今回は対怪獣戦です。
重力制御による飛行システムを起動させた轟天と羅號。その巨体が宙を浮き、巨大なエビ型怪獣『エビラ』へと飛び掛かっていく。
周りの人間には、何が何だかわからない。
あの未知の化け物は何なのか?
轟天と羅號のような巨大戦艦が何故空を飛べるのか?
それはもう混乱の極みだ。
しかし、実を言うなら同じくらい轟天と羅號も心の奥底では混乱していたのだ。何故なら本人たちですら『飛行・潜水能力』という機能の存在を、今この瞬間まで知らなかったのだ。しかしこの敵……『怪獣』の存在を感じ取った瞬間から、まるでそれが当然のことであったかのように身体が動いたのである。
考えるべきことはいくらでもある。しかしそれ以上に目の前の『怪獣』の存在を許してはならぬという、使命感と焦燥感の入り混じったものに熱狂を混ぜ込んだような奇妙な感情が湧き上がる。
その感情のままに、轟天と羅號は『エビラ』との戦闘に突入した。
「各メーサー砲座、集中砲火!!」
「弾種
轟天から高出力メーサービームが飛び出し、羅號の砲から轟音とともに砲弾が発射される。巨大な怪獣が目標だ、それぞれが直撃し爆発が巻き起こる。
しかし……戦艦水鬼級の装甲ですら飴細工のように溶断する轟天のメーサービームが、同じく戦艦水鬼級の装甲を容易く貫徹する羅號の砲が直撃したというのに目標は健在、それどころか目立った損傷すら皆無だったのである。
キュィィィィン!!
だが完全に無傷というわけでもないようだ。苦悶の声なのか怒りの声なのか分からないが、雄たけびをあげながらハサミを振り上げ、海面から飛びあがるようにしてジャンプで空中の轟天と羅號に迫る。
しかしその攻撃をヒラリとかわした轟天と羅號は、再びエビラに攻撃をかける。
キュィィィィ!
遠距離攻撃のすべを持たないエビラは苦悶の声を上げるばかりだ。
「よし、野郎をこのままエビフライにしてやれ!」
「あんまりエビは好きじゃないんだけど、ね!」
軽口を叩きながらも火力を集中させる轟天と羅號。するとエビラは潜航の体勢に入る。ここで逃せば、これからも艦娘や人類に甚大な被害が出ることは確実だ。
「逃がすか! 羅號、潜航モードで追うぞ!!
確実に、やつを仕留める!」
「わかってる!」
その言葉とともに轟天と羅號が海面へ向けて降下を始めた、その時。
「ッ!!?」
何かに気付いた轟天が、慌てたように自らの装甲を盾にする。
ギィン!!
金属同士がかち合うような甲高い音が響いた。見れば、戦艦級深海棲艦の砲の直撃を受けても傷一つつかなかった轟天の装甲に真一文字に傷が入っている。
視線を巡らせればその下手人はすぐにわかった。何故なら……あまりにも巨大だったからだ。
それは巨大なカマキリとしか言いようのない代物だった。背中の羽根で飛行しながら、その両手の鎌を研ぐかのようにこすり合わせている。間違いなく常識では考えられない巨大生命体……『怪獣』だ。
その怪獣を見つめながら轟天が言った。
「怪獣『カマキラス』を確認……どおりでエビラだけにしちゃ死体の数が多いはずだぜ。
しっかし……直前までレーダーにも確認できなかったのは何でだ?」
その答えはすぐに判明する。空を舞っていたカマキラスは轟天たちの目の前で姿がぼやけていくと、やがて空の青に溶けるように姿が消えるとレーダーからも反応が消える。
「光学迷彩かよ……しかもレーダーからも完全に消えてやがる……」
「兄さん、どうする!?」
羅號の言葉に轟天は一瞬だけ思考を巡らせるが、即座に決断を下す。
「羅號はそのままエビラを追え!
カマキラスは俺がやる!」
「了解!」
そう答えると、羅號はエビラを追って空中からそのまま海中へと飛び込み姿を消した。残ったのは辺りへと最大級の警戒を行う轟天と、混乱しきった艦隊だけだ。
そんな艦隊へと、轟天は怒鳴るように指示をとばす。
「全員今すぐこの海域から離脱しろ! 理由は言わなくても分かるな!
E・D・F艦隊は離脱後、各海域を偵察。もしも同様の怪獣が確認されたらその海域の艦娘たちに退避を呼びかけて俺に報告しろ。
怪獣との交戦は厳禁、全力で逃げろ!
早く行け!!」
轟天のその言葉に、弾かれたように艦娘たちが動き出す。中には戦友たちの仇を後からやってきた轟天たちだけに任せて退避することに抗議し渋る艦娘もいたが、もはやそういう次元の話ではない。そんな艦娘も周りの艦娘やE・D・F艦隊の艦娘に引きずられながら海域を後退していく。
そんな中、轟天に秘匿回線で村雨から通信が入った。
『轟くん……』
「なんだ? 片手間で戦える相手じゃないから手短に頼む」
『待ってるから……そんな化け物倒して早く帰ってきてね』
手短に、それでいながら絶対の信頼を込めた言葉だけ残して村雨からの通信は切れた。
その言葉に、轟天は苦笑する。
「当たり前だ。
それに……こんなところで躓いてたらこの先お話しにならないだろうからな」
それは確信めいた予感。しかし今はそれを心の棚に押し上げ、戦いに意識を集中させる。
「!? メーサー発射!!」
殺気と鋭い鎌のきらめきを察知した轟天は、それに向かってメーサーを放った。
~~~~~~~~~~~~~~~
水中に潜航した羅號は、同じく水中を自在に動き回るエビラを追っていた。
「フルメタルミサイル、誘導魚雷……発射!!」
羅號から発射されたフルメタルミサイルと誘導魚雷がエビラに直撃する。しかしエビラのその硬い外殻を破ることができない。その光景に羅號は臍を噛む。
「やっぱり水中じゃどうしても火力を制限される……」
羅號の主兵装ともいえる大型大口径4連装、通称『羅號砲』は水柱では使用できない。そのため羅號の火力は低下してしまっている。だが、それでも羅號には十分な武器はある。冷凍砲は水中であっても当たり所次第では一撃で怪獣すら氷漬けにするだけの威力があるし、その象徴である艦首ドリルはいかなエビラの外殻だろうと容易く貫くだろう。
羅號にはいくらでも戦いの方法は残されていた。何よりも怪獣の存在を知ってから、心の中から湧き上がる、尽きぬ炎にも似た闘志が身体を突き動かす。一種の
「だぁぁぁぁ!!」
羅號がドリルをうならせながらエビラを狙うが、素早い動きでこれを避けるとすれ違いざまにエビラがそのハサミを振るう。
「くぅ!?」
それをギリギリのところでかわした羅號は振り向きざまに誘導魚雷を放った。けん制のための魚雷だったが、それが思わぬ事態を招く。
「魚雷をハサミで!?」
なんとエビラは魚雷を器用にもそのハサミで掴むとそれを投げ捨てる。そして魚雷は海底に接触して爆発した。
「視界が!?」
魚雷の爆発によって巻き上げられた海底の泥によって視界が遮られ、エビラの姿を見失う羅號。そして、その隙をエビラは見逃さなかった。
「がぁぁぁ!!?」
視界ゼロの中で羅號の下に潜り込んだエビラのハサミが、羅號を挟み込んだ。戦艦の艦娘の装甲すら容易く両断するハサミの切断力に、轟天と同じ強固な特殊複合装甲がミチミチと悲鳴のような不快な音を立て、衝撃に羅號が赤いものが混じった息を漏らす。しかし、羅號は口からうっすらと赤いものを吐きながらも表情をニヤリとした笑みに変えた。
「どうもありがとう。
捕まえる手間が省けたよ!!」
その瞬間、羅號の機関が最大出力で動き出す。とてつもない重量を誇るであろうエビラを引きずりながら、羅號の向かう先は海上だ。
ザバァァァン!!
巨大な水しぶきを上げながら、エビラのハサミに挟まれたままの羅號が海上へと飛び出した。同時に羅號は使用可能になった主砲をすべてエビラに向ける。
「主砲全門、連続斉射!!」
ほぼゼロ距離、羅號の誇る大口径主砲から対怪獣用の特殊爆裂徹甲弾が放たれる。それも一撃ではない。自動装填装置を使った高速装填による連射である。その猛攻にエビラの甲殻が悲鳴を上げた。
キュィィィィン!!?
そこらじゅうで甲殻が砕かれ毒々しい色の体液が噴き出し、エビラが苦悶の声を上げる。そして羅號を掴んでいたハサミも粉々に砕け散っていた。自由になった羅號はそのままドリルを構えて突進する。
「だぁぁぁ!!」
羅號渾身のドリルチャージを、甲殻を無残に砕かれたエビラに防ぐ手立てはない。ドリルがエビラの真芯を貫く。そして同時に吠え猛る羅號の主砲。
キュィィン……
身体の中心にいくつもの大穴を開けたエビラは、断末魔の声とともに毒々しい色の体液を噴き出しながら沈んでいく。それを見ながら羅號はポツリといった。
「悪いね。 僕はエビは嫌いなんだ」
羅號はそれだけ呟くと息をついて空を仰いだ。
~~~~~~~~~~~~~~~
ギィィン!!
鋭い金属音が響く。
光学迷彩によって姿を消したカマキラスの奇襲によって轟天の装甲に傷が入り、運悪く稼働状態だったメーサー砲座が一緒に切り裂かれる。メーサー砲座の起こした小爆発にあおられながらも轟天はカマキラスに向けて反撃するが、タイミングを外したメーサー砲はことごとく避けられ、カマキラスは光学迷彩で姿を消した。
「ちぃっ! ちょこまかと動きやがって!!」
先ほどから何度も繰り返される一連の攻防にイラつきながら吐き捨てる。
カマキラスは完全に光学迷彩を用いたヒットアンドアウェイに徹していた。その姿は轟天のレーダーでも捉えることができず、察知できるのはカマキラスが攻撃してくる瞬間だけである。そのため轟天はカマキラスの攻撃をしのぐことで精一杯で満足な攻撃をできないでいた。
轟天の中にイライラが積もっていくが、実をいうとそれはカマキラスも同じであった。
カマキラスの攻撃能力のほとんどはその鋭い鎌だ。しかしその鎌は轟天の特殊複合装甲の前に大きな損傷を与えられていない。しかもこの間に轟天からの反撃でカマキラスが受けていたダメージは決して軽視できるものではなかった。昆虫型怪獣であるカマキラスの防御力はそれほど高くはないのである。
そのため、カマキラスは状況を変えるべく行動に出た。
「ッ!!?」
幾度目かになる殺気に轟天は咄嗟に装甲を構えるが、鎌の一撃の衝撃はない。そのかわりに、カマキラスの足ががっしりと轟天の身体を背後から捕まえていた。
「しまった!?」
そしてカマキラスの両手の鎌が連続して振り下ろされる。カマキラスはヒットアンドアウェイ戦法を捨て、組みついての連続攻撃で勝負を決めようというのだ。
その鋭い鎌の連続攻撃で、轟天の特殊複合装甲がゆっくりとだが確実に削られていく。轟天のメーサー砲も巧みに射線上から逃れられ当たらず、ドリルでは背後には攻撃できない。
防戦一方の態勢、どうみても轟天の不利だ。しかし、轟天は獰猛に笑う。
「フルメタルミサイル、発射!!」
轟天のミサイルハッチが開き、フルメタルミサイルが放たれる。フルメタルミサイルはそのまま大空をしばらく泳ぐと急旋回、反転して打ち下ろすように背中からカマキラスに襲い掛かった。恐るべき誘導性能である。
キシュゥゥン!?
計8発もの対怪獣用に貫通力を極限まで高めたフルメタルミサイルの直撃にカマキラスが苦悶の声を上げ、轟天を捕まえていた足の拘束が弱まった。
「いまだ!!」
ここが勝機と見た轟天はカマキラスを振り払い、反転してカマキラスを正面に捉える。
「メーサー全砲座、総攻撃開始!!」
放たれた大量の高出力メーサービーム、それがカマキラスを焼く。カマキラスはたまらず逃げ出そうとするが、そんなカマキラスの翅をメーサービームが直撃しそれを焼き払った。
飛行能力を失ったカマキラスはきりもみ回転をしながら落ちていく。そんな隙を黙って見ている轟天ではない。
「オラァァァ!!」
唸りを上げるドリルを構え、轟天が突撃する。そしてドリルがカマキラスの腹へと突き刺さった。
キシュゥゥン!?
体液をまき散らしながら苦悶の声を上げるカマキラス。だが、轟天の攻撃は終わりではない。
「トドメだ! 消し飛びやがれ虫野郎!!」
カマキラスに突き刺さったドリルが光を放ち始める。
「ドリルスパイラルメーサーキャノン、最大出力!!
発射ぁぁぁ!!」
ドリルから放たれた光の奔流がカマキラスを内側から焼き尽くし、貫通する。上半身と下半身が千切れ飛び、絶命したカマキラスが海上へと墜落した。
「ふぅ……殲滅完了だ」
カマキラスの死体が波間に消えていくのを確認し、険しい顔でほかにも怪獣がいないか索敵していた轟天はそこでやっと息をつく。
そこへ羅號がやってきた。
「兄さん」
「羅號か。 こっちはちょうど虫退治を終えたところだ。
そっちは?」
「ああ、焼きエビ料理も調理しおえたよ」
轟天の軽口に、同じくジョークを交えながら羅號も返す。その時、通信機から泊地中枢部の制圧完了という報告が入った。この泊地攻略戦に勝利した瞬間である。
しかし轟天と羅號はとても喜べるような気分ではなかった。何故ならそれは艤装からの知識か、それともそれとは違う本能の部分か……怪獣との戦いがこれっきりではないことを確信していたからだ。
自分たちの記憶を含め、いろいろと考えなければならないことは多い。
「さっさと帰ろう。 やること山積みだぞ」
轟天のその言葉に、羅號は同意するように頷いたのだった。
この世界における初の対怪獣戦でした。
本年もよろしくお願いします。