その胸に還ろう   作:キューマル式

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村雨改二……さすがうちのメインヒロイン。エロかわいくてよし。
今回は怪獣撃破後の反応の話。



波紋

 

 

 ここは日本海軍の総本山である横須賀鎮守府。その大会議室には今日、中條元帥の命令で特別に任地から離れることのできない提督以外の、すべての提督が集められていた。

 南方戦線の悲願ともいうべき敵泊地攻略戦の成功は、本来であれば諸手をあげて歓迎されるべき内容である。しかし、作戦後の提督たちが集まっての会議だというのにそんな勝利のムードなどどこにもなかった。その理由は当然、攻略戦終盤に姿を現し、艦隊に甚大な被害を出した未知なる存在……戦艦級艦娘の至近距離からの砲撃にも耐え、その分厚い装甲をたやすく引きちぎる驚異の巨大生命体……『怪獣』である。

 

 会議はまずは中條元帥からの状況説明から始まった。南方敵泊地攻略戦における『怪獣』による被害とその戦闘能力について。そして自らが過去に『はじまりの妖精』たちと出会ったときにその出現を予言されていたということも告白した。

 これらの話を聞いた提督たちの反応は様々だ。分かりやすくいえば温度差が激しい。敵泊地攻略戦に参加していた提督たちはある程度正確にその驚異度を認識できているがそれ以外の提督たちにはその驚異度が正しく認識できていないらしく、「艦隊で包囲すれば何とかなる」「数で押せばいい」といった声がちらほらと聞こえる。

 

 『怪獣』の脅威を伝えれば当然、次はその『怪獣』を単艦で制した轟天や羅號、そしてE・D・F艦隊について話をしなければならない。そして中條元帥はここでついにE・D・F艦隊の存在を公表したのである。そして、予想通りの混乱が巻き起こった。

 明らかに日本どころか、世界のどの国と比べても圧倒するような技術力を持つ集団が、どの国家にも所属せずに存在しているというのだ。それも当然の反応だろう。

 

「今すぐに我が軍に接収すべきだ!」

 

「バカな、彼らの保有戦力を聞いていなかったのか!

 そんなことをすればこちらが全滅するぞ!!」

 

「ふん、そんなものは数で押せばいい。

 先に囮となる駆逐を大量投入し、それで弾薬が欠乏したところを主力艦隊で叩けば……」

 

「弾薬が欠乏していようと、空を飛ぶ戦艦などどうやって補足すればいいんだ?」

 

「そもそも、彼らの技術を手に入れられなければ攻める意味などない。

 ここはスパイを使い、慎重に情報を手に入れるべきだ。

 なに、元は我が軍の艦娘、そのあたりから切り崩し工作をすれば……」

 

 融和浸透から武力接収という物騒なものまで、さまざまな意見が飛び交う。しばしの間、提督たちの思うままに発言を許していた中條元帥がゆっくりと発言した。

 

「静かに」

 

 中條元帥からの声に、思い思いのことを語っていた提督たちも口を閉じた。そしてそれを待ってから中條元帥は話を切り出す。

 

「彼ら……E・D・F艦隊と我々(日本海軍)は『同盟』を結ぶことにする」

 

 その言葉に同意するように頷く提督は約半数といったところだ。それ以外は納得できないという顔をしている。そのうちの1人が即座に手を挙げ発言した。

 

「しかしそれだけの戦力と技術力を持つ集団が国家に所属することもなく存在しているというのは、我が国の安全保障上大きな問題です」

 

「……彼らにはこちらから連絡員の名目で人員を派遣し、監視にあたることとする」

 

「それでは不十分です!

 ここは武力を用いてでも、我が軍に組み込むべきです!」

 

「……そうなれば当然、彼らも抵抗するだろう。

 彼らに勝てると思っているのかね?」

 

「内部の離間工作、駆逐などを囮として相手の弾薬を無駄に大量消費させていけば必ずや勝利できます」

 

 そう言い切る提督に、中條元帥は心の中でため息をつきながら返した。

 

「では君の言う通り武力接収に出たとしよう。

 正直、私では彼らに勝利できるヴィジョンが全く浮かばないのだが……君の言う通り、勝てるものと仮定する。

 だが、勝てたとしてもこちらの被害も甚大であることは間違いはないだろう。

 では彼らの技術力を解析した我々が、それらを兵装に組み込み量産化するまでには一体、どれだけの時間がいるのかね?

 五年か十年か……その間、君は甚大な被害を出した我が軍が、深海棲艦や怪獣たちの侵攻をしのぎ切れると?」

 

 今でさえ深海棲艦相手にギリギリの状況で戦っているのだ。ここで余計な戦力損失が起これば立て直す間もなく深海棲艦に呑み込まれる。それがわかってその提督は押し黙った。

 その変わりのように、今度は別の提督が発言する。

 

「その艦隊に所属している艦娘はもともと我が軍の艦娘です。

 彼女らの引き渡しを要求すべきでしょう」

 

「そして彼女たちから彼らの技術情報を引き出せ、と?」

 

 肯定するように頷く提督に、中條元帥は再び心の中でため息をつきながら背後に控えていた秘書である『香取』を呼び発言を促す。

 『香取』は手元の資料をめくりながら答えた。

 

「こちらで確認したところ、かの艦隊に所属している艦娘は全員、すでに戦死として処理されています。

 つまり彼女たちはもう我が軍の艦娘ではなく、書類上では死人ということですね。

 これでは返還の要求しようもありません」

 

「そういうことだ。別に彼らは我が軍から艦娘を攫っているわけではない、我が軍が『捨て艦戦法』で文字通り捨てた命を拾っているだけだ。

 彼らの戦力が大きくなっているのも、『捨て艦戦法』の多用が根本の原因である」

 

 中條元帥が『捨て艦戦法』を快く思っていないというのは有名な話だ。中條元帥がジロリとにらみをきかせると、ほとんどの提督は押し黙る。それは同時に、どれだけ軍内に『捨て艦戦法』が蔓延しているかを物語っていた。

 すると、今度は他の提督が言いだす。

 

「しかしその……『怪獣』ですか?

 それはそれほどの、その胡散臭い彼らと『同盟』など組まねばならないほどの脅威なのですか?

 しょせんはただの巨大な動物でしょう?

 そんなもの、十分に距離をとった上で包囲してアウトレンジに徹すれば誰でも倒せるのでは?」

 

 『怪獣』の脅威について懐疑的な提督が言うと、その言葉に別の提督が反応した。

 

「……それは怪獣によって死んだ私の部下たちが無能だったとでも言いたのか!」

 

 そう激昂するのは、先の敵泊地攻略戦にて怪獣によって甚大な被害を受けた艦隊の提督だ。

 

「そこまでは言いませんが、ミスは犯していたのでしょう。

 でなければ動物相手にそこまでの被害がでるはずがない」

 

「貴様、あの場にいなかった分際で偉そうなことを!!」

 

「やめたまえ!!」

 

 激昂して掴みかかろうとする提督を、中條元帥の鋭い声が止める。

 

「……『怪獣』の脅威度に関しての認識の違いについては、今は仕方ない。あの脅威は実際に見なければ信じられぬものもある。現段階では資料を熟読し、最大限の注意をするように。

 だがこれだけは肝に銘じておいてほしい。『怪獣』はあの『はじまりの妖精』が『真の絶望』だと称したほどの存在だ。決して油断していいものではない。

 それがどういうわけか深海棲艦と協同しながら行動しているのだ。これは深海棲艦に新たな援軍が来たに等しい。それに合わせてこちらも戦術・戦略に転換が求められるだろう。

 だからこそ、我々はE・D・F艦隊(彼ら)とは友好関係を築く。

 今のような国難の時に敵を増やすような愚は避けねばならんのだ。

 ……皆、理解してくれるな?」

 

「閣下のお考えに賛同します」

 

 紆余曲折あったものの、ようやく中條元帥の思ったように会議がまとまりそうになりホッと胸をなでおろすその時だ。

 

「会議中、失礼します。

 閣下、緊急事態です!」

 

「何かね、鳳翔くん?」

 

 そう言って、ノックもなしに会議室に入ってきたのは中條元帥の信頼も厚い軽空母の『鳳翔』だ。艦娘としても最古参であり、海軍中の艦娘たちから母のごとく慕われる彼女が、ここまで慌てた様子なのは珍しいどころか初めてだ。

 そして彼女の口から衝撃的な言葉が語られる。

 

「カレー洋方面から敵大艦隊が接近。そして……その中に巨大生物、『怪獣』の姿が確認できました!!」

 

「「「ッ!!!?」」」

 

 会議室に衝撃が走る。

 

「り、リンガはどうした!?」

 

 提督の誰かが叫ぶように言う。リンガ泊地はカレー洋方面からの敵への備えであり、東南アジア地域防衛の最前線である。そのためかなりの数の戦力と、そして中條元帥の信頼も厚い優秀な提督が率いていたはずだ。

 しかしその言葉に鳳翔は首を振る。

 

「防衛のために展開したリンガ泊地艦隊は、巨大生物『怪獣』の攻撃によってほぼ壊滅状態に陥りました。

 これによって東南アジア各島への深海棲艦上陸阻止は不可能と判断、非常事態措置に基づきリンガ泊地艦隊は残存兵力をもって島民の保護と脱出のために作業中とのこと。

 至急援軍を求めています」

 

「分かった、すぐに援軍の編成に取り掛かる。

 E・D・F艦隊にも出撃要請を!

 どのような対価を支払ってでも轟天と羅號、彼ら2人の出撃を取り付けろ!」

 

 中條元帥の鋭い指示が飛び、全員が動き出す。

 

「やれやれ、さっそくのおかわりか……もう人類はお腹いっぱいなのだがな」

 

 呟いて中條元帥は無意識に、祈るようにポケットの中の『はじまりの妖精の紋章』を握る。

 人類の戦いは今、新たな局面を迎えようとしていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ところ変わってここはE・D・F艦隊の拠点『ラゴス島秘密基地』。そのドッグに、今日は見慣れぬ艦娘の一団が入港していた。

 

「ようこそ、僕たちの『ラゴス島秘密基地』へ」

 

 そう言って彼女たちを迎え入れたのはE・D・F艦隊副司令である羅號である。その後ろでは『ラヴァーズ』の面々が綺麗な敬礼で出迎えていた。

 

「ええ、ありがとうございます、羅號副司令」

 

 羅號の差し出す手を、その一団の代表である先頭にいた艦娘が握り返す。その艦娘とはあの中條元帥の懐刀ともいえる『大淀』であった。

 彼女たちこそ、中條元帥の送り込んできた連絡員兼監視係なのである。

 

「なんだかその呼ばれ方はむず痒いですね」

 

「ふふふ、そこは慣れてくださいな」

 

 『副司令』という呼ばれ方に照れくさそうに頬を掻く羅號に、クスクスと上品に笑いながら大淀が返す。そんな彼女たちを促しながら移動を始める羅號。

 

「ここの施設はすごいですね。

 最新の機材を揃えているはずの横須賀の設備ですら、ここと比べたらまるでホコリを被った旧式ですね」

 

「はぁ」

 

「他にもたくさん面白いものが見れそうで、今から楽しみです」

 

「……お手柔らかにお願いしますね」

 

 大淀は中條元帥からE・D・F艦隊の技術をもっとも間近で見て、技術提供の交渉のためにどれが優先順位が高いかを判断することを求められていた。すでにどんな技術の提供を交渉しようかと考えを巡らせて始めている。

 E・D・F艦隊側としては何でもかんでも技術を渡すわけにはいかないので慎重にと思っている羅號なのだが、大淀の熱気というかパワーに押され気味で内心でため息をつく。年齢的にも適正的にも、羅號はこの手の交渉事は得意ではない。

 大淀も感触から、このままグイグイいけば有利な交渉ができそうだという感触は掴んでいるものの、羅號の後ろでは『ラヴァーズ』の面々が目を光らせている。特に冷静そうな朝潮とマックスの2人は、こちらの言葉1つ1つまで注意深く聞き入っているようだ。羅號の言葉に不都合がありそうなら、即座に割って入る気配である。

 自分たちがE・D・F艦隊の監視役であるように、『ラヴァーズ』の面々(彼女たち)が自分たちの監視役なのだろう。ならばあまり突っ込みすぎるのは危険だ。大淀にも地雷原でタップダンスを踊るような趣味はない。

 時間はあるのだ、ゆっくりと交渉していけばいいと思い直した大淀は話を変えた。

 

「ところで……今日は轟天司令はいらっしゃらないんですか?

 秘書艦の村雨さんの姿も見えませんが……」

 

「ええ、まぁ……2人ともちょっと……」

 

「まぁ、デートですか?

 いつぞやのトラック泊地での時にも同じ部屋で就寝されていたようですし、相変わらず仲がいいのですね。うらやましいです」

 

 色々とばれていることを暴露する大淀に、事情もあって羅號はあいまいな返事をするしかない。

 羅號は心の中で、2人の帰りを心待ちにするのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 一方そのころ轟天と村雨はというと2人きりでバカンス……をしていたわけではない。

 ここ数日2人は『ラゴス島秘密基地』を離れたところで作業をしていた。その場所とは轟天たちにとって本当の拠点である『緯度0秘密基地』である。

 日本海軍との同盟、そして『怪獣』の出現……今までとは状況は大きく変わった。そこでその辺りの調整と妖精さんたちへの指示のために2人はやってきていた。

 

「弾薬の貯蔵は十分な状態ね。 これならむこう1~2年くらいは暴れまわれそうな状態よ」

 

「そうか」

 

 メガネをかけて資料をめくりながら言う村雨に轟天が頷く。今までも弾薬の生産を中心に『緯度0秘密基地』は妖精さんに任せて稼働を続けていたために、その貯蔵量はかなりの量になっていた。

 

「燃料についてもそうね……全力出撃を100回やってもお釣りがくるくらいには備蓄が進んでるわ」

 

「うーん、俺たちが使うだけなら十分なんだが……状況いかんいよっては日本海軍への支援にも使う必要はあるだろう。楽観視はできないな。

 鉱物資源の備蓄は?」

 

「それも十分。 今なら100回は大規模な改修が可能なくらいの備蓄はあるわよ」

 

「それじゃ、食料のほうはどうだ?」

 

「それに関しては、E・D・F艦隊(私たち)だけで半年籠城できる程度の備蓄量ね」

 

「他ほどの備蓄量はない、か……ならほかのリソースをいくらか食料プラントの方に廻してやれ。

 しばらく食料を全力生産、なるべく保存のきく食料を増産して備蓄と、いくらかは日本海軍への支援に充てる。

 多分、現状で喜ばれてなおかつ後腐れしない支援は食料だろうからな」

 

「確かに、下手に技術を探られるような武器提供よりはいいわね。

 了解よ、妖精さんたちにはそう指示しておくわ」

 

「それで……『秘密兵器』の方はどうだ?」

 

 言われて村雨は手元の紙をめくる。

 

「ええと……やっぱりまだまだ時間がかかるみたい」

 

「そうか……」

 

 何も轟天たちは今までこの『緯度0秘密基地』を遊ばせていたわけではない。妖精さんたちに指示をして武器弾薬・燃料の生成、鉱物採掘、食糧生産などを続けてきたわけだが、それと同時にある『秘密兵器』の生産も指示していた。しかしその完成にはまだ時間がかかるようだ。少なくとも『次の怪獣』との戦いに投入できるということはないだろう。

 そう、次の怪獣だ。

 轟天も羅號も、エビラとカマキラスが最初で最後の怪獣だとはみじんも思っていない。間違いなく、『次』がある。

 そのための戦力アップを見越していたのだが……まだまだ時間はかかるようだ。

 

「前途多難だな、こりゃ」

 

「そうね」

 

 轟天と村雨は揃ってため息をついたのだった……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「んっ……」

 

 寝苦しさを覚えて、小さな吐息とともに村雨が目を覚ます。

 村雨の目の前には同じように眠った轟天。夢見が悪いのか顔色はあまりよくない。そして轟天のその手が村雨を包み込んでいる。

 寝苦しさの原因はこれかと納得するものの、村雨はその手を払いのけるようなことはしなかった。

 

 いつ死ぬとも分からぬ戦場で戦い続けた村雨は、誰かと一緒でないとまともに眠れないという心的外傷(トラウマ)を負っている。そんな村雨は助けられたあの日からずっと轟天と同じ布団で眠っていた。だからこそ、轟天のその変化に気付いているのは村雨だけだ。

 

 最初のころは、村雨が轟天の腕を枕に眠っていた。それはまるで大樹を抱くような、ゆるぎない大きなものに縋り付いて安心感を得るための無意識からくる寝姿だったし、事情を知る轟天もそれを受け入れてくれていた。

 しかし最近、こうして轟天の方から村雨に縋り付くようにしてくる割合が増えてきている。そしてその原因は分かっていた。

 

「『怪獣』……」

 

 轟天がこうなったのは、あの怪獣との初遭遇の日からだ。

 あの戦いの後、村雨は轟天に記憶が戻ったか聞いてみたが、その答えは「全く戻っていない」というものだった。記憶は何も思いださないが怪獣という存在に相対した瞬間、『奴らは一匹残らず倒さなければならない』という気持ちが湧き上がってきた、らしい。羅號も同じだそうだ。

 とにかく、轟天も羅號も記憶は戻っていないのだが……状況からいくつかの推測ができるようになった。

 

 村雨はE・D・F艦隊の秘書艦という、かなり高い地位にいる。何度考えても自分のようなただの小娘がそんな地位にいるのは何かの間違いだと思っているのだが、今回の件ではそれが大いに役に立った。

 『怪獣』……その存在そのものが轟天たちの記憶のヒントになる、そう思った村雨はその地位を利用して日本海軍にも連絡を取り『怪獣』という存在について探ったのだ。

 中條元帥に聞いた話を鵜呑みにするなら、あの『はじまりの妖精』が脅威だとして100年ほど前に封印した存在が『怪獣』だ。ならば当時の資料などにその鱗片くらいないものかと資料を探ったのだが……いくら探してもまったく手がかりがない。もっとも当時は深海棲艦の登場によって世界的な大混乱期、資料の紛失という可能性はある。だが、同時に現代に至るまでに『怪獣』の存在を臭わすような資料の一つでも出てきても良さそうなものだが、それもない。

 つまり『怪獣』は100年前に人類のあずかり知らぬところでポッと現れ封印され、現代で突然ポッと蘇っているのである。丸々100年が空白なのだ。

 ならば……何故轟天と羅號は『怪獣』を、しかもその名称まで知っているのだろうか?

 これらの疑問を総合した村雨は、ある仮説を立てた。

 

 轟天と羅號は……『現代の人間ではない』のではないだろうか?

 およそ100年前、『はじまりの妖精』とともに『怪獣』と戦い封印した艦息であり、そして封印が解ける未来のためにコールドスリープなどの手段で眠り続けた存在なのではないか……これが村雨の立てた仮説である。

 記憶喪失というのも長期のコールドスリープの副作用か何かだと考えれば納得できるし、これなら『はじまりの妖精』が100年先の存在である2人のことを言い当てたのも、『予言』というあいまいなものではなく、納得できる説明ができる。

 だがこの仮説が正しかった場合……轟天の望んでいるものは、もう見つからない。

 

 村雨は、村雨だけは轟天の苦悩を知っている。望んでいるものを知っている。

 初めての夜、轟天の語った言葉を村雨は忘れていない。

 両親、友人、故郷……それらの誰もが当たり前のように持っているものがない。だからそれが欲しくて記憶を探している、と轟天は話していた。しかしもし村雨のこの仮説が正しいのならそれらすべては、遠い100年の過去の彼方に置き去りにしてしまっているのだ。それが手に入ることはもう、ない。

 そしてこれは村雨の勘なのだが……おそらく村雨と同じような仮説に、轟天自身もたどり着いているのではないだろうか?

 だから不安を感じて、無意識のうちに自分に縋り付くように眠るようになったのではないか?

 

 そんな風に村雨は思う。しかし、それを不快には感じない。

 一方的に村雨が轟天に依存する関係が、互いに依存し合う関係になった……ただの傷の舐め合いかもしれないけれど、それが村雨には嬉しかったのだ。

 

「何だかちょっと変わっちゃったね、私たちの関係」

 

 そう嬉しそうに小声で呟く。

 自分は轟天に運良く助けられただけの、ただの小娘にすぎない。そんなことは百も承知だ。

 だが、それでも……。

 

「何があっても……私は轟くんのそばにいるからね」

 

 その心に寄り添い続けることぐらいはしてみせる。

 その思いに突き動かされ、村雨は轟天の頭を引き寄せると、その胸に優しくかき抱いた。

 するとほんの少しだけ轟天の顔色が良くなったような気がして、村雨は嬉しくなった。自分がそうさせたと思うと、誇らしい気持ちになる。

 そんな満ち足りた思いのまま、村雨も目を瞑る。

 

 朝はまだ遠い。

 2人の安らかな寝息だけが、寝室に響いていた。

 

 

 




怪獣撃破後の状況でした。

……このシリーズ、何だか戦闘シーンより村雨とのベッドでの会話シーン書いてる方が多い気がしてきた。実際なぜか書きやすいんだよなぁ……少し反省。

次回もよろしくお願いします。

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