その胸に還ろう   作:キューマル式

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接触

 大海原を往く艦隊。その先頭にはドリルを持つ戦艦の姿があった。轟天の率いるE・D・F艦隊である。その艦隊構成は轟天、村雨、アクィラ、不知火、叢雲、霞という駆逐4、空母1、そして海底軍艦1という構成だ。

 そんな艦隊の先頭を行く轟天に、隣に並んだ村雨が小声で聞いてくる。

 

「ねぇ……」

 

「あん?」

 

「交渉、うまくいくと思う?」

 

 その声は若干の不安が見え隠れしている。轟天が後ろを振り返れば口には出さないものの、皆の顔に同じように不安だと書いてあった。村雨の言葉は全員を代表しての言葉だったのだろう。

 それもしょうがないことだと、轟天は思う。E・D・F艦隊はさまざまな理由で元の場所に帰れない、訳アリ者の集団である。その事情のほとんどは、時間稼ぎなり囮なりで『死を命じられた』というものだった。かく言う村雨だって輸送船の離脱のために死ぬと分かっている囮となり、仲間たちは全滅の憂き目にあっている。そのせいで全員がどうしても大なり小なり軍という組織を、ひいては日本という国家そのものに不信感を抱いているのであった。

 

「なぁに、うまくいくさ。

 そんなに心配するなよ」

 

 E・D・F艦隊のリーダーということになっている轟天は、これ以上不安がらせるわけにもいかないとできる限り軽く返す。

 

「どのみち俺たちだけで深海棲艦と戦い続けるってのは無理がある。

 まぁ、それはやればできるかもしれないが……存在を秘匿したまま深海棲艦と戦い続けるのはどうやっても不可能だ。このままいつまでも隠密活動を取り続けられるわけじゃないし、そのうちチラリと空撮でもされて不明艦ってことで噂にくらいはなっちまう。そのくらいならいいが、敵だと思われて攻撃でもされたらさすがにこっちもやり返さなきゃならない。そうなってからじゃ、関係修復は面倒だからな。

 だから俺たちはそうなる前に本格的な接触を日本としておく必要がある。それが今か後かの差だよ」

 

「それはそうだけど……」

 

「それに、そのために相手だって選んでるんだぜ」

 

 なお不安そうな村雨に、轟天はなだめるように言った。

 今、轟天たちが向かっているのはトラック諸島、そこにあるトラック泊地だ。事前に調査した結果を考慮しての判断である。

 

「聞く限り、トラック泊地の提督ってのは理不尽な命令はしない、デキる提督だろ。

 おまけに元帥の息子だってんで中央へのコネも十分。

 『お土産』だって持ってきてるんだ、これを見れば噂通りのデキる男ってならいきなり敵対ってことにはならんさ。

 それにもしダメってことになっても、すぐに救援できるように羅號たちを残してきたんだ。駄目なら駄目で羅號の救援を待って脱出すればいい。

 ……まぁ、俺がいるんだしそんなフザけた真似はさせないけどな!」

 

 そう言って「安心しろ」とでもいうように村雨の肩に手をまわすと、ポンポンと叩く。

 

「まぁ、どのみち私たちは轟くんを信じるしかないか……頼りしてるわよ、轟くん」

 

「そういうこと。大いに信用してくれよ」

 

 いつもの調子に戻った村雨に、轟天も満足そうに頷く。

 

「……それで、任務の真っ最中だというのにお二人はいつまでイチャイチャしているのですか?」

 

「うぉっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 すぐ近くにまでやってきていた不知火に驚いて2人は飛びあがる。

 

「な、なんだよ不知火。俺たちは別にイチャイチャなんかしてないぞ」

 

 轟天の言葉に同意するように村雨はうんうんと頷くが、不知火は刺すように冷たい視線のままだ。

 

「司令は一度、客観的にご自分たちの姿を想像することをお勧めします。

 後ろから見ていた分には、司令が村雨の肩を抱いてイチャイチャしていたようにしか見えませんが?」

 

 言われて見ると、他からの視線が痛い。

 不知火と同じく性格がきつめな叢雲と霞は、不知火同様の冷たい視線だ。冷凍砲のように装甲が凍り付きそうに痛い。

 逆にアクィラからは微笑ましいものを見るような、生温かい目で見られている。これはこれで居心地が悪い。

 

「いや、俺は至極真面目に村雨の不安をだな……」

 

「そういう態度には見えませんでしたもので」

 

 言い訳じみたことを言ってみるものの、冷たい視線は全く変わらない。轟天が居心地悪そうに肩を竦めた、その時……。

 

「んっ?」

 

 轟天が不意に真剣な表情で空を見つめている。

 

「どうしたの、轟くん?」

 

「偵察に出したドッグファイターが、深海棲艦と戦闘中の艦娘を発見した。おそらくはトラック泊地の艦娘だな」

 

「戦況は? 危なそうなの?」

 

「戦況は……今のところは互角ってところだな。

 ……あっ、こりゃヤバい」

 

 何かに気付いた轟天が顔をしかめる。

 

「艦娘の両側面から深海棲艦の増援2艦隊が接近中だ。しかも片方は上位種までいる結構な艦隊だ。

 艦娘側は敵増援に気付いていないな。

 こりゃいま戦っている正面の艦隊と、両側面からの増援で半包囲が完成してヤバいことになるぞ」

 

「……そう言いながら、轟くん笑ってるわよ」

 

 呆れたように村雨に言われて、轟天は自分が笑っていることに気付いた。

 

「なぁに、あっちへの『お土産』が増えると思ってな。

 総員、戦闘準備!!」

 

 その瞬間、全員の雰囲気が変わる。それは艦娘という深海棲艦と戦う戦士の顔だ。

 

「艦娘の援護を行う。

 対艦噴進誘導弾(ミサイル)や航空機攻撃はやってもいいが、それだけで決めるな。『手加減』しろ。

 最終的に接近して、艦娘から良く見えるところでこっちの力を見せつけてやれ」

 

「了解。 それで、轟くんは?」

 

「俺かい? 俺はちょっと上位種のいる艦隊と遊んでくる」

 

 そう轟天はニヤリと笑った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

海上に雷鳴のような砲声が鳴り響く。

 

「榛名、全力で参ります!!」

 

 榛名の声とともに砲が火を吹いた。その砲弾は戦艦タ級に向かって飛ぶが……。

 

「外した!?」

 

 砲弾はタ級に突き刺さることなく、至近弾でタ級の損傷は軽微だ。

 

「榛名さん、上です!」

 

「ッ!?」

 

 次弾の準備に入るに榛名に、直衛である秋月から鋭い声が飛ぶ。それに反応して急速に舵をきる榛名。すると、先ほどまで榛名のいた場所に敵の急降下爆撃で投弾された爆弾が突き刺さり爆発が起こる。秋月の声がなければ直撃していたところだ。

 

「助かりました、秋月さん」

 

「こちらこそごめんなさい。敵機、落とせませんでした」

 

 榛名の感謝の言葉に、しかし秋月は悔しそうに臍を噛む。艦隊の対空防衛を担当しているのは秋月なのだ。敵の投弾を許したというのは、対空防衛網を突破されたという秋月の落ち度でもあるからだ。

 しかし、そんな秋月が睨む空には、大量の敵航空機に対し、数の少ない味方の航空機が必死の空中戦を展開している。

 

「榛名さん、ごめんなさい!」

 

 空中戦を担当している瑞鳳が敵航空機を防ぎきれていないことを詫びるが、それは仕方ないことだろう。

 敵の艦隊構成は戦艦タ級1、軽空母ヌ級2、重巡チ級1、駆逐イ級2。

 対する榛名艦隊は榛名、瑞鳳、秋月、そしてザラ、浦風、天津風という戦艦1、軽空母1、重巡1、駆逐3という構成である。航空戦力は相手の方が単純計算で倍だ。そのため制空権は劣勢の状態、常に頭上を押さえられている不利な戦いを強いられている。同時にいまの制空権の状態では観測機を飛ばすわけにもいかず弾着観測できず、榛名の砲の命中率は下がっていた。

 

「いいえ、瑞鳳さんはよくやってくれています。

 それに……そろそろザラさんたちがやってくれるはずです!」

 

 航空戦の劣勢を挽回すべく、敵への強襲を仕掛けるために離脱したザラ、浦風、天津風たちを榛名は信じていた。そして、戦友の信頼に応えないものはこの場にはいない。

 

「何事も粘り強く! 撃ち方、始め!!」

 

 ザラたちの側面からの強襲によって敵の陣形が乱れる。その猛攻で敵駆逐イ級1隻と軽空母ヌ級1隻が撃沈された。

 沈んだ軽空母ヌ級の所属だった航空隊なのだろう。途端に、敵航空隊の一角が混乱を始める。

 

「今よ! 数は少なくても、精鋭なんだから!!」

 

 そのチャンスを瑞鳳は見逃さなかった。瑞鳳に残存していた少数ながら優秀な戦闘機隊が混乱した敵機に、猛禽のごとく襲い掛かる。そして空の戦いは互角にまで天秤が戻った。

 そして、そんな戦友の活躍に呼応するように榛名も動く。

 

「砲撃開始! てぇーーー!!」

 

 榛名の主砲の一斉射、その砲弾がついに戦艦タ級に直撃した。

 

「よし!」

 

 いまだ撃沈には至っていないが確かな手ごたえがあった。そしてトドメを刺すべく、主砲弾の装填を行う榛名。

 しかし……。

 

 

 ドゥン!!

 

 

「きゃぁぁぁ!!?」

 

「榛名さん!?」

 

 榛名が左側面からの衝撃で吹き飛ばされた。慌てて起き上がろうとする榛名、そして秋月はその方向へと視線を向ける。

 そこには……。

 

「えっ……」

 

「嘘……」

 

 そこにいたのは戦艦タ級1、空母ヲ級2、重巡ネ級1、軽巡ツ級1、そして……戦艦棲姫1。艦娘にとって、深海棲艦の中でも特に会いたくない上位種を含んだ強力な艦隊が接近中だったのである。

 

「は、榛名さん!?」

 

 瑞鳳が悲鳴のような声を上げた。見上げれば、2隻の空母ヲ級から発艦した艦載機によって瑞鳳の航空隊は壊滅一歩手前の状態、制空権は完全に敵の手中に握られてしまっている。

 事ここにきて榛名は勝利は不可能だと判断した。決断したのなら榛名の行動は早い。

 

「撤退します!

 ザラさんたちにもそう連絡を!!」

 

 ザラたちは榛名の仕留め損ねた戦艦タ級を撃破、ダメージは受けているものの残敵の掃討を完了していた。

 幸いにして戦艦棲姫の足はそれほど速くない。ザラたちと合流し対空防御を固めながら離脱を図ろうとする榛名たちだが、そんな合流しようと近付いてくるザラたちの周囲に水柱が立った。それを発砲したのは当然戦艦棲姫……であったのなら、どれほどよかったか。

 

「榛名さん、あれ! 新手です!!」

 

 秋月が指さす方向、これから逃げようとしていた先に新たな敵艦隊が現れる。戦艦ル級3、駆逐ロ級3の艦隊だった。まさしく『前門の虎後門の狼』というやつである。榛名艦隊は前後から挟み撃ちの形になってしまったのだ。

 

「……全員、散開してトラック泊地を目指してください。

 榛名が時間を稼ぎます」

 

「榛名さん、秋月は最後までお供します」

 

「瑞鳳も残った九九艦爆で少しでも敵に損害を与えます。

 大丈夫、精鋭だもん」

 

「ありがとう、秋月さん、瑞鳳さん……」

 

 榛名たちは顔を真剣なものに変えると武器を構えた。その時だ。

 

「は、榛名さん! あ、あれ!!」

 

「今度はなんですか、瑞鳳さん!」

 

 言われて空を見上げた榛名はそこで言葉を失った。数的不利によってもはや壊滅一歩手前になっていた瑞鳳の航空隊を援護するように、どこからともなく現れた航空機が深海棲艦の航空機に攻撃を仕掛けていた。

 その機体は瑞鳳の零戦とは形状がまるで違う。空飛ぶ三角形とでも言うか、プロペラはなく機体後部から炎を吐いて飛んでいた。そのスピードはまったくの別次元の存在である。

 

「噴式!?」

 

「でもあんな形状、見たことないよ!!」

 

 榛名は最近になってチラホラと噂に聞く噴式の航空機とわかったが、瑞鳳はそれが見たことのない形のものだと断じる。すると、その謎の噴式航空機から小さな魚雷のようなものが発射された。それが炎の尾を引きながら、逃げ惑う敵の航空機をまるで猟犬のように追い回し、炎の塊へと変えて海上へと叩き落としていく。

 

噴進弾(ロケット)ですか!?」

 

「でもでも、あの噴進弾(ロケット)いま曲がったよ!?」

 

 目の前で巻き起こる不可解な出来事に、榛名たちは混乱の極みとなる。

 そこに通信が入った。

 

『これより貴艦隊の援護に入ります!』

 

 その言葉とほぼ同時に、空を再び噴進弾(ロケット)のようなものが6発飛んでいく。今度は謎の噴式航空機から発射されたものではなく、それよりも巨大なものだ。それが榛名艦隊の前方を塞いでいた戦艦ル級3、駆逐ロ級3に飛んでいく。それに気付いた敵艦隊が対空機銃で弾幕を張るが、その謎の噴進弾(ロケット)は凄まじい速度でぶつかっていく。大爆発が巻き起こり駆逐ロ級3隻はそのまま轟沈、そして戦艦ル級3隻も沈む寸前ともいえる大ダメージを負っている。

 

「すごい……」

 

 一度の攻撃で敵艦隊を壊滅寸前にまで追い込んだ攻撃に、自分たちの航空隊で同じことをするにはどれだけの艦攻と艦爆に攻撃させれば可能だろうかと瑞鳳はその攻撃力に声を漏らす。一方の榛名は攻撃力よりも、6発が全弾命中という命中率の方に脅威を感じた。

 

「榛名さん、艦隊です!!」

 

 秋月に言われて見れば、こちらに向かってくる艦隊の姿があった。駆逐艦4、正規空母1という艦娘の艦隊である。だが、噴式航空機を飛ばせるのは蒸気カタパルトと装甲甲板を備えた翔鶴型改二甲のみであるはずだ。しかしそこにいる空母艦娘は翔鶴型ではない。見覚えのないような空母艤装を纏ったセミロングの明るい茶髪の外国人艦娘……アクィラである。

 異常なのはそれだけではない、駆逐艦娘4人も見たことのない艤装を纏っている。そしてその戦闘速度は明らかに最速と言われている島風の速度を超えていた。

 

「全員、艦隊の対空防御!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 先頭を駆けていた、おそらく村雨と思われる艦娘の指示で他の3人の駆逐艦娘――こちらは不知火、叢雲、霞と思われる――が散開、榛名たちを守る形で輪形陣を敷いた。

 

「あなたたちは……」

 

「話は後で! これより対空戦闘、開始します!!」

 

 榛名はリーダーと思われた村雨に話しかけるも、それを遮るように4人は砲を空に向けた。そして……『連続した』発砲音が響く、村雨たち4人の持つたった1門の砲、それが文字通り凄まじい速度で連射された。同時に重低音を響かせながら、機銃らしきものが発射される。

 凄まじい密度の対空弾幕が瞬時に形成された。そしてその密度以上に凄まじいのがその命中率、砲と機銃がまるで敵機に吸い込まれていくように敵航空機を直撃していく。その光景に対空防衛を担当している秋月が驚きで目をむいた。

 噴式航空機に翻弄されていた敵航空機隊は、間を置くことなくすべて空から叩き落とされていた。

 

「やっちゃうからね!!」

 

「沈め!!」

 

「私の前を遮る愚か者め。 沈めっ!」

 

 村雨の言葉に、先ほどの攻撃でかろうじて浮いている戦艦ル級3隻に向かって、村雨と不知火と叢雲が『各1本づつ』魚雷を放った。

 魚雷は扇状に多量に放つのが当然なのに、たったの1発づつではほとんど命中は望めない。それをみて秋月は『弾切れなのかな?』と訝しんだが、しばしの後、戦艦ル級3隻が水柱とともに沈んでいく。3発全弾命中だ。そのあまりのありえなさに、秋月は声もない。

 そして戦艦ル級が沈むのを確認すると戦闘は終わったとばかりに駆逐艦娘4人は砲を下げ、アクィラは着艦作業に入っていく。それを見て榛名は慌てて近くにいた村雨に話しかけた。

 

「あの、そこの……」

 

「あ、大丈夫でしたか?」

 

「ええ、おかげで……って、まだ後方から戦艦棲姫を含んだ艦隊が接近中です!

 警戒を解かないでこのまま離脱を……」

 

 まだ後方から追ってきているだろう戦艦棲姫の艦隊がいるのだ。警戒を解くのはまだ早いと榛名は忠告しようとするが、村雨は微笑みながら言った。

 

「それなら大丈夫ですよ。

 だって……なんで今、戦艦棲姫の艦隊からの攻撃がないと思いますか?」

 

 ……言われてみれば、さっきから自分たちの後方から追ってきているだろう戦艦棲姫の艦隊からの砲撃が全くない。榛名艦隊はそれに始めて気付き、そして何故だか嫌な予感がした。振り返ったら最後、自分たちの中の何かが粉々に壊れてしまうような……そんな予感だ。

 しかし確認しないわけにもいかず、恐る恐る振り返る。そして目に飛び込んできたその光景に、全員が驚愕で目を見開いた。

 

 そこにいたのはたった1隻、たった1隻の戦艦だった。だがその戦艦は一から十まですべてが『異常』だけで構成されている。

 砲のようなものはどこにもなく、アンテナのようなものと四角いものが敷き詰めた甲板。艤装を纏うには女でなければならないという絶対的ルールがあるのにも関わらず、どう見ても男。そして……巨大なメイスのようなドリル。

 『常識』というものが欠片もなく、『非常識』だけで構成されたその戦艦がたった1隻で敵艦隊と戦っている。

 ……いや、訂正しよう。そこで行われていたのは戦闘ではなかった。巨象が蟻を踏みつぶすかのようなそれは戦闘とは言わない。『蹂躙』だ。

 先ほどの飛翔魚雷のようなものが発射され空母ヲ級2隻が直撃を受け、内部から膨れ上がるように爆殺される。アンテナのようなものから光線が吐きだされ、戦艦タ級と重巡ネ級と軽巡ツ級の装甲がまるで縁日の飴細工のように融解し、大爆発が巻き起こった。

 あの幾多の艦娘たちを絶望の淵に叩き落としただろう戦艦棲姫が、恐怖の表情を浮かべながらがむしゃらに主砲を乱射するも、その主砲弾は空中で光線に貫かれて爆散し、その男の戦艦には届かない。

 そして、その戦艦がドリルメイスを振り上げた。

 

「ミンチのお時間だぜ」

 

 その戦艦の声なのだろう、男の声が聞こえる。

 こちらは背中しか見えないが、榛名艦隊の誰もが『よかった』と思った。どんな表情で言ったかは分からないが、その顔を見たらきっと一生もののトラウマになるような顔で言っているのだろうと何となく想像できてしまう。

 ドリルが戦艦棲姫を貫き、穿ち、砕き、潰していく。断末魔の絶叫が海域に響いた。

 最初はガリゴリと硬い音が響いていたのに、だんだんとグチャグチャという水っぽい音に変わっていく。それに比例するように絶叫も小さくなっていき、ついにドリルの回転音しか聞こえなくなった。

 やがて元が何だか分からない肉塊へと姿を変えた戦艦棲姫が波間に消えるとドリルの回転が停止し、そしてその戦艦が榛名艦隊へと振り向いた。

 歳は秋月と同じくらいの14~15歳の少年、ところどころに返り血はついているものの完全な無傷である。超重量を誇るだろうドリルメイスを片手で軽々と担ぎ、その顔の左側をオイルのように真っ黒な深海棲艦の返り血で汚しながら、壮絶な笑顔でこちらにやってくる。

 

 榛名艦隊は誰も動けない。彼女たちにとってはドラゴンから逃げていたらラスボスの魔王とエンカウントしてしまった気分だ。素性を知らない彼女たちにとって、その戦艦は深海棲艦とほとんど変わらなかった。

 そして脅威はその戦艦だけではない。今も輪形陣で榛名艦隊を守る、未知の武装を使う艦娘たち。考えようによっては彼女たちに包囲されているのと同然だ。どうしても緊張してしまう。

 すると、村雨がその戦艦の元に向かうと、ハンカチでその顔についた返り血を拭いた。

 

「なんて顔してるのよ、轟くん。

 艦隊の人たち、すっかり怯えちゃってるじゃない!」

 

「しょうがねぇだろ、戦闘でちょっとハイになっちまったんだよ」

 

「もう、顔くらい拭いてよ!」

 

「わかったわかった、自分でやるって。

 まったく……お前は俺の母親かっての」

 

 ブツブツと言いながらも、村雨びハンカチを受け取り乱暴にゴシゴシと顔を拭う。

 

「ほら、轟くん。あいさつあいさつ。

 人間、第一印象が判断基準の70%なんだって」

 

「へいへい」

 

 あの魔王のような戦艦を相手に物怖じせずに話す村雨と思われる艦娘に、秋月は戦慄を禁じ得ない。このことでのちに村雨は駆逐艦娘たちに『魔王の飼い主』とあだ名されることになるが、それはまた別の話だ。

 榛名の前にまでやってきたその戦艦は、右手を出しながら言った。

 

「俺の名は轟天。

 コンゴトモヨロシク」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 榛名はやっとのことで、それだけのセリフを絞り出したのだった。

 

 

 


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