ。

 そして私は艦娘として、激戦区である南方戦線へと送られることになる。

 

 そこは『地獄』という言葉も生ぬるい、絶望の世界だった。

 私のような小さな駆逐艦級は適性者も多く補給が容易な、いくらでも替えの利く存在。だから犠牲にするのならまずは駆逐艦から。そして毎日のように、誰かが二度と戻らぬ水底へと沈んでいく……そんな世界だ。

 当然のように駆逐艦隊には怯えと諦めと絶望が蔓延している。

でもそんな状況でも……ううん、そんな状況だからこそ駆逐艦娘たちは一時の安心を求めてお互いに仲間を、友達をつくりグループが形成されていく。でも私は、そのどんなグループにも入ることはできなかった。

 物心ついたころから日常的に両親に虐待を受け続けたせいだろう、『この人も私のことを虐めるんじゃないか?』という怯えがまず最初によぎってしまい、人の顔をまともに見ることができず、とても自分から誰かに話しかけることができない。たまに誰かが話しかけてくれても、どうしてもおどおどとうつむきながら小さな声で受け答えをしてしまい、話しかけてくれた娘もすぐにどこかに行ってしまう。せっかく話しかけてもらえたのに不快な思いをさせてしまったと落ち込んで涙ぐみ、さらに気落ちしてしまって全く同じことを繰り返してしまうという負のスパイラル。気がつけば私は家にいたころと同じく、この戦場ですら孤立していた。

 だから、あれは当然のことだったんだろう。

 

「やっ……置いて……かないで……!」

 

 いくら泣いて縋っても誰も助けてくれない……そんなことは今までの人生で分かり切ってたはずなのに……それでもそう言わずにはいられなかった。

 本当にずっとひとりぼっちのままで終わるなんて……イヤッ!?

 ……その想いが届いたんだろうか、艦隊から1人の艦娘が私のところに戻ってきてくれる。それは『駆逐艦 暁』だった。

 

「ど、どうして……?」

 

「私もわかんない。

 でも……こっちの方が一人前のレディらしいと思ったからよ!」

 

 私の困惑に、暁はなぜか胸を張りながらよく分からないことを言うと私に肩を貸してくれたのだ。

 ……この時私は、浅ましくも内心で喜んでいた。それはこれで助かると思ったことではない。この状況では逃げ切るなんてできそうにない。でも死ぬのは私一人じゃない、道連れが、暁が一緒にいる……そう、思ってしまったのだ。そのことを、私はすぐに後悔することになる。

 

 私と暁は敵に捕捉され、好き勝手に攻撃を受ける。私は恐怖で震えと涙が止まらなかった。その時ふと隣を見ると、暁も私と同じように恐怖で震えながら泣いている。

 その時わかったのだ。暁だって怖くて怖くて仕方ないのに、私のためにやってきてくれた。それなのに、少しでも暁のことを道連れだと思うなんて、私はどうしようもないバカだった。

 

「もう、いいから……。

 暁だけでも……」

 

「今さら何言ってるのよ。

 レディは……こんなことじゃへこたれないわ!」

 

 暁だけでも逃げてといっても、暁は決して私を離さず、見捨てない。

 そんな彼女を私は死に巻き込んでしまった……そんな後悔が胸を締め付ける。

 

(神様……お願い、します。 暁だけでいいから、助けて!)

 

 ……神様なんていないのは知ってる。もしいるのなら、ずっと助けを願っていた、私への両親の虐待はずっと前に無くなっていただろう。それでも……神様なんかいないって知っていても、無力な私にはそう願うしかなかった。

 そう、神様なんていない。でも……救いの手を差し伸べてくれる『誰か』はいたのだ。

 私たちに『死』を届けるはずだった爆弾が、見たことのない噴式航空機の機銃で空中で爆発した。

 そして……辺りを索敵する重巡リ級が、私たちと同じくらいの歳の男の子の持つ巨大なドリルメイスで叩き潰されるのを皮切りに、あっという間に敵深海棲艦はすべて男の子のてによって沈められていた。

 

「私たち……」

 

「助かった……?」

 

 力が抜けてへたり込んでしまった私たちに影がかかる。あの深海棲艦を蹂躙した男の子だろう。だが男の子の艦娘なんて聞いたことがない。深海棲艦と同じくらい正体不明だ。もしかしたら今度は私たちを……。

 あの巨大なドリルメイスで叩き潰される瞬間を想像してしまい、私は血の気が引いてしまった。隣では暁が私と同じような顔をしている。でも、このままにはできない。もう私も暁も力が抜けてしまって、逃げるような力は残されていない。

 私たちは祈るように勇気を振り絞って、顔を上げる。

 

 そして……私たちは運命に出会った。

 

「もう大丈夫だよ」

 

 いつも他人を見ると『この人も私を虐めるんじゃないか?』と反射的に怯えが湧き上がるはずなのに、そんなものはまったく湧き上がってこない。

 背中に背負った凶悪な艤装とは程遠い、優しい顔。そして心から私たちの身を心配しているのだとはっきりわかる不思議な優しい声。

 その瞬間、私たちは助かったんだと決定的に理解した。

 

「「うわぁぁぁぁん!!」」

 

「わっ!?」

 

 私たちはその男の子に抱きつくと、今までの緊張から解放されて声を上げて泣いた。

 男の子は突然抱きつかれて驚いたような声を上げるが、私たち2人を受け止めるとそのまま安心させるように頭を撫でてくれる。その温かさが、また私の心の奥底の何かを刺激して涙が止まらない。

 

 ……しばらくしてやっと落ち着いた私たちに男の子は『羅號』と名乗り、元の基地に帰るかこのまま自分と一緒に来るかを選んでほしいと言ってきた。

 

 私と暁は迷うことなく後者……羅號に着いて行くことを選んだ。

 もう死んだことになっているだろう私たちが元の基地に帰るわけにはいかない。どうせ生きて帰っても、次の戦いで同じように『死』を命じられるだけだし、基地に未練はない。

 それにもし基地に帰ったのなら確実になぜ生き残ったのか追及される。私も暁も嘘は苦手だから、きっと羅號の存在がバレてしまうだろう。

 そんなことになれば私たちを救ってくれた羅號に迷惑がかかってしまう……それが他のどんなことより嫌だった。

 そして私たちは羅號に連れられてあの場所へ……『緯度0秘密基地』へとやってきた。

 『緯度0秘密基地』に来てから、私は今までの人生が嘘だったような幸運に恵まれ続けている。

 今まで食べたこともないようなおいしいご飯を当たり前のように出す食堂。そのための食料を生産する農場プラント。

 各種資源を生産するプラントに、見たこともないようなすごい新兵器の数々とその技術で改修された私の艤装。

 

 大切な友達もこの『緯度0秘密基地』で出来た。

 助かった後、暁が「私の友達になってください」って言ってくれた時には嬉しくて少し泣いちゃったのはちょっとだけ恥ずかしい。

 

 そして最後に彼……羅號に出会えた。

 私の人生で初めて出会えた、強くて優しくてあったかい男の子。

 彼のことを考えると胸がポカポカしてあったかい気持ちになる。暁に話したら、暁も同じらしく「これは『恋』よ。私たち羅號に『恋』しちゃってるの」とちょっと得意そうに教えてくれた。

 これが噂に聞く『恋』なんだ……そう考えると、気持ちがストンと自然に胸に落ちた。そう、私は羅號に『恋』してる。そう自覚できた。

 

 私は今、これ以上ないくらい幸福な日々を送っている。

 ……今でも自分に降りかかった幸運が信じられない時がある。この日々は、あの日あの海で死ぬ間際の一瞬に見ている夢なんじゃないかって思う時がある。

 そんな怖い考えが浮かんでしまったときには、暁や羅號に会いに行くことにしている。

 暁はいつも通りの明るさで接してくれるし、羅號はそういう時何かを察するのか温かい手で私を撫でてくれる。すると、私の中の不安は2人の温かさで溶けていくのだ。

 ……ああ、これだ。私は産まれてから今までずっと、このあたたかさを求めていたんだ。

 

 今日は木漏れ日の気持ちいい庭でうたた寝をしてる羅號を見つけた。運がいいのか、あの3人はいない。

 私は、暁と一緒に羅號の隣で同じように微睡みながら決意する。

 

(私、何でもするよ。

 暁や羅號と一緒にいるためだったら、どんなことでも……)

 

 例えどんな敵が現れようと、世界のすべてが敵になっても、私は戦い抜けるだろう。

 私はこの時、誰かの命令ではなく、初めて自分で戦う意思を持てたのだった……。

 




暁は羅號と出会って、最初に持っていた理想が復活するという感じ。
一方の山風は今まで他人に強制されて艦娘をしていたが、羅號に出会って初めて自分の意思で艦娘としてやっていく決意をできたという感じ。
暁と山風は対比となるようにしました。

次回はマックスのお話しの予定。

次回もよろしくお願いします。

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