その胸に還ろう   作:キューマル式

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それぞれの思惑

 

 

「閣下から指示された不審な艦娘の遺体の件ですが……現在のところ、同種の不審な艦娘の死亡事例は確認できませんでした」

 

「そうか……」

 

 大淀の報告を聞きながら、中條元帥は静かに頷きながら考える。中條元帥の読み通り、これが『彼女たち』の言っていた『真の絶望』の前兆だと仮定して、その兆しが見えたのは今のところトラック泊地だけだ。中條元帥もその『真の絶望』が一体どんな形のなんであるのかは分からない。だからこそより一層の警戒をすべきであろうと考える。

 

「……以後もしばらくの間、同種の不審な事件がないか注意していてくれ。

 特にトラック泊地とその周辺ではより一層の警戒を。

 予定されている敵泊地攻略戦も近い、偵察は注意深く密にするよう指示してくれ」

 

 中條元帥の指示にいつもなら大淀は即座に動き出すが、今日はその瞬間を見計らったかのように電話が鳴り始めた。

 

「はい、こちら執務室。

 はい……わかりました、閣下へかわります」

 

 電話に出た大淀が受話器を差し出しながら、中條元帥に言う。

 

「そのトラック泊地からです。

 ご子息から、何か緊急で元帥に指示を仰ぎたい案件があると……」

 

「何!?」

 

 警戒しているトラック泊地からの連絡である。しかもこのタイミングだ。

 

(まさか……『真の絶望』が現れたのか!?)

 

最悪の事態を想定し、中條元帥は大淀の手からひったくるように受話器を受け取ると、中條元帥はすぐに会話を始めた。

 

「私だ。

 うん……何!? それは、確かな話なのだな?

 物的証拠も置いてった? それで、その試験の結果は?

 うん……うん……分かった。私が直接交渉にあたる。

 それでだ、先方にはこう伝えてくれ……いいな、必ず今言った通りに先方には伝えてくれ。

 ではな、私も大急ぎでそちらに向かう」

 

「あの……閣下?」

 

 ガチャリと受話器を置き何事かを考える中條元帥に、大淀が恐る恐るといった感じで声をかける。

 はたで聞いていただけの大淀にはその詳細は分からない。しかしこの中條元帥がこうも感情を露わにするような何か大きなことが起こったことだけは分かった。

 

「……大淀くん、今日からしばらくの予定はすべてキャンセル。

 私はトラック泊地へと向かわねばならん。すぐに支度を始めてくれ」

 

「了解です。 ですが……一体トラック泊地で何が?」

 

 中條元帥の指示にすぐに頷く大淀だが、どこか納得いかなそうな顔だ。そんな大淀に中條元帥は、

 

「なぁに、『彼女たち』の言っていた『希望』、その姿を見てくるのだよ」

 

 そんな風に少し茶目っ気をきかせながら答えたのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 よく晴れたトラック泊地の空を、1機の航空機が飛んでいた。その航空機にはプロペラはない。炎の尾を引きながらとてつもない速度で空を舞っている。そして地上では軽空母『瑞鳳』が、難しい顔をしながら空を眺めていた。

 

「瑞鳳、調子はどうだ?」

 

「……」

 

 そんな瑞鳳の後ろから中條提督が声をかけるが、瑞鳳からの返事はなかった。

 

「瑞鳳?」

 

「ごめん提督、今話しかけないで!」

 

 訝しみながら再度声をかけると、いつもの穏やかな瑞鳳らしからぬ鋭い声が飛んで中條提督は慌てて口を紡ぐ。そして空中の航空機が高度を落とし、陸上に仮設された滑走路へと着陸する。

 

「……ふぅ」

 

 すると瑞鳳は額の汗を拭いながら、大きく息を吐いた。そして慌てたように中條提督に振り返る。

 

「ごめんなさい提督、さっきは怒鳴っちゃって。

 集中してたから手が離せなくって」

 

「それは構わないが……『アレ』はそこまでの難物なのか?」

 

 中條提督の視線の先には今しがた着陸したばかりの航空機があった。それは轟天たちが“土産”と称して置いていったジェット艦上戦闘機『F-2 バンシー』である。中條提督の言葉に、持参した水筒でのどを潤しながら瑞鳳が答えた。

 

「うん、一瞬でも気を抜いたら失速して墜落しちゃうかもしれない」

 

「瑞鳳でもか……」

 

 トラック泊地の航空戦力は瑞鳳、龍鳳、大鷹の3人だ。瑞鳳は榛名と並んでトラック泊地の中でも最古参の1人であり、このトラック泊地の空の守りである。零戦くらいなら目を瞑りながらでも発艦できるだろうほどの練度を誇る。そんな瑞鳳でもあの『バンシー』の扱いは難しいというのだ。

 

「噴式だから空母から飛ばすなら最低限飛行甲板の装甲化をしないといけないし、操縦も整備もかなり複雑。

 ただそのかわり性能はすごいの!

 速度が段違いだから一撃離脱戦法に徹したらたぶん零戦とか普通の機体じゃまるで歯が立たない。

 その上、対地ロケットランチャーを搭載しての対地攻撃にまで参加できるの!」

 

 興奮気味にまくしたてる瑞鳳に若干引きながらも、それほどまでの高性能なのだということが中條提督には理解できた。

 

「分かった。それでもう一つの方は?」

 

「うん、この子もすごいよ!」

 

 そう言いながら、流れるように発艦作業を行うのは轟天たちの“土産”のもう一つ、レシプロ艦上攻撃機の『AD-1 スカイレイダー』だ。見慣れたプロペラを回転させて、勢いよく空へと舞い上がる。

 

「この子、なんと流星の4倍近いペイロードがあるの!」

 

「それは……ちょっとした戦略爆撃機並みだな」

 

「そう! だから攻撃力満点!

 爆弾だろうが魚雷だろうが搭載できる凄い子だよ!」

 

 こちらもこちらで凄まじいものらしい。しばし中條提督は空を舞う『スカイレイダー』を目で追う。するとそんな中條提督の後ろから声が聞こえてきた。

 

「提督、提督!」

 

 中條提督が振り返ってみると、それは秋月だった。何やら全力疾走でやってきたため肩で息をしながら呼吸を整えている。

 

「はい、秋月ちゃん」

 

「あ、ありがとうございます瑞鳳さん」

 

 瑞鳳の差し出した水筒でのどを潤し、改めて秋月は中條提督の前に立った。

 

「提督に指示されていた『オート・メラーラ127mm単装速射砲』の試射試験が終わりました。

 アレ、すごいですよ!」

 

 そう興奮気味にその感想を語る。

 

「あの『オート・メラーラ127mm単装速射砲』、自動装填装置内蔵でもう物凄い速度での連射が可能でした。あれを対空戦闘で使えれば今まで以上の戦果は間違いなしです!」

 

 防空戦闘を担当する秋月としては、驚異の連射速度を誇る『オート・メラーラ127mm単装速射砲』がずいぶんと気に入ったようだ。その感動を思うままに捲し立てる。

 

「わかった、わかったから落ち着いてくれ秋月」

 

「あ……すみません」

 

 中條提督は少しばかりその勢いに引いてしまい秋月に抑えるように言うと、秋月は少し顔を赤らめながら姿勢を正す。

 

「とにかく、彼らからもらった兵装は、どれもこれも今までの装備とは一線を画すほどのものであることは間違いないんだな?」

 

「うん、実際に運用しようとするなら改修や整備なんかで結構大変だろうけど、性能が凄いって言うのは間違いないよ」

 

「私も瑞鳳さんと同感です。

 今までの装備と違う特殊な使用感ですから相当に練習は必要でしょうが、これが装備できれば一気に戦力のアップが見込めます」

 

「そうか……」

 

 その答えに頷きながら、中條提督は今更ながらことの重大さを思い知っていた。

 これらの兵装はきっと、彼らの力のほんの一部にすぎない。特に彼女たちが目撃した、光線兵器を乱射し戦艦棲姫を無傷でいともたやすく葬ったという轟天の力は絶大なものだろう。彼らをなんとしても仲間に引き込まなければと決意を新たにする中條提督。と、そこに榛名がやってきた。

 

「提督、先ほど連絡がありました。

 元帥閣下ですが、3日後にはこちらに到着の予定です」

 

「受け入れの準備を進めてくれ」

 

「それにしても……元帥閣下の動きはさすがに早いですね」

 

「父もことの重大さを認識しているのだろう。

 こちらとしては彼らに対する認識が私と同じだったということはありがたい限りだね」

 

 つまりは『絶対に味方に引き込みたい、敵にしてはいけない相手』という認識だ。中條提督の言葉にその力の一端を間近で見た榛名、瑞鳳、秋月もウンウンと頷く。

 そこで榛名は思いだしたように言った。

 

「ところで……ご命令通りの電文を彼らに送りましたが……あの内容は一体?」

 

「それが分からない。

 だが元帥()からくれぐれも、と念を押されてあの内容になった。

 私もその意図は分からないのだが……」

 

 そこで中條提督は一度言葉を切り、「これは私の勝手な想像なのだが……」と前置きしてから続ける。

 

「もしかしたら……父は彼の過去について何か知っているのかもしれない」

 

「……あの轟天さんの記憶喪失の件ですか?」

 

 榛名の言葉に、中條提督はゆっくりと頷いた。その脳裏に最悪な想像――轟天の記憶喪失の原因がまさに日本海軍にある――がよぎる。もしそうだとしたら轟天は味方になってはくれまい、それどころか敵対する可能性も大だ。

 

「……とにかく、彼らの反応を待ってみよう。

 さしあたって元帥閣下の受け入れ準備をしっかり頼むよ」

 

「「「了解!!」」」

 

 中條提督はふと頭をよぎった不安を振り払うように頭を振り、軍帽を被りなおすと空を見上げた。トラックの空は今日も快晴だ。

 

「このまま暗雲などなければいいが……」

 

 祈るように小さく呟くと、中條提督は執務室へと戻っていった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ラゴス島秘密基地の中庭、その中央の大きな木の下は木漏れ日と心地よい風が吹き抜ける快適な場所であり、羅號お気に入りの場所だ。羅號は特に用事のないときはそこで昼寝をしたり本を読んだりしながら過ごしていることが多い。

 そして羅號がいるのなら彼に恋する少女たち、通称『ラヴァーズ』の面々も自然とそこに集まる。そのため、いつしか『中庭は羅號とラヴァーズのテリトリー』という暗黙のルールのようなものが出来上がってしまい、所属する艦娘たちは用事がない限りはそこには極力近付かないようにしていた。

 しかしそんな場所でも最古参であり、彼らのことをよく知る村雨は何の気負いもなく進んでいく。

 

「羅號くん」

 

「あ、村雨さんこんにちは」

 

 村雨に気付いた羅號がぺこりと頭を下げるとそれにならう様にラヴァーズの面々も頭を下げる。幾人かからは邪魔しないでとばかりに幾分棘のこもった視線を感じるが村雨は気にしない。

 

「羅號くん、轟くんが至急来てほしいって呼んでるわ。

 日本との今後の件で話があるって」

 

「日本との件で?

 あれは僕の存在を日本には極力隠すってことで兄さん主導で進める手筈でしょ。

 何かあったんですか?」

 

「うーん、私も詳しい話はこれからなんだけど……どうも何かあったみたいなの」

 

「わかりました。すぐ行きます」

 

 その言葉に不吉なものを感じた羅號はすぐに立ち上がる。しかし、それを見てすぐさま『ラヴァーズ』の面々からも声が上がった。

 

「私も行きます!」

 

「ろーちゃんもです!」

 

「リベも!」

 

「あ、暁もいくわ!」

 

「わ、私も……」

 

「……私も同行するわ」

 

 次々に声が上がり、気がつけば8人という大所帯で轟天のいる執務室までやってきていた。

 

「……あのなぁ、ぞろぞろと執務室に討ち入りにでもきたのかお前らは。

 まぁお前らは全員最古参、手間が省けていいんだが……」

 

 それを見て呆れ気味の轟天。だがここにいるメンバーは『緯度0秘密基地』の存在を知っている、重要な最古参メンバーである。どうせ後から知らせることになるだろうし、と気を取り直して轟天は羅號を見る。

 

「さて、実は今しがた日本海軍から俺たちと正式に交渉したいって連絡があった」

 

「早いね」

 

「しかも交渉に元帥まで引っ張り出してくれたらしい。元帥直々に俺たちと交渉するそうだ。

やっぱりあの提督は『当たり』だよ。

……とまぁ、全体的にはいい話だったんだが……羅號、ちょっとお前に確認しておきたいことができてな」

 

「何、兄さん?」

 

「お前……今まで日本海軍の偵察機や潜水艦に姿を見られたことあったか?」

 

 少しだけ鋭い視線で羅號に問う。それを受けて羅號も真剣な表情でしばし考えるが、すぐに首を振った。

 

「ないよ。

 レーダーやソナーには常に気を配っていた。存在を察知されるような位置に近付いたことはないよ。僕のレーダーやソナーを騙せるようなステルス性を持ってるなら話は別だけど、そんなの日本海軍にはないだろうし。

 だから僕は今まで日本に姿を見られたなんてことはないはずだよ」

 

「……だよなぁ」

 

 羅號が答えると、轟天の方も最初からそうだろうとは思っていたのだろう、やっぱりといった風に頷く。

 

「兄さん、それがどうしたの?」

 

「……実はさっき言ったように日本海軍から俺たちと交渉したいって連絡があったんだが……そこで『俺と同格のもう一隻も出席してほしい』って言ってきてるんだよ」

 

「「「ッ!!?」」」

 

 その言葉に全員が息を呑んだ。

 

「最初はただのブラフかとも思ったんだが、『俺と同格のもう一隻』って数まで限定してきている。これは羅號、お前の存在を相手は知ってると見た方がいいだろう。

 で、お前が見られたわけじゃないとなると他の可能性は……」

 

「まさか……スパイ?」

 

 村雨がそう言った瞬間、明らかに部屋の温度が下がった。その原因は羅號のそばの少女たちからである。彼女たちの目は冷たく、暗く、そして殺気に満ちている。

 彼女たち『ラヴァーズ』にとって羅號は特別すぎる存在だ。そんな羅號に害を為した者には彼女たちは慈悲も容赦もない。もしスパイがいるのなら、すぐさまにでも彼女たちは『狩り』を始めるだろう。その本質は『狂信者』に近いものがある、と轟天は見ている。

 そういった本質を羅號にだけはうまく隠して恋する乙女でいるのだから、女は怖いと轟天は心底思う。しかしこのまま放置すれば大変なことになりそうなので慌てて轟天は止めに入った。

 

「待て待て待て待て、俺もその可能性に思い至って妖精さんたちに確認をとった。外部に不審な電波が発信した形跡はあるか、ってな。結論は『そんなものはなかった』、だ。

それにスパイがいて俺たちの存在がとうに日本海軍に露呈してたんなら、何かしらのコンタクトがあっちからあったはずだ。だがそれもなかった。

だから『スパイがいる』って可能性は限りなく低いと俺は考えてる」

 

 その話を聞いて『ラヴァーズ』の面々から殺気が引いていくのを感じて、轟天は心の中でホッと息をついた。

 

「でも兄さん。

 見られたわけでもない、スパイでもないならどうやって僕の存在を知ったのさ?」

 

「そう、そこなんだよ羅號。

 もしかしたら……『最初から知っていた』んじゃないかって話だ」

 

「それって……!」

 

「ああ、俺たちの無くした記憶のヒントかもしれないぞ」

 

 驚きに息を呑む羅號に、轟天は静かに頷く。

 

「羅號、今度の交渉は向こうのご希望通りお前も来い。

 ……羅號が出る以上、どうせ着いて来たがるのは分かってるからお前らも来い。

 こっちも全力で、向こうの真意を見極めてやる」

 

 轟天の決意を含んだ言葉に、羅號は大きく頷いたのだった。

 

 

 


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