ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第92話 神の乗り物

「結局、2人とも戻らなかったわね…」

宿屋の外でエルバ達は集まり、マルティナは未だにいないカミュとセーニャを案じる。

2人を探していたが結局見つけることができず、宿屋の主人から風邪をひくと言われ、無理やり宿屋に連れていかれることになった。

ベロニカのこともあり、なかなか寝付くことはできなかったが、少しでも体力を回復するためにベッドで横になることだけはした。

寝付くまでには時間がかかったが、ほんの少しだけ眠ることはできた。

2人はいったいどうしているのか?

もう1度探しに回ろうと考えていると、見覚えのある2人の姿が見えてくる。

「カミュ、セーニャ!!」」

「兄貴!!」

戻って来た2人に安堵するとともに、彼らの目はセーニャの服装へと移る。

聖女のドレスを身にまとっていたはずの彼女が聖賢のローブ姿になり、かつての踊り子の服の時と比較すると清楚な雰囲気が強いが、露出度が高いことには変わりない。

「うん…この匂い…?」

近づく2人から生臭い匂いを覚え、その答えにグレイグとシルビア、そしてマルティナは若干頭を抱えた様子を見せ、ロウは納得したように首を縦に振る。

「いったん、洗ってきたらどうだ?特に髪だ、このままだとベロニカを見送れないだろう?」

ある程度察しがつき、赤くなった顔をそむけたエルバ。

昨晩の2人の明け方まで繰り広げた情事の影響で、カミュの整っていたはずの髪はボサボサになっている。

セーニャもところどころ髪が乱れており、幸いなのは今の2人の姿を見ているのがエルバ達だけだということだ。

もし、今のセーニャの姿を父親が見たら、昨日の号泣から逆に憤怒へと変わり、最愛の娘に手を出した輩は半殺しとなるだろう。

たとえそれが勇者か、勇者の仲間だったとしても、娘をあそこまで溺愛する彼なら必ずする。

「そうね…。ほら、ベロニカに恥ずかしくないように早く行って」

「あ、ああ…分かった」

「ご迷惑を、おかけしました」

深々と頭を下げたセーニャはそそくさと先に入っていたカミュの後に続いていく。

2人の無事が分かって安心したものの、この事実を知ったことで沈黙が流れる。

「ま、まぁ…セーニャちゃんが少し、元気になったみたいだし、これでよかったんじゃない…??」

「まぁ、そうだな。そう、だが…」

「ホッホッホッ!若いというのはいいのぉ。さて…ウルノーガを倒した後の楽しみがまた一つ増えたというものじゃわい。これは、エルバも負けられんのぉ」

「な、なんのことだ…じいさん!?」

「知っておるんじゃぞ?おぬしが過ごしたイシの村の…」

「やめてくれ…!まだ俺は、エマとそこまでの関係じゃ…」

「ほぉ、カミュとグレイグから聞いたとおりじゃな。おまけにその反応…」

「からかわないでくれ、じいさん…」

「でも…これで、ちゃんとベロニカちゃんを見送ってあげられるわね。悲しい顔なんて見せたら、怒られちゃうわ」

「…そうだな、まだ少し時間があるんだ」

 

氷魔の杖を手にしたセーニャと両親を先頭に、エルバ達が担いだ棺が2人の思い出の森へと運ばれていく。

葬儀の時の雨が嘘だったかのように、太陽が差し込んでいる。

墓となる場所に男たちが穴を掘り、その中に棺が入れられる。

「まさか…私たちの手で娘の棺を埋めることになるとは…」

「ベロニカ…今度は特別な存在でなくてもいい。普通でもいいから、幸せな人生を…」

「お姉さま…私、やってみせますから…」

セーニャと両親が棺に土をかぶせていく。

その後でエルバ達、そしてベロニカと親しくしていた人々の手で土がかぶせられていく。

棺を埋め、ここにベロニカの墓を建てる。

既に墓石は里の職人たちが夜を徹して準備をしてくれた。

最後列にいた力持ちの男手によって、ベロニカの棺が埋められた場所に墓が設置される。

こうしてベロニカの埋葬が終わると、エルバ達はファナードと共に大聖堂へと案内される。

「皆様…皆様がここに来られたのは…もしや、神の乗り物を探すためでございましょうか…?」

「どうして、それを…?」

「実は…葬儀の後の夜、私は予知夢と言える夢を見たのです…。命の大樹なき空を神の乗り物に乗る皆様の姿が…」

エルバ達の姿は夢の中ではっきりと見えたものの、肝心の神の乗り物については白い巨大な何かに見えるだけだった。

そして、それに乗っているのは7人で、ベロニカの姿はなく、セーニャの手には氷魔の杖が握られている。

「そして、夢の中でベロニカが語り掛けたのです。勇者様を勇者の峰へお連れせよと…」

「勇者の峰…かつて、勇者ローシュ様が邪悪の神に勝利した後、空から降りてきた場所…」

その地はローシュの勝利の象徴である聖地とし、ラムダの里では侵入が禁じられた場所。

ファナードもセーニャも、そこに入ったことがない。

だが、ファナードが見た予知夢とベロニカの言葉が正しければ、そこに神の乗り物の手掛かりがある。

「参りましょう。勇者様…」

「ええ、行きましょう」

「なぁ、俺もいいのか…?」

エルバとその仲間ならまだしも、自分も一緒に行っていいのかとマヤは二の足を踏む。

カミュの妹ではあるが、つい最近までは六軍王で、この手でクレイモランの人々を黄金にし、殺してさえいた。

そんな自分が行くのを許されるとは思えなかった。

「何してんだよ、さっさと行くぞ、マヤ」

ハァとため息をつき、マヤに手をつかんだカミュが無理やりマヤを連れていく。

「待ってくれよ、兄貴!俺は…」

「聞かねえよ」

エルバ達は大聖堂の東側にある出入口を通り、そこから静寂の森への草原から外れた場所に寂しく存在する一本道を進んでいく。

聖地への道ということがあるのか、ラムダのようなひどい状態になっておらず、魔物の気配もない。

その道を進んでいくと、オーブをささげた祭壇に似た祭壇に到着する。

オーブを置く場所はなく、祭壇の中央には勇者のあざを模した紋章が刻まれている。

ゼーランダ山山頂付近ということもあり、下を見ると雲が覆っていて、そこから下にあるはずのふもとの光景は決して見えない。

「これは…」

祭壇中央へと歩いたセーニャはそこに置かれている笛を手に取る。

それはベロニカが持っていたはずの笛で、ベロニカとともに失われたはずのものだった。

「ベロニカからの贈り物は、まだまだあったってことか…」

「ベロニカはここで笛を吹くように言っておりました。それが神の乗り物を勇者の峰へ呼ぶと…」

「お姉さまがそのようなことを…」

笛を握ったセーニャはベロニカの言葉に従うように、祭壇で笛を吹く。

しかし、いくら笛を吹いても何も起こらず、ただ風が吹くだけだった。

「何も、起こらない…?」

「ですが、必ず何か手掛かりがあるはずです。エルバ様…」

「ああ、そうだな…。ベロニカが教えてくれたことだからな」

セーニャから差し出された笛を手にすると同時に、エルバの両手のあざが光り始める。

その光に共鳴するかのように笛も光り輝き、笛が急に長くなっていく。

光が収まると、笛だったはずのそれは釣り竿のように長い得物となり、光の糸がついていた。

「笛…いや、釣り竿か…!?」

「おいおいマジか…」

「馬鹿な…俺は、夢を見ているのか…?」

「まさか…な…」

エルバは試しに竿をふるい、糸を雲に向けて垂らす。

釣り針の代わりなのか、勇者の紋章の光が先端に宿っていて、それが雲の中へと消えていく。

糸を垂らしてから数秒後、急に竿が大物を捕まえたかのように大きくゆがむ。

「こ、こいつは…大物か!?魚でも、釣れたのか…!?」

「おい、エルバ!釣りあげられるのか!?」

「く、ううう…!!こい、つは…きつい…!」

「手を貸すぞ、エルバよ!!ゴリアテ、お前もだ!!」

「もちろんよ!」

グレイグとシルビア、カミュがエルバを支え、エルバは力いっぱい竿を持ち上げる。

すると、勇者の峰全体を激しい揺れが襲い、巨大な影が雲を突き破って飛び出してくる。

「これ、は…」

「白い…空飛ぶクジラ…!?」

額部分にひし形の水晶の飾りをつけ、真っ白な大小の翼を一対につけた純白のクジラの姿にエルバ達の視線はくぎ付けられる。

「これは…ケトス。神話は本当じゃった…。わしが夢で見た乗り物はこれのことじゃったのか…?」

(今世の勇者エルバ…初めまして。私はケトス…。かつて、あなたの前世であるローシュを乗せた者です)

脳に直接、女性の声が響きわたる。

柔らかな声をしていて、心地のいい声に聞きほれそうになるくらいだ。

「ケトス様…しゃべれるのですか!?」

(はい…。私は邪悪の神との戦いの後、かつての盟約に基づき、次元を超えていました。そして、このロトゼタシアに再び危機が迫った時、勇者の峰で勇者が私を求めたときに帰ってくることを約束したのです…。オーブに宿る魂とともに…)

「なら、その盟約を果たしてほしい。命の大樹と勇者の剣がウルノーガという魔導士に奪われてしまった。俺の勇者の力も…。奴は今、天空魔城でロトゼタシアを完全に滅ぼそうと動いています。俺たちを天空魔城へ…」

(天空魔城…)

ベロニカの笛で釣りあげられる中で、ケトスはロトゼタシアの今の状況を見ていた。

天空魔城の姿もこの目で見ている。

(確かに、私があなたたちをその天空魔城へ連れていくことができるでしょう。しかし、勇者の剣と勇者の力を手に入れたウルノーガはおそらく、光と闇の双方の力を手に入れている。ウルノーガを討つためには、まだまだ力が必要です)

「その力は…どこで手に入りますか…?」

(天空にはロトゼタシア誕生よりも前から生きる古代人、神の民が住まう里があります。彼らはかつて、勇者ローシュに力を貸し、同じ盟約でつながっています。きっと、力になってくれるでしょう。そこまでお連れしましょう)

「感謝します…。なら…」

「行かれるのですな…勇者殿」

「ええ…。ベロニカとの別れは済ませました。彼女のためにも、死んでいった人たちのためにも、行きます」

ベロニカに助けられたから、エルバは生き延びることができ、こうして仲間たちは再び集まることができた。

六軍王もすでに4体倒していて、神の乗り物も目の前にいる。

あとは残り2体の六軍王を倒し、ウルノーガを倒して世界を救う。

それがベロニカへの何よりの供養となる。

「待ってくれ、出発の前にやらないといけねえことがある。セーニャ、ちゃんと親父さんとお袋さんに挨拶してから出発しようぜ」

葬儀の後からセーニャは両親と話せていない。

ちゃんと元気になったこと、そして旅をつづける決意を2人に話せていない。

ベロニカが死んだことで娘を送り出す思いがぶれてしまうのではないかと心配する気持ちもあるが、話したほうがいい。

セーニャは何も言わずに首を縦に振った。

 

セーニャの家の前で、カミュとセーニャがセーニャの両親と向き合い、彼らのそばにマヤの姿がある。

昨晩はベロニカの死を悲しみ、泣き明かしていたのか、まだ父親の目が赤くなったままだ。

「お父様、お母様…私は…」

「いいのよ、セーニャ…。あなたが決めたことなら…。ベロニカの後ろをついて行ってばかりだったあなたが、成長したのね…」

セーニャも失ってしまうのではないかという恐怖がないというとウソになる。

だが、目の前のセーニャはベロニカを失った悲しみを乗り越えて、使命を果たすために前へ進もうとしている。

そんな娘の成長を喜ぶ気持ちもあった。

「その…すんません。俺のわがまままで聞いてもらって…」

「いいのよ、カミュさん。マヤちゃんのことは私たちが面倒を見ますから、気にせずに戦ってください」

「兄貴…」

ラムダの里に預けられることはすでに分かっていたマヤはここでカミュと別れることになることは受け入れている。

だが、自分と別れたカミュがこれからやるのはウルノーガとの戦い。

生きて帰ってこれるかわからない戦いに、唯一の肉親が挑もうとしている。

もしかしたら、カミュとこうして会うことができるのが最後になるかもしれない。

不安そうにしているマヤの頭をカミュがヘッと笑いながらグシャグシャとなでる。

「心配すんなよ。お前を置いてくたばるわけねえだろ。さっさと終わらせて帰ってくるからよ、そうしたら…一緒に宝探しでもしようぜ。平和になった世界でな」

「兄貴…ああ、ああ!!」

「カミュさん…娘を、私の娘のことを…頼みます…」

2人がカミュの頭を下げる。

カミュとセーニャの間柄については、2人とも薄々と気が付いていた。

おそらく、セーニャが再起できたのはカミュの力が大きい。

エルバ以外にセーニャの力になってくれる男性で2人の中で真っ先に浮かぶのはカミュだ。

だから、カミュの願いを聞き入れ、彼にセーニャを託している。

「…はい。俺が必ずセーニャを守って…一緒に戻ってきますから」

「カミュ様…」

ほんのりと顔を赤くしたセーニャの手はカミュの手に触れていた。

 

「うおおおお!?これは…!!」

ケトスの背に乗ったグレイグはゼーランダ山やドゥーランダ山すら越える高さにいることを実感していた。

彼女の力によって、風や冷気から身を守ることができている。

「今はケトスの力を借りているが、いつかは人の力だけで空を飛ぶ、なんてこともできるようになるかもな…」

「そんな未来も悪くないわね。最も、それができるまでどれだけ時間がかかるかわからないけれど」

「その時間を作るために、ウルノーガを倒さないとな」

ケトスがゼーランダ山を離れていく。

次第に雲によって見えなくなる山をセーニャは見つめる。

「行ってきます…お父様、お母さま、お姉さま…」

家族へのあいさつを済ませたセーニャは視線を崩壊した世界の象徴たる天空魔城に向ける。

この城の主であるウルノーガを倒すことで、命の大樹を取り戻すことができるのかはわからないが、それでも彼を野放しにするわけにはいかない。

「あら…あれじゃないかしら?神の民の暮らしている場所って!!」

シルビアが見つけたのは浮遊している小さな島で、そこには丸っこい形をした小さな建物が見える。

世界中を旅してきたが、このようなデザインの建物を見るのは初めてだ。

「あそこに…ウルノーガを倒す手がかりが…」

「ケトス様、間違いありませんか?あの島に神の民が…」

(はい。確かに感じます…彼らの力を。しかし…)

「しかし…?」

(やはり、神の民もこの世界の異変に巻き込まれないはずがなかったのですね…)

脳に聞こえるケトスの言葉は悲しみをはらんだものとなっていた。

 

「さあ、勇者様たちから預かった馬のエサをやるとするか」

ラムダの里の若者が馬の餌が入ったタルを馬小屋に運んでいく。

世界崩壊で馬小屋にいた馬の大半を失っていて、衰弱する馬の姿を見たことでやる気をなくしていた彼だが、ケトスに乗って空へと向かうエルバ達に馬を預けられ、彼らの元気な姿を見たことでやる気を取り戻していた。

早速馬小屋に入り、馬たちに餌を与える中で、違和感を抱く。

「あれ…?勇者様から預かった馬って5頭のはず…」

グレイグのリタリフォンとシルビアのマーガレット、マルティナとロウが乗る馬とカミュとセーニャが乗る馬、そしてフランベルグ。

この5頭を確かに預かったと思っていたが、なぜかそこには4頭しかいない。

正確に言うと、フランベルグの姿だけ消えていた。


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