資源は足りるかな?
今回からしばらく趣旨を変え、ラヴァーズ艦隊結成までの外伝の過去話。
今回は暁のお話。
駆逐艦 暁の出会い
……私は早く大人になりたかった。
私の家はお父さんにお母さん、それにお姉ちゃんにお兄ちゃん2人、そして私の6人家族だった。
年の離れた末っ子の私をお父さんやお母さんはもちろん、お姉ちゃんもお兄ちゃんたちもみんな可愛がってくれたわ。
特にお姉ちゃん。ずっと妹が欲しかったんだって言って、いつも笑顔で私の髪を梳かしてくれたわ。
長い黒髪がとっても綺麗で優雅でお淑やか、みんながお姉ちゃんのような人を『
早くお姉ちゃんみたいな立派なレディになって、無限大の愛をくれた家族にほんの少しだっていいから恩を返したかった。
でもそれを言うと、お姉ちゃんは困ったみたいに笑って言ったわ。
「そんなに急いで大きくなんかならなくたっていいの。
あなたがどんどん健やかに育ってくれる……それだけであなたは私たちにたくさんのものをくれているのよ。
それに……女の子が素敵なレディになるのは家族のためじゃなくて、いつか出会うあなただけの『王子様』と一緒に未来を歩むためなの」
だから私は「それじゃお姉ちゃんは王子様に会ったの?」って聞いたら、お姉ちゃんはちょっと顔を赤くしながら私の唇に指を置いて、
「まだナイショ。
でも、もうちょっとしたらあなたにも会わせてあげるね。
私の『王子様』に」
……後で知ったことだけど、あの時お姉ちゃんは結婚をしようとしていた人がいたらしい。そう言って私にウインクしたお姉ちゃんはとっても可愛くて、そして綺麗だった。
家は別に裕福というわけじゃなかったけど、いつだって笑顔に囲まれていた。
お父さんがいてお母さんがいて、お姉ちゃんがいてお兄ちゃんたちがいる……あの日々のどの瞬間を切り取ったとしても、幸せが溢れていたって今でも断言できる。
まるで夢みたいな日々だった。
だから……終わりもまるで夢みたいに突然で、儚かった。
その日、いつものように家族と猫のみーちゃんにおやすみのキスをして眠った私は、目が覚めると病院のベッドの上だった。
隣には泣き腫らした叔父さんと叔母さんの姿。私が目を覚ましたと知ると大喜びで抱きしめてくれたけど、何が起こったのか分からない私は混乱するばかり。叔父さんたちにお父さんたちがどこにいるのか聞くと、叔父さんたちは悲しそうに目を伏せる。
運悪く未発見のまま警戒線を突破していた、たった1隻のはぐれ深海棲艦。そいつによる沿岸への砲撃……それが私の夢の日々を粉々に砕いた。
私は奇跡的に無傷だったけど他の家族はすべて、炎の中に永遠に消えてしまったのだ。
そのあと、私は叔父さん夫婦に引き取られた。
叔父さんたちはとっても優しかったけど……私の心にポッカリと空いてしまった穴は塞ぐことは出来なかった。
だって、私は家族にほんの少しでもいいから愛してくれた分の恩を返したい、楽にしたいって思いながら生きてきたんだもの。なのにその家族がいなくなったら……心をどこに向けていいのか、どうしていいのか分からない。
どうして私だけが助かったのか……何にもできない私なんかより、お父さんやお母さん、それにお姉ちゃんやお兄ちゃんたちが生きるべきじゃなかったのか……そればっかりを考えてたわ。
私に艦娘の適正があるって分かったのはそんな時よ。
艦娘……妖精たちの造る『艤装』と心を通わせることで戦う力を得る、深海棲艦と戦うことのできる唯一の存在。私にはその艦娘の中で、『駆逐艦 暁』の適性があることが分かったのだ。
私は「これだっ!」って、そう思ったわ。
艦娘になって人を守る。私みたいな人を増やさないために、深海棲艦と戦う。家族を亡くしてから行き場を無くしていた心を向ける場所がやっと見つかったの。
そうと決まれば早かったわ。
優しい叔父さん夫婦は当然のように反対した。まだ10にもなっていない娘を戦争に送るなんて……そう言って私の入隊に難色を示してくれていた。
正直に、叔父さんたちが私を思ってくれていることはとっても嬉しい。でも周りの状況がそれを許さなかった。
今は100年も前から続く、謎の深海棲艦の襲撃と戦い続ける戦争の真っ最中、1人でも多くの艦娘を必要としていた。
艦娘で特に小型艦である駆逐艦や海防艦は、その特性上なのか幼い女の子が適正者であることが多い。そのため、軍内には私くらいの歳の女の子は当たり前のようにたくさんいて、幼いからという言い訳も通用しない。
……最悪、このままでは叔父さんたちが世間から攻撃を受ける可能性もある。
そんな空気に便乗するのは嫌な気分だったけど、私はそれを後押しに叔父さんたちを説得、晴れて艦娘として軍に志願した。
そして艦娘になった私は南方戦線に配属になった。
激戦区だってことは分かっていたけど意気込みは十分、「きっとたくさんの人を救ってみせる!」って思いながら私は艦娘として海に乗りだしたわ。
でも……そこに広がっていた『地獄』は、私の願いも理想も、何もかもを塗りつぶした。
戦いの主役はいつでも戦艦・空母・重巡といった大型艦娘、お前たちのようないくらでも替えの利く駆逐艦娘などただの弾除けだと心得よ……着任したその日に、私たち駆逐艦娘全員を前に提督の言った言葉だ。
そして提督は、その言葉に嘘偽りなく私たち駆逐艦娘を容赦なく使い潰していった。
敵の弾を減らすためだと、敵陣に特攻を命じられた娘がいた。
撤退のための囮として、死地に置き去りにされた娘がいた。
わずかばかりの物資の節約のために、片道の燃料だけで出撃させられた娘がいた。
明日は我が身と、
そして……ついにその時が来た。
敵機動部隊の奇襲を受けた私たちの艦隊は中核だった空母艦娘が中・大破。満足に動けるものは護衛に、速力に問題の出た駆逐艦娘はその場で艦隊の撤退を援護せよという、事実上の『死』の命令が下される。
「やっ……置いて……かないで……!」
涙声の哀願が聞こえる。確か……山風だったかしら?
話したことはほとんどない。というか、山風はいつもおどおどと怯えたような様子で誰とも距離をとっていたので、仲の良い娘など基地にはいなかったのではないだろうか。
損傷のせいで速力が半減していた山風を残し、艦隊は離脱しようとする。誰もがみんな、仲間を見捨てる罪悪感で目と耳を塞いでいた。
私はこの時、損傷を受けてはいたものの速力には問題なかった。でも……こうして誰か仲間を見捨てて生き残ることに、もう疲れてしまっていたのかもしれない。
「損傷により速力減少のためこの場にて艦隊を離脱、貴艦隊の撤退を援護します。
幸運を」
気がつけばそれだけ一方的な信号を艦隊に送りつけると、私は艦隊を離脱し山風のところに戻る。
「ど、どうして……?」
「私もわかんない。
でも……こっちの方が一人前のレディらしいと思ったからよ!」
戻ってきてくれるとは思っていなかったのだろう。困惑する山風に、私はどういうテンションなのか胸を張って答え、その答えに山風がさらに困惑する。
これが自分の最後だと自棄になっていたのかもしれない。でも、そうやって宣言したらすがすがしい気持ちになった。
それは私の始まりの夢。『立派なレディになりたい』……この地獄の戦場でついぞ忘れていた想いだ。
私の目指した理想のレディなら、人だって仲間だって、全部まとめて守るだろう。だから最後くらい格好つけたっていいでしょ?
「ほら、行くわよ」
「行くって……どこに?」
「どこか他の基地でも無人島でも、ここじゃないどこかよ。
……生きる努力も何もせずにここで沈むよりはいいじゃない」
「……うん!」
私は山風に肩を貸すと航行を始める。運良く夜まで粘れれば逃げ切れるという可能性もあるだろう。
でも、そんな都合のいい話なんてなかった。
「あぅっ!?」
「痛!」
近距離での爆風に嬲られ、私も山風も悲鳴を上げる。
私たちは敵艦隊に完全に捕捉されていた。制空権なんてもののない私たちの頭の上には自由に敵航空機が飛び交い、好き勝手に爆弾を落としていく。敵の重巡リ級をはじめとした主砲の砲撃も続いていた。
ありていに言うと、私たちの命運は尽きていたのだ。
「もう、いいから……。
暁だけでも……」
「今さら何言ってるのよ。
レディは……こんなことじゃへこたれないわ!」
怖くて震えて泣きじゃくりながらも、山風が自分を捨てて私だけでも逃げてと言ってくる。
……いい娘じゃない。こんなことならもっと早くに話しかけて友達になっておけばよかったと後悔。
でも残念、私だって怖くて震えと涙が止まらない。山風に肩を貸して支え合ってるからいいけど、山風から離れた途端、間違いなく腰が抜けて起き上がれなくなると思う。この二人三脚みたいな体勢でもう私と山風は運命共同体なんだ。だから私は震える声で最大限に虚勢を張る。でも、こんな虚勢だっていつまで言えるか……。
深海棲艦の攻撃は時間がたつごとにどんどん正確になっていく。脱出の目もない。
そして……。
「「あっ……」」
まるでスローモーションのように投弾された爆弾が見える。あれは直撃コースだ。
直前に迫った『死』に動けない私たち。
その時だ。
ボンッ!
どこからか飛来した噴式航空機の機銃が、私たちに迫っていた爆弾を空中で叩き落とす。
味方? どこから?
視線を巡らすと、同じように辺りを探る深海棲艦の重巡リ級の姿が見えた。だが次の瞬間……そのリ級が潰れた。
……最初は何が起こったのか分からなかった。でもしばらくして……柄のついた巨大なメイスのようなドリルによって叩き潰されたのだということが分かった。そして、その巨大ドリルメイスを持った人の姿が見える。
それは私たちと同じくらいの歳の、男の子だった。
……そこからはまさに『蹂躙』だった。男の子のドリルが、大口径砲が、光線が唸るたびに深海棲艦たちが千切れ飛んでいく。そしてものの数分で、深海棲艦は一隻残らず沈んでいた。
「私たち……」
「助かった……?」
緊張の糸が切れて揃ってへたり込んだ私たち。そんな私たちに影がかかる。今、深海棲艦を叩き潰した男の子だ。
よく考えれば、まだ味方って決まったわけじゃない。
深海棲艦を倒して、今度は私たちの番かも……そんなことを考えてしまう。横を見ると、山風も私と同じような青い顔をしていた。
でもこのままってわけにもいかない。私と山風は意を決してゆっくりと顔を上げていく。
そして……私たちは運命の出会いをした。
「もう大丈夫だよ」
まっすぐで奇麗な瞳の男の子だった。その男の子のたったその一言だけで、今まであった不安がまるで太陽の前の雪のように、綺麗さっぱりと溶けていく。
そしてやっと自分たちは助かったんだと分かった途端、涙が溢れて止まらない。
「「うわぁぁぁぁん!!」」
「わっ!?」
私と山風は思わずその男の子に抱き着くと、今までの緊張が解けて声をあげて泣いた。男の子は驚いてたみたいだけど、そのまま何も言わずに私と山風の頭を優しく撫でててれる。
しばらくしてやっと落ち着いた私たちに男の子が話し始める。
男の子の名前は『羅號』というらしい。男の子の艦息(?)で、どこの国家にも所属せずに秘密裡に活動しているそうだ。
そこで私と山風に、今日のことは全部忘れて元の基地に戻るか、自分の仲間になって一緒に来るか選んでほしいって言ってきたの。
……どうせ私たちは死んだことになってるだろうし、何より基地に戻って追及されたら、羅號のことをうまく隠し通せる自信がない。どっちを選ぶかなんて考えるまでもないことだった。
そして私たちは羅號と一緒にあの場所へ……『緯度0秘密基地』へやってきたの。
そこからはもう驚きの連続。
見たこともないような施設の数々に、物凄い威力の新兵器。
普通では到底食べられないような美味しいごはん、そして快適な環境。
「天国ってお空の向こうじゃなくてこんなところにあったんだ……」って思っちゃった。
山風とはあの後すぐに友達になった。思った通り、ちょっと口下手なだけですごくいい娘だった。
私はこの『緯度0秘密基地』に来て、かつて家族と過ごしていた時のように満ち足りた日々を過ごしている。
衣食住の環境は抜群、山風っていう友達も出来た。
そして……。
「ああ、暁に山風。 どうしたの?」
風通りのいい木陰で微睡んでいた羅號。いつもそばにいるあの3人組は今はいないみたい。それを見つけた私と山風はすぐに羅號のそばによる。
「べ、別に用事はないけど……」
「ら、羅號が気持ちよさそうだったから……」
2人揃ってちょっとどっもりながら言うと、羅號は納得したように頷くと「気持ちいいよ。 一緒に昼寝する?」って言って少しだけスペースを空けてくれる。私と山風は顔を赤くしながら、羅號を左右から挟むみたいに寝転んだ。
気付けば羅號を目で追い、羅號のことを考えると胸の奥がポカポカ温かくなる。お姉ちゃんが言っていたから、この感情が何なのかすぐにわかった。
『恋』だ。私は羅號に『恋』してる。 そして恐らく山風も……。
お姉ちゃんはいつか言っていた。女の子が素敵なレディになるのはいつか出会う『王子様』のためなんだって。
私は……『王子様』に出会ったんだ。
だから……。
羅號が隣に寝た私の頭を撫でてくれる。
羅號に撫でられるのは暖かくて優しくて大好きだけど、ちょっとだけ小さい子を相手にするような雰囲気がある。だから私は嬉しさを感じながらも、ちょっと口を尖らせて言った。
「もう、子供扱いしないで。
一人前のレディとして扱ってよね」
きっと、羅號と一緒に歩めるような一人前のレディになって見せるからね……すべてを失ったと思っていた私の、新しく人生を賭けて目指すものはこうして見つかった。
今回は実験的に女性一人称視点に挑戦。
うーん……我ながら微妙。まだ練習が足りない。
次回は山風編の予定。
次回もよろしくお願いします。