その胸に還ろう   作:キューマル式

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夢 その2

 

 

 そこは巨大なドッグだった。

 多くの人々がせわしなく作業を続けるそこには、巨大な艦艇の姿がある。その数は12隻。

 これこそ『地球防衛軍(E・D・F)艦隊』、この『緯度0秘密基地』を拠点とする、人類に残された希望の艦隊である。

 そしてその全景を見渡せる展望ブロックに、2人の男の姿があった。

 

「壮観ですね、神宮寺司令」

 

「ああそうだな、日向副司令」

 

 しばしその光景を眺めた2人は向かい合ってソファーへと腰を下ろす。

 

「あの日……人類が初めて怪獣の脅威に晒されてから今日まで、本当に長い長い道のりだったな……」

 

「ですが、こうして人類のすべてを賭けた艦隊の完成にまでこぎ着けたのです。

これからですよ」

 

「そう思いたいところだが……相手は怪獣だ。

 欲を言うなら轟天型があと4~5隻、いや10隻は欲しいところだ」

 

「それこそ無茶ですよ」

 

 言って、日向副司令は壁に掛けられた世界地図を眺める。そのところどころには赤いペンでバツがつけられていた。

 

「長きに渡る怪獣との戦いでそんな力は人類には残っていませんよ。

 正直、この艦隊が完成したこともかなりの無茶をやってのことです」

 

「わかっている、言ってみただけだ。

 無茶であろうが何だろうが、手持ちで何とかせねばならんのが我々軍人の仕事だからな。

 それに今まで十分、無茶はやり尽している」

 

 そう言って目を瞑る神宮寺司令の脳裏には今までの戦いの記憶が蘇る。

 

「思えば、轟天の初陣からして無茶だった。

 完成度80%の段階での出撃命令、おまけに戦闘中にオーバーヒートにより全火器システムダウンときた。

 あれはさすがに死を覚悟したよ……」

 

「轟天はミサイル以外の武装のほとんどは高出力光学兵装、その圧倒的な火力とドリルで敵怪獣を叩き潰すことをコンセプトとしていましたからね。

 まさか発熱を処理しきれずにオーバーヒートするとは思いませんでした……」

 

「おいおい、笑い事ではないよ。

 その後の騒ぎはお前も分かっているだろう?」

 

「ええ、完成度50%を超えていた轟天型2番艦『羅號』はその反省を踏まえて光学兵器は必要最小限を残してほとんど降ろし、かわりに大口径実弾主砲を主兵装にするように突然の仕様変更。

 そのせいで完成が遅れましたからね」

 

「轟天は大型ラジエーターを複数増設することで何とかなったが……おかげで航空機格納庫は羅號の3分の1以下にまで削られた。

 だが轟天はまだいい。問題は……」

 

「火龍、ランブリング、エクレールの『空中戦艦』シリーズですね」

 

 日向副司令の言葉に、神宮寺司令が頷く。

 

「あの3隻は轟天から潜航能力をはじめとした機能を削減した、轟天の量産型コストダウンモデルだ。轟天ほどに内部に構造的な余裕はない。

 航空機格納庫を完全に潰してラジエーターを増設したものの焼け石に水、結局根本的な解決には至らなかった」

 

「ですが、轟天に準じた高出力光学兵器の火力は強力ですよ」

 

「分かっている。

 それに弱点があろうがなんだろうが、選り好みをしていられるような状況ではないからな」

 

 そして「コストダウンといえば……」と、苦虫を噛み潰したような顔で神宮寺司令は続けた。

 

「潜航能力を削ったことはかなり響いたな。

 怪獣の多くは海を渡ってくるというのに、水中での防衛も追撃もできない。結局、水中戦ができるのが轟天だけということすらあったからな。

 しかしその必要性に駆られて開発された『万能潜水艦』だが……」

 

「アルファ号と黒鮫号ですね」

 

「轟天を参考に空中戦能力と水中戦能力を両立させつつコストダウンを図るというコンセプトだったが……確かに空中戦もでき水中での機動性も随一だったが、肝心の火力が低くなってしまったのはなぁ」

 

「それでもミサイルにメーサー砲、冷凍砲がついているので通常兵器の何倍も強力ですよ」

 

「それもわかっているんだがな……」

 

 そう言って仰ぐように天井を見上げる神宮寺司令。

 

「最終的には、羅號をベースに空中戦能力と水中戦能力を残しつつ光学兵器を完全に廃止、すべて実弾兵器化してコストダウンを図った『ラ級万能戦艦』シリーズが一番量産された結果になったな」

 

「光学兵装は高い火力を誇りますがどうしてもコストが高くなりますからね。その点、実弾兵装は今までのノウハウもありますし、羅號の実戦データもあったので低コストでの量産がしやすかったのも事実です。

 まぁ、やはり実弾兵装だけのため一撃のパンチ力に欠けるところは玉に傷ですが」

 

「……なんだ、こうしてみると人類の希望たる我が艦隊(E・D・F艦隊)は欠陥のある艦しかいない欠陥艦隊ではないか」

 

「司令、それは言わない約束ですよ」

 

 そして2人はどちらからともなく苦笑した。

 

「しかし欠陥艦隊だろうがなんだろうが、この艦隊で我々はすべての怪獣に勝利しなければならない」

 

「怪獣といえば……司令はあの話は聞きましたか?」

 

「ああ、インファント島からのお客人の話か?」

 

 神宮寺司令のその言葉に、日向副司令が頷く。

 

「あの話……どう思います?」

 

 問われ、神宮寺司令は腕を組んでしばし思案する。

 

「にわかには信じられん話のはずなのだが……ここだけの話だが、何と言うか、こう……胸にストンと落ちてくるような、奇妙な納得があった。

 お前はどうだ?」

 

「……」

 

 その言葉に、日向副司令は肯定するように頷くと続ける。

 

「しかし……もしあれが真実なのだとしたら、我々のこの戦いは……」

 

 明らかに迷いの見える日向副司令に、神宮寺司令が言った。

 

「……昨日ウチの、轟天の機関長なんだがな、初孫が産まれたそうだ。

 元気な女の子だそうでな、頼んでもいないというのにその写真を私に見せに来たよ」

 

 その時の光景を思い出したのか神宮寺司令が苦笑を漏らすが、すぐに顔を真剣なものへと変える。

 

「そんな産まれたての赤子の未来は、このままでは怪獣によって世界ごと潰える。その子には何一つ落ち度など存在しないのに、だ。

 私は、それが許せない」

 

 すると神宮寺司令はソファから立ち上がるとドッグの方を眺めた。

 

「……私は『人』の役目は、次代に繋ぐことだと思っている。

 今は駄目でも次こそはきっと……そう願いながら命のバトンを繋ぎ続けることこそ、人の生きる役目だ。

 私は誰に何を言われようとそのために今の世を、世界を護り次代へと繋ごう」

 

 そう言って、神宮寺司令は苦笑しながら振り返った。

 

「私はな日向、『人』という存在を信じているんだ。

 人は多くの間違いを犯す存在だ。だが同時に、その間違いを正すことのできる存在でもある。

 我々でダメなら子供たちが、子供たちでダメなら孫たちが……そうやっていつかきっと、どこかにある『正しさ』にたどり着ける存在だと信じている。

 今の我々の行いが正しいのか間違いなのかを決めるのは未来の子らの仕事だ。我々のものではない。

 未来で我々の行いを愚かなことだと笑うならそれもいい。だが、今この瞬間に何もしなければその未来すら砕け散る。だからこそ我々地球防衛軍(E・D・F)は命の限り戦うのだ。今の世界に生きる、どこかの誰かを次代に繋ぐためにな。

 あのインファント島からのお客人も、恐らくは同じ気持ちだろう。だからこそ、我々の元を訪れてくれたのだろうと私は思っている。

 

 ……軍人らしくもない甘っちょろい、夢見がちな話だ。笑ってくれて構わんよ。

 だが……私はそう思っている」

 

「……」

 

 『人』という存在を信じ、その未来を信じる……そんな神宮寺司令を夢見がちだとは日向副司令はとても思えなかった。

 何の言葉も見つからず、結果無言になってしまった日向副司令・しかしそんな時、その部屋の扉が開く。

 

「失礼します。 司令、副司令……怪獣が、怪獣が現れました!!」

 

 慌てた様子の男から手早く資料を受け取り目を通す神宮寺司令。その目は真剣な、戦う漢のものへとすり替わっている。

 

「よし、地球防衛軍(E・D・F)艦隊、全艦出撃準備だ!!」

 

「了解!」

 

 答えた男は敬礼をしてから、足早に部屋を出ていく。

 残された神宮寺司令と日向副司令はゆっくりと軍帽を被った。

 

「さて……では行こうか。

 我々人類の意地と執念を、そして諦めの悪さをすべてに見せつけてやるとしよう」

 

「了解です、兄さん」

 

 2人は連れだって部屋を出ていく。

 向かう先は自らの乗艦である地球防衛軍(E・D・F)艦隊旗艦である轟天型1番艦『轟天』と、2番艦『羅號』であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 ピピピピピッ……

 

「あん……」

 

 目覚ましではない、電子音で轟天は目を覚ます。

 何だろうか……何か懐かしく、そして大切な何かを夢で見ていたような気がするが、内容がまったく思い出せない。

 はっきりしない頭を振り意識を覚醒させる轟天の横では、隣で寝ていた村雨もゆっくりと目を覚ましていた。

 

 電子音の正体は通信機の呼び出し音だ。

 それに気付いた轟天は即座にそのスイッチを入れる。

 

「俺だ。

 ああ……ああ……分かった、すぐに出る」

 

 ほんの二、三言だけ言葉を交わしただけで轟天はすぐに通信機を切る。たったそれだけの間で轟天の雰囲気がガラリと変わったのに気付いた村雨は、確認のために聞いた。

 

「どうしたの、轟くん?」

 

「羅號からだ。東南アジア方面で敵の侵攻があったそうだ。

 だがその敵の中に怪獣がいることが確認された。それでE・D・F艦隊(俺たち)に日本海軍から援軍の要請があったらしい。

 緯度0秘密基地(ここ)での作業はいったんここまでだ」

 

 村雨も長い間戦場に身を置いている艦娘だ。即座にベッドから飛び起きる。

 

「途中で羅號たちと合流後、そのまま東南アジア方面へ救援に向かうぞ」

 

「分かったわ。 5分後にドッグで」

 

「ああ」

 

 それだけ言うと村雨は足早に身支度に向かう。

 残された轟天も手早く準備に入るのだった……。

 

 

 




これで第二部完といったところ。物語は折り返し地点です。
またまとまったら投稿しますので、しばらくお待ち下さい。

では。

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