その胸に還ろう   作:キューマル式

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やっと『奴ら』の出現です。
先鋒はもう予想できるあいつです。


出現

 

 

 南方戦線の各艦隊が集結し大海原を駆けていく。その大艦隊の向かう先は敵深海棲艦泊地である。

 実はこの敵泊地はかなり規模が大きく、今までに2度の攻略作戦が発令されたものの攻略は失敗に終わっていた。3度目の正直ともいうが、大型艦娘には「今度こそ!」という強い気概と高い士気が見て取れる。だがそれとは逆に一部……駆逐艦娘や軽巡艦娘、そして外国人艦娘の一部からは諦めや達観、さらには恐怖が色濃く感じられ、士気の落差があまりにも大きすぎるのが印象的だ。

 そんな艦隊の一部に、見慣れない集団の姿がある。見たこともない艤装を装備する一団、その先頭には旗艦なのだろう、巨大なドリルを装備した『男』の艦娘――『艦息』が2人。そんな姿は嫌でも注目の的だ。

 当然、そこかしこで言葉が飛び交った。「あれはなんだ?」「どこの所属だ?」「我が軍は男性用の艤装を開発したのか?」だの艦娘たちはひそひそと口々に語り合う。

 そんな艦娘たちに各々の指揮官たる提督は通信で「元帥閣下直属の秘匿艦隊である」とだけ説明した。それ以上に説明のしようがない。何故なら、提督たちですらそれ以上の説明は受けておらず、詳細はこの作戦後とされてしまったからだ。そのため、各々の提督たちですらその秘匿艦隊へと注目している。

 そんな中、全艦隊に対してその秘匿艦隊から通信が入った。

 

『こちらE・D・F艦隊旗艦『轟天』だ。

 こちらのレーダーで敵航空隊を補足した。三時方向から距離は450km、敵機数は480機。

 警戒されたし』

 

 深海棲艦の正規空母ヲ級であるなら6隻分、空母棲姫級なら4隻分が全力出撃をしたほどの膨大な数である。艦隊の直衛を空にするということは考えられないので、実際にはもっと敵空母は多いだろう。そんな大編隊が接近中だというのだ。

 しかし、その警告に各艦隊は懐疑的だった。そもそも450kmという超長距離を探知できる電探など日本海軍どころか世界中を探したって存在するはずがない。それに敵機数が正確に分かるというのも無理な話だ。すぐさま各艦隊から「誤報ではないか?」との問い合わせがE・D・F艦隊へと入るものの、轟天からの回答は同じだった。

 

『誤報じゃない、事実だ。

 信じる信じないはそっちの勝手だが、対空戦闘の準備を強く勧めるぞ。

 それにまだ接敵までは十分な時間があるはずだ。こっちの言葉が信じられないのなら、偵察機でも飛ばして確認してみてくれ』

 

 それもそうだと、首を傾げながらも何隻かの用心深い空母艦娘から偵察のための彩雲が発艦していく。そしてしばしの後、その偵察の彩雲が迫る敵の大航空隊の姿を確認することになった。

 敵が確認されると各艦隊は大騒ぎだ。自らの知る知識と常識に照らし合わせ轟天の忠告をただの誤報と決めてかかっていたためである。轟天の忠告通りに対空戦闘の準備を完全に整えていたのはE・D・F艦隊の異常性をよく知る榛名率いるトラック泊地艦隊と、特に用心深かった少数の艦娘だけだ。

 そんな状況の中で、E・D・F艦隊から再び通信が入る。

 

『こちらE・D・F艦隊、これより艦隊防空のために隊列を離脱。

 敵航空機群の迎撃に向かう』

 

 それだけ通信してくるとE・D・F艦隊は敵航空機隊がやってくるだろう3時方向へと、艦隊の盾になるように移動した。

 すべての艦隊が何をするのかと注意深く見守る中、E・D・F艦隊が動く。E・D・F艦隊の駆逐艦級と思われる艦娘たちから、白煙を上げながら何かが打ち上げられていく。それは噴進弾だ。それを見た艦娘たちは揃って首を傾げる。

 確かに噴進弾は対空兵装ではあるものの、敵の姿も見えていないときに打ち上げて何の意味があるのか?

 しかしその疑問はすぐに驚愕に塗りつぶされる。発射された噴進弾が空中で曲がり、大空の彼方へと飛んでいく。そして異変は偵察中の彩雲から知らされた。

 敵航空機隊の進行方向……つまり艦隊側から飛来した噴進弾のようなものによって敵航空機隊が次々と撃墜されているという報告だ。その噴進弾はどう考えてもE・D・F艦隊から発せられたものだろう。一体どうしたらそんな遠距離の、しかも小型・高速の航空機に直撃できるのか全く理解できない。しかし衝撃はそれだけでは終わらなかった。

 今度はE・D・F艦隊所属の空母――おそらく『アクィラ』と思われる――から次々と艦載機が発艦していく。その艦載機はすべて見たことのない噴式のタイプだ。それが凄まじい速度で発艦していく。そして再び偵察中の彩雲からの驚きの報告。先ほどの噴式艦載機が敵航空機隊と交戦状態に入ったが、敵をどこまでも追いかける噴進弾とその速度を武器に敵航空機隊を圧倒しているというのだ。どれもこれもにわかには信じられない報告である。敵航空機隊の目にはまるで『死神』のように映っただろうことは想像に難くない。

 これらの『死神』たちによって敵航空機隊はその数を半数以下にまで減らしていた。しかしそれでも200機を超える数だ。敵航空機隊はその数を頼みにそのまま艦隊へと突き進む。そして艦隊の視認できる距離にまで迫った時……彼らに最後の、そして最強の『死神』がその鎌を無慈悲に振り下ろした。

 

『弾種対空榴弾、主砲発射!!』

 

『各対空メーサー、自由射撃開始!!』

 

 2隻のドリル戦艦たち、その艤装が火を吹いた。

 片方……大和型戦艦を容易く超えるような大型4連装砲を3基も積んだ戦艦の主砲が火を吹き、装填された榴弾が空を行く敵機を叩き落としていく。それは三式弾を用いた戦艦の対空戦闘と同じだが、密度と正確性の桁が違う。あれだけの巨砲だというのに砲が『連続』して放たれているのだ。しかも的確に敵の密集地で炸裂している。

 そしてもう片方……これはもう、目の前の光景が理解不能の領域だった。ドリル戦艦から放たれた幾条もの光線が、まるでキャンバスに筆を走らせるかのように大空をなぞる。そしてその光線の通った後には敵機の爆発だけが、まるで大空のキャンバスに描いた大輪の花のように広がっては消えていく。

 明らかに異常すぎる目の前の光景に、それを見ていた艦娘たちが我に返ったのは敵機がすべて叩き落とされ、その轟天から通信が入ってからだった。

 

『敵航空機隊は全滅させた。

 で、敵艦隊もこっちで潰して構わないかい?』

 

 その言葉に艦隊の全員がハッと正気に戻る。E・D・F艦隊ばかりにやらせてはおけぬと、各空母艦娘たちから艦載機が発艦していき、他の艦娘たちも針路を変え、敵艦隊の迎撃に向かう。

 航空機のほとんどを消失し、完全に制空権を失ってしまっていた敵大規模艦隊が撃滅されたのはそれからしばらく後のことだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「よし、作戦は成功ってとこだな」

 

 轟天の艤装のパラボナアンテナのようなメーサー砲が内部に収納される。そして空へ向かってオート・メラーラ127mm単装速射砲を構えていた村雨も、ホッと息をつくとそれを下した。辺りを見れば、E・D・F艦隊全員が対空戦闘を終え用具を収め、アクィラは戻ってきた艦載機の着艦作業に入っている。もっともここは敵泊地へと向かう道中、すでに人類側の勢力圏ではない。奇襲に備え、レーダーとソナーは今でも敵の姿を見張っている。

 しかしそんな緊張感をものともしない轟天は、村雨の肩を叩く。

 

「俺のレーダーにもソナーにも反応はない。

 大丈夫だ。少しくらい肩の力を抜けよ」

 

「……そうね」

 

 村雨にも緊張しきっていた自覚はあった。村雨は大きく深呼吸すると、少しだけ肩の力を抜く。それを待ってから轟天は言った。

 

「これでE・D・F艦隊(俺たち)の力は見せつけた。

 インパクトは十分だろう?」

 

 そう、先ほどの戦闘は他の提督や艦娘たちに侮られないようにこちらの力の一端を見せるためのものだったのだ。村雨は苦笑して、肩を竦めながら言う。

 

「十分だと思うよ。

 むしろちょっとやり過ぎなくらい」

 

 そう言って辺りを見渡すと他の艦隊からの強い視線を感じる。その視線には侮りなどみじんも感じ取れないのだが、その変わりに『恐怖』や『警戒』といったものが感じ取れってしまいあまり気分のいいものではない。そう伝えると「まぁ、確かに」と轟天は苦笑した。

 そんな轟天に苦笑を返しながら、村雨は心の中で改めて轟天たちの異常性を思う。

 

(久しぶりに轟くんたちと一緒に戦闘したけど……相変わらず轟くんと羅號くんは無茶苦茶なんだけど、確かに『おかしい』のよね……)

 

 そして、村雨は彼女との会話を思い出していた。

 

 

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

 

 

「うーん、やっぱりおかしいかも」

 

 ラゴス島秘密基地の工廠施設、村雨の艤装を整備しながらそうポツリと言ったのはこの工廠の主となっている水上機母艦『秋津洲』である。

 日本艦娘であり比較的大型艦でかなり珍しいはずの『秋津洲』なのだが、その戦闘能力は低い。そのせいで駆逐艦娘などと同様に囮とされてしまったところをE・D・F艦隊が保護して仲間にしたのだ。そのためE・D・F艦隊の日本艦娘の中で唯一、駆逐・軽巡といった小型艦ではない艦娘となっている。

 彼女は確かに直接的な戦闘能力は低かった。しかし偵察能力、そして工作艦を経験したという艤装の経歴のためか機械整備に関して大きな適正があったのである。それ以降、秋津洲はラゴス島秘密基地の工廠で整備を担当することになったのだ。

 

「えっ、私の艤装どこか問題があるんですか?」

 

 戦場で自分の命を預ける艤装をいじりながら『おかしい』と言われてはたまらない。慌てて尋ねる村雨だが、秋津洲は「違う違い」と首を振った

 

 

「村雨の艤装にはどこにも問題はないかも。

 ただ……みんなの艤装をいじればいじるほど、司令と副司令の艤装が『おかしい』って思っちゃうかも」

 

 とりあえず自分の艤装には問題ないと言われてホッと胸をなでおろすものの、今度は轟天たちの艤装が『おかしい』と言われれば気にならないはずもない。

 

「でも轟くんたち、艤装がおかしくなるようなダメージなんて受けたことないはずですけど……」

 

「そういう機能に問題が出たって意味じゃなくて、うーん……『構成がおかしい』ってことかも」

 

「『構成がおかしい』、ですか?」

 

 首を傾げて聞き返す村雨に、秋津洲は整備の作業を終え、お茶を一杯入れながら話を続ける。

 

「例えば村雨の場合……対艦に対艦誘導噴進弾(ミサイル)、対空に自動迎撃機銃に対空誘導噴進弾(ミサイル)、対潜には誘導魚雷やアスロック。それに対艦・対空に使えるオート・メラーラ127mm単装速射砲、どれもこれも用途がはっきりしてるかも。

 でも例えば司令の場合、対空・対艦・対潜すべてに対して使える全環境対応型徹甲誘導噴進弾(フルメタルミサイル)なんだけど……戦艦を一撃で沈めるような火力、対空で戦闘機に叩きつけて意味がある? 潜水艦に叩き込んで意味がある? 過剰すぎて無駄なだけかも。

 だったら村雨たちみたいに用途別の装備を積んだ方が無駄が無くていいかも。

 司令と副司令の艤装はそんな風に、『すごいんだけど無駄が多すぎ』な艤装なの」

 

 言われて見れば確かに、と思う。

以前村雨は轟天と一緒に出撃したときに敵の艦載機の襲撃を受けたことがあった。そのとき轟天はメーサービームで敵機を全機撃墜していた。敵航空機隊全機撃墜の挙句相手の撃った砲弾すら完全に迎撃し、敵戦艦の装甲をバターのように溶かして爆沈させるメーサービームは確かにすごいのだが、村雨と同じように対空ミサイルがあればもっと早期に、もっと言えば敵機を視認する前に迎撃できたはずなのだ。それらを装備していない理由が分からない。

 

「兵器開発って基本、『無駄のない必要最小限』を追及するかも。持ち運べる量には限界があるから、できるだけ無駄なくコンパクトにって考えが当然あるの。

 あの有名な46cm砲だって、パナマ運河を使える最大の大きさの艦とそれに積める最大砲口径を計算して、それに勝る長射程を割り出した『無駄のない必要最小限』の産物。別に何の目的もなくあんな大きくなったんじゃなくて、『必要最小限』があれだったって話なんだよ。

 でも司令と副司令の兵装はもう何もかもが威力過剰すぎて、何の必要最小限を狙ったのかわからない。だからまとめると『構成がおかしい』って言葉になるかも」

 

「なるほど……」

 

 淹れてもらったお茶に口を付け、村雨が頷く。そして、しばらくしてから秋津洲がポツリと言った。

 

「ただ、もしかしたら……もしかしたらだけど……」

 

 

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

 

 

「あれが何か、『自分たちの知らない何かのための必要最小限』なのかも……か……」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

「ううん、何でもない」

 

 村雨は不吉な予感を首を振って切り捨てると、残弾の確認作業に入る。

 しかしその時すでに、轟天と羅號の立ち向かうべき『何か』との邂逅は間近に迫っていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「戦況はどうなの?」

 

 羅號の問いに、無線を聞きながら轟天が答える。

 

「どうやらこっち側がずいぶんと優勢な状況らしい。まぁ、あれだけ俺たちに精鋭部隊を潰されれば当然の結果だな。

 もう敵泊地中枢の手前まで侵攻してる。この分なら敵中枢の制圧は時間の問題だな」

 

 肩を竦めながら呑気に答える轟天。彼らE・D・F艦隊周辺では砲声もなければ敵の航空機の姿もない、とても命を賭けた戦いの真っ最中だとは思えない状態だ。それもそのはず、ここは前線ではなく後方の海域だからである。

 敵の初撃ともいうべき敵空母艦隊との戦いを勝利した艦隊だがその後、今度は戦艦水鬼を中核とする敵精鋭打撃艦隊と会敵した。敵構成だけで激戦を予感していた各艦隊だったがそこでまたもE・D・F艦隊が前進、村雨たちの対艦ミサイルの一斉射と突撃していった轟天と羅號によって瞬く間に蹂躙されてしまった。

 しかしそのまま泊地攻略もと思っていた矢先、、轟天たちE・D・F艦隊に中條元帥から『待った』がかかったのである。曰く、戦況の危うくなった戦線に投入したいので後方で待機していてほしいとのことだった。轟天はその要請を受諾、こうしてE・D・F艦隊は後方でのんびりとしているわけである。

 

「歯がゆいな。 僕が行けばすぐにでも……」

 

「羅號、その考え方は駄目だぞ」

 

 前線で命を賭けて戦っている艦娘がいるというのにジッとしていることの口惜しさを語る羅號を、轟天は諫める。

 

E・D・F艦隊(俺たち)が日本に接触したのは、俺たちだけで深海棲艦すべてを相手にできないからだ。

 深海棲艦の数は多い。だから絶対に艦娘にも戦ってもらわないとならない。

 でも俺たちがあんまりでしゃばり過ぎてたら、「もうあいつらだけでいいんじゃないか?」なんて考え始めて、しまいには全部俺たちに丸投げだ。それじゃ日本に接触した意味が無くなっちまうよ。

 それに突然現れた傭兵みたいな連中に手柄を全部掻っ攫われたら、今まで必死で戦ってきた艦娘や提督たちとしては面白いわけがない。そう考えて元帥は俺たちに下がってくれって言ってきたんだろう」

 

 轟天の考えはまさに正鵠を射ていた。轟天は羅號の肩をポンと叩きながら言う。

 

「『過ぎたるは猶及ばざるが如し』、ってな。

 俺たちを侮らせないように力は見せた。敵の精鋭部隊も叩き潰して泊地攻略戦にも十分に貢献した。

 俺たちはやるべきことは十分に果たしたよ。

 ここは日本海軍(あちらさん)の言う通りにしろ」

 

「それは分かってるけど……目の前で味方が命がけで戦ってるんだよ。沈む艦娘だっている。

 それが助けられるかもしれないのにここでジッとしてるなんて……」

 

 ここに来るまでに見てきた、あまりに士気の低かった駆逐艦娘たち。あの『恐怖』や『諦め』の見える感じだと、『弾除け』として連れてこられたのかもしれない。それを何となく察したからこそ、羅號は彼女たちを見捨てられないと前線行きを希望する。その後ろでは、自分と同じような境遇で同情もあるだろうが何より羅號の意見だということか、『ラヴァーズ』の面々も同意するように頷いている。しかし轟天はにべもない。

 

「抑えろ。 それで祈れ。

 その娘らの提督が、ヤバくなったらその娘らを弾除けに使う前に俺たちに救援要請してくるまともな提督だってな。

 今の俺たちにできるのはそれぐらいだよ」

 

「……わかったよ」

 

 言って羅號は轟天から離れ『ラヴァーズ』の元へと行くが、納得していないのはその様子から明白だ。

 轟天はフゥっと息をつくと、隣の村雨に話しかける。

 

「やれやれ、羅號には恨まれちまったかね。

 ……なぁ、俺は冷たいやつかね?」

 

 その問いかけに村雨は首を振る。

 

「私だって轟くんに助けられた身の上だし、同じような境遇の娘を助けられるなら助けてあげたいけど……それをやり始めたら際限が無くなっちゃうわ。

 それにそれが出来たとしても、今後の私たちのことを考えればデメリットが大きい……」

 

「だよなぁ……」

 

 轟天は大きくため息をついた。

 轟天としても助けられるものは助けたいが、それで日本側からでしゃばり過ぎだと反感を買ってしまえばE・D・F艦隊全体に危険が及ぶかもしれない。そう考えれば一応なりとE・D・F艦隊のリーダーである轟天は軽率な行動はとれなかった。

 それも仕方ない。人は物事に優先順位を付けて生きている。轟天にとって顔も知らない他人の命は、仲間の安全より上にはならなかったというだけである。そのあたりの轟天の苦い心情は、村雨にはよく理解できた。

 

「大丈夫、私は轟くんの気持ちは分かってるから」

 

「そう言ってもらえりゃ、嬉しいもんだ」

 

 村雨が慰めるように轟天の手を取ると、轟天は照れたように苦笑する。

その時だ。

 

 

 ドクン! ドクン!! ドクン!!!

 

 

「ぐぅっ!?」

 

「!? 轟くん!?」

 

 突如として轟天が胸を押さえながらうずくまる。何事かと村雨が近付くが、その時悲鳴のような声が聞こえた。

 

「らーくん! らーくん!?」

 

「羅號、どうしたんですか!? 羅號!!」

 

 村雨が視線を巡らせてみれば、轟天と同じように羅號も胸を押さえながらうずくまっており、異変に気付いた『ラヴァーズ』の面々から悲鳴のような声が聞こえる。

 

「轟くん、どうしたの轟くん!?」

 

「だい……じょうぶ……だ」

 

 どうしていいのか分からず船酔いの対処のように背中をさする村雨に答え、轟天は立ち上がった。

 

「轟く……ん……!?」

 

 心配そうに轟天の顔を覗き込んだ村雨は、もう少しで悲鳴を上げるところだった。覗き込んだそこには、触れたら倒れそうなレベルの濃厚な殺気を漂わせた轟天がいたからだ。

 

「……どうした?」

 

「あの……大丈夫、なの?」

 

 いろいろな意味を込めた言葉を何とか村雨が絞り出すと、轟天は何でもないように答える。

 

「ああ、別に胸が痛いわけじゃない。

 ただ……どうしようもなく血がたぎってるだけだ」

 

「それってどういう……」

 

「兄さん……」

 

 轟天の言葉を聞き返そうとした村雨だが、その言葉は途中で遮られた。そしてその声の方を見れば……日頃の温厚な面影など微塵も残っていない、轟天と同じく殺気を漂わせる羅號の姿があったのだ。見れば『ラヴァーズ』の面々も羅號の変化に驚きが隠せないらしく、村雨と同じような顔をしている。

 

「分かってる……。

 何にも思いださねぇが、艤装が、血が、魂が! 絶対にブチ殺さなきゃならない連中がいるって叫んでる!!

 行くぞ、羅號!!」

 

「うん!!」

 

 言うが早いか、2人の機関が唸りを上げ始めた。それを見て、慌てて村雨は声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと! 元帥からの待機してくれって話は!?」

 

「そんなもん無視だ無視!!

 海底軍艦『轟天』、出撃する!!」

 

「海底軍艦『羅號』、出撃するよ!!」

 

 そして2人は機関を全開にすると海域へと突入していく。

 残されたE・D・F艦隊、そして村雨は混乱の極みだ。つい直前まで轟天と村雨は、日本海軍の要望通りに待機することについて話をしていて、それが最善だと結論を出していた。だというのに突然、凶悪な殺気をまき散らしながら日本海軍の要望を無視して戦闘海域に突入していったのだ。はたから見ていたら乱心したと思われても仕方ない急変である。

 

「村雨秘書艦!」

 

「村雨、どうすればいい!?」

 

 不知火と叢雲が自分を呼ぶ声にはたと周囲を見ると、全員の視線が村雨に集中していた。あの『ラヴァーズ』の面々ですら羅號の急変に混乱しているらしく、指示が欲しいと目で訴えている。

 村雨だって本音を言えば混乱の極みだ。しかし司令と副司令がいない今、秘書艦として決断を迫られた村雨はその指示を出す。

 

「E・D・F艦隊、全艦前進!

 速度、最大戦速! 全武装、使用自由!

 司令と副司令を追うわ!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 村雨率いるE・D・F艦隊も轟天と羅號に続いて戦闘海域に突入していった。途端に、無線がにわかに騒がしくなり始める。

 

 

『どうし……あれ……!』

 

『潜水……ちが……!』

 

『はさ……で……がちぎれ……!』

 

『砲が……きかな……!!』

 

『化け……逃げ……!』

 

 

「……何なの、これ?」

 

 無線からはノイズでしっかりと聞きとれないが、ひどく混乱しているのは分かる。間違いなく、この先では普通ではない『何か』が起こっている。

 そして……ついにその場所へとたどり着く。

 

「あれは……何?」

 

 そこはまさに地獄絵図だった。そこかしこで『艦娘だったもの』が海面に漂う血の海だ。その遺体も鋭利な刃物で切り裂かれたような傷を負っている。

 そして……今、現在進行形でその地獄の光景を作り出している元凶がそこにはいた。

 それは巨大なエビだった。両手は巨大なハサミになっており、ロブスターかザリガニかといった姿である。その巨大エビのハサミに戦艦の艦娘が1人捕まっている。

 そして……。

 

 

 バチンっ!!

 

 

 そのハサミによってまた地獄絵図に遺体が数を増やす。強固なはずの戦艦の装甲すら両断する、凄まじい切れ味のハサミだ。

 

「この化け物め!!」

 

 艦娘たちは必死に手にした砲を放つが、甲殻類特有の甲羅を貫くことができない。生物の常識ではありえない、まったく未知なる存在だ。

 その脅威に村雨たちが固まっていると、先に到着していた轟天と羅號の声が海域に響いた。

 

「あ、あははははははは!!

 出たな、出やがったな……『怪獣』!!!」

 

「何も思いだせないけど……でもこの艤装が、魂がお前たち『怪獣』を倒せと叫んでいる!!」

 

「対怪獣戦、全システムフル稼働!!」

 

「飛行システム起動! 離水開始!!」

 

 すると全員の目の前で、またも驚きの出来事が起こる。なんと轟天と羅號の身体が海面を離れて浮き上がり、完全に空中へと浮かび上がったのだ。

 戦艦が飛行するという驚天動地の光景に誰もが呆気にとられるが、とうの轟天と羅號はそんな周囲の状況など気にもせず、目の前の未知の脅威……『怪獣』だけを捉えている。

 

「敵怪獣確認!!」

 

「目標怪獣、『エビラ』!!」

 

「「殲滅を開始する!!」」

 

 轟天と羅號が、エビラへと襲い掛かった。

 

 

 




というわけで『真の絶望』こと『怪獣』のオンパレードが開始され、先鋒のエビラさんとの交戦開始となります。

次回もよろしくお願いします。

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